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15.爪痕と希望



「王女殿下に、ユーグ将軍……このようなところまで」


「来るのが遅くなり申し訳ありません。……私達にも花を手向けさせていただいても良いですか?」


「ええ、ええ……っ、貴方様方に来ていただけるとは、あの子も喜びます」



歴史的なクルク軍撤退からひと月。

私とユーグ兄様は、再びスルドへとやってきていた。

体に受けた傷の治療は壊滅的被害を受けたスルドでは難しく、隣町でしばらく治療を受けていた私はひと月ぶりにこの地を訪れている。


未だに足は痛み、中々いう事を聞かない。

けれど、何とか杖を使いながらなら歩けるようになった私はどうしてもこの場所に来なければいけないと思ったのだ。


今、道路は多くの花で埋め尽くされている。

地面や壁に埋め込まれた戦の痕を覆うように溢れる色とりどりの花々。

つい一か月前にここで起きたことを思い返して、グッと胸に鉛が落ちる。

それは膨らんでは体内を圧迫して、私に吐き気を伝える厄介なものだ。



「リリ」


「……はい」



まだしゃがみこむことは出来ないから、立った位置から出来る限り丁寧に花を添えて私はその場で目を閉ざした。



『貴方様方が死ねば、希望も残らない。どうか、行ってください!』


最期の最期まで勇気を振り絞り戦い続けてくれた彼は多くの人に愛された存在だったのだろう。

花が幾重にも積み重なって、花びらがあたりに舞っている。



「ありがとう、最期まで私達を信じてくれて。貴方のおかげで、スフィードは希望を繋げることができました」



静まり返る道端で、誰かのすすり泣く声が聞こえる。

膝を崩し、叫ぶように嗚咽する声が響いている。

その中で私が伝えられることはあまりに少なくて。

それが届いていてくれるかももはや確認できなくなってしまった彼に思いを馳せる。


彼だけではない。

スフィードを守るためこの戦に身を投じた人々は、半数を優に超えるほどの人が帰ってこなかった。

最終的に勝利という形にはなったけれど、それでも手放しで良かったと言うにはあまりに多い犠牲を払っている。


花の手向けられた場所ひとつひとつ、私が辿った道のひとつひとつを回っている私達。

町を歩けば歩くほど、痕は鮮明に私達にその戦いの凄まじさを訴えてくる。


あちこちに突き刺さる銃弾。

黒く焼け焦げた家。

崩れて元がどんな形をしていたのかすら分からない建物。

そしていたるところに残る、赤の色。


クルクを撤退させた喜びよりも、至る所で失われた尊い命を嘆く声の方が今では当然多い。

戦の、あの異様な空間の中で初めは勝ったことに歓喜していた兵士達も、次第に失くしたものの大きさと悲しみに襲われた。呆然とその場に立ち尽くし涙すらも流せないその様子を、私は決して忘れてはいけないと思う。



「王女様、本当に、本当に……何とお礼を申し上げたら良いか。貴女様がいらっしゃったから、あの子の死は無駄にならなかった。貴女様がいらっしゃらなかったらと思うと……っ」


「……私は何もできませんでしたよ。守られてばかりだった。彼らがいたからこそ、この国は守られたんです」


「例え仮にそうだったとしてもです。それでも、共にその場に立ち皆の希望になって下さったことには変わりない」



多くの人にそう言われた。

涙を流しながら、時には崩れるように地面に這いつくばりながら。

……けれど、その声に応えられるようなことは、私は本当にできなかったのだ。


グッと歯噛みするその力が強まる。

もっと出来る手はあったのかもしれない、あの震えて何も考えられなくなっていた時間さえなければどうにかなった命はあったかもしれない。どうしたってそう思ってしまう心は消えない。

けれど、そんな姿を皆に見せるわけにはいかなかった。

一番に悲しいのも、一番に苦しいのも、私ではないのだから。



「彼の献身とその勇気に心から感謝します。彼が、彼らが守ってくれたものは必ず、次代へ繋げていきますから」


兄様が私の肩に優しく触れながら、そう誓う。

目の前にいた女性は、その言葉に涙を流しながらも「頼みますよ」と笑ってみせた。






「……強いね、人間というものは」



スルドから隣町へと戻ると、兄様がそうぽつりと呟く。

放心したように天井を見つめる兄様に、わたしは頷いた。



「私……覚悟がまだまだ足りなかったのかもしれない。本当ならば王女として真っ先に知らなければいけなかったこと、考えなければいけなかったこと、もっとあったのだと痛感しました」


