第1話/誘拐
ピピピピピピピピピピピピピピ。
「………ぅ……」
ピピピピピピピピピピピピピピ。
騒がしい電子音が部屋いっぱいに響く。暖かい春の朝の中、不快なことこの上ない。
その音によってこの部屋の主、藤崎亮は眠りの世界から呼び戻された。
まだ重たい瞼をこじ開け、のっそりと首を後ろに向けると、小さな目覚まし時計が視界に入った。デジタルの安物だ。
机の上に載っているその時計が耳障りな電子音の発信源だった。
手を伸ばしてその息の根を止めてやうかとも思ったが、いま自分が寝ているベッドから目覚まし時計までは1メートルほどの距離がある。手を伸ばしても届かない。
――仕方ない。
ため息をついてから目覚まし時計に軽く意識を集中させた。
すると。
ふわり、と。
時計は浮かび上がった。
そのままふわふわと不安定に飛びながら亮の手元へ。
亮が時計を手に取り、上部にあるボタンを押し込むと不協和音が停止した。
一転して部屋は静寂に包まれる。やはり静かなほうがいい。
時計の死亡確認をすると適当に安物をベッドの上に放り投げて立ち上がり、すぐに制服に着替え始めた。
亮が通っている高校の制服で、どこにでもある黒の詰襟。
胸に付いている校章は学年ごとに色が違い、1年は緑、2年は青、3年は赤であるそれをつけるのが決まりだ。
亮も1週間前まで緑色をつけていたが、いま胸の上で窓からの光を浴び、光っているのは青色に成り代わっている。
学年が変わっても、たいして変わらないがな。『恐怖』の被害者が移るだけだ。
なかなかの速さで着替え終え、部屋を出ようとドアの近くまで行ったところで手の違和感に気づいた。カバンがない。
部屋を見回す。
10畳の部屋で、机、ベッド、タンスが並んでいるだけ。がらんとしている。病室、という言葉が似合いそうなほどに。
本当はもっと狭い部屋がいいのだが、あいにくこの家の中でここが一番狭い部屋だ。
この屋敷の他にある3つの部屋はどれも15畳以上はありそうなほどに大きい。
わざわざ2階の端のこの部屋を使っているのはそのためだった。
「……ああ」
カバンは机の下に落ちていた。
意識をカバンに集中し、浮いてきたところを掴み取った。
そして、他に忘れたものが無いか確認し、部屋を出た。
板敷きの廊下を渡り廊下中央にある階段を降りていく。しばらく掃除していないので埃が多いが、もともとはどちらも綺麗なつくりだ。
階段を降りるとこれまた広いリビングに到着。
テーブルの上にあるパンと、冷蔵庫から取り出した牛乳を簡単な朝食とした。
食べている間、家の中には亮がパンを噛んでいるもの以外に音は存在しない。
他に誰一人いないので当たり前のことだが。
///
さびついた自転車置き場に自転車を置き、カバンを持って校舎へと向かう。
いつ見てもボロい校舎で、少しでも強い地震があればすぐに壊れるだろう。
4階建ての校舎には学年と同じ階に教室がある。亮、つまり2年生の教室は2階だ。
校舎は入ってすぐに階段があるのだが、毎回ここが一番疲れる。まだ入学式から一週間しか経っていないからだ。
俺が2年生になったのもついこの間のため、まだ俺のことを知らないやつが多い。
そのため不用意に近づいてしまう奴がいて、さっとおびえるように離れていく。
クラスの中でもクラス替え直後は数人、俺に話しかけようとしていた奴がいたが、一週間経った今ではもうそのような愚かな者はいない。
「ふぅ……」
幸いにも誰一人とすれ違うことなく階段を上りきった。
登校時間を遅めにずらしているおかげ、かもしれない。
階段を上ってすぐに2−1はある。つまり校舎の入り口から教室までが近い。このあたりは学年が変わって良くなった部分だ。
一度深く息を吸う。
「…………」
そして、勢いよく扉を開いた。
その瞬間。
数十もの目がこちらに向けられた。
が、それらはすぐに気まずそうにそらされた。
当然おびえた目もあった。というよりほとんどそれで占められていた。
入学時からまったく同じような反応をされ続けているため慣れてはいるが、やはり気分のいいものではない。
なぜ学校に通い続けているのだろうか。
そう思ったことは、ある。何度も行くのをやめようとしたことはあった。だが、直前になるとどうしても来てしまう。たった一人で広い家にいるという孤独から逃げたいのか。"力"に負けたと思いたくないがための意地なのか。それともまた他の理由なのかはよく分からなかったが。
突き刺さっていた視線は見なかったことにして自分の席へと向かう。途中、すれ違った生徒何人かが明らかに体をこわばらせていたのにも気づかない振りをして。
自分の席でそのまま授業が始まるのを待つ。
これを毎日続けてきた。これが俺の日常だ。
別に俺が何かをしたわけじゃない。何かをこれからするわけでもない。だが、俺は怖がられる。そういう"存在"だからだ。
多分これからも恐れられ続けることになるだろう。
そう、思っていた。
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今後続きを書いていくので、お付き合いいただけると幸いです。
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