お父さんのお弟子さん? ちょっとした騒動と、忘れ去られたモンスター。
「…ぁ、あの~」「お~い」
お父さんに抱き上げられたまま、ベル姉様とキャッキャッとはしゃいでいたら、お父さんの背後から戸惑った様な男の子達の声がした。
………。
そういえば、ちょっと前まで「シリアス展開突入ですか!?」な状況でしたね。
いえ、忘れてた訳じゃ……。
ごめんなさい!
姉様達の日常的な行動と、初めて会ったお父さんの情報に、ちょっと前の非現実的な状況が、記憶から飛んでました。
いや、これは言い訳ですね…。
いくら雰囲気に呑まれたとはいえ、同じ場所にいる人の存在を忘れるとか…。
駄目ダメです…。
「あの~、師匠? その子達って、師匠のお知り合いなんですか?」
恥ずかしさでお父さんにしがみついていたら、栗色の髪の男の子が、お父さんに質問してきます。
「あぁ、私の娘達だよ。
私と同じ髪色の子が、上の娘のベル。奥さんそっくりなこの子が、末娘のユナだよ。
ユナは、君達の修行に出ていた間に生まれた娘でね。
私も今日初めて会えたんだ♪」
「し、し、し、師匠の娘ぇぇぇえ!?」
私達を抱えたまま、振り返ったお父さんの返答に、黒髪の男の子が、森中に轟きそうな声で叫んだ。
にゃぁぁぁ。
お耳痛い!?
声、大きいです!
「エディ、喧しい! 叫ばないでよ!」
「痛っ!? 痛ぇ、痛ぇっ!? 痛いって!
痛ぇっへ、つゅねりゅな!? クリス!」
栗色の髪の男の子が、片側の耳を手で塞ぎながら、間髪入れずに黒髪の男の子の頬をつねりました。
一度振り切られたのに、もう一度つねり直してます…。
手加減無し、問答無用っぽいです。
痛いぃぃ。
見てるだけで痛いよぉ。
余りの所業に、視線を逸らせば、男の子達の向こうに、上下に分断されたリビングデッドが、死に崩れて沈黙していた。
切り口が綺麗にスッパリ断たれていて、切り口どうしをくっつけたら、復元出来そうな程だ。
状況的には、お父さんが倒したのかな?
居合い抜きの一刀両断とか、あんな感じだ。
………。
武器は…、腰の刀かな…。
シンプルだけど、拵えが綺麗で、うっすらと魔法を纏ってる。
と、取り敢えず、現実逃避は止めよう…。
お兄さん達のお名前は、黒髪のお兄さんが「エディ」さん。
栗色の髪のお兄さんが「クリス」さんっていうんですね。
うん。
覚えました♪
「…はじめまして…ベル…です…」
姉様がさっくり挨拶をしたので、私も続きます。
お父さんにくっついたまま、今はちょっと低い位置にある男の子達のお顔を見て、きちんと挨拶をする。
先程のやり取りを見ちゃったので、少々涙目ですが…。
魔物さんの屍を直視しちゃったので、ちょっと血の気が失せて、ぷるぷる震えてるかも知れませんが…。
挨拶は大事ですから。
「はじめまちて、ユナでしゅ」
…ぁ…噛んだ…。
すみません、お兄さん方。
3歳児の滑舌に、完璧を求めないでいただけると嬉しいなぁ。
結構沢山お喋りして、練習を重ねてるんですけど…。
未だ滑舌が…。呂律が…。発音が…。
恥ずかしくて、お父さんの首に抱き付く。
「俺はエドワルド・ランズゴートだ! エディでいいぞ」
「僕はクリストファー・リーシェンブルクです。クリスと呼んでください」
直ぐ後ろで聞こえた声に、そぉ~っと振り返れば、元気いっぱいの温かい笑顔と、優しげで爽やかな微笑みが、姉様と私に向けられていました。
2つの笑顔に安心して、身体に入っていた力が、ほわっと抜けます。
釣られたように笑ってみせたら、2人の視線が私から外されました。
「「………(うわっ!? 可愛い!)」」
無言でお互いを見やって、染々と頷き合う男の子2人。
「…妹は可愛い…けど…誰にもあげない…。…害虫は…駆除する…よ…?」
男の子達の態度を見ながら、姉様がポツリと溢した。
? 「害虫」って何?
