少女の告解
暗い……どこまでも真っ暗で真っ黒で何にも無い世界。そこにたった一人、私だけがポツンと存在している。
あぁ彼でもダメだったようだ……
あの忌々しい呪いから解放されても、やはり私には幸せなど訪れないようだ。自分の意思でなくとも、犯した罪の数々はとても重いものだったらしい……
「い……やだ。ひとりに……しな……いで」
いつの間にかそんな言葉が溢れ出していた。
「やっ……と、やっと……たすかる……って、おも……ったのに――」
涙が止まらない。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。絶望に囚われてからは、そんなことはしなかった。全てを諦めていたからだ。
でも私は勇者様を知ってしまった。希望を垣間見てしまった。もうあの頃には戻れないだろう――
「た……すけて……よ、ゆうしゃさまぁ!」
あらんかぎりの大声で彼を呼ぶ。
すると何か温かいものに包まこまれた。疑問抱く暇も無いままその温もりに、引っぱられる。どんどん加速しているのを感じる。
勇者様が助けに来てくれた。
私は直ぐに確信し、その温もりに身を任せた。
「っつ……!」
突き抜けるような感覚のあと、私は光に包まれた。
網膜を焼き尽くすかのような激しい光。ずっと薄暗い魔王城で暮らしてきた私には明るすぎる。私の視覚はもうしばらくの間働いてくれないに違いない。
次に感じたのは、先ほどとは少し違っていて、それでいて温かく優しく包み込んでくれるもの。どうやら私はベッドに寝かされているらしい。
だんだんと視覚が回復してくる。最初に見たのは、木目が綺麗な見慣れない天井。少し懐かしいと感じた。なんでだろう?
「ふぅ……やっと起きたか……」
「ひっ……!」
「……地味にメンタルにくるな、これ」
いきなり話しかけられ、少し動揺してしまった……恥ずかしい。
私が目を向けると、そこにいたのはやはり勇者様だった。
黒目で少し黄色がかった童顔、短めに切り揃えられた髪は黒色でまさに日本人そのものだった。目が大きくて少し可愛らしいと感じた。
「えっ……?お、おい……」
「ふっ……、くっ……うぅ……」
勇者様がおろおろしながらこちらを覗いている。しかし私の涙は止まりそうになかった。私はそのまま俯いて静かに涙を流し続けた。
いつの間にか勇者様が私の背中をさすってくれていた。それが余計に嬉しくて、温かくて、涙が溢れ続けた。
「落ち着いたか……?」
「……はい」
しばらくして涙も収まったところで、勇者様が戸惑いながらも穏やかに声を掛けてくる。 たったそれだけのことにも幸せを感じ、また涙が溢れそうになる。ダメだ、これ以上勇者様を困らせるわけにはいかない。そう思い必死で我慢した。
でも、それにしても――
「これは……どういう状況ですか……?」
「……あー、やっぱそうだよな……」
私は確かに勇者様に殺されたはず、魔王もろとも。
「あーと、簡単に言えば、俺が精神魔法でお前を俺の奴隷、眷属にした」
「勇者様の奴隷……眷属……?」
「ああ、俺は『知識と精神の勇者』だからな。そういうのが得意分野なんだ」
彼が得意気な笑顔でそう言った。
理解はできる。でも納得はできなかった。
「で、でも……呪いが……」
「あぁ、あれか。よくわからんが眷属にしたら消えたぞ。どんなのだったんだ?」
「えーと、私の負の攻撃的な感情だけを分離させて『魔王人格』を作り、最終的には元の人格を破壊し体を乗っとるという呪いです」
「うわぁ……」
勇者様がドン引きしていた。それもそのはずだ。なんたってあれは……
「あれは『真なる魔王』が付けた呪いですからね」
「ん?『真なる魔王』?」
「はい、元からこの世界にいた魔王達のことです」
「……まるでお前は違うみたいな口ぶりだな」
「……私は……私も召喚された『人間』です」
勇者様の少し訝しむような口ぶりに、躊躇いつつもありのままのことを伝えた。
そう、私は『真なる魔王』達に召喚された異世界の『人間』。勇者様と同郷の、地球から来た普通の『人間』。決して『魔族』などではなかったはずだ。
「召喚された後に体を作り替えられ、呪いをかけられました」
「そう……だったんだな。でも何でそんな面倒なことを……?」
勇者様の疑問も至極当然のものだろう。だって魔族は強い存在だ。非力な人間と違い、異世界からの代理なんて立てる必要はないのだ。それでも私を召喚し魔王にした理由、それは――
「それはこの人間と魔族の代理戦争を、そして私が少しずつ壊れていく様子を、ゲームとして楽しんでいるからですよ」
「っ……」
私の言葉に勇者様が絶句する。人間があんなに必死で行っているものを、魔族の長達はゲームとして楽しんでいたのだ。いったいどれ程の人間が、既に世界が魔王達の遊戯場と化していることに気づいているのだろう……?
