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1.世界が変わった日のこと

その力に目覚めたのがいつのことだったのか、私には分からない。

けれど自分がどうやら人とは違う力を持っているらしいと知った瞬間のことは今でもはっきり覚えている。


寂れた孤児院で大事に保管されていた神器。

それを目の前に呆然としたのは今からもう8年も前のこと。

当時10歳だった私にだって目の前で起きたことがどういうことなのか分かってしまった。

どうやら自分は“神の遣い”に選ばれてしまったらしいと。


大昔、この世界では多くの神々がこの大地で生活をしていたらしい。

その時神により作られ神によって使われていたとされる道具達を私たちは神器と呼んでいる。

神器は、今でも世界中のに至るところに散らばっていた。

明らかに遺跡じみたものから、そこら辺の石ころにしか見えないようなものまで形は様々。

ただ神器には総じて不思議な力が宿り、それらは総じて人からすれば強大な力だ。

そんな神器の力を引き出し発動できる者は、数百年に1人いるかいないかというほどの希少さだった。

それ故その存在は神から遣わされた奇跡の存在だとされ、これまで1人残らず名が記されている。

それが神の遣い。



それは、この世界に暮らす者ならば誰もが知る公然の歴史だった。

もはや伝説や神話とすらなっているような、にわかには信じ難い話。


まさか本当に実在して、しかもそれが自分だなんていきなり信じられるわけがなくて。

ただの孤児にはなおのこと大きすぎる名前に感じた。

家族にすら恵まれなかった自分が、選ばれた存在だなどと思えるはずもない。

だからこそ気付いたと同時に何かの間違いだと自分に言い聞かせずっと隠してきた力。


そんな私にこの力を公にすると決めさせたのは、とある方のペンダントから流れてきた記憶だった。

きっと本人ですらそれが神器であることに気付いていないだろう。

その方が肌身離さず身につけるそれが神器だと知ったのは、ほとんど事故のようなものだ。

国の守護神とまで称される将軍様が慰問で孤児院まで来たのは例の力に気付いてから5年ほどたった頃のこと。



「おっと、大丈夫かい?」


興奮した子供達を宥めようとして巻き込まれ転んだ私は、とても軍人様には思えないような穏やかで優しい声に抱き起された。

その時にふと目に入ったのは、胸元に輝く小ぶりで綺麗なエメラルド。

男性がつけるには少し違和感のあるそれに、何故だか強烈に引き付けられて触れてしまったのはその直後のことだ。


その神器に宿った力は、記憶の記録だった。

そのペンダントが見てきた記憶、持ち主の心の移り変わり、全てのことを記録し脳裏に映し出す。

触れた瞬間に流れてきたのは、神器が吸い取り留めてきた膨大な情報で。

その中でも最も強く残されていた記憶は、あまりに苛烈だった。


将軍様……ユーグ兄様が味わった地獄を、私はきっと一生忘れないだろう。

膨大な記憶の中から特に色濃く鮮明に流れてきたのは、ずっと憧れていた人の凄惨な過去だった。






「う、が……っ」


「だ、誰か助けてくれ!!」


「いやアアアア、あなた、あなたーっ!」



そこは、私が聞いたこともないような叫びだらけだった。

目に映る景色は赤と黒だらけ。

誰もが混乱し、誰もが叫び、そして絶えていく。

人の悲鳴を聞くのも、血だらけの死体をみるのも、そして武器を見るのだって初めてのこと。


その場所は質素だけれど平穏な場所だった。

辺境の寂れた田舎町といえど、笑顔の絶えない平和で幸せな場所だったはずだ。

何の疑いも無くその平和が続くと誰もが信じているようだった。

きっとそれは、この記憶の主であるユーグ兄様だって同じはず。


そう、だからこれは彼にとって全ての世界が崩壊した出来事でもあるんだろう。




「あ、あ……とう、さん? か、かあ、さ」


「に……げろ、ユーグ」


「にい、ちゃ」



……彼のお父様とお母様は体すら残らなかった。

お兄様は一言だけ何とか言葉にすると、間もなく動かなくなった。

何が起こったのかなんて、当然彼には分かっていない。


ただはっきりとしていたことは、獣のような形相をした男達が大勢この町にやってきたこと。

見たことのない黒く小さな武器がたくさん投げ込まれたこと。

小さいくせに威力だけはやたらとあるソレは瞬く間に町を火で埋め尽くしたこと。

それは後に爆弾だと知らされる、近代技術の結晶で。

そんな武器の存在すら知らない住民達はただただ逃げ惑うしかできなかった。

人の声は瞬く間に数を減らし消えていく。



「……んだよ、しけてんな。もっと食いモンとかねえのかよ」


「どいつもこいつも素人ばっかじゃねえかよ、ったく、弾薬無駄にしたじゃねえか、クソが」


「チッ、さっさと死にやがって。つまんねえ」




……きっと、男達が狂気と共に吐き出したその言葉を忘れることはないんだろう。

目の前で残虐に殺されていった故郷の仲間達。

凄惨な光景の血に染まった景色の中で、笑みすら見せ歩く男達。

