〇〇の世界-1
僕、神山神治の好物は、蛇の生き血だ。
もちろん嘘だ。
「ねえ、しんちゃんってばー」
僕の本当の好物は、牛丼だ。
これは本当。
「聞いてるのー?」
今日は、7月9日の月曜日。
僕の誕生日は5月20日で、輝き学園高校で高校2年生を体験中なので、僕は今17歳ってことになる。
「しんちゃんってばー!」
……さっきから、なんかうるさいが、スルーすべきなのだろうか。いや、スルーすべきだ。スルーする資格が僕にはある。
で。僕は、成績もそんなに優秀ではなく、かといって悪すぎもしないそこらへんにいそうな高校生の一片。そこらへんってどこらへんなのかと言われても、あそこら辺としか言えないので、詳しいことは聞かなくてもOKだ。
それで、そんな僕が通っているここ、私立輝き学園高校(正式名称)は、少し勉強すれば入れるような高校。基本みんなばかだ。まあその中に僕も入ってるけどね……。
「しんちゃん~!」
僕の身長体重は、順番に165cm、54kg。中学一年生のころは、身長が130cmのちびだったので、あだ名がタラちゃんになったこともある。よくここまで身長伸ばせたなあって思う。きっと、毎日朝食のお供に牛乳飲んできたおかげだよね!
「しんちゃん、胸でかくなったー?」
「僕は男だッ! ……っと」
しまった。反応してしまった。スルースキル磨いてたのに。
「やっと反応してくれたー!」
「……」
仕方がない……。さっきからしんちゃんしんちゃんうるさい僕の前の席でこちらに向かい合っている女性を紹介しよう。
こいつの名前は、えっとなんとか咲。いやまて違うんだ……苗字が思い出せないだけで、決して「なんとか」が苗字なんかじゃない……。えっと、えっとえっと……! そうだ。確か、山吹咲だった。はず。
身長体重は、順に155cm、44kg。さらさらしている茶髪は、背中あたりまでふんわりと伸びていて、表情豊かで、人形のような整った顔立ちをしている。あ、なぜ、身長体重を知っているのかという質問は無視の方向でいくことにしてるから、質問してこないでね。
この輝き学園の男子の中では、可愛さランキングTOP5にランクインしているらしいが、僕はそうだとは思わない。じゃなくて、思いたくない。
というわけで、そんな咲がこちらににんまりと純粋に笑っている。
僕はため息をついた。
「んで、謝罪はないのか」
「ん? なんで~?」
今は、1時10分だ。つまり、昼食たーいむってわけ。
「僕は今めちゃくちゃ怒っております。さあ、なんででしょう?」
「お~! その問題に、正解したらジュース1本おごってくれるんだよね! 頑張って答えちゃう!」
「おごらんわ!」
ちなみに、僕たちがいるのは学食。
周囲からの視線が痛い。
――咲とは、ただの幼馴染なだけであって、決して、彼氏彼女の関係なんかではない。そんなことを前にみんなにちゃんと説明したのに、みんなは信じてくれない。なんでだ。
「えー? おごってくれないの~?」
咲は上目遣いでこちらを見てくるが、僕は軽く受け流し、ニコォッと笑顔になってやる。
「さあ、なんで僕は怒っているのでしょうか?」
「ほんとは怒ってないんでしょ! 私はそう簡単に釣られないんだからねっ!」
僕はズコッとずっこけた。
「いや、怒ってるよ!」
基本、咲にはほとんど常識というものが通用しない。まあだから、今僕が怒っているような状況に陥っているんだけどね。
「ぎぶー!」
あきらめるのが早すぎる……。
僕はわざとらしく大きくため息を吐いて、
「それじゃあ、教えてあげよう。どうして今僕が怒っているのかをね。……昼食のために買っておいた牛丼、楽しみにしてたんだけど、なんでかな。なんで、トイレ行って戻ってきたら牛肉だけ抜かれてるのかな? 炒めたタマネギしかご飯にのってないんだけど」
「ふっふーん! 実は、しんちゃんが買ったのは牛丼じゃなくてタマネギ丼だったのだよー!」
「な、なんだって! くそ、僕としたことがッ! ……てそんなわけあるか。牛肉を奪った犯人は、咲! お前だッ!」
「えへへー、バレちゃいましたかー。まあいいじゃんいいじゃん! そんな細かいこと気にしてたらモテるものもモテないよー?」
そうやって、咲は楽しそうにほほ笑んだ。
牛肉の件は本当に怒っているのだけれど、その表情を見てると、なんだか説教する気が失せてくる。
