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12.戦場 後



「取引……?」



にたりと笑う男・サイガの声に眉を寄せる。

こんな状況でそんなことを言う彼が、まともな提案をするようには思えない。

周囲を武器で囲まれる緊迫感に吐き出しそうになりながらも、サイガを睨みつける私。


面白そうに笑んだまま、その男は口を開いた。



「なに、そんなに難しい話じゃない。ただの姫へのお誘いだ」


「……武器を構えお誘いとは、ずいぶんな話ですね」


「これはこれは、見た目にそぐわず随分と手厳しい」



クツクツと声を鳴らして「怖い怖い」と全く愉快そうに笑う。

妙に人の苛立ちを誘うような喋り方だと、そう思った。



『クルクにまともな話が通じるとは思うな。人の怒りを煽り戦へと持ち込むのが異常にうまい連中だからな』



いつだかシリクスお兄様が言っていた言葉はどうやら本当らしいとこんな時に思う。

じっと身動き一つしない私に言葉遊びは通じないと思われたのかは分からないけれど、サイガがやれやれと肩をすくめて本題に入るのはすぐのことだった。




「姫、我らがクルク王国の配下に入れ」


「な、にを」


「貴国の戦闘能力には全くもって魅力を感じんが、姫のその稀有な力は非常に興味深い。その力に相応しい場を我らが与えてやろう」


「……まさか、戦場がその相応しい場とでもお思いですか。ずいぶんと趣味の悪い方ですね」


「ハハハッ、気の強い女は嫌いじゃないがな、姫に選ぶ権利があると思うか。状況をよく見ることだ」



嘲笑するようなその声が憎らしい。

これが単なる誘いなどではなく脅迫であることは明白だ。

言外に従わないのならば死ねと、彼は言っている。

そしてこの戦の大将である兄様が死ねば、スフィード軍は完全に崩れる。

その後が王都へと一直線に向かいアギリアとの大戦に発展するだろうことまで分かっていてその言葉を言っているのだサイガは。

グッと思わず歯を強く噛む私。

その直後から、直面する死の恐怖で歯がカチカチ音を立てた。


……しっかりしろ、打開策を考えろ。

そう強く自分に言い聞かせたところで八方ふさがりのこの状況では何も案が浮かばない。

どうしようどうしようと気ばかりが急いた。

けれど、そんな時になってすぐ前にあった影が完全に私に覆いかぶさるようにして動く。

直後耳に届いたのはきっぱりとした兄様の声だった。



「断る」


その断言にハッと視線を上げる。

目の前にいる兄様の表情はここからは見えない。

けれど、なぜだかその言葉だけで泣きそうになった。



「お前には聞いてないんだがな、出しゃばりは身の破滅を招くと教えて差し上げた方が良かったか?」


「彼女に聞くまでもないことを話しているからだ」


「やれやれ、話の通じん奴だ」



心底つまらなそうな声が響く、急にトーンが落ちるその変化が恐ろしい。

それでも兄様はその場から一歩も動かなかった。

その体のどこからも震えは一切感じない。


……しっかりしなければ。

その姿に、私は我に返る。


『最後まで諦めない』


そうだ、そう私は兄様に誓ったんだ。

弱気になっている場合なんかじゃない。

どんなに可能性が低くたって、生き残る術を探さなければ。


そう気を張り直した時だった。

ズッと小さく音を立てて兄様の右足が私の右足の上に軽く乗ったことに気付いたのは。




『窮地に陥った時、多勢に無勢でも形勢を逆転する手はある。かなりの賭けではあるけれどね』


『それは』


『ただし、おそらく無傷ではまず済まない。そして戦場で負傷するという事はその後の生存率を著しく下げることになる。良いかい、これは本当に窮地の時にしか使ってはいけないからね』


