〇〇の世界-6
1時限目と2時限目の間の休み時間。
今年は猛暑らしく、外では蝉の大合唱が聞こえてくる。
教室の中では、冷房が効いていて、別に暑いわけじゃないけれど、のどが渇いたので、学校内に設置されている自動販売機で、ジュースを買いにいこうかと思った。
僕は1時限目でたまった疲れを周囲に散らすようにのっそりと席から立ち上がった。
「ん、しんちゃんどこ行くのー?」
咲が隣で僕に話しかけてきた。
「飲み物買いに自動販売機へ」
「じゃあ私のも買ってきてー」
どうせ、自動販売機に買いに行くのだから、これぐらいは別にいいかな。
「いいよ。何にする?」
でも咲のことだから、自動販売機に売ってなさそうなものを注文してきそうだな……。
咲は人差し指を唇にあてながら、可愛らしげに首を少し傾ける。
それから、考えがまとまったようで、手をパンと叩く。
さて。咲は一体何を注文してくるのでしょうか!
「はちみつー!」
「飲み物ですらないよッ!」
予想外すぎる。
「はちみつおいしいもんー」
「……自動販売機で売ってると思う?」
「売ってないかな」
「じゃあなぜに、はちみつ?!」
咲は、足をバタバタさせながら、
「はちみつおいしいもんー」
「あの……」
「はちみつおいしいんだもんー!」
「…………」
どんだけ蜂蜜好きなんだよ……。
と、そんな感じで僕が呆れていると、咲がいきなり静かになった。
「ん?」
スルーしすぎたかな?
咲を見ると、無表情で僕を見ている。何となく僕は動けなくなった。
「はちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつはちみつ」
「怖いってッ!」
だめだ……。もう咲に何言っても通用しないな。たぶん、今、咲の脳内は蜂蜜だらけになってることだろうね。
「どうした?」
僕が困り果てているところに、悟朗が歩み寄ってきた。
……ッ! 悟朗、なんて空気の読める野郎なんだ!
「悟朗、僕が飲み物を買ってくる間、咲の面倒を見てやってくれないか」
「さ、咲の面倒? 俺が、か?」
なぜか、悟朗の耳が赤くなっている。
「ああ、頼むよ。こいつを、咲を蜂蜜汚染から救い出してやってくれ……」
「何を言ってるのかよく分からないが、咲の面倒を見ろってことだけは、理解した。……俺に任せろ!」
「サンクス! あ、いや、サンキュー!」
感動のあまり、2ch用語を使ってしまった。まあ気にすることじゃあない。
僕と悟朗は友情の熱い握手を交わして、それから、僕は自動販売機へ向かった。
自動販売機にお金を入れて、ドクペを買う。ガゴンと落ちたドクペを取り出す。それをぷしゅーっと開けて、その場でごくごくと飲んだ。
「っぷはー」
ドクペは素晴らしい。この杏仁豆腐みたいな味がいい。やっぱり、今はドクペの時代だよね。もう、世界はドクペで構築されているといっても過言ではない。薬みたいな味がする~まずい~とかいってるキチガイは滅んだ方がいいと思う。この神聖なるドクペに無礼だ。大体(以下省略)
「お、神山ではないか」
僕がドクペ理論を脳内で語っていると、後ろから野太い声が聞こえて、思考を仕方がなく中断して、振り返った。
「あ、生徒会長。こんにちはです」
「うむ、こんにちは」
生徒会長。男性。氏名は不明。身長が高くて、スラーっとしているうえに眼鏡をかけている。周りから見たら、頭がよさそうに見えるけれど、この学校に通っているので、例外なくバカだ。声には出せないけど、顔詐欺だよね。人は見た目で判断しちゃいけない。
それで、なんで指名が不明なのかというと、前に生徒会長自身が「私の名前は非常に醜い。だから皆は私のことを『生徒会長』と呼びたまえ」と言ったからだ。いまだにこの学校で彼の名前を知る者は校長以外いない。ある意味、正体不明みたいでかっこいい。
「最近、山吹とどうなんだ」
「最近、ですか?」
「うむ」
「特に変化なしですけど……」
「キスをしたか?」
生徒会長までもが、僕と咲の関係を誤解している……。悲しい。