「……牛肉の分、あとでおごれよ。それで、許してやる」
「体で?」
「ち、違うよ! 食べ物で!」
「デザートは、わ・た・し?」
「スルースキル発動ッ」
周囲の視線が一気に殺気を帯びた。ような気がするので、僕は再びスルースキルを発動した。
僕は『タマネギ丼』をただ黙々と食べ続ける。
その様子を咲は楽しそうに見ていた。
「今日も相変わらず、らぶらぶだな」
「ぶっ!?」
僕は勢いよくタマネギを吐き出す。ような声を上げる。隣で、咲は「でしょー?」と言っている。
さっきの声の主は、誰だと言われれば言うまでもない。学校一天才である悟朗のものだ。天才って言っても、『この学校』の中での天才なので、全国的にみるとそこまで頭がいいというわけではない。ただ、こいつの場合は、バスケ部のエースも掛け持ちしている。つまり運動もできるってわけ。
そんな悟朗が僕のところに寄って来た。
咲は下をチロッと出して「てへっ☆」なんて感じで、照れている。
「悟朗」
「ん? なんだ?」
「君は僕に恨みでもあるのか」
「なんで」
「……僕は、咲とはただの幼馴染なだけって、これで説明するの何回目だっけ」
「初耳だ」
「57回目なんだけどッ!」
悟朗は驚いたような表情になった。たぶん、今まで僕がそんなにも悟朗に同じ説明をしていたのか! くそっ! 俺の記憶力まじで悪っ! とでも思っているのだろうな。
「よく回数なんて覚えていられるな」
「驚くところそこッ!?」
「では、聞こう。他のどこに驚けばよかったんだ。教えてくれれば、とりあえず、そこに驚いてやる」
「……いや、もういいよ」
僕は、立ち上がって腕時計で時間を確認する。そろそろ午後の授業が始まるころだ。教室に戻ろう。
「しんちゃんどこ行くのー?」
「教室」
「なんでー?」
「もうすぐ、午後の授業が始まるだろ」
「いや、それはないぞ」
「は?」
悟朗にそれはないと言われて、首をかしげる。
僕はもう一度自分の腕時計で時間を確認してみた。
今は、1時20分だ。5時限目が開始されるのは、1時30分なので、あと10分の猶予しかない。
「今、1時20分なんだけど」
「ぷっ! お前バカか? 今はまだ午後9時だろ?」
??? 悟朗は何を言ってるんだろう。
「ちょっと腕時計見せて」
「ほれ」
悟朗から腕時計を受け取る。その腕時計はなぜかガラスの部分が割れていた。それで、時計の針が止まっている。
つまりだ。僕の推測だと、この腕時計は、100%壊れているということになる。
「壊れてんじゃん!!」
「ふっ、まあな」
「何、誇らしげに言ってんだよ! てか何で壊れてんの!」
「昨日、路上で金づちをもった不審者が女性に攻撃しようとしてたからな。思わず、助けてやろうと思って」
「……それで?」
「それで、攻防戦の末、この腕時計は犠牲になったんだ。まあなんとか、不審者をとっ捕まえることはできたから、別にいいんだけどな」
「……」
「わぁ~悟朗君かっこいー」
隣で、咲が感心の声を上げた。悟朗は「そんなことないって~」と照れていらっしゃる。
悟朗かっこよすぎる。こいつこんなにいい奴だったっけ?
「すごいな。僕はそんなことできないよ」
「まあ俺もいつもならそんなことしないさ」
「じゃあなんで、したのさ」
「不審者に襲われそうになってる女性が巨乳だったからな。うん、助けたお礼を期待した」
「おまえは何を期待してんだッ!」
さっき、僕の中で急上昇した悟朗の株価は大暴落した。一瞬でも悟朗がいい奴だと思ってしまった自分が恥ずかしい。超恥ずかしい。
「それじゃ、僕はもういくよ……」
「あいよ」
僕は、隣にいる咲に教室に戻ろうといった。
それから、僕は学食を出て教室に移動した。途中、咲が「これから猫のモノマネするよ! にゃぁー!」とか言ってたけどスルーした。
次の授業は数学。なので、僕は机の中から教科書とノートを取り出す。そんなわけで、1時30分になって授業開始。
授業の部分は面倒なので割愛させてね。でも、授業終了5分前に悟朗が教室に入ってきたってことは、報告しておく。
僕:さあさあ始まったね!
咲:そうなのー? 何が始まったのー?
僕:え、何が始まったって……僕の物語?
咲:しんちゃんと私のらぶすとーりー?
僕:ちゃちゃちゃちゃうわッ