「ずっと……つらかったな……遅くなって、すまない」
「っ!い、いえ……勇者様が謝る必要なんて……」
そんなことは言わないで欲しい。今は気を張っていないと、いつ涙がこぼれ落ちてもおかしくはないのだ。
「そう……だな……。そう言えば……今更なんだか俺は瀬上翔大だ。勇者様じゃなくて、翔大と呼んでくれるとありがたい」
「わかりました、翔大様」
本当に今更だな、と思いつつ返事をする。
まぁ、わざと話題を変えてくれたのだと思うが……本当に優しい人だ。
ところで彼は勇者様という呼び方が少し嫌なようだ。なぜなのか気になったが、ここは深く追求せずに次からは気を付けよう。
「ところで……お前の名前は?」
「私の名前ですか?えっと、私の名前は……私の……なまえ?」
全く思い出せない。どうして?なんで思い出せないの?そう自問自答しても答えは出てこなかった。
「わからないのか?もともとは地球に居たんだろ?」
「地球……」
そうだ。確かに私は地球の日本に住んでいた。
この世界では名前の無い子供もいる。でも地球では、日本ではそんなことはほとんど無いだろう。
でも日本のどこに住んでいたのだろう?――思い出せない。
家族にはなんと呼ばれていた?――そもそも家族が思い出せない。
私に残っているのは、少しばかりの風景の記憶と、誰かと何かを話していた思い出だけ。しかも、それすらぼやけていて上手く思い出せない。
「ごめんなさい。わからない……です」
「気にするな。恐らくは呪いの影響だろう……」
「はい……」
いつまでも私を苦しめてくる呪いを苦々しく思った。しかし不思議と憎しみのようなものは湧いてこなかった。
そういう感情も『魔王人格』とともに消滅してしまったのだろうか?
「……よし!ある程度把握できたし、お前は少し休んどけ。まだ疲れてるだろ?」
「はい……あの……今更なんですが……」
「どうした?」
「私は……魔王、ですよ?いいんですか?」
「……もうお前は魔王じゃない。俺には守ってやることもろくにできないが、俺はお前の味方だよ」
だからそういうことは言わないで欲しい。もう止まらないじゃないか。
「わ、わたしが……しあわせに、なっても……いいん、ですか?」
「いいに決まってんだろ」
「でも……わたしは、まおう……ですよ、いっぱいひとも、ころしたんですよ!」
「お前はお前だ。魔王は……お前じゃない」
「うわぁぁぁぁぁ!」
私はもう言葉を発することもできなかった。
ただただショウタ様にすがり付いて、延々と泣き喚いた。
実を言うと、今の今まで心のどこかで疑っていた。
これは魔王達の見せる夢なのではないか?
目が覚めるとまたあの玉座に座っているのではないか?
そんなことを考えてしまうほど、ショウタ様に与えられたこの希望は、この世界はとても輝いていた。眩しすぎるほどに。
でも、すぐそばで温かみを、希望を与えてくれる存在が、この眩しい世界でも一際輝いている彼が、その温もりで明確に否定してくれる。これは現実だ、俺を信じろと。
その時、私は私がずっと望んでいたものを手にいれたことを確信した。
それはショウタ様のために行動し命を捧げるという、自らの存在価値。私が私の存在を否定しないための最後の防波堤。
そして私は呪縛から完全に解放された。
閲覧いただきありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
今回は会話に比重を置いたお話でした。
説明不足な部分があるかもしれません(ほぼ確実にあります)
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