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16.傀儡の恋の果て



王都に戻ってからは穏やかな日々が続いた。

戦があったことなど信じられないほどに、穏やかな今まで通りの生活。


けれど、それまでとは確かに違うことも多々あった。



「リリ様、聞いて下さいます? シリクスさまったら私の乙女心に全く気付いて下さらないのです」


「は、い?」


「奇跡の王太子だなんて呼ばれるほど頭が良いのに、なぜ私の気持ちに気付いて下さらないのかしら……、私はただただ1秒だけでもシリクス様とお話できればそれで幸せだと言うのに。それなのに“私の生活に合わせる必要などないから早く寝ろ”だなんて……っ」


「えっ、と……お義姉様の体が純粋に心配だからでは」


「分かっています、分かっているのです……! 表情の変化も乏しく、言葉も多い方ではないけれど、あの方は私のことをしっかりと愛してくださっている。シリクス様に嫁ぐことが出来て私は幸せなのです」


「は、はい」


「でも、割り切れない気持ちもあるのですよ。どうか、どうかお話だけでも聞いて下さい、リリ様ー!」


「よ、喜んで」



シリクスお兄様のお妃様であるミレイ様とお茶会をしながら、そんなことを思う。

あれ以来、お父様やシリクスお兄様とは少しずつ家族としての時間を過ごすようになった。

それまで挨拶程度にしか顔を合わせなかったお義姉さまとこうして話すようになったのも最近で。

少しずつ、本当にゆっくりなペースで、家族の絆というものが構築されている気がする。

家族など知らなかった孤児の私は、少しずつそれがどういうものなのか理解するようになってきた。




「お帰り、リリ。ミレイ様とのお茶会は楽しかった?」


「ただいま帰りました、兄様。その……目のやり場に困ってしまって」


「……目のやり場?」


「兄様、家族のノロケ話にはどう反応すれば良いのでしょうか?」


「え、惚気……? ああ、ふふ、相変わらずだねお2人は」



兄様と話しながら、未だこんな日常を送っている自分を不思議に思う。

陛下を父と呼び、殿下を兄と呼び、そして兄様と気軽に話すこの光景を、かつての私は全く想像できていなかったから。



「さて、と。確かリリはこの後、殿下の元へ行くんだよね? 例の仕事で」


「はい、また依頼があったようなので内容を聞いてきます。兄様は訓練場、ですよね?」


「ああ、何だか最近稽古をつけてもらいたがる者がやたらと多くてね」


「人気者ですね」


「神の遣い様ほどではないけどね」


「そんなことは」


「ないとは言えないだろう? さ、部屋まで案内するからこっちおいで」


「はい」



そんな会話を交わし、お互いに顔を見合わせ笑う。

変わったと言えば、私だけではなく兄様も大きく変わった。


今まで穏やかながらもどこか他人と一線を引いていた兄様が、少しずつその距離を縮めるようになったのだ。必要なこと以外では話しかけなかったのに、今では世間話も雑談も皆に混ざって時折している。

鉄壁だったその表情が和らいで、素の若い青年のそれになるところを何度か目にした。

そんな変化が私は嬉しい。



「では、また後で。……迎えに来るから待ってて」


「はい」


相変わらず私に振り返りもせず去ってゆく兄様の背を見ても、もう切ない気持ちになることはない。

私も兄様から背を向けて扉を開けた。




「リリ、来たか」


「はい、失礼します。……お父様? いらしてたんですか」


「邪魔するぞ、リリ。思いがけず暇ができてな」


「そうだったのですか」



殿下の政務室に入り、私は静かにその机に近づく。

お父様は今日もにこやかに笑って、私達を見つめていた。


あの日、私達がクルク王国と戦っていた時、東部検問にて一人アギリア帝国を押さえつけていたのはこのお父様だ。

お父様はアギリア帝国に「自国のことは自国で解決する。貴国の援護も無用」とばっさり言い切り、検問から一歩たりとも中へと入れなかったのだという。

そうして他国の目を気にするアギリアの性質を突き、近隣諸国にもその旨を通知する書簡を送り表明していた。その代わりスフィードだけでは到底敵わない状況下だと判断された場合は、王のもてる全権をアギリアに譲り力になるとの一文も添えて。その基準は、南部国境の町スルドが陥落するかしないか。

