お母さんは心配性? 新しいもふもふ家族です!
さわさわと草を揺らして、濃い緑の香りを纏った風が、広い草原を渡っていく。
冷めない紅茶を味わいながら、成り立て親子の会話が続く。
「ん~。身体はこれで大丈夫。次は、結愛の家族になる子達を、紹介するね♪」
シア改めお母さんは、ステータスウィンドウを再度確認しながら、納得してウィンドウを閉じた。
顔を上げたお母さんは、いつの間にか手にしていた、小さなグラスベルを鳴らした。
リ───ンッ
空気を浄める様な、澄みきった音が草原全体に、響き渡る。
ガサッ! ガサガサガサ───ッ
私の左手側の草が、不自然に揺れた。
そちらを見て、私は絶句した。
(……何? あれ……)
私の倍くらい背の高い草の上を、常識外の大きさの鷹が、翼を畳んだ状態で滑っていた。
こちらに向かって来るらしい。
あと少しで、草が途切れる辺りまで来て分かったが、鷹は他の動物の頭に、止まっていただけだ。
鷹より先に、他の動物の鼻先が、草を割って出てきた。
近くまで来て、おとなしく座ったのは、頭に金褐色の鷹を乗せた、真っ白な虎さん。
その後から、優雅に歩み寄って来たのは、銀色の狼さん。
その狼さんも、虎さんの隣に、同じ様に座った。
「この子達が、結愛の【家族】よ。すでに、仮契約はしてあるから、結愛が“名前を付ければ”、契約獣として、スキル【念話】が働いて、お話しが出来る様になるわ♪」
お母さんは、楽しそうだけど、私は圧倒されてた。
だって、大きいのだ。
前の世界で、常識だった大きさの、優に2倍はある。
しかも、彼等は皆、猛獣として知られる肉食獣。
精神感応で掛けられてた、“恐怖心へのロック”は、とっくに解除されてるって、お母さんが言ってた筈なのに、圧倒される程の驚きはあっても、恐怖はなかった。
3匹の私を見る眼が、とても優しかったのと、お母さんが言った、家族という言葉のせいかな?
私は落ちそうになりながら、椅子を降りて、自ら彼等に近付いた。
ほてほて歩いて近付くと、彼等の巨大さが良く分かる。
顔を見ようとすると、近付く度に、どんどん高い位置を、見上げる形になる。
真正面まで来れば、ほとんど直角に近い程、頭が後ろに傾いた。
頭の重さにふらついて、尻餅をつきそうになったが、背中を支えられて、それに寄り掛かる形で振り仰げば、いつの間にか立ち上がっていたお母さんが、直ぐ後ろに居てくれた。
「ふふっ。3匹とも、早くお話したいみたいよ? さ、名前を付けてあげて♪」
優しく抱き上げられると、丁度良い具合に3匹の目線に合う高さだった。
お母さんに抱っこされたまま、3匹と見つめ合う。
何かを期待する眼に、ほんの少し緊張する。
新しい【家族】に、名前を付ける…。
大任だぁ……。
ん~。よしっ!
「貴方はシリウス」
触り心地の良い、青みを帯びた銀色の毛並み。
綺麗な蒼の眼の【天狼】には、おおいぬ座の最輝星。
「貴方はレグルス」
銀にも見紛う純白の体毛に、蒼灰色の縞模様。
鮮やかな翠の眼の【天虎】には、獅子座の最輝星。
「君はアルタイル」
金色の嘴は鋭く、金褐色の翼は大空に軌跡を残す。
濃い琥珀色の眼の【天鷹】には、わし座の最輝星。
1匹ずつ撫でさせて貰いながら、以前の世界の星の名前を、3匹に贈る。
それぞれ、近い種族を選びはしたが、当人達には名前の由来は、“星の名前”とだけ伝える事にしよう。
怒られそうだしね!
