街中散策♪ ナンパ? なおじ様と、初めてのお買い物。
ここラディオールの街は、茜色の煉瓦と白い漆喰で作られた、可愛らしい雰囲気の街です。
初めて見る景色に、ついつい興味を引かれます。
お母さんに抱っこされてて良かった。
自力で歩いてたら、すぐさま迷子決定だ……。
いや、歩幅の問題で、時間も掛かり過ぎるんだけどね?
「じゃ、まずは教会かな?」
顔を覗き込まれて、視線が捕らわれる。
(綺麗……。青…いや、藍かな…純粋な紫じゃなくて、寒色の強い菫色…。でも、内側にある優しい光が、包まれるみたいに温かい)
「ユナ?」
「おかあさんの目、きれ~い」
「あらあら。お母さんには、ユナの目の方が綺麗に見えるわ♪」
おでこを合わせて、うりうりと構われながらも、誉められたことが嬉しくて、へにゃりと笑う。
なんだか沢山の視線を感じて、ふと辺りを見回してみる。
今通っているのは、商店街みたいな場所だけど、人通りはそこまで多くはない。
まぁ、14刻(午後2時)をちょっと過ぎたくらいだから、仕方無いよね。
もう少しすれば、夕御飯の材料を買い求める主婦の皆さんや、お仕事を早目に切り上げた冒険者達が、集まり始めるはずです。
辺りを見回してみて、初めて気が付いたのだけど…。
思った以上に見られてた? みたいです。
目が合うと、そっと逸らされたり、へらりと笑顔を返されたりと、不思議な反応が多数。
取り敢えず、笑っときましょう。
うん。笑顔に笑顔を返すのは、当たり前の反応だよね?
「どうしたの? ニコニコして」
当たりを見回したあと、あちこちに笑顔を振り撒いていた私を、お母さんが不思議そうに見つめます。
「む~。目が合ってね、笑ってくれたの、嬉しかったの」
お母さんに抱き付いて、肩口に額を擦り付けながら、小さな声で答えました。
流石に、知り合いでもない人達に、笑顔を振り撒いていたことを指摘されると、ちょっと恥ずかしい。
以前は表情筋が仕事を放棄していたので、笑顔には会釈を返したりしていたのですが、身体の小さな子供が会釈で返すのは変かと、笑顔で返しただけです。
なのに、その笑顔を見た人達は、びっくりしたあと、それまでとは明らかに違う、満面の笑顔を見せてくれました。
嬉しくて、ちょっと泣きそうです。
恥ずかしいのと、嬉しいのとで、感情が混乱してますね。
「お~い。そこ行く、姐さん。
可愛い嬢ちゃんを抱っこしてる、別嬪の姐さん!」
ん?
誰か、お母さんを呼びましたか?
私が“可愛い”かは“人それぞれ”なので置いときますが、女の子を抱っこしてる“女の人”は、お母さん以外見当たりません。
その上、お母さんは確実に、誰が見ても“別嬪さん”です。
でも、女神様を姐さんなんて呼び止めて良いのかな?
「私?」
私を抱っこしたままなので、お母さんは身体ごと振り返って確認します。
「ああ。姐さんのことさ」
「ふふっ。姐さんなんて呼ばれるの久し振りだわ♪ 何か用?」
ぁ、良いんですね。
お母さんてば、ちょっと楽しげです。
「おう。時間があるなら、串焼きでも食わねぇかい? うちの串焼きは絶品だぜ?」
呼び止めたのは、串焼き屋台のおじ様でした。
「うふふ♪ 前半だけ聞くと、下手なナンパみたいよ?」
「がははっ。違いねぇ! まぁ、ナンパっちゃあ、ナンパだがよ。
相手は姐さんじゃなくて、姐さんが抱えてる嬢ちゃんだけどな」
「う? わたし?」
「おう。嬢ちゃん、串焼き食わねぇか?」
おじ様はニヤリと笑い、焼き上げたばかりの串焼きを差し出しました。
焼き立ての串焼きが、香ばしいスパイスの薫りで、暴力的に食欲を刺激してきます。
そう言えば、お昼ご飯がまだだった!
買い食いするつもりだったのを忘れてました。
匂いに刺激され、お腹が小さく空腹を主張します。
「! 食べる!」
「あらら。じゃあ、4本ほど貰える?」
「ん? 4本? 嬢ちゃんと姐さんが、2本ずつ食うのかい?」
「プッ。違うわよ! この子達の分!」
足下を見たお母さんにつられて、おじ様も視線を下に落とした。
「おっ? こりゃ、すまん。ちっこいのが、他にも居たんだな!
待ってな、今いい具合に焼き上がる」
レグルス達を見付けたらしく、いそいそと焼き立ての串焼きを準備してくれる。
1本が結構大きくて、私の腕の長さくらいの串に、掌サイズのお肉が4つ並んでる。
随分食べでがありそうだ。
わくわくしている私を、優しく地面に下ろして、お母さんがおじ様に話し掛ける。
「丁度いいわ。お兄さん、この子の“初めての買い物”の相手役を頼める?」
「おいおい、おっさんでいいぜ?
初めての買い物……って、まだ小せぇのに金勘定が出来んのかい!?」
ええ、ええ。おじ様と2人で、びっくりして顔を見合わせましたよ?
お母さん…先に言っておいて欲しかったです…。
まぁ、事故みたいな状況ではあるけどね?
「うふふっ。自分で買い物してみたいって言うから、教えちゃった。
それに、間違えたら間違えたで良いのよ♪
こういうのは練習あるのみ!
ユナ、私があげたお金、ちゃんと持ってるわね?」
お母さんに促され、リュックから青い紐の袋を出して、大事に握って頷きます。
以前は普通に買い物もしてましたが、クラウディアでの買い物は、お母さんが言う通りこれが“初めて”です。
ちょっと緊張しますが、頑張りますよ!
「おおっ! 準備万端って感じだな!
んじゃ、嬢ちゃん、1本50Gで、4本分だ」
お財布代わりの袋を握り締め、やる気に満ちた私の心境に気付いてくれたらしく、おじ様が計算と会計を促してくれます。
袋から更に小さな袋を取り出し、銅貨を4枚おじ様に渡します。
銅貨は、1枚50Gなので、4枚(200G)で良いはずです!
「はい。合ってましゅか?」
(にゃ!? また噛んだ~)
気合いを入れ過ぎたのか、滑舌がよくない~。
“さ行”は天敵ですか!?
……泣いていいかな…。
「おっ! すげぇな、嬢ちゃん。合ってるぜ!
こんな小さいのに、ちゃんと計算出来てらぁ。偉いぞ!
持ちやすいように、紙袋に入れてやっから、ちょい待てな?」
ちょっと落ち込みそうだった私の頭を、おじ様が豪快に撫でてくれます。
お!? と、とぉ!?
(痛くないけど、この勢い、首もげませんか?)
お~。ちょっとくらくらしますね~♪
びっくりしたけど、面白かった!
おじ様の手が頭から離れて、串焼きを4本一纏めに袋に突っ込んでます。
お金を受け取って貰い、次いで串焼きを突っ込んだ薄手の紙袋を、お財布を握ってない右手で受け取ります。
………。
はい。すみません。
左手にお財布代わりの袋を2つ、握ったまんまです…。
熱々ほかほかの紙袋を抱えて、お母さんの元に戻ります。
「できた~」
「ふふふ。上手に出来たわね♪ 偉い偉い」
戻った私の頭を、お母さんが目線を合わせて撫でてくれました。
クラウディアでの“初めてのお買い物”は、概ね大成功だ♪