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神の遣いの少女は初恋の将軍にすべてを捧ぐ  作者: 雪見桜
番外2 過去と少し未来のお話
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4.兄様と呼ぶ日のこと


「人が、たくさん」

「ああ、そうだね。ここがスフィード王国の中枢、王都アトランテだ」


たどり着いた王都は、どこまでも舗装された道のどこまでも建物が並ぶ大きな町だった。

馬車の中から外を覗けば、どこを走っていても人の気配を感じる。

馬車の外からも賑やかな活気が伝わるのだ。


私の護衛兼付き添いとして同じ馬車にいる将軍様は、私の小さな声を一つ一つ拾って説明してくれた。


真っ白で背の高い大聖堂。

城下で最も大きく人の行き交う中央広場。


「いつか城下も案内するよ。スフィード王国は交易が盛んでね、特に王都では各国の珍しいものがたくさん集まるんだ」

「本当ですか? 1日中見て回ってもいいですか?」


見慣れない風景に興奮した私に、将軍様がくすくすと笑いながら頷いた。

田舎者丸出しの自分に気づいて少し恥ずかしい。

前かがみだった体を起こして大人しく座れば、将軍様がやっぱり笑っている。


「……ふ、普段はもう少し落ち着いているんですよ、本当ですよ」

「はは、そうだね。いや、良いと思うよ。少し元気が出てきたかな」


ああ、本当に大人と子供だ。

微笑ましく見守られると恥ずかしくて仕方ない。

私はもう少し大人だったはずなのに。

そもそも遊びに来たわけではないのだ。

色々ありすぎて感情の制御が壊れてしまったのだろうか。

悶々と悩みながら、外を眺める。


「明日は陛下との謁見がある。大丈夫かい、リリさん」


ふいに聞こえた将軍様の言葉に、視線を車内へと戻した。

将軍様の表情は変わらない。

綺麗な笑みで、見守るように私を見つめている。

穏やかに。


きっと昨日さんざん不安を口にしたから、心配してくれているのだろう。

苦笑して、私は頷いた。


「大丈夫です。将軍様、ありがとうございました。昨日お話聞いてくれたおかげで、気持ちも落ち着いたんです」


半分本当で、半分嘘だ。

不安な気持ちを打ち明けたことで多少なりともすっきりしているのは事実だった。

けれども、どちらかというと私を奮い立たせていたのは自分への反省からだ。


あれほど強い思いで将軍様の役に立ちたいと思っていたのに、不甲斐なかった。

すぐに気づかれるほど動揺をして、心配をかけて、気にかけさせて、これでは何のためにここに来たのか分からない。

笑えば、将軍様が苦笑する。

少し無理をしていることに、気づいているのだろう。


「そういえば、君からの要望をまだ聞いていないね」

「要望?」

「もう忘れた? 君にばかり負担を強いるのは気が咎めると言ったはずだよ」

「あ……、で、でももう十分支えてもらってますし」

「全然足りないよ。要望、考えるように」


案外、将軍様は頑固なところもあるのかもしれない。

これはきっと譲ってくれなさそうだと察して、ようやく力の抜けた笑みが出た。

やっぱり支えてもらいっぱなしだ。

頑張らなければと、そう思う。


「いい子だ」


頭を撫でられ、完全な子供扱い。

苦笑して見上げれば、目の前にペンダントが映る。

将軍様の過去を映し出す、おそらくは神器であろうエメラルド。

じっと見つめれば鈍く光り、それは私に更なる映像を見せた。


『ああ? 何だ、まだ生きてんのがいんじゃねえかよ』


ああ、これはきっと前に見た光景の続きなのだろう。

将軍様の目の前で家族が殺され、襲ってきた賊に見つかったその後のこと。

自分の歯が恐怖でカチカチと音を立てている。

「ひ、ひぃっ」と漏れた悲鳴はとても頼りなかった。

その怯え様が面白かったのか、目の前の男たちはケタケタと笑っている。

目が血走っていて、子供心にも彼らが普通の状態ではないのだと分かる。


頭を強く鷲掴みにされたのが分かった。

あまりに強い力のために痛くて息が出来ない。

恐怖も重なって、もはや声も上げられなかった。

