始まりに続く祈り…。『幸せにしたい』
「…おはよう、シア。」
挨拶を返しつつ、再び閉じそうになる瞼を擦る、結愛さんが可愛らしいですね。
結愛さんは、倦怠感が残っているのか、ゆっくりと慎重に身体を起こします。
体感としては、ほんの数時間だと思いますが、実際には60年近く眠ってましたから、多少倦怠感が残るのも、当然です。
上半身を起こした状態で、辺りを見回して、自分の置かれた状況を、確認しているみたい。
結愛さんが眠る前の草原を、再び神域に映して、円形に整えられた芝生の中央に、昏昏と眠る結愛さんごと、天蓋付きベッドを置いておいたのですが……。
思いの外、シュールな状況になってますね。
結愛さんも、一瞬遠くを見るような雰囲気に呑まれたので、現実逃避しかけてるのでしょうね。
表情が、眠る前より、自然に動いてます。
精神体の傷は、心配いらない程度には、上手に修復出来たみたいですね。
嬉しくて、気を抜くと、簡単に表情が弛みます。
「もう、準備が出来たの?」
「はい。一通りの準備は終えましたよ♪
後はこれからの事や、結愛さん自身について、幾つか説明しますね。
それから【転移】する場所を選んでください」
私を見上げ、不思議そうに問う結愛さんに、現状を簡単に説明します。
あら?
結愛さんが沈黙しちゃいました。
考え事ですかね?
「!? 私、縮んでる?」
あぁ、活性化の結果に気付いたのですか。
……やっぱり驚きます…よね?
ベッドから降りようとして、違和感に気が付いたのかしら?
今の結愛さんは、3歳児くらいですもんね。
手も足も、眠る前と比べると、大分短くなっている筈です。
ベッドに腰掛けた状態では、足と床の間に50センチ以上の距離が出来るもの。
縮んだ現状に、気が付かない筈がありません。
元の年齢までの記憶を所持しているから、“若返る事”は今迄の自分を、否定している様に感じるかも。
先に説明しておくべきでしたね…。
助けたくて必至だったとはいえ、活性化の説明を忘却の彼方へと放り投げていたのは私です。
「ごめんなさい。
結愛さんの精神を、新しい身体に定着させるには、傷によって失われた活力を、ある程度取り戻さないといけなくて…」
「え~と。つまり、縮んだというより、若返った?」
「はい。今は、3歳位ですね」
「ほぇ~」
申し訳なさを抱えての事情説明に対して、可愛らしくも、不思議な声が返ってきました。
呆ける結愛さんも、可愛いですね。
転移体も、精神体に合わせた年齢で創りましたし。
クラウディアに転移した後も、ちょっと過保護なくらい、気に掛けておきましょう。
結愛さんの姿が幼児となったので、起こりうる面倒事も、趣旨が変わりそうですね。
ラズがクラウディアに降りて、サポートしてくれるそうですし。
あの子達の了承を得て、守護獣も預けられます。
時間制限は付きますが、私の転移体も、ラズのと一緒に造ってあります。
ぁ、もしもの為に、あの子達の新しい転移体も、造っておきましょ♪
あとは、結愛さん自身のアビリティの確認と、私からの祝福として、幾つか固有技能を用意しましょう♪
「身体も出来ています。
結愛さん自身には、転生の気分が味わえた方が良いかと、容姿は以前と変えさせて貰いました」
私より癖の強かった栗色の髪は、一切癖の無いサラサラの直毛にして、私と同じ薄く朱みを帯びた金色に変えてあります。
長さも、以前は肩にかかる長さでしたが、器に世界情報を馴染ませる間の30年程で、膝に当たるくらい迄伸ばしてみました。
結愛さんは、癖を気にして、長く伸ばす事は、しなかった様なので。
まぁ、あんなに細くて柔らかな髪質だと、癖の強い状態で伸ばせば、鳥の巣の様に絡まり、扱いが酷く難しかったと思います。
癖さえ無くなれば、細くて柔らかな髪質は、逆に扱い易いものに変わります。
今迄出来なかった髪型を楽しんでもらえますし、邪魔なら切って調えても、きっと良く似合う筈です。
結愛さんは、笑顔が可愛らしいですからね♪
「……シアと同じ色だ……」
自分の髪を一房掴んで、嬉しそうに微笑んでくれた結愛さんに、私も嬉しく感じます。
「ふふっ。瞳も私と御揃いの菫色です。見てみますか?」
手鏡を用意して、結愛さんに向けます。
少し大きめの鏡なので、結愛さんに持たせるのは、可哀想ですから、私が確り固定しますよ。
大きめの手鏡に、自分の姿を映した結愛さんは、不思議そうに鏡を覗きます。
手鏡の中には、不思議そうな顔をした、愛らしい幼女。
透き通る様な白い肌。
青みを帯びた菫色の大きな瞳。
早朝の光を集めた様な髪は、絹糸の如く癖がありません。
一般的な立場から見れば、神様に愛された、芸術家の作品と言われても、疑いようがない程に、整った面差しになりましたものね。
「……シアに似てる?……」
結愛さんは、鏡に映った自分と、隣にいる私を見比べて、幾つかの共通点の様なものを見つけたらしく、少しわくわくとした雰囲気を醸し出した。
良かった。
嫌がられては、いない様です。
私に似せた容姿にしましたが、それが少しでも結愛さんの幸せに繋がるといいな。
世界に散らばる、幸せの欠片は、大小様々なモノがある筈です。
形の無い幸せの欠片は、何時だって傍らに小さく細やかに寄り添っています。
結愛さんならば、その欠片にちゃんと気付けると、信じましょう♪
「先に説明しますね。取り敢えず、お茶にしましょうか」