初めての喧嘩と仲直り。「ただいま」と「おかえり」は、家族の基本です♪
3歳児の体力で、あれだけ泣いたら、疲れもします。
只でさえ、今日は実地勉強会という名の魔物さん観察で、継続的な魔法行使や精神的な緊張で、いつも以上に疲れてましたから。
お父さんやベル姉様、男の子達を置いて、3匹は私だけを連れて帰路へと着きます。
私は泣きながら、森であった事を反芻し、結局レグルスの背中で、気を失う様に眠りの檻に落ちていきました。
*~*~*~*~*
『──ナ、ユナ。起きてください、ユナ』
『ユナ、家に着いたぞ』
『おはよう~。うわっ!? 目が真っ赤だよ。ちゃちゃっと冷やそう~』
シリウスに揺り起こされ、レグルスが魔法でそっと下ろしてくれました。
周りを見渡せば、既に玄関の内側。
おうちの玄関ホールだ。
半分寝惚けた状態で、足に力が入らず、その場でペタンと座り込んだ私を、アルタイルが心配げに見下ろして、優しく頬擦りしてくれます。
「ぅみゅ~。アりゅタイりゅ~」
頬を擽る羽毛の柔らかさに、寝起きの不安がほっと落ち着く。
寝入る前の感情の暴走は鳴りを潜め、涙も今は引っ込んでいる。
「……ねぇしゃまたち、おいて来ちゃった……」
ふと、この数日傍にあった存在が無い事に気が付いた。
何をするにも、一緒に行動していた。
常に存在を感じられる場所に居てくれた。
寂しくない様に、悲しくならない様にと、温かく見守ってくれていた。
「……ねぇしゃま……」
再び泣き出しそうになる私に、レグルスが大きく1つ溜め息を付いた。
『───はぁ…。大丈夫だ。
リュニベール様なら、直ぐに戻られる。
………。
あの方は、姉君達の中で、1番短気でなぁ。
感情の起伏を面に出されぬ割りに、怒りの感情に呑まれやすい』
『そだね♪ でも、それもあんまり長続きしないから、今頃落ち込んでるかも~。
ラズヴェルト様の方が大変かな~。
前にフェリシア様が降りてた時と同じだね♪』
『ええ。以前は、転移体憑依で降りていらしたフェリシア様に、他の冒険者の殿方が絡んだのでしたね。
ラズヴェルト様が「私の奥さんに何してるのかな?」と、瞬時に意識を刈り取り、地に沈めてました…。
大切な相手を奪おうとする者や、傷付けようとすら者に対して、ラズヴェルト様は問答無用の実力行使ですから…』
………。
今日と同じ様な状況が、以前にもあったんですね…。
何だか、レグルス達の対応が、慣れている様だったのは、そのせいですか…。
私の外見が、お母さんそっくりなのも、原因かなぁ。
ベル姉様…。
泣いちゃった上に、危ない森の中に放置して来ちゃった…。
嫌われちゃったかなぁ。
ごめんなさいをしたら、赦してくれるかなぁ。
お父さんも…。
折角会えたのに、酷い態度とっちゃった…。
こんな子、要らないとか言われたら…。
自分の駄目さ加減に、嫌な想像ばかりが浮かびます。
一方的に泣き喚いて、謝りもせずに逃げ出すとか…。
どれだけ駄目なんでしょうね。
『あまり、落ち込むな。今回は、完全にリュニベール様とラズヴェルト様に非がある。
ユナはただ、争って欲しく無かったのだろう?
それは、当たり前の事だし、そんなユナをフェリシア様は好ましいと仰った』
『何より、ユナに家族だと言われて、私達が嬉しかった様に、お二方だけでなく、フェリシア様や他の御姉様方も、喜んでいらっしゃったでしょう?
ユナはユナのままで良いのです。
ユナはユナのまま、“家族が大好きだ”という気持ちを忘れずにいてください』
『あはは♪ そうだねぇ~。
嫌な事をしたり、言ったりしちゃったなら、素直に謝ると良いよ♪
それだけできっと、リュニベール様も、ラズヴェルト様も、赦してくれるよ~?
大丈夫、反省してなかったら、僕達がユナより先に怒るも~ん♪
ふふふふふ~。
…ユナを泣かせて、反省しないなら~、フェリシア様だって怒ると思うな♪』
不甲斐なさに落ち込む私を、3匹はそれぞれ慰めてくれます。
………。
あれ?
アルタイルの発言が…?
何か最後にボソッと黒い感じの台詞があったような…。
うん。
聞かなかった事にしましょう!
考えちゃうと怖い気がします…。
───バンッッ! バタンッ!
──ガゴンッ!!
「ユナァァァ~」
玄関ホールで3匹のもふもふに埋もれていたら、背後で勢い良く玄関扉が開かれ───閉じた。
………。
え~と、私に抱き付いて泣いてるのは、ベル姉様かな?
確か、今日は落ち着いた緑の外套を着てたはず…。
音に驚いて振り向いた所を、後方から濃い緑と銀の塊に襲われた。
勢いに負けて、転がりそうになった私を、アルタイルが支えてくれた。
というか、アルタイルをクッションにする形で、衝撃を受け流したが正解かな?
「ごめんなさい! …ごめん…な…さいぃぃ…」
「ねぇしゃま? 泣かにゃいで?」
「…ひぃっ…く…。…ごめんね…。…ぼく、ユナの気持ちを…無視しちゃ…った…。
…ごめんね…嫌いにならないで…」
「ふぇ、ねぇしゃま~。わちゃちこしょ、ごめんにゃ…しゃ…ぃ。
きらい…なっちゃ、や~」
姉様の涙に釣られて、私の目にも再び涙が浮かぶ。
抱き合って泣いていたら、レグルスが玄関扉を引き開けた。
ふと、視界に過ったレグルスの姿を追ってしまった。
爪で引っ掻けて開けた隙間に、逆の手を入れて身体を押し込む。
そのまま通りやすい幅まで押し開けてる。
滲む視界で、姉様の肩の向こう、レグルスの行動を、ぼんやりと見てしまう。
…レグルス…。
器用だよねぇ…。
何と無く場違いな感想が頭に浮かんだ。
「~~~~~っ」
レグルスが開いた扉の向こう側、そこには思ってもみなかった不思議な光景が…。
レグルスの頭より低い位置に、鼻と額を押さえて、踞るお父さん…。
と、オロオロとお父さんの背後で、右往左往しているクリスさんとエディさん。
「だ、大丈夫ですか? 師匠」
「凄ぇ音したぞ?」
ぇ…。
何があったんですか?
お父さん? お鼻とおでこが、赤くなってますよ?
あ、でも、先にご挨拶?
「おかえりなしゃ…い?」
半疑問形のお迎えの言葉に、姉様は涙を滲ませた満面の笑顔で、お父さんは未だ鼻と額を押さえたまま、ちゃんと応えてくれました。
「「ただいま」」