命というものの価値が恐ろしく鈍くなるほどの異様な光景。


血だらけになり、ジリジリと逃げ場を失いながら、ここで死ぬのだとそんな念が伝わった。

ガチガチと恐怖で歯が震え、足の感覚はとうに失せ、頭だって働かない。

それは当時まだたった10歳だった彼が生き残るにはあまりにも過酷な状況だった。

逃げることすらできない極限状態の精神で、ひたすら冷たくなった兄の体を抱きしめていたその感触が私にまで生々しく伝わる。



「ああ? 何だ、まだ生きてんのがいんじゃねえかよ」


「ひ、ひいっ」


「はは、怖いか、俺らが。そうか、怖いよなあ? 可哀想に、兄ちゃんも殺されてなあ?今までお幸せに暮らしてきたのによ」


「ち、近づくなっ!!!」


「はははは! もっと怖がれ!! これはてめえらの罰なんだよ、のうのうと知らぬ顔で生きやがって!!」




大柄の、毛むくじゃらの、熊のような男に頭を鷲掴みされた彼。

痛いなんてものじゃなくて、意識が遠のくほどの力。

恐怖が行き過ぎて、最後の方は悲鳴すらも上げられなかった。



「そこまでだ」



凛とした声が響いたのは、そんな時のこと。

血と泥と死臭に満ちたその場にそぐわない、酷く落ち着き払った顔。

極限状態にいた彼にその顔まで認識する余裕はない。

ただ感じたのは、誰かがいるというそれだけのこと。



「んだ、てめえ。のこのこ死にに来たのか? そんなお上品な服着てよお」



ギロリと淀んだ目で見つめる男達からは間違いなく常軌を逸した狂気を感じるというのにその人は一切の動揺を見せない。




「これ以上好き勝手は許さん。去れ」


「ハッ、何だてめえいっちょ前に正義のヒーロー気取りか、ああ?」


「そりゃ傑作だ! 残念ながらこのガキ以外全員死んでるけどなあ!」




男達の動きは当然のごとく止まらなかった。

ギラギラと獣のように目を光らせ、口元に笑みすら浮かべてその人に近づいていく。

途切れそうになる意識の中、ベシャッと鈍い音と共に地面に放られた彼は遠目でその光景を眺めていた。

けれど、男たちの笑みもそう長くは続かない。



「な……っ、ガッ……!」


「グッ、な、なにしやがっ」


「や、やめ……っ」


「言ったはずだ、これ以上の好き勝手は許さんと」



一瞬の出来事だった。

少なくとも彼にはそう感じた。

どれほどの時間が経ったのか正確には理解できなかったが、凛とした声に呼応するかのように大量の兵士が家になだれ込む。

取り押さえられ首筋に刃を突き付けられ、抵抗すれば手足を刺される。

一気に形成が逆転したその訳をユーグ兄様は知らなかった。

はっきり分かったのは、さきほどまで自分達を痛めつけていた男達の顔が恐怖に染まっているということだけ。そう、さっきまさに自分が浮かべていただろう表情と同じ。


やがて男達は抵抗する力すら失い、地面に投げ捨てられた。

呆然とただただその光景を遠のく意識の中眺めていたユーグ兄様。




「生きて、いるな」



その言葉が届くまでどれほどの時間が経ったかは分からなかった。

体力も気力も削られ視線すら上がらなくなっていた彼の目にはもはや服の裾しか映らない。

敵なのか味方なのか、判断すらできない。

しかしその声を聞いた瞬間、どうしようもなく体が熱くなった。

その人に触れられた瞬間、もう大丈夫だとそう感じたのが何故だか分からない。



「よく、生きていてくれた」



そっと労るように抱きあげられそこで彼の意識はとうとう途切れる。

それが自分を救ってくれたその人のために全てを捧げると決意した彼の、始まりの記憶。


今ではロキアの悲劇と呼ばれる出来事。

当時どこの国にも属さず戦にも参加していなかった村が残虐に滅ぼされた負の記憶。

その中でただ1人の生存者であるユーグ兄様は、今日もそんな悲惨な過去があったことなど誰にも悟らせず笑っていた。


穏やかに、凪いだ風のように。

その心に深い憎悪と悲しみを押し込めて。


……何も知らないままでいられたら良かったのかもしれない。

ただただ受ける好意に感謝して笑っていられたら幸せだったのかもしれない。


けれど私は知ってしまった。

ユーグ兄様がどれほどの思いを抱えてその場に立ち続けているのか。

乗り越え切れていない葛藤を。

それでも何とか押し込めて笑い続けるその意味を。


だから決めたんだ。

少しでもユーグ様が望む未来を手に入れられるよう、この身を捧げようと。

たとえばそこに私の望むような絆がなかったとしたって構わない。


始まりの気持ちが同情だったのか、それとも本当に一目惚れだったのかなんて分からない。

けれどその身に強さと脆さを併せ持つ兄様を、少しでも守れる自分になりたいと強く思ったことだけははっきりと覚えている。


私がユーグ兄様の傀儡になると決意したのは、今から3年ほど前のこと。

凍えるような寒さが少し和らいだ、15歳の冬のことだった。







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