ここで自分も家族と同じように惨く死んでいくのだと、そう思った。


『そこまでだ』


しかし、そうはならなかったのは凛とした声が響いたから。

血と泥と死臭と、この世の地獄とも思える場所にはあまりにそぐわない落ち着き払った声。

硬質で理性的な声。

極限状態にあったから、その人が誰かなのかまで思考が働かない。


『んだ、てめえ。のこのこ死にに来たのか? そんなお上品な服着てよお』


ぎろりと淀んだ目、荒れた声、まとう空気もとても荒い。

しかし突如現れたその人は、なおも動揺のひとつも見せなかった。


『これ以上好き勝手は許さん、去れ』

『ハッ、何だてめえいっちょ前に正義のヒーロー気取りか、ああ?』

『そりゃ傑作だ! 残念ながらこのガキ以外全員死んでるけどなあ!』


けたたましい笑い声が響く。

見たこともない、明らかにこの場にそぐわない身なりの彼は、眉を寄せながらもやはり動揺一つ見せずに賊と向き合っている。

そうした言動ひとつひとつが気に入らなかったのだろう。

舌打ちが聞こえたかと思えば、刃こぼれした刀の矛先が変わった。

力強く投げ捨てられ放り出される。

衝撃があったはずなのに、頭は極度の混乱で何の感覚もわいてはこない。


『な……っ、ガッ……!』

『グッ、な、なにしやがっ』

『や、やめ……っ』

『言ったはずだ、これ以上の好き勝手は許さんと』


その時に何が起きたのかは分からなかった。

ただ目に映ったのは、狂った笑みを浮かべながら村を蹂躙した男たちの顔が、一瞬のうちに歪んだこと。

襲われたときの自分たちのような恐怖に染まった表情で、今度は悲鳴をあげている。

多くの足音と、人の影を感じた。

なだれ込んできた人の数がどれほどだったかなど覚えていない。

ただただ形勢が逆転し、追うものが追われる側に回ったのだということだけ分かった。


『生きて、いるな』


その言葉を受け取るまでどれほどの時間がたったか分からない。

気力も何も削られ、視線すら上がらなかった。

視界がぼんやりと靄がかって見える。

どうしてだろうか、目の前の人物が敵か味方かも分からないというのになぜだか無性に安心した。

どうしようもなく体が熱くなり、仕方ない。


『よく、生きていてくれた』


声色は先ほどから一切変わっていない。

しかし抱き上げられため息とともに告げられた言葉に、とてつもなく安堵する。

張り詰めた糸がようやくぷつりと途切れ、意識は閉じた。


触れてもいないのにペンダントが私にその記憶の一部始終を見せる。

おそらくは将軍様の身に実際に起こっただろう辛い記憶。

前と同じく濁流のように一気に脳内に映像として流れ込む。


「リリさん? どうかしたかい」


ひゅっと息を吸い込んだまま動きを止めた私を、将軍様が不審そうに見つめていた。

当然だろう、先ほどまでは和やかな時間が流れていたのだから。

けれどダメだ、これは簡単に話していいような記憶ではない。

勝手に踏み込んでいいようなものではない。

将軍様が感じたであろう恐怖が、自分にまで移って手が震えている。

無理やり飲み込んで、声をあげた。


「だ、大丈夫です。ちょっと、その、ちょっと慣れていないからびっくりしてしまって」

「慣れていないって、頭を撫でられることがかい?」

「は、はい。家族とかいなかったので」


あまりに苦しい言い訳に将軍様がやはり怪訝そうにしている。

震えた手が見つからないように握りしめて、笑った。


「将軍様の手って大きいですね、私大人の男性に頭撫でられたの初めてです」

「そうか、女性に不用意に触るのは無神経だったかな?」

「いいえ、その、もし私に父がいたらこんな感じかなって、少し嬉しかったですよ」

「ち、父……せめて兄くらいにしてくれないかな。さすがに」


ふふっと、今度は取り繕わない笑みが浮かぶ。

あ……と思いついたのはその時だった。


「それならば、兄と呼ぶことを許してくれますか?」

「うん?」

「要望、です。初めてだったから、大人の男性にこうして支えてもらって甘やかされたのは」


私に家族はいない。

ある日孤児院の前に置き去りにされていたのだという。

私は家族に恵まれなかった捨て子だ。

だから家族がどういうものなのか、分からない。