『……教えてください。それでも選ぶ手があるかないかきっと違うと思うから』


『……わかった。ではまず合図を決めようか、その策を決行するときは総じて身動きの取れない場合が多い。幾通りかの合図を共有して意思疎通を図るのが第一関門だよ』



王都を出る直前兄様に習った時のことが一気に蘇る。

ごくりと自分の喉の音が異常に大きく感じた。

そしてそっと右足の先を上に上げる。



「……クルクの総大将殿」


私は小さく声を上げる。

兄様が壁となって、サイガの顔は見えない。

けれど構わず続けた。

……これだけは伝えるべきだと思ったから。



「私は貴方達の配下には入りません。私はもう、身の置き場を決めた。そこでしか、生きる気はないわ」



恐怖は、確かにある。

私は兄様のように強くはあれない。

守られるばかりで、自分から何かを発信する力は情けないほど小さくて。

けれど、それでも何の誇りもないわけじゃ、ない。

死を怖いと思っても、命の奪い合いから逃げたいと思っても、それでも命乞いをして全ての誇りを捨てるなんてことは絶対にできない。

その思いまで軽んじられる気はなかった。


そして、その言葉を告げた瞬間、私は胸元に隠した扇を勢いよく取り出す。

兄様の影に隠れ正面のサイガからは見えなかったようだったけど、ほかの角度からはしっかりとみられたらしい。途端に構えられた銃から発砲音が鳴り響く。

私は結界の強度をこれ以上下げないよう気をつけながら扇を縦に振った。



「チッ、この小娘が……っ」



その声が何処から聞こえたのかは分からない。

けれど辺り一面に舞うのは人を覆いつくすほどの土埃。

もう一振り加えてから、兄様の背を強く押した。

私の手の力に応えるように前へと飛び出す兄様。

鳴りやまない銃声にドクドクと心臓がうるさい。


ミシッと左斜め上の個所から銃弾のめり込む音が聞こえて、私は扇を横一線に振った。

それと同時に、ずっと腰にぶら下げたままになっていた銃を構える。



「全員動くな!」



その声を発したのは、サイガだった。

その瞬間に、一斉に銃が止む。

首のあたりにひやりとした空気を感じたのもほぼ同時だ。

パリンと音を立てて結界が破れるのとほぼ同時に、辺りを覆っていた土が晴れる。


首に感じた異様な空気の正体を、私はこの時に理解した。

顔のすぐ下、今にも肌に触れそうな位置に大刀の切っ先が向いていたのだ。



はあっ、はあっと、大きく息を吐きだす私。

その呼吸で刃が首に触れそうだというのに、荒い息を止めることはできない。

地面に座り込むのが精いっぱいで、サイガを見つめ返すのが精々だった。

左足首が焼けるように熱い。

結界の力が限界を超えて攻撃を受けたのだろう、確認する余裕もないけれど弾丸を受けたのだということは理解しているつもりだ。



「……小賢しい真似を。死ぬか、ああ?」


吐き捨てるようなサイガの声に肩が揺れる。

しかし、それ以上その男がこちらにその刃を動かさないのには理由があった。



「誰も動くなよ。少しでも動いた瞬間にこの者の首を刎ねる」


そう、サイガの真後ろからその首に兄様が剣を当てていたのだ。

私も正面から銃をサイガに向け真っすぐと向けている。



『狙うのはリーダー格だけで良い。指揮する者さえ包囲できれば少なからず敵は動きを止める』


その言葉通りに、今その場所から動く者は誰一人いなかった。

サイガもまた目を血走らせながらも動くことはない。

私をこの場面で殺そうともすぐに兄様にやられるということを彼は理解している。



「下らねえな」


ふいに、サイガがそう呟いた。

ただ顔をしかめて反応するだけの私に、彼は尚更苛立ったように声をあげる。



「何でお前ほどの力がありながらそれを活かそうとしない! こんな国に身を捧げて何になる、弱者は弱者でしかねえんだよ。何故捕食する側であるべきお前がこんな奴らのために命をはる。くだらねえ正義感か? 偽善か!?」



初めて声を荒げた男はギッと私を睨みつけていた。

心底理解できないというように、心底つまらないものを見るように。

けれど、その視線を怖いとは不思議と思わない。


……平行線だ。そう思ったのだ。

彼が私を理解できないというように、私だっておそらくこの先彼を理解できる日は来ないのだろう。

弱者と彼がひとくくりにしたその中に、どれだけの価値があるのか彼はおそらく理解しない。

だからこそ、彼はこの国を蹂躙することに何の躊躇いもなかったのだ。

彼にとって価値あるものは強いか弱いか、その指標でしかないのだろう。

冷静にそれを受け止めたとき、なぜだか心が凪いでいくのが自分でもわかったのだ。




「貴方と私では大事に思う価値が違う。ただそれだけのことです。この国の王女でありユーグ兄様の傍にいることこそが私の生きる意味。それ以上に守るべき誇りなどないわ」


「ハッ、誇りだと? こんな分の悪い戦場に女一人送り込むこいつらのどこに価値があるんだよ、ああ? てめえは利用されてんだよ、ただの傀儡じゃねえかよ!」


「そんなことは初めから承知の上です」



嘲笑し続けるサイガの言葉はもはや私には何一つ響かなかった。

きっぱりと動揺ひとつ見せず言い返せば、そのすぐ後ろで兄様の顔が苦し気に歪む。


……やっぱり気付いていたのか。

むしろそちらの方が私の心に痛みを残すくらいだ。

サイガは私の言葉を聞いてやはり心底分からないとばかりに睨んでくる。


その姿を眺めていると、急に意識が遠のいていくのを感じた。

思った以上に血を流しているみたいで、視界がぐるぐると回る。

……やばい。

必死に歯を噛みしめ意識を保とうとするも視界のぶれが急激に進行していく。



敵の動きを止めることには成功したものの、圧倒的不利な状況には変わりない。

そして私がここで意識を閉ざし倒れれば兄様は……。

そう思うと急に忘れていたはずの恐怖が蘇ってくる。


どうしよう、どうしよう。

そう焦る頭。


ぼやけてくる視界の隅で、サイガがにたりと笑ったのが見えた。

同時に焦ったように口を開く兄様の顔も。

……嫌だ、諦めたくない。

自分の中にそんな強い感情が芽生える。




「ったく、相変わらずお前は無鉄砲だな、アホ」



そんな絶望的な状況下で、不意に聞きなれない声が響いた。




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