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神の遣いの少女は初恋の将軍にすべてを捧ぐ  作者: 雪見桜
番外2 過去と少し未来のお話
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11.そして今に繋がる


「姫。お戻りになられましたか」

「ただいま戻りました、ユーグ兄様」


自室へと戻ると、当然のようにユーグ兄様が出迎えてくれる。

自分の仕事が山のようにあるはずなのに、ずっと待っていてくれたのだろう。

心配そうに見つめてくるユーグ兄様に苦笑した。

改めて私は兄様に向き合って、頭を下げる。


「殿下に取り次いでいただきありがとうございました」

「実りある話は出来ましたか」

「はい、話せて良かったと思います」


すっきりとした気持ちで言葉を返すことができる。

私の表情を見て、ユーグ兄様は少し安堵したようだった。

ようやくユーグ兄様も表情を緩める。


「ユーグ兄様」

「……殿下から許可も得たのですか」


諦めたように笑う兄様に、頷く。


「はい。ですから諦めていただけますか?」


そう言って、じっと見上げれば兄様の笑みが深くなった。

苦笑の方向性に、だけれど。


「もっと他に願える我儘はあるはずだろうに。君は本当、欲が無い」

「そんなことはありませんよ。最大級の我儘です」

「言っておくけれど、あくまで2人で話すときだけだ。公の場、姫としての立場の時は今まで通りしっかり線引きすること。出来るかい?」

「はい。勿論です」

「ならば、仕方ないな。殿下のお墨付きとあれば断るわけにもいかない」


念を押すような忠告にしっかり頷く。

ユーグ兄様はそうして私に対する言葉遣いを変えてくれた。


どうか私的な場でだけでもユーグ兄様と以前のように話したい。

出来るだけ壁の感じない距離感で接したい。

その我儘を、私はどうしても諦められなかった。


本当は駄目なのだろうと、私だって分かっている。

それでも譲ることが出来ずに、頑なに願い続けたこと。

殿下にもユーグ兄様にも苦い顔をさせてしまって、申し訳なく思う。

けれど最後にはそうして私の気持ちを慮り、渋々ではあるけれど認めてくれた。


「ユーグ兄様。私、頑張ります」


これで私の我儘は最後だと心に誓う。

今度こそきちんと役に立つ自分になろうと、誓う。

ここまでやって来た目的を果たしたい。

兄様は、やっぱり苦笑して私の頭を撫でた。

それ以外になかったのだろう。


『ずいぶんと慕われているようだな、ユーグ』

『殿下。そう、ですね。何故かは私も分かりませんが』

『お前はどうなんだ、あの娘をどう思う』

『素直で一生懸命で、良い子ですよ。もし私に妹がいたならば、こうだったのだろうかと想像するくらいには』

『……そうか』


……ああ、馬鹿だな。

どうしてこんなタイミングで気付いてしまうんだろうか。


ようやく手に入れた兄妹のような絆。

けれど流れ込んできたシリクス殿下とユーグ兄様の会話に、ツキンと胸が痛むのを感じた。

妹のようだと言ってくれているその言葉を、少し悲しく感じる理由に思い当たってしまう。


あんなに憧れていた家族と、心から信じられる“兄様”が今の私にはいるというのに。

どうして人間はこうも強欲なのか。

それでも胸に湧いた感情を、打ち消すことは難しそうだ。


「リリ? どうした?」

「いいえ。……いいえ、何でもありません」


苦笑して、気付いた想いに蓋をする。

頭に感じるユーグ兄様の手の温度を、忘れたくないと思った。


「安心してしまって、力が抜けました」


そうしてこれもまた嘘ではない本音をもらせば、とたんに兄様が笑う。

穏やかでゆるやかな、私の好きな笑み。


この笑顔を守れるよう、頑張ろう。

そう決意を新たにした。


その決意はずっと、変わらぬまま。

むしろ想いは降り積もって、覚悟も強く重くなっていく。

そのことを私はまだ知らない。



「ほう、リリよ。ずいぶんと励んだようだな、これほどしっかりした文章を書けるようになるとは驚いたぞ」

「陛下が教え上手の先生をご紹介下さったおかげです」

「リリ。父と呼ぶよう言っておるだろう」

「申し訳ありません。まだ私には畏れ多くて……」

「いつでも待っているからな」

「……はい」


王女として過ごす生活には、少しずつ少しずつ、時間をかけて慣れていった。

陛下や殿下に対する畏れ多いという気持ちまでは抜けない。

王女としての自覚が足りるかと言われれば、自信がない。

それでも、自信のなさや自分の至らなさから戸惑い落ち込み迷惑をかけることはなくなった。


「ユーグ、そなた一体どうやってリリの心を解した。そなただけずるいぞ」

「どうと仰られましても……姫にお聞きいただく他ないかと」

「に、兄様……私にお話を振られても」

「はは、そなたたちは本当に仲が良いな」


きっと、こうしてユーグ兄様が傍で支えてくれているおかげもあるのだろう。