想像するしか出来なくて、想像することすら難しかった。


けれど初めて想像できたのだ。

私に家族がいたら、将軍様のような兄がいたら嬉しいなと。

ただの孤児が将軍様を兄と呼ぶだなんて畏れ多いとは思うけれど。


「君にはこれから本当の兄君ができるよ」


将軍様は苦笑した。

このタイミングで願う要望としては、どうなのかと。

近く私は王家に庇護され、王族になると言われているのにと。


それは私も承知だ。

もっとも実感も理解も出来てはいないけれど。

出来ていないから、目の前のこの人を兄と呼びたいと思っているんだろう。

それでもやっぱり他には思いつかない。


「それでもやっぱり、私は将軍様を兄と慕いたい」


いつになくきっぱりと強く言葉が出た。

将軍様はやっぱり苦笑している。

どうしたものかと小さくつぶやきながら。


「あ、でも将軍様相手に“お兄ちゃん”は違和感ありますよね……、お兄ちゃんというよりは、お兄様?」

「こらこら、勝手に話を進めない」

「……ダメですか、ユーグ兄様?」


さすがに不敬が過ぎるだろうか。

そう思いながら将軍様を見上げる。

じっと見つめて言葉を待った。


目の前で将軍様が固まる。

腕を組んで、考え込んでいる。

王太子様の最側近である将軍様は、考えずにいられないのだろう。

この先実際に私の兄となるのは王太子様だ。

その王太子様をさしおいて、私から兄と呼ばれることは不敬にあたらないのかと。

きっと将軍様はそう悩んでいる。

この短い期間でなんとなく分かるようになったのだ。

将軍様はそういうまじめで誠実な人だと思うから。


「君はどうしてそう私にそこまで心を預けてくれるのかな。前も言ったと思うが私はそう大した男ではないんだよ」


きっとつぶやいた言葉は、本心なのだろう。

将軍様はどこか自分に自信がない。

私がそこまで慕う価値が無いと、きっと本心で思っている。


私と少しだけ似ている。

けれど将軍様には私には無い勇気がある。

憧れと呼べるような、そんな強い心が私には見える。


この先きっと私は王族になって、将軍様は従者となる。

きっと将軍様はその時躊躇わないんだろう。

ただの孤児に過ぎなかった私に当然のように膝をつく。

そうして私には王族という家族ができるのだ。


ああ、それはとても寂しいなと思う。

私が憧れた家族という存在とは少し違うのだ。

そう、私が欲しいのは家族というよりも絆なんだろう。

立場や身分で変わらないような、そんな強い絆。


「前にも言いましたよ。私にとってはそうではなかったって」


将軍様につられるよう私も苦笑する。

それ以上に言えることが無かったから。

将軍様がため息をつく。

表情が少しだけ柔くなった。


「……私からけしかけておいて駄々をこねるものでもないか。要望を言いなさいと言ったのは私だったしね」


そうして頷いた。


「分かった。リリさんが望むのならば、好きに呼びなさい」


渋々といったように笑う将軍様。

一方の私はどうしたって明るい表情を見せてしまう。

どうやら、そうやって一歩近づいた距離感に思った以上に嬉しさを感じていたらしい。


「ありがとうございます、ユーグ兄様!」

「全く、私が想定していた要望とはずいぶん違うんだが。君は本当に欲がないね」


くしゃりと私の頭を優しく撫でられる。

何だかんだと私の気持ちに寄り添おうとしてくれるその姿勢が嬉しかった。


「出来れば、私のこともリリと呼んでください」

「リリさん、それは」

「……妹を普通はさん付けでは呼びませんよね?」

「……分かった、リリ」


欲が増して我儘を言ってみれば、将軍様が笑う。

呆れたような、けれど力の抜けた親しみの持てる笑みだ。


ユーグ兄様と私、兄妹のような絆が始まったのは、きっとこの時だったんだろう。

私が兄様に告げた要望を、一度だって後悔したことはない。

私たちは孤児だった者同士、少し歪な形で作り上げられた家族だった。

けれどそうしたことで知った感情も生まれた気持ちも確かにあったのだ。


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