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Dolce!  作者: 咲良
本編
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2

 リゼラード侯爵家の一人娘としてこの世に生を受けたわたしは、生まれつき病弱な子供であり、両親からそれは溺愛されて育った。彼らは床についてばかりで滅多に外へ出ることも叶わぬ我が子を哀れみ、せめてもの慰めにと、玩具や絵本、ドレスや菓子などの贅沢品で部屋中を埋め尽くした。

 中でも幼いわたしが特に関心を示したのは食べ物で、甘いケーキや綺麗な形をした砂糖菓子に目がなかった。嬉しそうに菓子を頬張る可愛い娘の笑顔に喜んだ両親は、幼子の無邪気な欲求のまま、国中からありとあらゆる菓子を取り寄せてくれた。日常生活さえままらないわたしは、何かを食べるという当たり前の行為でさえ大袈裟なまでに褒められる対象だった。気を良くしたわたしは、子供ながらにいつも心配をかけてばかりいる両親の期待に応えたいという思いもあり、与えられるたくさんの菓子を来る日も来る日も平らげ続けた。

 幸いにも、病はわたしの成長と共に少しずつなりを潜めていった。しかし、ようやく人並みの生命力を手に入れることができた代償として、わたしに残されたのは取り返しがつかないほど大量の脂肪だった。母親譲りの端正な顔立ちは見る影もなく満月のようにまるまると膨らみ、腰にくびれはなく、手足には柔らかな肉の塊がたっぷりついていた。体重は少なくとも普通の令嬢の倍はある。

 医師の手を借りて何度も減量を試みたものの、長年の習慣で蓄えた脂肪は手強く、意志の弱さで失敗とリバウンドを繰り返している内に、成人として社交界にデビューする十六歳の年を迎えてしまった。

 無論、傷つきやすい年頃の少女としては、醜い己の姿を衆目にさらす勇気はなく、誕生日を迎えた後もしばらくは公の場に出ることを断固として拒否していた。両親は娘が変わり果てた姿になっても相変わらずの溺愛状態だったため、わたしが悩んでいることを知ると、屋敷に引きこもる我が子を無理やり外へ連れ出そうとはしなかった。その好意に甘え、わたしは世間から完全に隔離された場所で、自由気儘な生活を満喫していた。

 そんなある日、わたしの元に王家の紋章が記された一通の手紙が届いた。差出人は両陛下。国中の貴族令嬢に向けて送られたそれは、王宮で催される舞踏会の招待状だった。表向きは今年めでたく成人の儀を迎える第二王子テシウス様のお披露目とされていたが、集められた令嬢達の中から未来の妃候補を選ぶという裏の目的があることは明らかである。

 戦で数多の武勲を立てる勇猛な第一王子ルシウス様と比べ、テシウス様はこれまで影の薄い存在だった。幼い頃に大病を患い、何度も生死の境を彷徨っては、寝台から離れられない日々を送っていることは、国民の間でも周知の事実である。生き伸びることに精一杯で、将来国政に関わることは不可能だろうと密かに噂されてきたが、この度奇跡的に病が完治し、公の場に初めて姿を現す機会を得たのだという。

 他の貴族からの誘いを退けることはできても、さすがに両陛下の名のもとに催される舞踏会を欠席するわけにはいかない。泣く泣く似合いもしない豪華なドレスを着せられ、初めて足を踏み入れた社交界は案の定針の筵だった。付き添い人として隣に立つ父を前にして、表立って悪口を吐く者はいなかったが、向けられる好奇の視線や、扇子の向こう側に隠された口元に浮かぶ嘲笑が手に取るように感じられ、繊細なわたしの心は大いに傷ついていた。けれど、何より耐え難かったのは、この醜い姿を美しいテシウス様の目に晒さなければならないことだった。

 集められた令嬢達は、挨拶と称して一人ずつテシウス様の前へと立たされた。初めて目にするテシウス様は、絶世の美女と謳われる母君の容姿を受け継ぎ、それは夢のように麗しい方だった。姿勢の良い背を滑り落ちる、太陽の光を集めたような黄金の髪。澄んだ湖の水面を思わせる淡い瞳。しっとりと色を含んだ唇。長年病を患い、幾度も死の淵に立たされていたせいか、その美貌には触れれば消えてしまいそうな危うい儚さがあった。

 テシウス様は目の前に現れたわたしの大きな体を見て、驚いたように青い瞳を見開いた。けれど、それもたった一瞬のことで、すぐに他の令嬢に向けたものと同じ優しい微笑みを浮かべてくださった。

「こんばんは」

 美しい笑顔と共に紡がれた声は透き通り、耳に良く馴染んだ。

「初めまして、殿下。フィリエル=リゼラードと申します」

 極度の緊張のあまり、そう名乗るだけで精一杯だった。隣にいた父親が会話を引き継ぎ、当たり障りのない言葉をいくつか交わしていたが、内容は覚えていない。

 その後、わたしは逃げるように御前を離れた。これ以上、一瞬たりともその場にいたくなかった。気分が悪いといって早々に引き上げた帰りの馬車の中、わたしは我慢できずに涙をこぼした。神々しいほどに美しいテシウス様と、豚のように肥え太った醜いわたしが並ぶ姿はあまりに惨めで滑稽だった。テシウス様もきっと内心で笑いを堪えていたに違いない。そう思うと、悲しくて情けなくて堪らなかった。

 ――――告白しよう。

 わたしは幼い頃からずっと、顔も知らないテシウス様に恋をしていた。思い通りにならない体のせいで不自由な日々を過ごす中、噂話だけに聞こえる病弱な第二王子に自分の境遇を重ね、共感を覚えていた。その憧れにも似た密かな想いは、まだ見ぬ相手への想像と共に膨れあがり、いつしか恋情に変化していった。その長年の淡い恋心が粉々に砕かれ、わたしは初めての失恋に打ちのめされたのだった。

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