世界の成り立ち!? どうやら私、異世界転移するそうです。
頭を下げ続けるのは、ここまでと言った私に、シアはまだ僅かに申し訳なさを残して、それでも漸くほんわりした微笑を見せた。
(もう大丈夫かな?)
「ところで、私を巻き込んだっていう事故? ってどんな?」
笑顔に安心して、新しい疑問が浮かんだ。
「ええと。最初から、説明しますね。まず、私達【管理者】は、複数人います」
「ん」
シアが真剣な顔で、話を状況説明まで戻した。
「で。【管理者】は、世界を創造した後、その世界の進化衰退を見守りながら、崩壊までの永い刻を過ごします」
(ン? 崩壊までを見守りながら過ごすって……)
「あれ? その言い方だと、管理者と世界って繋がってる?」
「ぁ、はい。世界は私達そのものです」
「ぅえっ! じゃあ、世界の崩壊って…」
「あぁ、いいえ。崩壊=消滅ではありません。正確には、私達が強い感情を、発露させることで、世界が生まれるので、崩壊=感情の発露の収束です」
世界の崩壊がシアの消滅じゃ無かった事に、大きな安堵感があり、自分でも不思議に思いながら、感情のままに言葉が溢れた。
「…良かった…」
「ふふっ。心配してくださって、有難うございます」
「ん。それで?」
「はい。大前提として、大きな変革が起きそうな時以外は、私達が世界に干渉することは許されていません。細々と干渉すれば、世界は簡単に崩壊してしまうからです」
「ぁ、そっか。自分の感情、しかも強いものだから、下手に突つくと暴走して燃え尽きちゃうんだ…」
「はい。なので、極力干渉せず、それでも酷く揺れない様に、時折僅かに手を差し伸べて、見守る事しか出来ずに過ごします」
人が抱える感情と同じものが、神様と呼ばれる様なシア達にもあって、それが目に見える形で【世界】になるらしい。
いろんな意味で凄いと思うし、恐いとも思った。
「そんな風に過ごす私達ですが、500年から1000年位の間隔で、1番大きく変化を見せた世界に、変化の少ない世界の管理者数人が集います。その世界の善し悪しを参考にする為です」
シアが言うには、勉強会の様なものらしい。
「そして、今回は結愛さんがいた世界が選ばれました」
「そっか。私のいた世界って、他の世界の参考になるんだ」
「はい。ただ、小さな意見の食い違いから、“参考の方向性”で、私と結愛さんの世界の管理者以外が、揉め始めてしまって…」
「あ〜、ベースになった感情によって、善し悪しが違うもんね〜」
嬉しいとか愛しいとかのプラスの感情と、悲しいとか悔しいとかのマイナスの感情じゃ、世界の在り方が違うだろう。
私達人間の感情だって、どちらが在るかで行動が変わる。
「はい。それで、白熱していく論争によって、【怒り】や【困惑】といった感情が、新しい世界を創造し始めてしまったのです。近過ぎた距離で生まれた世界が、互いに共鳴し合い、創造から崩壊までを、一気に起こして空間を歪めました」
その瞬間を思い出したのか、シアの表情が曇る。
「言い争う管理者達を、諫めようとしていた私と、結愛さんの世界の管理者は、咄嗟に結愛さんの世界に、結界を張り巡らせたのですが、僅かに間に合わず…。結果、結愛さんの存在していた場所を、削ってしまいました」
泣くのを我慢するみたいに、シアは眉間に皺を寄せ、瞼をきつく閉じた。
感情の揺れを抑えている様に見えるのは、新しく世界を創らない様に、また私みたいな存在を生まない様に、一生懸命頑張ってくれてるんだろう。
何だか身体全体が、ぽかぽかと暖かい。
「管理者達は、慌てて結愛さんの世界を修復しました」
「自分の感情には干渉出来なくても、相手の感情に寄り添ったり、訴えかけたりは出来る?」
「はい。その認識が近いです。だけど、私達【管理者】は、【現象】には介入出来ても、【事象】には介入も干渉も出来ません」
再び目を開けた後、シアは真剣に話の続きを聞かせてくれた。
「何とか世界を修復しましたが、削ってしまった場所に居らした結愛さんだけは、元に戻す事が出来ませんでした。“消滅した存在”の【消滅】を無かった事にするのは、“事象の無効化”に相当した為です」
「え〜と、天候や災害みたいな【現象】なら、それ自体を無かった事にしたり、誤魔化せるけど、人間が拘わる様な【事象】だと、それを無かった事にした時点で、世界に影響が出るってことで合ってる?」
「はい。それで、合ってます」
「…ん〜、取り敢えず、私以外に巻き込まれた存在は居ない?」
「ぁ、はい。それはちゃんと確認しました。結愛さんは、習い事に赴かれる途中に、人気の無い公園? で休んで居ました。削ってしまったのは、その公園? だけだったので、巻き込んでしまったのも、結愛さんだけだったみたいです」
巻き込まれたのが、私だけだった事に安心した。偽善だとしても、“私以外の誰か”が巻き込まれてなかった事が嬉しかった。
それとは別に、シアが【公園】という言葉に、疑問符を付けているのが気にかかる。
