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心を預ける 後編


2人きりになると決まって訪れる場所がある。

王城の隅にある小さな小さな庭園だ。

中央に小さな東屋があり、私と兄様はよくここで共に過ごす。

人気の少ない場所であり、静かに落ち着いて話が出来るのだ。

周囲も色々と気遣ってくれるおかげで、2人で過ごす時には人の気配が無くなる。


「ところでリリ。さっきから私の事を“兄様”と呼び続けているね?」

「え? ……あ」

「敬語も」

「うっ」


そうして2人きりになると、近頃はこうして少しだけ素を見せてくれるようになった。

先ほどの、医務室でも少し出てはいたけれど。

素の兄様は、ほんの少しだけ意地悪な甘えん坊になる。


「さあ、言ってリリ。私のことは何て呼ぶんだい?」

「う……、ゆ、ユーグ……様」

「様?」

「ゆ、ユーグ」

「うん、良く出来ました。呼び捨て、慣れるんだよ早く」

「で、ですけど兄さ……ゆ、ユーグ」

「あと敬語も」

「っ、そ、そう簡単には」

「……嫌?」


……兄様は、拗ねるのがとても上手だ。

意外だったけれど。

首を傾げ寂しげに問われてしまえば、とても抗える気がしない。


「難しいんで……だもの。今までずっと“兄様”として接してきたのに」

「うん、分かっているよ。だからかな。自業自得だけれど、破りたくてね殻を」

「……私の想いは何も変わらないのに?」

「私の想いが大きく膨れている」

「に、にいさ……ユーグ……!」

「狡い男ですまない。酷い男だと自分でも思う。けれどどうにも抑えが効かない。恋人の距離にもっとなりたくて焦れてしまう」

「に、ゆ、ユーグ」

「私の愛は人に比べてどうやらとびきり重いらしい。君はこんな男、嫌いになってしまう?」


……兄様は、ずるい人だ。

そんな一面を、こうなって初めて知った。

もう私はいっぱいいっぱいになってしまって、顔を上げられない。

どうしよう、恥ずかしくて兄様の顔をまともにみることができない。

代わりにと、懐から取り出したのは真っ赤なイヤリング。

過去の失敗のおかげで見る度に恥ずかしくなってしまうから普段は身に付けない神器だ。


『嫌いになんて、なるわけがないのに。好きすぎて、いつも心身が言うことを効かないと知っているはずなのに』


目をギュッとつぶって責め立てるように想いを流し込む。

口に出すのはあまりに恥ずかしい。

神器を頼るなんて、最大級に情けない話だ。

それでも私の恋愛能力では、とても対抗できない。

ずるい人モードの兄様の目は、とても魅惑的だ。

何だか吸い込まれてしまいそうで、怖くなる。

自分の何もかもがふやけて訳が分からなくなってしまう。


「……狡いのは、リリの方だよ」


ぼそりと拗ねた声が聞こえた。

途端にふわっと体が持ち上がる。


「っ!? に、兄様!?」

「違うでしょ」

「ゆ、ゆ、ゆーぐっ」

「ん。良い子」


逞しくて少し硬い膝の上、ぎゅっと抱きしめられる。

顔が近い。息が首筋にかかる。

はあ、と長い長い息がくすぐったい。


「どんどん、ふやけてくれて構わないから。君の想いは私を喜ばせるだけだ」

「え? き、聞こえて……!?」

「ばっちりね。私の想いもきちんと、届いている? いつまでも私とのことを政略恋愛だと思われたら困るよ?」

「え、えっと」

「……リリを失ったらもう、生きていけないかもしれない」


最後の言葉だけ、ひどく弱々しいものだった。

抱きしめられるその力とはまるで反した弱い声。

はっと我に返る。


じわりじわりと言葉が内に染み込み、涙腺を刺激した。

そういう存在に、なれたのだと実感して。

ぎゅっと、その頭を両腕で包んで抱きしめる。


「大丈夫。ずっと一緒だからユーグ」


ようやく兄様ではなく、ユーグへの言葉が口からこぼれてくれた。

等身大の、対等な相手としての想いが溢れる。

守られるばかりではなくて守りたい。

知ることが出来たこの不器用さを抱えて、一緒に過ごしたい。

その想いが溢れた。


『リリにこれ以上重いものを押し付けてしまうのは』

『傍にいたい』

『嫌われたくはない』

『きちんと大事にしたい』

『甘えても大丈夫だろうか』

『幸せにしたい』

『けれど、どうしたって怖い』


神器を通して伝わるユーグの想い。

私を守ろうとする声達と、私を頼ってくれる声達。

この声と私に向けてくれる言葉の解離が、最近ではとても小さくなったように思う。

そうやって私に心を預けてくれるようになったことが、嬉しかった。


「家族、になるのだから」

「……リリ?」

「家族って良いものだなって、そう思ってもらえる私になりたい」

「……リリ」

「大丈夫だよ。私は案外、たくましいから。神様のご加護も、あるし」

「…………うん、そうだね」

「重いもの、どんどん預けてね」


今までで一番の抱擁を受ける。

肩が少しだけ湿っぽくて、ユーグが声を押し殺していた。

背に回った彼の手が強く震えている。

その震えを、未だ乗り越えられない葛藤を、収められる力はない。

けれど長い時間をかけて平らになだらかに、彼の日常がなってくれたならば。

願いを込めて力を込める。


「結婚式が楽しみになってきた」

「ふふ、それは何より。私には野望があるんです」

「……野望?」

「お父様とシリクスお兄様を感動させたい」

「……普通にするのでは?」

「泣いて下さるかな?」

「…………陛下はともかく、殿下はどうかな」

「だから野望、なのですよ」

「ふふ、分かった。協力するよ」


日々は淡々と過ぎていく。

どれほど苛烈な思い出も、時と共に薄れていく。

それでも全てが消えて無くなるわけではない。

喜びも苦しみも葛藤も全て残り続ける。

そうして平らに馴らされた時に胸に占めるものが、最後に残ったものが何になるのか。

少しでも明るく幸せなものであってほしい。

そんなことを強く思いながら、私はユーグに体を預けた。













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