『有難うございます。ユナ様』
頭に直接響く感覚で、柔らかな女の人の声が聞こえた。
「ふぇっ!?」
「どうしたの?」
「急に誰かの声がした……。女の人の声だったよ? お母さんとは違うけど、優しい感じの……」
キョロキョロと、声の主を探す私に、お母さんは面白そうに答えてくれた。
「ふふっ。それ、多分シリウスの声よ? 早速スキルが発動したのね♪」
「!? お母さんが言ってた【念話】?」
「ええ。スキル【念話】は、契約獣を持つことで取得出来る、上位スキルなの。本来は、スキル取得後も、練度を“熟練”まで上げないと、お喋りは出来ないのだけど、結愛には最上位スキル【獣契約】を、レベル“神業”の“上限達成”状態であげてたから、早速お話しが出来たのね♪」
「そっかぁ。シリウスの声、綺麗だねぇ」
『ふふっ。有難うございます』
「えへへ」
シリウスは、穏やかなお姉さんみたいだ。
2度目の感謝の言葉に、ほっこりした温かさを感じて、照れ笑う。
『主、事情は聞いたか? これから、よろしく頼む』
落ち着いた低めの声が、頭に響いた。
同時に、レグルスが顔を近付けて、頬擦りしてくれた。
「わぁ、レグルスの声、格好良い~。よろしく」
『……主は、聞いてた以上に、幼いな……』
レグルスって、ツンデレ系?
照れた様にそっぽを向いて、ほんのちょっと意地悪な言葉が返ってきた。
『ユナ嬢、ユナ嬢。僕ともお喋りしよう♪』
そっぽを向いたレグルスを、じ~っと見てたら、今度は明るい“男の子”って感じの声が、聞こえた。
レグルスの頭の上にいたアルタイルが、存在を主張するみたいに鳴いた。
「おぉ! アルタイルの声は、まだ可愛い感じだね~。でも、聞いてると楽しくなる、音楽みたい♪」
『あははっ。そりゃ良かった! 僕はお喋り大好きだしね♪』
アルタイルは、お喋り好きなのかぁ。
喋り方や、行動を見てると、レグルスが1番お兄さんで、アルタイルは私と同じか、歳の近いお兄ちゃん。シリウスは、レグルスとアルタイルの間で、優しく見守ってくれてるお姉さんって感じかな?
と、それよりも、1番気になる“呼び方”を、変えてもらえないかな…。
「……あのね……みんな。……その……ね、名前……。」
『どうした? 主がくれた名が、どうかしたのか?』
レグルスが視線を戻して、心配そうに聞いてくる。他の2匹も、同じ様に心配してくれてるのが、伝わってくる。
出会ったばかりなのに、好意を寄せてくれてる事に、気恥ずかしさを感じながら、私は頭を横に振って否定する。
「違うの……。みんなの名前じゃなくて、私の事……」
『ユナ様の?』『主の?』『ユナ嬢の?』
3匹が同じタイミングで、話の先を促してくる。
「ん。名前……呼び捨てにして欲しい……。……駄目?……」
家族になるなら、遠慮は嫌だ。
我が儘かも知れないが、言うだけ言ってみた。
けど、断られたら、泣きそうだ。
『『『─────っ』』』
3匹が、私を見たまま固まった。
どうしたのかな……?
「ふふふっ。契約獣は、本来“契約者”とは“主従関係”になるの。でも、結愛は“対等”が良いのね?」
お母さんが、嬉しそうに、私の気持ちを代弁してくれる。
「ん。だって、お母さんが、“この子達は家族”だって言ったよ? 家族なら、対等だよね?」
私は、多少不安になりながら、お母さんに確かめる。
私は前の世界で、“守る”のが当たり前で、“愛情を与える”立場だった。
その逆は、私には有り得なかった。
けど、今は“お母さん”が、“無償の愛情”を与えてくれる。
クラウディアに行ったら、この子達とも、“守り、守られ”たり、“愛し、愛される”様な関係を、築きたい。
我が儘かも知れないが、クラウディアでは、今までより“自分に素直”でいたい!