私の思考は、興味の向くままに直ぐ彼方此方に飛ぶ。これは、私の【悪い癖】だ。
「何故に公園だけ疑問系?」
「すみません。公園? というものが、よく分からなくて」
「クラウディアには、公園が無いの?」
「はい。場所を特定する言葉だとは、理解していますが…」
(なるほど。文化的に、娯楽が少ない世界なのかもね…)
「ん〜、簡単に説明すると、子供が体力を消費しながら遊べる、【遊具】を設置した、小さめの広場かな?」
「結愛さんの世界には、その様な場所があるのですね」
そこから、話は脱線して、シアが分からない私の世界の事を、四苦八苦しながら説明したり、逆にシアの世界の些細な日常の話を聞いたりして、暫し時間を共有した。
*~*~*~*~*
「それで? 私はこれからどうなるのかな?」
「はい。結愛さんは、今現在“精神のみ”といった状態です。本来の身体は、すでに消滅してしまっているので、元の世界には戻れません」
再び話を戻して、シアは真剣な顔で私の“これから”を教えてくれた。
「本当なら、精神のみとなった後は、【浄化】と【治療】を施した上で、それまで生きていた世界とは異なった世界に、【転生】させるというのが、亡くなった方達の扱いとなります。ただし、結愛さんの場合は、完全に私達の失態で、身体を消滅させてしまった際、精神体にも損傷を与えてしまっています。その為、通常の扱いでは、新たに転生するにも、必要以上の負荷が掛かりかねません」
心配そうに私の様子を伺いながら、シアは転生についてのリスクを、ひとつひとつ教えてくれた。
本当なら、転生の前に行う【浄化】で、それまで生きてきた世界で蓄積した記憶や、経験・知識などを消して、真っ更な精神体に戻し、【治療】で精神体に刻み込まれた傷(痛みや苦しみ)なんかを、目立たなくなるまで治すらしい。
僅かな傷は、精神を強くするために必要だから、多少傷痕を残しておくのが重要だそうだ。ただし、傷の残し具合で次の世界での性格が変わるので、【治療】の施し方は、とても慎重に行われる。シアが凄く難しいって、眉間に皺を寄せてた。
ただ、私の場合は、精神体についた傷が大き過ぎて、“消滅ギリギリ”の本当に危険な状態らしい。ほんの僅かな衝撃ですら、消滅を促し兼ねない為に、【浄化】を施す事が躊躇われる程だそう。
「なので、今は結愛さんの精神体に、私の加護を与える事で、一時的にこの場所に留めています。これから、結愛さんには、本来の寿命まで眠って頂いて、その間に今回結愛さんを巻き込んだ全ての管理者に、それぞれ働いて貰います」
キリッと表情を引き締めて、シアは私を安心させる様に、テーブルの上にあった私の両手を握る。
“全ての管理者”と言われて、他の管理者はどうして居るのか気になった。
シアの説明によると、今は各々の世界に戻って反省中らしい。私を混乱させない様に、事故を起こした管理者達じゃなく、それを諫めようとしていたシアが、代表して謝罪と状況説明をしに来てくれたようだ。
「時間を掛けて【治療】を施し、新しい身体を創って、精神を定着した上で、【転生】ではなく【転移】の形を取れば、大丈夫な筈です」
「転移かぁ」
「何か御要望は有りますか? もし有るのでしたら、管理者達の誰かに、叶えさせてあげてください。あの人達も、本当に反省しています。わりと無茶振りしても、大丈夫ですよ♪」
「ん〜、じゃあ。新しい身体は、シアに創って欲しいなぁ。あと、どんな世界に転移するにしても、最初の場所は選びたいかな?」
「それだけで良いのですか?身体を丈夫にしたり、特別な力を持ったりしなくて大丈夫ですか?」
「ん。転移する世界が、どんな所か分からないし、身体は“シアが創ってくれる”なら、大丈夫だと思えるから♪ ね!」
「ぁ、伝え忘れてました。結愛さんが転移するのは、私の世界【クラウディア】です。剣と魔法があって、竜や精霊や魔物が居て、人間の他にも多数の種族が存在している。そんな世界です」
「…私がいた世界で、“空想や物語として”広く知られてる感じの世界だね〜。楽しそう♪ それに、シアが創った世界を、自分の目で見れるのは嬉しいなぁ」
「ふふっ。私もです。結愛さんに、私の世界を見てもらえるのが楽しみです」
シアに出会ってから、表情筋が今までに無いくらい仕事をしてくれる。
シアが笑うと私も笑う。シアが辛そうだと私も辛い。だから、私は笑顔で居よう。これから、暫く眠るにしても、目が覚めたなら、またシアに会えるだろうから。
「では、1度眠って貰います。次に目覚めたら、転移する場所を選んでください。結愛さんの身体は、私が一生懸命創ります。私に出来る精一杯で、結愛さんの幸せを考えます。だから、安心して眠ってください。おやすみなさい、結愛さん。」
繋いでいた両手を離して立ち上がり、近付いて来たシアが、座ったままの私を抱き締めて、ゆっくり頭を撫でてくれる。
一撫で事に、睡魔に囚われ、ゆっくりと意識が遠退く。
眠りに落ちる間際に、私は幸福な安堵感に包まれて、最後の挨拶を呟いた。
「おやすみ。シア。」