朝からちょっとお勉強? おはようございます、姉様。
つんつん、つん、つつつつんっ。
つくつくつんっ。つんつん、つっくんっ!
───ガシッ。
「…痛ぃ…」
女の子(ベル姉様?)は、ほっぺを突っついていたアルタイルを鷲掴み、その手をそのまま枕の下に埋めた。
憮然とした文句を呟いただけで、目を開ける気配も、起き上がる気配も無い。
………。
……。
…えっ!? これ、どうすれば!?
ぇ、ちょっ、待って!
アルタイル!? アルタイルが死んじゃう!?
枕の下に埋められたアルタイルが心配で、私はオロオロしてますが、その間も女の子は穏やかな寝息をたてて、爆睡中です。
『──ぶはぁあっ!? し、死ぬかと…。死ぬかと思った~』
『…大丈夫ですか? アルタイル』
『ん~。大丈夫~。リュニベール様って、寝起きが悪くてね~。
神域にいた頃は、起こす度に何かしら危険はあったから~』
なんとか枕の下から這い出してきたアルタイルが、ゼイゼイと荒い呼吸で、シリウスの右前肢に背中を預けました。
心配というより、驚きを滲ませた声音で、硬直の解けたシリウスがアルタイルに尋ねます。
反ってきた答えに、私もシリウスも、絶句しました。
………。
ベル姉様…。
それにしても、念話とはいえ、真横でお喋りしてても起きませんね…。
私は普通に声に出してるんだけど…。
というか、レグルスが殺気を帯びていた時も、起きませんでしたしね。
大丈夫かな? 具合が悪いとかじゃ…。
『ユナ、大丈夫だよ~。本当に爆睡してるだけだから~。
てか、突っついて分かったけど、なんで実体化してるんだろね~』
『…待て。実体化だと?
女神様方が実体化するなど、余程の事だぞ!?
転移体憑依ではないのか?』
ぁ、レグルス復活した…。
と、それより、“転移体憑依”って何?
…“実体化”は、多分昨日のお母さんみたいに、触れる様になる事だよね?
「昨日、おかあさんも“じったいか”? してたんじゃないの?」
『いいえ。昨日のフェリシア様は、転移体憑依。
実体化とは違いますよ?
……待ってください。
ユナは実体化については、知らないのですか?』
『む? フェリシア様から、聞かされていないのか?』
シリウスが私の疑問に答えて、ふと驚いた様に聞き返した。
レグルスにも確認されたから、躊躇い無く頷く。
「うん」
『『………』』『…丸投げかな~?』
『丸投げだな』『丸投げですね…』
私の返事に、シリウスとレグルスが黙って、アルタイルが仕方無さげにわらった。
アルタイルの言葉に同意し、レグルスが実体化について教えてくれました。
実体化とは、精神体のままクラウディアに“顕現”し、魔素を圧縮して“触れる器”を造る事らしい。
通りでベル姉様がうっすら輝いているはずですね!
魔素を圧縮しているのなら、魔法で身体を作っている様なもの。
私の目は、魔法を“色のある光”として捉えますから。
そして、実体化とは別に、最初からクラウディアに“適化させた器”を用意し、その器に精神体の一部を“憑依”させるのが、転移体憑依なんだって。
昨日のお母さんは、この転移体憑依だったそうです。
だから、前から使っていた器だと言ってたんですね♪
転移体憑依は、実体化よりも簡単で、世界にも優しい。
実体化だと、世界に僅かとはいえ“影響を与えてしまう可能性”がある上、常に基礎魔力を消費する事になる。
転移体憑依であれば、世界に顕現するのがほんの一部であるため、殆んど影響は出ないし、精神体にかかる負担も20~30分の1くらいになるらしい。
ただし、どちらも、元が女神様である事は変わらないため、大きな力を行使すれば、世界は崩壊へと天秤を傾ける。
私の場合は、転移体憑依に近いけれど、精神体の一部じゃなくて、精神体その物全部を器に込めたので、転移体を使っていても、転移体憑依ではなく、クラウディアの人族として世界に受け入れられたそうです。
「じゃあ、ベルねぇしゃまは、ムリしてここにいるの?」
「…違う…」
一通りの説明を聞き、一気に押し寄せた不安を口にすると、お母さんそっくりな声に、間髪入れずに完全否定されました。
伏せて横たわるシリウスの向こう側。
ゆっくり起き上がる女の子は、たった今神様に命を吹き込まれた人形みたい。
「…おはよう…。初めまして…ユナ…」
サラリと肩から流れ落ちた髪は、肘に届く少し前。
背中の半分ほどが隠れるかな?
驚く私を写し混んだ瞳は、銀色を帯びた落ち着いた緑。
眠そうに解けた目元は、ほんの少し垂れぎみで、左目尻にある黒子が、年齢以上の“女の艶”を演出してる。
朝の挨拶と一緒に、シリウス越しに両手を伸ばして、抱き締められました。
実体化している姉様は、温かくてほっとする。
「おはようごじゃいましゅ。ベルねぇしゃま。
はじめまちて。…ねぇしゃま、あったかい」
舌足らずにはなったけど、朝の挨拶を返して、自分からも姉様に抱き付きます!
私と姉様の間に挟まれたシリウスには申し訳ないけど、姉様との初めての邂逅ですので赦してください。
大好きを伝えたくて、姉様の肩口に擦り寄れば、くすぐったいのか、姉様がクスクスと笑います。
やっと会えたぁ~。
よろしくお願いしますね、リュニベール姉様♪