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神の遣いの少女は初恋の将軍にすべてを捧ぐ  作者: 雪見桜
番外2 過去と少し未来のお話
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1.はじまりの日のこと


柔らかな陽気が差し込む、晴れの日だった。

静かな部屋の中、部屋には3人きり。

私と、ずっと私を世話してくれている侍女の2人。


「姫様大変お綺麗です」

「ええ、本当に。ああ、ですがもうすぐ“姫様”とはお呼びできなくなるのですね」

「ありがとうございます。この部屋も、今日で最後。なんだか不思議な感覚です」


真っ白なドレスに、王家の花のコサージュが映える。

そっと立ち上がり振り返って部屋を見渡した。

広い部屋、品の良い家具、王都の中央にあるというのにそれを感じさせない静かな空間。

昔はこの部屋も、身に着ける王家の花も、重くて仕方がなかった。


「……変わるものですね、人は」


寂しさを感じるのは、この場所に馴染んだ証拠。

ゆるく無理のない笑みを浮かべられるのは、自分の意志で背負えるようになった証拠。

ふと目に入った部屋の片隅の花瓶に気付いて、近づいた。

透明なガラスでできた花瓶、両手を添えればたちまち水が溢れて中に花が咲く。

心のままに発動させた力が咲かせた花は、小さな花だった。

孤児院時代によく見ていた、花々。


「変わらないものも、あるみたい」


無意識に咲いた花に嬉しくてこぼれたものは苦笑だ。

今日が特別な日だからだろうか、いつもより多く頭の中に顔が浮かんでくる。


「……思い出しますか、昔を」


聞かれた言葉に頷いた。


「私のもうひとつの家族ですから。こういう日はなおさら」

「ご家族もさぞお喜びでしょう」


ふっと笑い合って、私は花瓶を見つめる。

思いにふけって、ノックの音に私は気付かなかった。


「少し妬けるな、君にそこまで思われる彼らに」


耳に声が届いてようやく、私は顔を上げた。

視線の先には穏やかに笑う、婚約者。

いや、今日から夫となるユーグだ。


「嘘ばっかり、いつもと全然表情変わっていませんよ? ユーグ」

「本当なんだけどね」


やれやれと苦笑しながら近づくユーグと入れ替わるよう、侍女達が頭を下げて部屋を去っていく。

気を遣ってくれたのだろう。

お礼を言うように2人に頷いて、視線をユーグに戻した。


「綺麗だ、リリ。人に見せるのが勿体ないな……」

「少しはユーグに見合う見た目になっているかな? 私、顔が幼いから」

「そんなことを気にしていたのかい? 心配せずとも、リリは十分立派な女性だよ」


ほらと手を差し出され、近くの椅子へと誘導される。

今日一日主役なのだからと、気遣われるように座らされ目の前でユーグが膝をついた。

ふっと笑ってしまうのは、その光景があまりに見慣れたものだったから。

もっともその当時の私の心は今とはずいぶんと違ったけれど。


「ユーグ。ユーグも隣に座って? 今日はユーグだって主役だし」

「私は体力あるから大丈夫だよ」

「じゃあ、私の我儘。ユーグと同じ目線で話したいな」

「……上手になったね、私を乗せるのが。それではお言葉に甘えて」


苦笑しながらユーグが隣に座る。

そうしてユーグは花瓶に視線を向けた。


「リリ。もし良かったら聞かせてくれないかな。君と出会う前のこと、君が何を思ってここまで来てくれたのか」