支えられることより支えることの方が少しでも多くなるように。

それが今の目標だ。


「姫、そろそろ」

「あ、本当ですね。陛下、これから乗馬の訓練がありますので私たちはこのあたりで失礼いたします」

「おお、そうだったな。引き留めて悪かった、行くが良い」


頭を深く下げて、次の目的地へと向かう。


「……慣れてきたようですね」

「いたのか、シリクス」

「私を呼んだのは父上のはずですが」

「はは、そうだな」


私たちの去った部屋で陛下と殿下お2人で話していたことなど私は知らない。


「どうだ、シリクスから見てリリは」

「可もなく不可もなくでしょうか。まだ王女として足りぬところも多々ありますが、地頭は悪くなく、権力や財宝、名誉に固執する性格でもありません。及第点といったところでしょう」

「ほう、なるほどな。そなたはそう見るか」

「……父上?」

「シリクスよ。よく見ておくのだぞ、あの姫を」

「は……」

「あの者はそなたにとって、一番の同志になり得る存在かもしれぬ。我らに足りぬものを補う存在となるやもしれぬぞ」

「父上、一体何を」

「……よく、見ておれ。今に分かるときが来よう」


私の生活が変わっていくと同時に、スフィード王国やそれぞれの心境もまた少しずつ変化していく。

私の決めた覚悟が、生きる道が、実際に試されることとなるのはここから3年後のこと。

18才になった、花が咲き始める春のことだ。



----------------------------------------------------------


「結局、私はやっぱり怖くて怖くていつも兄様に支えられっぱなし。だからやっぱり情けないことだらけ」


まさかあの時の覚悟を、こうして笑って話せるようになるとは思わなかった。

少しずつ降り積もって、想いは深くなって、あの時の覚悟も決意も私は誇りに思えるようになった。

あの頃には考えられなかった変化。


すぐ横に座るユーグはやっぱり複雑そうに眉を寄せている。

私とのことを一生気にするとはっきり言い切るユーグにとっては、決して楽しい話ではないだろう。

罪悪感を刺激してしまうかもしれないと、気付いてはいた。

それでもこうして自然に話せるようになったこの変化を、感じてはくれないだろうか。

ユーグがいたからこそ、支えてもらって心を配ってもらっていたからこその変化なのだから。


「……やはり、殴られ足りなかったな。私は」

「え? ユーグ、それって一体どういう」

「いや、なんでもないよ。ありがとう、リリ。君のことをまた知ることができた」


苦み強めの笑みに、私も苦笑で返す。

ユーグのこういうところは本当に昔から変わらない。

どんな時でもどんな立場でも律儀で優しい。


「会いたいかい? 君の原点でもある、もうひとつの家族に」


そう聞いてくれるのは、私が時々恋しそうに花瓶を見つめていたことに気付いていたからだろう。

そしてそう聞かれれば私の答えなんてひとつしかない。


「それは勿論。会いたいよ、とても」

「そうか」


ユーグは諦めたように笑って立ち上がった。

それと同時にコンコンと扉の音がする。

「ちょうど良かった」とつぶやくユーグに首を傾げた。


「お客様をお連れしました」


外からソアラさんの声がする。

心当たりのない私はやっぱり首を傾げるばかりで、けれどユーグは迷いなく扉へと足を進めていた。


「ようこそ、王城へ」

「……どうも」


届いた低い声に、あまり覚えはない。

誰だろうかと立ち上がって、ユーグのもとへと歩こうとした。


「こら、花嫁がそうあちこち歩き回るな。全く、お前少し落ち着きなくなったんじゃないのか?」


とたんに制されて思わず足を止める。

声に馴染みはそこまで無いと思っていたけれど。

口調も加われば、じわじわと記憶の端に引っ掛かる顔。


『おう、リリ。お前はどうすんだよ、孤児院出たら』


そうしてよく私や同年代の仲間たちをまとめてくれた男の子。

すこしぶっきらぼうな言い方をするけれど、面倒見がよくて行動力もあって皆から慕われていた。

同年代の、家族。


「キイノ?」


名を呼べば、室内に入ってきたその人物が昔と変わらない笑みで頷いた。


「覚えてたか。久しぶりだな、リリ」


昔よりもぐんと高くなった背丈にうんと日焼けした肌、けれど昔のままの雰囲気で笑っている。

そのすぐ近くでユーグも柔く笑っていた。


もしかして、呼んでくれたのかな。

今日は特別な日だから。

視線を向ければ、何かを察したかのように頷いてそっと部屋を後にする。


チッとキイノが舌打ちしたように見えて、私は首を傾げる。

けれどそれは束の間のことだ。


「おめでとう、リリ。よく頑張ったな」


力強い言葉。

けれど私を心から労わってくれる温かい言葉。

思わず私の目がじわりと熱くなった。








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