僕はとぼけてみる。
「……え? すいません何言ってるかよく分からないです」
「唇を交わしたか」
「ごめんなさいやっぱり何言ってるか分からないです」
「口づけをしたか」
「……分からないです。何を言ってるのか」
「儀式を行ったか」
「一気にレベルが上がりやがったッ! ……あ、すいません。口が滑りました」
生徒会長は眼鏡をきらりと光らせた。
「そうか。もう儀式を行ったのか」
「してません!」
「婚約までしたと! すばらしいではないか。式はいつあげるのだ?」
「生徒会長」
「なんだ」
「僕の話を聞いてください」
「なんと! 来週には新婚旅行となっ!」
僕は、ぷるぷるとこぶしを握りしめる。思いっきり殴ってやりたい。殴ったらすっきりするだろうな。な。な。
でもそんなことしたら、もちろんただ事じゃすまない。だから、すまいる。あいむそーすまいる。英文がおかしいって? そりゃ、この学校に通ってるしね。まあ仕方がない。
僕は大きく深呼吸をしてから、
「生徒会長のほうこそ、月下先輩と仲良くやってるんですか」
生徒会長が無表情になる。
あ、さすがに僕の方からこんな質問はいけなかったかな。いや、仲良くやってるんですかって質問はしても普通だな。うん。
そんな思考を僕がしていると、生徒会長の表情が一気に華やかになった。にぱーって感じだ。
「うむ。この前ホテルに行った」
「何ぃぃッ!?」
僕は盛大にずっこける。こうも簡単にホテルに行っただなんてはっきり言う人初めて見た。生徒会長のイメージがだんだんと崩れていく……。
あ、月下先輩ってのは、僕のパソコン部の部長さんだ。今度会ったら、紹介するから今は割愛させてね。
生徒会長がにやりと笑う。
「はっはっはっは! 冗談だよ神山! まだホテルに行く約束しかしてないのだ!」
「や、約束で……すか…………」
約束なんてするのか。
僕はわざとらしく、ため息を吐いて、自動販売機に向きなおる。
そういえば、咲にも何か買っておかなきゃいけないんだっけ。何がいいだろう。
「む? 手にはドクペを持っているのに、また何か買うのか?」
「はい。咲に買ってきてって言われたので」
「なるほどっ、もうそんなことまで山吹とやったのか!」
何がだよ。
僕は持ち前のスルースキルを発動しながら、自動販売機に小銭を入れる。
さて、飲み物は何にしようか。
――そこで、僕の記憶の一部が浮かび上がってきた。
コーヒーをおいしそうに飲む少女。なぜだか、顔から上はよく見えない。
まあその少女が咲だとして。
どんなコーヒーが好きだったんだっけ。
咲が飲んでいるコーヒーの缶をよく思い出してみる。
缶の色は黒だ。そして英語で何か書いてある。
BLACKCOFFEE
そうだ思い出した。
咲はブラックコーヒーが好きだったんだ――
僕は、ブラックコーヒーを選んで、ボタンを押す。
ブラックコーヒーを取り出してから、とりあえず2つも缶を持っていくのは面倒なので、手に持っているドクペをすべて飲み干した。
「――ということなのだな!」
スルースキルを発動していたおかげで、生徒会長が何を言っていたのか、まったくもって聞こえてこなかったけれど、無感情な声で話をテキトーに合わせることにする。
「そうですねー。それじゃ、そろそろ僕は教室に戻りますねー」
「む? そうか。それじゃあ山吹とSMぷれいをしてくるのだぞ」
今の生徒会長のぶっとんだ発言を聞いて、スルースキルを発動している間、生徒会長が何を熱演していたか非常に気になったけれど、そこを我慢した。よく我慢できたぞよしよしと褒めてくれる誰か募集中。
そして、手を振ってくる生徒会長を後にして、僕は教室に戻った。
悟朗:咲ちゃ~ん、はちみつ持ってきたよ~あははっ
咲:おー! 悟朗君ありがとー!
僕:さすが、悟朗って、それハチの巣じゃねーかッ!
悟朗:咲ちゃんの為に、命がけで取ってきたのさ……バタッ
咲:はむはむ
僕:悟朗ッおまえってやつは……おまえってやつは……ッ!
僕:本当はバカなんじゃないか!?
悟朗:おい