準備万端! 初めてのお出掛け。街に向かって、れっつごぉ♪
『お母さん、お母さん、聞こえる?』
お祈りの姿勢で、女神像に心で話しかける。
すぐ返されるのは、軽やかで暖かな春風みたいに優しい声。
『ふふっ。聞こえてるわ♪ 準備が出来たのね?』
『うん。朝ご飯も食べたし、【無限収納】の整理整頓も出来たよ』
『そう。でも、今って12刻を過ぎて、13刻が近くない? お昼ご飯はどうするの?』
『えへへ。さっきちょっとお菓子を食べたから、街に行ってから、何か買って食べるよ。
クラウディアの料理は、知識としてあるけど、味が分からないからね』
『ふふっ。食材や調味料なんかは、前とあまり変わらないでしょ?
クラウディアの豊穣の女神は、“美食を好む”って言われてるから、美味しいものの探究は盛んなのよ』
『うん。前の世界では、異世界って呼ばれる場所は、“食や文明の発展が遅れてる”って、描かれる物語が多かったけど、クラウディアは違うね。
確かに、文明の発展は前の世界と比べれば、わりと緩やかだけど、前の世界より便利そうな物も沢山あるもの』
魔道具は、その際たるものだ。
以前にいた世界とは違う形で、けれどもより便利に進化してる。
何より、以前の世界では、需要供給が滞り、消費されるだけとなっていた物が、この世界では、共存共栄を保ったまま、生活に根付いてる。
『自分の目で、いろんな物を見たいなぁ。まずは、街へ行ってみるね♪』
『ふふっ。楽しんでね。…ところで、街で何をするの?』
『え~と、まず教会に行きたいな…。お姉ちゃんに“ありがとう”が言いたい。あと、食べ歩き? と…買い物かなぁ。必要な物は揃ってるけど、他にどんな物があるのか見てみたい!』
『そう。楽しそうね。私も久しぶりに降りようかしら♪ 流石に小さな子が、1人で森を歩くのは、不自然極まりないもの』
『? “降りる”って?』
『ふふふ♪ ちょっとした裏ワザがあるのよ♪ 待ってて』
『………お母さん?』
*~*~*~*~*
お話の途中で、お母さんの声が遠くなった。
何度か呼び掛けても、返事がない。
突然のことに、不安が押し寄せてきます。
泣きそうな程、不安で胸がいっぱいになったころ、後ろからずっと待ってた声がしました。
「お待たせ、結愛」
振り向いた先には、1日ぶりのお母さんが立ってた。
驚きすぎて、さっきまでの不安が吹っ飛んだ。
「え? え? え? あれ? ここは…わたしの部屋だ…。おかあさんっ!?」
目の前の事態が呑み込めなくて、自分がいる場所を確認した。
昨日から、自室となった部屋に、お母さんがいる。
「うふふ。びっくりした?」
悪戯が成功した子供みたいな笑顔で、お母さんが笑ってる。
クラウディアに来たら、声は聞けても、会うことは出来ないと思ってたお母さんが、今目の前にいる。
言葉をなくして頷く私を、お母さんは床に膝をついて、抱き締めてくれる。
酷く安心する温かさに、胸が嬉しさでいっぱいになる。
「…おかあさん…っく、ひぃっく…おかあさん~」
「驚かせてごめんね?」
腕の中で泣き出してしまった私を、お母さんは優しく抱き締めたまま、頭を撫でて慰めてくれる。
「っく、ひぃっく。う~」
「落ち着いた?」
「ん。も、だいじょ、ぶ」
呼吸は調わないままだけど、気持ちの方は落ち着きました。
お話を聞くくらいは出来そうです。
「黙っててごめんね。結愛を驚かせたかったのもあるのだけど、一緒に暮らしたり、頻繁に会ったり出来るわけじゃないから、言い出し難かったのよね」
「それじゃ、っく、た、たまになら、っ、会える、の?」
「ええ。でも、クラウディアに存在していられるのは、良くて年に4~5回。その回数だって、1回に使える時間は、4時間くらいが限度なの」
背中を撫でて、呼吸を宥めながら、お母さんは残念そうに、会える回数と、一緒にいられる時間を教えてくれた。
それは、全然会えないより、ずっと嬉しい“お知らせ”だった。
「私達【管理者】は、世界を大きく動かす様な、“干渉”は出来ないわ。それをすれば、世界が崩壊してしまうから…。
だけど、力をギリギリまで抑えることで、ほんの僅かな“介助”は可能だし、スキルを通しての“助言”も出来るわ。
勿論、制限はあるけどね」
「せぃ、げん?」
「その世界の“常識という理”から外れないこと」
「じょ…しき…」
「そう。常識外のことをすれば、世界のバランスが崩れてしまう確率が、とても高いの。【管理者】の力は、世界にとって、“抗うことの出来ない引力”の様なものだから。