森は緑でいっぱいです。どこかにお花でもありましたか?
いや、「誰にもあげない」って事は、姉様が“私を連れて行く誰か”と戦うという宣言?
何故、今、宣言したのかな…?
そして、お父さん?
何だかピリピリしてませんか?
笑顔なのに、周りの空気が、肌に痛い…。
精霊さん達も、周囲を勢い良く飛び回ってますよ。
「──さっきの失態もあるし、本気の組手稽古と行こうか?」
お父さんが、私と姉様をそっと地面に下ろして、男の子2人に笑顔で通達します。
おおっ!?
ここで稽古ですか!?
何故か話が跳んだ気はしますが、お父さん達がどんな修行をしてたのかは、もっと気になります!
「「─っ、ちょ、待っ!? 勘弁してください!」」
突然の状況変化に、わくわくと気持ちを弾ませたのですが、男の子達は焦ってお父さんの傍から飛び退きました。
「…害虫は…滅殺…」
「僕の娘に邪な感情は向けないで欲しいなぁ」
姉様とお父さんが、満面の笑顔で男の子達と対峙します。
ぁ、この感じ…。
覚えがありますね。
にっこり笑顔なのに、周りの空気が凍って、気温がぐんぐん下がる感じ。
お母さんが怒った時にそっくりです。
「──っ!? 俺は害虫じゃ無え! 誰が幼女愛好家だ!?」
「──っ!? 流石にこんなに幼い子を、そういう対象には見ませんよ!?
娘さんは兎も角、師匠まで疑わないでください!」
男の子達が、姉様とお父さんの様子に、揃って声を荒げます。
………。
? ロリ? ……幼女愛好家!?
え!? 私、そういう対象!?
いや、待て待て待て!
お兄さん達は違うって言ったよ?
って事は、姉様とお父さんの思い過ごし!?
っ!? 止めなきゃ~!?
余りの予想外な展開に、スキルの発動を振り切って、恐慌状態に陥ります。
3歳児の身体と精神に、極端な負荷は害悪です。
感情に振り回され、目に涙が溢れます。
「───っふ、ぅえ、ふぇ、………ぅわあぁぁぁぁんん」
『止めんか!』『お止めください!!』『ユナ、泣かすな!!!』
私が泣き出したと同時に、4人に向かって契約獣達の叱責が飛びました。
2対2で牽制しあっていた4人が、3匹の叱責と私の泣き声とに空気を割られて、あたふたと慌て始めます。
「…ユナ…泣かない…で…」
「ご、ごめんよ、ユナ。突然殺気立てば、びっくりするよね」
「わ、悪ぃ…。泣くなよ…」
「ごめんね。恐かったかい?」
オロオロと次々に声をかけてくれるんですが、私の涙は止まりません。
嗚咽を我慢したくても、次から次へと引っ切り無しに洩れてしまう。
泣き止めずに、引き付けを起こしそうな私を、ひょいっとレグルスの背中に乗せたのは、シリウスでした。
『帰りますよ。ここに居ては、悪化します』
『そうさな。ほれ、ちゃんと掴まれ。
固定の魔法は俺が使う。
ユナは、俺に抱き付いておけ。ちゃんと連れて帰ってやる』
『うん、うん。お家に帰ろう。
帰って、ゆっくりお茶でも飲もう?
ユナお手製の~シナモンアップルパイで~、お茶会~♪
お家の中なら~、恐いことなんか~、1個も無いよ~♪』
3匹が気遣ってくれる一言一言に、ゆっくり、じんわり、ふわふわと温かい気持ちが重なります。
止まらない涙や、溢れ続ける嗚咽をそのままに、レグルスの背中に抱き付いて、ぐすぐすと疲労の溜まり始めた身体を休ませます。
お父さんや姉様が、心配してくれるのは嬉しいですが、争い事はやっぱり苦手です。
喧嘩するなら、お父さんも姉様も、知りません!