92.二つ名と報酬受取
5月20日7時半、アキトたちは朝食を食べ終えダスカーの給仕で食後のお茶を楽しんでいる。
「クロエ、今日の夕方までに調薬士用の中級本と錬金術の初級本を購入しておいてくれ。錬金術の方は必要な機材、材料まであると助かる」
「畏まりました、アキト様」
アキトはクロエに本や機材、材料の価格がわからないので100万ポロン渡しておく。その時食堂に地の大精霊のノルンが入ってきた。ピヨちゃんに食べられて身長10センチほどになっていたものが15センチほどに成長している。
「アキト客が来てるぞ。屋敷の前でノックして待っている」
「クロエ、来客だ。対応頼む」
「畏まりました、アキト様」
ノルンが来客を知らせてくれたのでクロエに指示を出した。ノルンへのお礼にアキトの目の前にあったお茶菓子を与える。精霊は食事をしなくてもいいらしいが食べることはできるらしい。
「サンキュー!アキトたちがこの屋敷に来てから旨いものが食えることだけはいいことだぜ」
「身長伸びたのは食事で栄養とったからか? 」
「いや、俺たち精霊がこの家にいたのはここの地下に強力な魔力ダマリがあるからだ。ここにいれば魔力の補充ができるんだぜ」
「あー、それでピヨちゃんに食われた魔力が回復して身長が伸びたのか」
「そうそう」
そんな話をしているとクロエが戻ってきた。
「アキト様、領主様の使者と名乗る者からアキト様にとお手紙を渡されました。使者の方は屋敷前でお待ちです。如何致しますか? 」
アキトはクロエから手紙を受け取りさっと目を通す。手紙には蝋で封印がされており、この街の領主である伯爵家の文様が押印されていた。
「わかった、俺が使者の相手をしよう。これからちょっと領主様の屋敷まで行ってくるから皆は待っててくれ」
「了解ー! 」
アキトがロビーから外に出ると小奇麗な格好の30代男が待っていた。
「領主様からアキト様を案内せよと仰せつかっております、デフラと申します。本日は突然のご訪問失礼いたしました。アキト様でございますね? 」
「ええ、俺がアキトです。今すぐですか? 」
「領主様は可能なら今すぐ連れて来いと仰せでしたが、アキト様がお忙しいようなら後日でも構わないとも仰せでした。どうされますか? 」
「今からで構いませんよ」
「それでは屋敷の門前に馬車を待機させております。こちらにご乗車ください」
アキトは手紙には領主の押印が押してあったこと、万が一襲撃等があったとしても自分1人なら対応できる自信があったのでおとなしく馬車に乗ってアルバートの屋敷に向かうことにする。
高級馬車なのだろうか、座っていてもあまり揺れずクッションも柔らかいため全く尻が痛くならないことに感心しながらアキトは無事にアルバートの屋敷の門に到着する。門番との簡単なやり通りを使者が行った後、門を通り屋敷前でアキトたちは馬車から下りた。
アキトは屋敷前で使者と別れ、屋敷内を執事に先導されアルバートのいる執務室に通された。
「来たか、アキト君」
ニヤリと笑いながら椅子に座ったアルバートがアキトに話しかけてくる。
「領主様、おはようございます。手紙には用件が書かれていませんでしたが報酬の支払いの件ですか? 」
「ああ、それもあるが君の二つ名が決まったからそれを教えておこうかと思ってね」
ニヤニヤしながらアルバートは話している。アキトはすごく嫌な予感がしている。どんな変な名前を付けられるのか激しく不安だ。
「君の二つ名は爆裂娘だ! 」
「ギルド脱退します。お世話になりました。報酬は後日パーティーメンバーが貰いに参ります」
アキトは本気で帰ろうとした。こんな二つ名付けられたら恥ずかしくて街を歩けないだろう。そもそも男なのに娘が付いている時点でアルバートの悪意が感じられる。
「まてまて! 」
アキトの本気を感じ取ったのだろう、アルバートは焦ってアキトを呼び止めた。
「まだ何か? 嫌がらせにも限度がありますよ? 」
アキトは青筋を浮かび上がらせながらアルバートを睨む。アルバートはアキトの迫力に怯んで若干どもりながら話を続ける。
「な、名前を変えよう。そうだな、うーむ・・・、第2案の1人軍隊でどうだ?どうだ、これならいい名前だろう」
気圧されながらもアルバートは必死に考えたのだろう。アキトは爆裂娘がひどすぎたので1人軍隊は大分マシに思えた。確かに補給、索敵、作戦指揮、砦建築、軍隊規模殲滅を1人で出来るアキトにはぴったりな名前だろう。
「まだそちらの方が我慢できる分だけマシですね。出来れば二つ名申請自体白紙に戻して貰いたいのですが」
「それは無理だ。すでにギルドでの手続きは進んでいる。後は二つ名を決定さえすれば申請終了だ」
アキトはハァとため息をつきながら諦める。アルバートからこれ以上の譲歩は引き出せないだろう。
「わかりました。それで報酬をいただきたいのですが」
「ああ、用意させよう。ヨハネスこれをアキト君に渡せ 」
アルバートは執事のヨハネスに机の上においてあった皮袋を渡す。ヨハネスはアキトにその皮袋を手渡した。アキトが素早く中身を確認すると、皮袋の中にはミスリル硬貨が20枚入っている。アキトも見るのは初めてであるがミスリル硬貨1枚が1億ポロンである。
「確かに受け取りました。ありがとうございます」
アキトがニコッとお礼をを言うと、苦虫を噛み潰したような顔でアルバートは話を続ける。
「アキト君、確かに君の言うとおり魔物混成軍全体の魔石の価値は30億を優に超えていたよ。だが、あそこまで魔石の破損がひどいとは思わなかったな。わざとわかりにくいように報告したね? 」
「まさか、領主様のような聡明な方なら全てを理解した上で報酬を決めてくれたものと考えていましたが、俺の勘違いでしたか? 」
「すでに契約どおり金額は支払っているだろう? 気づいていても想像以上に魔石の破損がひどい状態だったということだ。次回からは報告は詳しく行ってくれ」
「わかりました、領主様。それでは失礼してもよろしいでしょうか? 」
「ああ、下がっていい」
アキトはアルバートに別れを言い、帰りは歩きで屋敷に帰宅しそのまま皆がいるだろう食堂に向かう。
「ただいま、クロエが珍しくいなかったが出かけてるのか? 」
「アキトが指示した物を買いに出かけたよ! 」
「もう行ったのか、クロエは相変わらず仕事が早いな」
アキトはそう言いながら食堂のテーブル上に報酬の皮袋を置いた。
「これが今回の報酬、20億ポロンだ」
「おおー! ミスリル硬貨、はじめてみる! メッキじゃないよねこれ」
「お、お姉ちゃん汚いからやめなって! 」
レンが硬貨をかじり始めた。ヨンが必死に止めようとしている。
「これだけかせいだんだから、どれいかいほう、おねがい? 」
アカリはあざとく上目遣いでお願いしてくる。アキトは少しだけ悩んだが、やはり却下することにした。
「ダメだ。アカリは解放すると何するかわからないからな。保険が必要だ」
「うう。わたしのしんようが、ひくすぎる」
「そんなことよりこの報酬で何が欲しいか皆考えておいてくれ。武器や防具、魔道具、他にも欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「「「了解!」」」
「ダスカーもな、ミリル用に必要な教材とか、遊具でもかまわない」
「ありがとうございます。旦那様」
アキトたちは報酬の使い道を考えながら庭のゲートに向かうのだった。
 




