89.報酬交渉
アキトたちが砦に向かっているとトマスが後ろから駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいアキト君。魔物軍は全滅させたんですか!? 」
「ええ、全滅したのをすでに特殊スキルで確認しました。未だに砂埃で見えないかもしれませんが、ウインドでも使って砂埃を消してから確認してください」
トマスが興奮しながら話しかけてくる。周りにいる兵たちも呆然状態が解消され、興奮した面持ちで興味深げにアキトたちを見ている。アキトは可能なら目立ちたくはないのだ、そしてさっさとアルバートのところに行って費用を請求したいので正直トマスのこの態度は鬱陶しい。
「早速兵に確認させますよ。おい!魔法兵!ウインドで砂埃の除去作業しろ。手の空いてる者は魔石と魔物素材の回収を始めろ! 」
「は、はい! 」
トマスは素早く兵たちに指示を出す。兵たちもトマスの指示に従いあわただしく動き出す。
「それにしても先ほど第一防壁から見てましたがアキト君たちの魔法の威力は凄まじいですね!一体どうやったらあそこまでの魔法をその若さで使えるのか教えて欲しい! 」
「俺たちは冒険者ですので、能力については申し訳ありませんが教えることはできません。今から領主様のところへ行って報告と今回の予定外の行動についての報酬を確定させに行きたいのですが先に戻ってもいいでしょうか? 」
アキトは領主様に会いに行くと言えばトマスも引き下がるだろうと提案する。
「そうか、では私も付いていこう。報告するのに私が付いて行った方が信憑性も増すだろう」
確かに事実確認をする時間を省くことができるのは助かるとアキトは思った。
「それは助かりますがこの場を指揮する人がいなくなるのでは? 」
「すでに騎士団の隊長が来ているんだ。指揮は団長がとるから大丈夫だ。それでは向かおうか」
「はい」
アキトたちはゲートを通り東門外にある物資搬入砦に出る。そして東門に入り乗合馬車に乗り込んだ。トマスはアキトたちの強さの理由を少しでも知りたいのか、色々根掘り葉掘り聞いてくるがアキトたちはのらりくらりと適当に話をあわせている。そうしてると中央地区に乗合馬車は到着し、トマスとアキトは領主の館まで歩いていく。他の皆は屋敷に帰宅するようだ。
トマスが門番に訪問の理由を告げると、門が開きアキトたちは領主の執務室へ通された。トマスが椅子に座っているアルバートへ説明を始める。
「ミスリル鉱山攻略戦についてのご報告をしに参りました」
「そうか、続けてくれ」
「私たち先遣部隊はゲート開設及び砦建設のためにミスリル鉱山方面に進軍しておりました。しかし渓谷を5キロほど進んだところ、アキト殿のスキルにより魔物軍が街に進軍を開始したことが判明。急遽その場に砦建築を開始、応援を呼び防衛戦の準備に入りました」
「そこまでは私も報告で聞いているよ。それで? 」
アルバートは机の上で腕を組みながら報告の続きを促す。
「防壁を3重に、堀を一番外側に作成し、砦の建築が5割ほど済んだ頃魔物軍が接近してきました。アキト殿のパーティーが第一防壁と堀の間、最前線に陣取る許可を求めてきましたので私が許可を出しました。その後、アキト殿たちが進軍してくる魔物軍総数2万を魔法のみで駆逐してしまいました」
アルバートは何を言ってるんだ?という顔でトマスを見ている。
「ちょっと最後の方意味がわからない報告になっているんだが、アキト君のパーティーが単独で魔物軍2万を破ったと言うことかね? 」
「ええ、その通りです」
何ともいえないような雰囲気が流れている。
「頭がおかしくなっているわけではないよな?トマス」
「ええ、正気です。お疑いでしたら後ほど報告に来るだろう兵士に確認して頂ければ」
アルバートは未だに信じられないようで、頭をガシガシとかいている。
「アキト君、事実かね? 」
「ええ、そのことで今回予定外の仕事となりましたので報酬について相談に参りました」
「そうか、うむ。そうか」
アルバートはやっと信じる気になったようだ。魔物軍の殲滅が早く安く終わったと確信したのだろう、顔がにやけている。多少多めにアキトに報酬を払ってもいい気分になっている。
「で、君は報酬としていくら欲しいのだ? 」
「20億ほど頂ければと思っています」
「馬鹿な!そんな法外な報酬を1人に払えるわけがないだろう! 」
アルバートはアキトの正気を疑った、想像していた額とは桁が違うのだ。トマスもあまりの額に呆けている。アキトも今のままでは要求が通るなど考えていないがおくびにも出さずに続ける。
「それではこの額の理由を説明させて頂きます。今回の依頼はゲート開設と砦建設のみでした」
「ああ、その通りだ」
アルバートも一応アキトの話を聞くつもりはあるようだ。
「今回私が行った予定外の仕事を列記させて頂きます。
1.斥候が行うはずの相手戦力の情報が大幅に間違えていたため、正確な情報の提供