「ここまでを?」

「ああ、思えばきちんと聞いたことがなかったからさ」

「……神器でだいぶバレているのに?」

「それでも。君のもうひとつの家族のこと、これから私も家族になることだし。知りたいんだよ」


バツが悪そうに乞われて、目を瞬かせる。


「もしかして、まだ気にしている? 私と政略結婚しようとしたこと」

「一生気にするよ、それは」

「ユーグ、けれど私は」

「リリ。私は忘れたくないんだ、何一つ。君がこうして寄り添ってくれることは当たり前のことではないのだから」


人前では見せないような、素のままのユーグ。

こうしてユーグが我を見せることはそう多くない。

私に見せてくれるようになったこんなユーグが私は嬉しくて、けれど未だ罪悪感を抱えることが苦くて心中は複雑だ。

それでも、ユーグがこうして私に関心を持ってくれることも本心を向けてくれることも昔では想像できなかった。


最後に残ったのは、喜びだ。


「あまり、楽しい話ではないんだよ? ほとんど恥ずかしい話だらけなの、あまりに弱くて情けなくて至らない、そんなことだらけ」

「聞きたいよ、そういうリリの話を。私の知るリリはいつだって自分の足で必死に立とうと努力する凛々しい姿ばかりだからさ」

「……知ってる、くせに。何度も迷惑かけたし」

「迷惑だとは一度も思っていなかったけれど」

「……うん。ユーグは、いつだってそうやって私を支えてくれたよね。だから、ここまで来れた」


結局のところ、私はユーグに対しては少しだけ甘くて、ユーグの願いは何でも叶えたい。

部屋に飾られた花瓶に目を向ける。

私が触れると水が溢れて花を咲かせる、花瓶。

あれは私が初めて触れた神器で、孤児院から連れてきた唯一の神器。

全ての始まりの神器だ。


思い返せば、少しだけぼけてしまったみんなの顔が浮かんでくる。

もうひとつの私の家族。


どこから話せば良いだろうか。

思いを巡らせながら、私は視線をユーグへと戻す。

真剣な表情で見つめ返してくれるユーグに、私はゆっくりと口を開いた。

かつての私が、王女になると決意するまでの少しだけ情けない話。

始まりはやっぱり神器だった。



-----------------------------------------




「神器?」

「ええ、そう。かつてこの地で暮らしていたという神様のお使いになられた道具のことです」


それは、この国の人間ならば誰もが知るような話だった。

子供から大人まで、貧富の差など関係なく知られているような有名な話。

私はその有名な話を、孤児院で学んだ。

同じく孤児院預かりとなった多くの子供たちとともに。


「でもさ、そもそも神様なんて本当にいんのかよ。俺見たことねえぞ?」

「おりますとも。これほど多くの神器が残されているのですから」

「じゃあ何で今はいないの?」

「その話を今日はあなたたちに聞かせたいのよ。平和を願い支えあって生きていくためにとても大事なことです」


当時は他人事のように聞いていた。

月に1回、10にも満たない子供たちを集めて聞かされていた話だ。

毎回毎回先生が語り聞かせてくるから、やがてそれらは刷り込まれて私たちにとっての常識となった。


「全ては人間の欲深さが招いた結果なのです。己が欲を優先し争いを止めることなく互いに奪い合い続けた。神々はそうした欲深い人間に愛想を尽かしこの地を去ってしまいました」