その条件をアギリアにのませた時のお父様の様子は今でも兵達の間で語られているらしい。それほど鬼気迫るものだったと。

やはりこの方はお兄様の父でありこの国の王なのだとその時私はそう強く実感した。



「それで、今日来た仕事だが」


回想していた私の耳にふとお兄様の声が届く。

ハッと我に返った私は、お兄様が手に持つ書類を眺めながらその続きを待った。



「フェルドで来月、子供達を集めた催しをやるのは知ってるか?」


「フェルド……あ、もしかして絵本祭り。2日にかけてスフィードの人気絵本を読み聞かせるお祭りですよね」


「そうだ。この国はまだ識字率が低いからな、絵本に興味があっても読めない子供は多い。そこでだ、祭りの目玉としてお前の巨大化の力を借りたいらしい」


「それは、絵本を大きくするということですか?」


「ああ、そうだ。参加者があまりに多く遠くの子供まで見えないということが多々あったということだからな、大勢が共に楽しめるよう協力が欲しいと」


「分かりました、お受けします。来月のシュリ国への訪問とは重なっていませんよね、確か」


「ああ、確認済みだ」


「ならば、喜んで」



笑って頷けば、シリクスお兄様が返事をするように頷き返してその書類に判を押す。

そして手渡されたフェルドからの手紙をじっと見つめた。



「ずいぶん慣れたものだな、リリよ」


お父様から声が届いたのはそれから少し経った頃。

パッと顔を上げてその顔を見れば、お父様は満足そうに笑っている。

私はその笑顔に少し照れ臭くなって、すぐに視線をそらしてしまった。



ユーグ兄様が言っていた“例の仕事”とは、神器の力を使って国民たちの依頼を無償で受けるというもの。

それは王女として出来ることの方が少なかった私が唯一思いつくことのできた自分の役割だ。

出来ることならば、戦いの道具としてではなく人の役に立つ道具としてこの力を使いたい。

自分の遠い姿……イルフィリアの想いをスレイから教えてもらって実感したことだった。


傀儡として王女となった私。

けれどこれは紛れもなく自分自身の意志だ。

私はいつの間にか傀儡ではなくなっていたのだとようやく気付く。

……気付くことが出来て良かった。

全てを悟ったようにして、そうしてただただ受け入れるだけの自分よりも、今の自分の方がずっとずっと好きだと思えたから。


そうして仕事の確認をしながら、久しぶりに3人集まったということで世間話にも花が咲く。

大抵はお父様とお兄様の難しい話が多く私はほとんど聞き役だったけれど、この少し緩んだような空気は私も好きだった。

だから飽きることなく、ただただお2人の話に耳を傾ける私。


コンコンと、扉を控えめに叩く音が響いたのはその直後のこと。



「ユーグ兄様だ」


癖を知っている私は、思わず呟いて扉へと足を向ける。

けれど、それを止めたのはいつの間にかすぐ後ろにまで来ていたシリクスお兄様だった。

不思議に思って振り返ると、無言のままシリクスお兄様は首を横に振る。

首を傾げている間に扉が開く音がした。



「来たか、ユーグよ」


「……はい」


「はは、いやに緊張しておるな。前はもっと派手にやっただろうに」


「…………あの時とは、状況が違いますから」



そんな会話が耳に届いて、私は振り返る。

そうすると目に入ったのは、両手にリリの花束を抱えた兄様だった。




「兄様?」


いつもと違う空気に戸惑って、じっと兄様を見つめる私。

けれど、兄様はやっぱりにこりとも笑わずその場で大きく呼吸を繰り返すだけ。

それを訳が分からないままに待っていると、兄様は突然私の目の前まで来てスッとその場に跪いた。



「に、兄様?」


「どうか」


「え?」


「貴女を愛し守る栄誉を、どうかこの私にいただけないでしょうか」



そうして紡がれたその言葉に、私は目を見開く。

それは、かつて同じ人に言われたことのある始まりの言葉。

けれど彼が手にしているのはリクリスの花ではなく、私が好きだと言ったリリの花。


ゆるりゆるりと状況を理解して頭が真っ白になる私。

そんな私に構わず、兄様は言葉を続ける。




「貴女のことを、愛している。……心の底から」



告げられた言葉に私の体は熱くなってしまってどうしようもない。

信じられなくて、けれど、信じたいとも思って、私は少し意地悪な問いかけをしてみた。



「ユーグ兄様、私……夢でも見ているのですか? だって、ユーグ兄様は私のこと妹としてしか見ていないのだと」



あの時の言葉をそのままに返した私に、兄様が苦笑する。

その笑みにつられるようにして、私も小さく吹き出した。



「君にそう言わせてしまうのは、私の自業自得だね。過去はどうしたって取り返せない」


「兄様、違うの。これは言葉の綾で」


「うん、知ってる。けれど言わせてくれ。もし、君が信じられないというのならば、私は何度だって君に告げるよ」


「え?」


「君が私のためにずっと頑張ってくれたように、今度は私が頑張る番だ」



そうきっぱり告げる兄様の顔はすっきりとしている。

こちらが見惚れてしまうほどに。


そして、そのまま兄様は私にリリの花を差し出して口を開いた。




「どうか、私を生涯の伴侶として選んでほしい。傀儡としてではなく、共に手を取り合う恋人として」



その言葉に、否などあるはずもない。

想いが膨れてどうしようもなくなり、私はその胸に飛び込んだ。

彼が選んでくれたリリの花束と一緒に。



「はい。はい……っ、もちろん、喜んで!」



そう返せばほっとした様に息を吐きだし強く抱き返してくれる大事な人。

朗らかに笑うお父様や、呆れたように笑うお兄様の姿など忘れ、頷き続けた。


そうして私達の婚約関係は、新たに始まった。










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