「そうね♪ それが良いわね♪」
お母さんが笑って、肯定してくれたから、私も嬉しくて満面の笑顔を見せる。
3匹も、戸惑いながら、了解してくれた。
「後は、結愛の転移場所を決めないと……」
「どうしたの?」
何だか、泣きそうな顔をしたお母さんに、悲しい事でもあるのかと、心配になる。
「ん~ん。場所が決まったら、もう暫くは会えないなぁって。……寂しい……」
「……お母さん……」
「でも、クラウディアを見てもらいたいのも、本当の気持ちなの。だから、精一杯楽しんでね?」
「ん。お母さんが創って、大切に見守ってる世界だもんね♪ ゆっくり楽しんで来る」
離れるのを寂しく思ってくれる。
それだけで、嬉しくて仕方ない。
「お母さんっ♪ オススメの場所は?」
「そうねぇ。……大陸中央の【リシャの森】かなぁ……。大きな森だけど、強い魔物は居ないし、街が近いのに人の往来も少ないし、空気が清浄で、いろんな種族が隠れ住んでる静かな場所よ?」
「わぁ、素敵だね♪」
「其処にする? その森の中なら、湖の近くが私のオススメよ。街道から少し離れてるけど、いろんな動物が集まって来るし、ちょっと開けた空間だから、解放感があるし、薬草や野草なんかの宝庫なの♪」
明るく尋ねれば、気持ちを立て直して、楽しそうにオススメの場所を教えてくれる。
お母さんの笑顔に、私は胸一杯の幸福感を覚える。
まさか、死んでから“1番欲しかったもの”が手に入るとは、思って無かったなぁ。
「其処にしようかな…。ぁ、でも、小さくなると思ってなかったから、家とかどうしよう……」
「大丈夫よ♪ その辺、お母さんに抜かりはありません♪」
「ん?」
「うふふっ。可愛い娘の為に、色々役立つ魔道具を、準備してあるわ♪ 他の管理者達も、幾つか用意してくれたのよ?」
「わぁ、嬉しい♪ でも、良いのかな? こんなに沢山、助けてもらって」
嬉しいけど、喜んでるだけで良いのか、ちょっと不安だ。
「勿論♪ 皆ね、結愛を消滅させかけて、本当ならもっと酷く詰られたり、泣かれたりするだろうって、落ち込んでたの。だけど、結愛は“最初に1回憂さ晴らしをしただけ”で、全部許してくれたでしょ? その上、ちゃんと話を聞いて、自分の事じゃなくて、他の人の心配までしてた。だから、私以外の管理者達も、結愛を気に入ったみたいよ? ふふふ。善意の行動だから、今だけでも、いっぱい甘えておきなさい。クラウディアに転移した後だと、あんまり干渉出来ないもの」
「……分かった。でも、後で他の管理者さんに、お母さんから“私が感謝してた”って、伝えてくれる? それから、前の世界の管理者さんにも、“私は大丈夫”だよって」
「分かった。ちゃんと伝えておくわ。だから、結愛はおもいっきり、楽しんでらっしゃい♪」
「は~い」
伝言もお願いしたし、転移場所も決まった。新しい家族として、お母さんが応援してくれてるし、一緒に生活してくれる3匹(2頭と1羽?)もいる。
そろそろ、出発かな……。
「……じゃあ、もうそろそろ、送らなきゃね……。精神体の定着に、少し時間が必要だから、結愛は安心して眠ってなさい。次に目が覚めたら、クラウディアよ」
「ん。分かった。お母さんが見ててくれるんだもん。頑張って、色んな事に挑戦してみるね!」
「ええ。寂しいけど、世界を見守りながら、結愛をずっと気に掛けて居るから。沢山経験して、沢山笑って、元気に過ごしてね? 辛い事や苦しい事でも、結愛の事ならいっぱい教えてね? 今度こそ、満足するまで、世界を楽しんで♪」
お母さんも、泣き笑いみたいな表情をしながら、私が笑顔で居られるように、1度だけ強く抱き締めてくれた。
眠る直前まで、笑顔で声を掛けてくれる。
大丈夫。お母さんが沢山考えて、頑張って創ってくれた身体と、心配しながらも、ちょっとの不安も無い様にって、考えてくれた場所だよ?
嬉しい事も、頭にくる事も、悲しい事も、楽しい事も、全部全部経験して、沢山笑って、沢山泣くんだ!
次に会えたら、またお茶会をするんだ!
他の管理者さんにも、会える機会があるかもだし。
その時には、ちょっとだけ拗ねてみせて、沢山ありがとうを伝えよう♪
「おやすみなさい、お母さん。………行ってきます………」
意識を手放す寸前に、出発の挨拶だけは呟いた。
「行ってらっしゃい。私の愛しい娘。世界が貴女に優しく在る様に………」
眠りに落ちた私の額に、お母さんがそっとキスをしてくれた気がした。
次回から、漸く本編です!
だけど、フェリシアお母さんは、お籠り推奨派………。
3歳児ユナちゃんは、異世界でどんな風に過ごすのか。
本編スタートに合わせて、偶数日更新に変えたいと思います。
これからも、宜しくお願い致します。