2.進軍してきた魔物の進軍開始時刻の情報提供
3.防壁を築くことの提案及び堀と防壁作成
4.魔物軍を単独パーティーでの撃破
以上になります。と言いますか正直私たち単独パーティーでほぼ魔物軍の索敵から殲滅まで全て行っていますよね」
「う、うむ・・。確かにその通りだ、だがいくらなんでも要求額がおかしいだろう」
アルバートもアキトたちのやったことの大きさは理解できている。
「私たちが1の情報提供を行わなかった場合、人間軍は甚大な被害をもたらしていました。2の情報提供を行わなかった場合、ゲートを築くこともできず戦力終結前に東門での防衛戦となったでしょう。3と4を行わなかった場合、防衛戦費で安くとも数十億、高ければ100億を超える費用が発生していたはず。それを考えても高いと言いますか? 」
「確かに防衛費用全体から考えれば安上がりだろう、だが私は君たちに防衛に協力しろとは命令していない」
アキトたちはたしかに命令は受けていない。アルバートはその点を突き、報酬額減を狙うつもりのようだ。
「あの状況で、私たちが逃げたほうが良かったと? 」
「そうは言っていない。報酬は払うつもりはある。だが20億は無理だと言っているのだ」
アキトはフゥーと息を吐き、アルバートに問いかける。
「ではいくらなら払うと? 」
アルバートは少し悩んだが、安値を提示すると今後アキトを利用したい時に悪影響が出ることはわかっているのでできるだけの額で提示することにする。
「5億だ。十分だろう?それ以上は他の兵たちに不満が出る」
「全く足りませんね」
アキトはアルバートの提案を一蹴した。
「軍事行動中の魔石買取額5倍で依頼出していますよね?私それを受けているのですよ。依頼の内容では戦闘参加者のうち生きているもので魔石頭割となっています。報酬を上げてくれないなら、戦闘を行ったのは俺たちだけですから全ての魔石の所有権を主張させて頂きますよ。今頑張って魔石の回収している兵たちからそちらの方が不満が出るのでは?ざっと考えても倒した魔物の魔石総額5倍とすると30億超えますよね 」
アキトは念のため軍事行動を行うのでギルドの依頼も受けていた。
「そんなことをしたらお前たちに不満が向かうんじゃないか? 」
「そうですね、俺たちにもデメリットがあるので20億と提案しているんですよ。さすがに全員で魔石総額の頭割なんてされてはたまりませんからね。今回のことで俺たちの有益性は十分証明できているはず、今後俺たちと兵たちで合同の作戦も領主様はお考えになっているのでしょう?俺たちと兵たちが険悪になるのは領主様にも大きなデメリットのはずです」
アルバートは唸りながら考えを纏める。アキトがギルドで依頼を受けていれば大勢が目撃している以上、全て倒したのはアキトたちだと認めるしかない、魔石の所有権は認められるだろう。その場合アルバートは兵たちの出陣前に魔石総額の頭割で報酬を与えると言ってしまったため、不満が出るのは間違いない。確かに報告されている魔物の魔石総額を5倍計算すると30億はくだらない。
当初の予定では総額頭割り予定だった。総額頭割りとするよりアキトに20億、アキトへの報酬分を減らした分を兵たちで分割とすれば倒したのはアキトたちである以上多少の不満は出たとしても少なくなるだろう。アルバートは自分に損はない方法で解決することにした。
「わかった、20億支払おう。今すぐに支払うのは無理だ。討伐確認が取れ次第、後日支払おう」
「では契約書をお願いします、ついでにギルドポイントにも変換できるようにしておいてください」
「すぐに用意する」
アルバートは契約書を執事に作成させサインをした。アキトもサインを行う。アキトはさらにギルドポイントに変換要請するために必要な領主からギルド上層部宛の書簡も受け取った。
「それではこれで失礼します」
アキトはアルバートに別れの挨拶をし部屋を出た。そんなアキトをトマスは珍獣でも見るような目で見ていた。
アキトは屋敷に帰宅し、クロエから全員が食堂で食事を取っていることを告げられたのでアキトも食堂へ向かう。時刻は17時だ、昼食は取れなかったし早めの夕食だ。アキトは席に着くなり、アルバートとのやり取りを皆に説明した。
「はいはい! 」
いつものようにレンが質問があるようだ、アキトは許可を出す。
「魔石買取依頼をうまく利用して領主様から20億貰って来たみたいだけど、魔法の連発でかなりの魔石が壊れちゃってるよね? 」
「うん、そうだよ。ぶっちゃけてしまえば無事な魔石総額は30億越えどころか十数億じゃないかな」
「領主様、嘘つかれたって怒るんじゃない? 」
「嘘はついてないよ、正確に言わなかっただけで。領主様には「倒した魔物の魔石総額5倍とすると30億超えますよね」と言ったんだ。無事な魔石総額とは言っていない」
「ひどっ、アキトは詐欺師になれそうだ」
言葉は正確に聞かないといけないね、と言いながらアキトは食事を続けるのだった。