「どこにいったの?」

「さあ、どこでしょうか。私たち人間には知ることも出来ません」

「僕たちは捨てられたの? 神様にも」

「いいえ。神様は慈悲深い存在です。きちんと私たちをお見守り下さってはいるのですよ。だから神様が遣いし神子様がこの国には現れるでしょう?」

「神子……、あ! 神の遣い様?」

「そうです。私たちが欲深い人間の性を悔い改め心から謙虚に生きるとき、神の遣い様は私たちのもとへと現れて下さいます。そうして手を差し伸べてくれることでしょう」


いつだって結びは「だから謙虚にまっすぐ生きなさい」という教えだった。

やっぱり私は他人事のように聞いていたのかもしれない。

例えば神様が本当にいて、私たちを見守ってくれているのだとしても、きっと私に手を差し伸べられることはない。

血の繋がった家族にすら手を差し伸べてもらえなかった私のもとには来ないだろう。


「来てくれるなら、神様じゃなくて家族がいいなあ」


ぽつりとつぶやいたことを覚えている。

父親が誰かなど分からない。母親が誰なのかも分からない。

私はこの孤児院の前に置いていかれたのだという。

大雨に打たれながら扉の前で座り込み、大きな声で泣いていたのだという。

そんな分かりやすい捨て子だった。

戦後で貧しかった当時のスフィード王国では、さほど珍しいことでもない。

私にその時の記憶は、ないけれど。


「リリ」

「あ、ごめんなさい」


悲しそうに眉を下げた先生に、気まずくなって謝罪した。

けれどついポロっとこぼれたあの言葉は、私の紛うことのない本心だったのだろう。

私にとって、神様なんて存在はそれくらい遠い話だったのだ。


「え、神器……ここにもあるの?」

「ええ。昔から大事に保管されている一品があるのよ」

「その大事な守り役を、私に? どうして」

「どうしてかしら。なんとなく思いついてね」


そんな私が初めて神器を目にしたのは、だいたい10歳の頃くらいだろうか。

専用に作られたのだという小さな部屋に案内され目にしたのは、ひとつの花瓶だった。

10歳の子供が片手で持つには少し大きなそれは、とても昔に作られたものだというのに新品同様の透明感を発していた。

部屋の明かりを灯せば、ほんのりと淡い水色の花柄が浮かぶ。


「きれい……」

「そうでしょう? かつて花の神様が子供たちを励まそうと授けて下さった大事なものなの」


神器にも神話にもさほど興味を持っていなかった私が、それでも見惚れてしまうほど不思議な魅力がその花瓶にはあった。

吸い込まれるように花瓶を見つめ続ける。


「傷をつけてしまわないよう、柔らかな布で優しく拭ってね。埃をかぶってしまわぬように」


先生の言葉に頷き、恐る恐る両手で取った。

そうすると、花瓶に接する手のひらがひやりと冷たく、何かが流れてくる不思議な感覚がする。


「な、なに?」

「どうしたの、リリ?」

「な、なんでもない、です」


怖くなりとっさに手を離した。

そうして一歩後ずされば、手のひらの冷気はどこかへと逃げていく。

生まれて初めての理解できない感覚、体の中を流れる何か。

それが普通のことではないのだと、知ったのは翌日のことだった。


一人きりの部屋で教えられた通り花瓶を拭おうとしたその瞬間のこと。

また同じように手のひらに水のような冷たい何かが流れる。

怖かったけれど、今回は手を放さずにじっと見つめる。

変化はすぐに訪れた。


「水、が……花も」


そう、どこからともなく水がわいてきたのだ。

そこに浮かんだのは一輪の小さな花。

この孤児院の周辺にもよく咲いている花だ。


「ど、どうして?」


始めはただただ困惑した。

だって、何もないところから水がわいてなどくるはずがない。

植えてもいない場所から花が現れて咲くだなんて聞いたこともない。


「これが、神器」


本当に神様はいたのだと、そこで初めて実感した。

人とはまるで違う存在がいたのだと。


「先生、あの神器は、一体どういう道具なの?」

「あら、興味を持ってくれて嬉しいわ。あれはね、神様が手に取ればたちまちお花を溢れさせる生花の花瓶なの。色とりどりのお花で子供たちの心を華やかにしてくださったのだそうよ」

「神様だけ? 人は、手にとっても花が咲かない?」

「そうね。神様以外には神器は使えないわ。ただ一人の例外は神の遣い様だけ」

「神の、遣い」

「そう。神様が遣わした神子様は、その証に神器を操り人々を助けると言われているわ」


ぞくりと、背が凍るというのはきっとああいう感覚なのだろう。

信じられない思いで私はその言葉を受け取っていた。


それからこっそりと何度も陰で試しては、やはり何度も水がわき花が咲く。

触れただけで、体にひやりとした何かが流れるのだ。


神の遣い。

慈悲深い神様が遣わした神子で、神様にしか使えない神器を使うことができる選ばれた人間。


「どうして」


まさか、自分がそうだなんて思わないじゃないか。

だって私は家族にも恵まれなかった、こぼれた側の人間なのだ。

選ばれない側の人間のはずだ。


10歳の私だって知っていた。

神の遣いは、何百年に1度という頻度でしか現れないこと。

人々の助けとなり、一人残らず名前が残ってきた偉大な存在だってこと。


「何かの、まちがい。きっと、そう」


とても信じられなくて、私は見て見ぬふりを決め込んだ。

ただの捨て子が名乗るには、神の遣いはあまりに壮大すぎる。

自ら名乗る勇気など、持てるはずもなかった。


このまま秘密を抱えて、そしらぬふりをして、そうすればきっと知られることだってないはずだ。

前に神の遣いが発見されたのだって何百年も前なのだ。

そうして私はずっと”ただの孤児”のまま、目立たないように生きてきた。


ユーグが、孤児院へと訪れるまで。





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