素敵な夫婦と、嫌な噂の真相。モル兄の腹心登場?
新キャラ登場です。
「失礼しま──おや?」
軽いノックの音に、モル兄がお父さんに目線だけで確認し、入室許可を出しました。
入って来たのは、狐の獣人さんです。
「あぁ、クラウト。報告書?」
お父さんや私達の姿に、狐の獣人さんは、片眉を上げる仕草だけで驚きを見せて、軽く会釈をしてくれました。
モル兄の言葉に何事も無かったかの様に、手にしていた書類の束を、差し出してます。
「ええ。お客様がいらしたのですね」
「あら? 初めてだったかしら? 【銀雷】と、その御家族よ」
モル兄が書類に目を通しつつ、狐の獣人さんに私達を紹介します。
「ほほぅ。Sランク冒険者の【銀雷】のラズヴェルト様に、その御家族様ですか。
御初に御目にかかります、副組合長を務めます、ノルディオ・クラウトと申します。
宜しければ、ノルドと御呼びください」
狐の獣人さんは、感心した様に何度か頷き、私達に向き直ると、丁寧に自己紹介をして、胸に手を当てる綺麗なお辞儀を、披露してくれました。
お父さんも立ち上がって返礼し、お兄さんズやお姉ちゃん達、最後に私を紹介します。
この人……前に串焼き屋台のガザンさんが言ってた人……かな?
優しそうな雰囲気で、颯爽とした“出来る人”感が漂ってるけど…。
ホントは怖い人?
「……そう言えば、街で変な噂を聞いたよ。あれは?」
お父さんも気になったのか、モル兄に鋭い視線を向けます。
「あぁ。あれは餌よ♪ あの坊っちゃんを釣るために、クラウトが噂を流したの。
嫌ねぇ~。私が、お馬鹿を側に置くわけ無いじゃない♪
態々自分の評価を貶めなくても、私の名前を出せば良いのにねぇ。
まぁ、結果こそ予想外だったけど、見事に釣れたから、クラウトの勝利ね♪」
「ふふ。頭の軽いお坊っちゃまで、良う御座いました。
ギルド上層部の人員が、自分と同じ思考だと知れば、ギルド内でも、やらかすだろうとは思っていましたが……。
素晴らしくも、滑稽な決着でしたね。
私も、その場に居たかったくらいです」
楽しそうに笑うモル兄の後ろに、黒い物が見える気がします。
狐の獣人さん──ノルドさんも、同じ様にニコニコ笑顔で、毒舌です。
ですが、ニコニコ笑顔を引っ込めると、ノルドさんがモル兄に真剣な顔を見せます。
「ギルマス、以前にも申し上げましたが、貴方の名を落とす訳にはいかない以上、適任は私です。
元AAAランク冒険者であり、口調は兎も角、信頼のおける人格者でもある貴方の名を、あの程度の輩の為に、汚す事はありません。
貴方には、若き新米冒険者の憧れであり、熟練と呼ばれる冒険者達の相談役であり、ラディオールの冒険者全ての抑止力で居て頂きます。
それでこそ、此処アヴァロンの秩序が保たれるのですから。
その為でしたら、私が泥を被るのは、当然なのですよ」
「愛妻家のくせに、奥さんを哀しませるんじゃないわよ……ったく……」
ノルドさんの真剣な顔と言葉に、モル兄が憮然として余所を向く。
…ノルドさん、妻帯者なんですか?
悪い人じゃないのは良かったですが、奥さんのいる人の噂としては、あれは酷いと思います。
ノルドさんだけでなく、奥さんまでも巻き込まれちゃいますよ!
「妻は、私を支持してくれましたよ? 彼女は、良く出来た優しく芯の強い賢妻です。
私の自慢の妻は、納得した上で、私を支えてくれてます。
辛い思いをしてでも、それがこの街、しいてはギルドや私達職員の為になるのならと、笑顔で背中を推してくれました」
「あぁ、うん。ノロケはいいわ。相変わらずねぇ」
先程までの真剣な表情から一転して、恍惚として奥さんを語るノルドさんは、お父さんに負けず劣らずの愛妻家さんみたいです。
モル兄が、呆れた様に溜め息をつき、書類を片付ける為に席を立ちました。
*~*~*~*~*
──コンコンコンコンッ。
ノルドさんも交えて、お茶の続きをしてたら、再びノックの音が響きました。
「どうぞ~」
「失礼します。ギルマス、この決裁──って、あら?」
モル兄の言葉に、入室してきたのは、またもや狐の獣人さん。
ただし、今度の獣人さんは、女の人。
金色の髪と毛並みの可愛らしい女性です。
因みに、ノルドさんは、黒髪に漆黒の毛並みです。
「あら、いいとこに♪」
「おや、ディーナ」
モル兄とノルドさんが、女の人に笑顔を向けます。
ノルドさんに、ディーナと呼ばれた女の人は、胸元に書類を抱えたまま、丁寧に頭を下げます。
「お客様がいらしているとは知らず、失礼致します。組合長に至急確認すべき事柄が発生しましたので、お邪魔する事を御許しください」
入室した直後の驚きを仕舞って、礼を尽くそうとする女の人に、モル兄とノルドさんが苦笑してます。
「あ~、この子達は気にしなくて良いわ。古い友人とその家族よ。
仕事を優先したからといって、嫌な顔する様な器じゃないから、大丈夫よ~」
「ディーナ、こちらへ。私の愛妻を、皆様に紹介させてください」
女の人を促して、ノルドさんが私達に紹介してくれます。
「彼女は、カルディアナ。私の妻で、此処アヴァロンで会計職を務めています」
「はじめまして、皆様。ノルディオ・クラウトの妻、カルディアナと申します。
宜しければ、アナと御呼びください」
旦那様からの紹介で、ほんの少し堅さはとれたけど、それでも丁寧に自己紹介してくれました。
何と無く、謙虚で慎ましやかな雰囲気のあるお姉さんです。
………。
あれ?
お名前、というか、愛称はディーナさんじゃないのかな?
アナさん?
「う? アにゃさん?」
「親しい者は、そう呼びます。“ディーナ”は、夫がつけた愛称なんです」
疑問のままに聞き返せば、恥ずかしそうにアナさんが教えてくれました。
「成る程。夫婦の間だけの、特別な呼び方なんですね」
お父さんが微笑ましそうに笑い、場の雰囲気が柔らかく変わります。
素敵なご夫婦と知り合いになれました♪
ギルドに来る時の楽しみが、また1つ増えましたね♪