力をギリギリまで抑えて、世界の中で構成される物質で器を作って、それでも【管理者】である以上、頻繁には手出し出来ないし、顕現しても長く留まれないの」
「でも、少しの、あいだでも、おかあさんと、いっしょ、なの、うれし、ぃよ?」
「ふふっ。ありがとう。私も結愛と同じ時間を、僅かでも共有出来るのは、凄く嬉しいわ♪」
「ひっく…ふっぅ。すぅ~っ、はぁ~っ。」
深呼吸する私を見守りながら、クラウディアでの顕現の仕方や、活動する為の細かな制限を説明してくれるお母さんを見上げて、やっと、現状を呑み込めました。
「─と、いうわけで、今使ってる器は、結愛と出合う前から使っている身体なの。
一般的な冒険者の最上位ランク、その1つ下のランクの子達を目安に創ったから、眷族である結愛よりも、ずっと弱いわね。
それでも、クラウディアで生活している子達の中では、大分強い方なのよ?」
クラウディアに来た当初、3匹のステータスが見えちゃったので、スキル【生物鑑定】だけ任意発動に切り替えてましたが、お母さんに進められて、ステータスを見せてもらいました。
確かに、お母さんのステータスは、25歳の人族のもので、魔力適性も無・風・土・光の4つだけと、私と比べると低い感じです。
“常識という理”から外れないというのは、能力や身体にも当てはまるのかな?
まぁ、お母さんが、お母さんなら、何でもいっか♪
街には、お母さんも一緒に行ってくれることになりました!
*~*~*~*~*
「さて、準備はいい?」
お母さんの格好は、物語に出てくる“魔女”その物だ。
女神様なのに、いいのかな?
身体のラインを強調する様な紫のロングドレスと、様々なアクセサリー(魔道具らしい)で、着飾ったお母さんは妖艶な美女という風体なのに、どこか清廉な雰囲気がある。
「うん。だいじょうぶ」
移動の際に寒くない様にと、茜色の薄手の外套を羽織って、桜色のリュックを背負った。
お母さんもドレスの上から、黒に近い紺色のケープを羽織り、頷いた私を軽々と抱き上げた。
「じゃ、行きましょうか♪ ふふふ。結愛の初めてのお出掛けね」
そのまま、抱っこで玄関まで移動しました……。
いや、うん。
3歳児の足だと、移動だけでも時間が掛かるし、階段で苦労するのも分かりきってはいるよ?
え~い!
なんかちょっと落ち込みそうだから、お母さんに引っ付いてやる~!
*~*~*~*~*
柵を出たところで、お母さんが立ち止まる。
「レグルス、お願い」
お母さんに呼ばれたレグルスが、乗りやすいように伏せてくれます。
レグルスの背中に、私を跨がらせて、その後ろにお母さんが横座りで乗った。
横座りで落ちないのかな?
お母さんて、バランス感覚がいいのかな?
不思議に思って、後ろを振り仰げば、目があったお母さんが、優しく笑ってくれます。
「大丈夫よ。スキルと魔法を併用するから、落ちたりしないわ」
疑問が表情に出ていたらしい。
成る程。スキル【騎乗】と風魔法を併用することで、どんな体勢でも振り落とされることは無いわけか。
「わたしもできる?」
「勿論。これから何度も、街まで出掛けるだろうから、練習してみたらいいわ」
「うん」
「取り敢えず、今回は私がやって見せるから、ユナは見て覚えなさい」
「は~い」
和やかな会話を交わしながら、他の2匹に手を伸ばす。
シリウスもアルタイルも、縮小化して私の傍にやって来る。
シリウスは子犬とは思えない跳躍力で、レグルスの背中に乗って、私の前にちょこんと座って、アルタイルは小鳥の姿で、私の肩に止まった。
アルタイルに頬擦りされて、くすぐったさを感じつつ、家族が一緒にいてくれる幸せを実感して、気持ちが満たされます。
嬉しくて笑顔でいる私をチラリと確認して、レグルスが立ち上がった。
『では、参ります』
一言告げて、レグルスが動きだす。
初めはゆっくり、段々と速さを増して。
スキル【騎乗】が発動して、姿勢がレグルスに負担の少ない形に自然と変わる。
風が柔らかく取り巻いて、身体を支えてくれます。
お母さんの魔法だね♪
物語の魔法だと、いろんな特別感があるのに、クラウディアの魔法は、呼吸をするのと同じ様に自然と使えて、見た目の派手さは無いみたい。
まぁ、攻撃的な魔法を使ってないから、忌避感が無いのかも知れないけどね。
さぁ、気持ちも新たに、街へ向かって、れっつごぉ~♪