「そんなことはないと思うけどね。……私からしてみると、リリだって十分強い人だ」



2人きりの部屋の中で、静かに会話が続く。

戦を共に乗り越えたからなのか理由はよく分からないけれど、私達の会話のその内容は以前とはずいぶんと異なっていた。


お互いが本音で話しているのだと、今は実感できる。

前はおままごとのようなやり取りばかりを繰り返していたのだと、こうなってみて改めて思った。

お互い深くまで入り込むことはせず、毒にも薬にもならない語り合いをしていたのだと。



「本質を忘れてはいけないね」


不意に兄様がそんなことを言う。

視線を向ければ兄様も私の方を見ていて、苦く笑った。



「……何もかもを一辺倒でくくれるわけがないんだ、世の中は。だからこそ、怖くとも手を伸ばさなければ駄目なんだろうね……乗り越えたいと、真に思うのならば」


「兄様……?」


「酷く自分勝手なことだと承知の上で言うよ。リリ、共に守ってくれるかい? この国を」



そうして声に出して言われたその言葉に、私は目を見開く。

だってそれは明らかに今までの兄様では言わなかった言葉だろうから。

……私の考えが変わったように、兄様の中でも何かが変わったのだろうか?

そんなことを思う私。

その疑問の答えなど、そう簡単には出てきてくれないけれど。


でも、兄様から告げられた言葉に否などない。



「勿論ですよ。だって、ここは私の守るべき国なんですから」



そう言葉にすれば、自分でも驚くほど清々しく笑えている気がした。

だってそれは私が傀儡だからじゃなく、兄様の役に立ちたいからでもなく、自分の心が訴えたものだ。



「うん、そうだね。その通りだ。ならば私も私の役割を果たすことにするよ」


そして兄様の顔もどことなくすっきりとしているように思える。

私の言葉に大きく頷いて、そうして私に手を差し出してきた。

私はやっぱりそれに少し驚いて、けれど笑んだままその手を握り返す。



「君が私達に与えてくれたものに心から感謝するよ、リリ。それに見合えるだけの自分になるとここで誓う」


「あ、れ……?それは、私の台詞な気がするのですけど」


「はは、それは気が合うね」



やっと、本当の意味で私たちは同じ方向を見られるようになったのかもしれない。

そんなことを思った。









「んじゃ、またな。それ以上怪我増やすんじゃねえぞ」


「うん、本当にありがとう。ラスエ……じゃなかった、スレイ」


「おう」



戦後処理が済み、足も長距離の移動に耐えられる程度に回復したころ、王都に帰ることが正式に決まった。

それを機にと、長く滞在し復旧作業を手伝ってくれていた彼もまた帰国の途につく。


今はラスエルではなくスレイという名で生きているという彼。

殿下より2歳ほど下だという若き王は、急速に発達してきた国を盛り立てるのに忙しいのだそうだ。

それでもここまで手を貸してくれた彼。

本当にお礼を言っても言い切れない。


「ありがとう」と最後にもう一度お礼を言って頭を下げれば、「気持ち悪いからそういうの止めろって言ってんだろが」と心底嫌そうに言っていた。


そこでふと素朴な疑問が湧く私。



「そういえば、スレイはどうして人間に? 人のことあまり好いていないよね」



素直に問えば、彼はとたんににやりと意地の悪い笑みを浮かべる。



「さてね。友人置いてとっとと人間になった薄情な奴には教えてやんね」



そう告げた彼に、私も笑った。

彼と過ごしたイルフィリアの記憶は、もう私の中には一切残っていない。

けれど不思議とどこかで繋がっているようなそんな気がする。


きっと彼とは友人であり、悪友であるような、そんな関係が続くんだろう。

やっぱり不思議な感覚だけれど、そう思った。



「ああ、そうそう。あとお前その耳飾り、ちゃんと制御しろよな。全部ダダ漏れてんぞ、あの男に」


「……え?」


「お前何か勘違いしてるようだが、その赤い鉱石は相伝そうでんの能力だ。思ってることが漏れるのは双方向だからな」


「…………え」


「つまりお前の思考回路、だいぶバレてるってことだよ」



最後に爆弾発言を落とすスレイ。

その時やっと、兄様が全て悟ったような顔をしていたことに気付いて絶句する。


……悟られたわけじゃなくて、自分から暴露していたのか。

そこまで理解が及んだ時、ガーッと顔中に熱が灯るのが分かった。




「はははっ、その顔ができるようになっただけで十分。ま、せいぜい頑張んな」



面白いものを見たとばかりに豪快に笑って、スレイは去っていく。

慌てて「またね!」と声をかければ、ひらひらとこちらも見ずに手を振って返事をしてくれた。

その姿が見えなくなるまでじっと見送る私。


そして一息ついて、くるりと方向転換。

杖をカツカツと鳴らしながら、目的の部屋まで足を運びパタンと扉を閉める。



「ににに兄様っ」


真っ赤な顔のままその人を呼べば、彼は書類の山に埋もれながらもきょとんと私の方を見ていた。

やがてスレイに教えられたことを伝えて「どこまで知ってるんですか!」と半ば泣きそうになりながら尋ねれば、兄様が苦笑しながら近づいてくる。


その直後、何故だか兄様はひどく安心した様に笑って強く私を抱きしめたのだった。










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