後見人を続けたいなら約束を守ってください、と教わったとおりに言ったら、席が一つ空きました
「家族会議なら、お茶菓子は出るでしょうか」
私は、空っぽの菓子皿を見ました。
家も、ここで働く人たちも守りたい。
けれど今日、私が書類へ名前を書けば、グレゴールおじさまはこの家を売れます。書かなければ、おじさまは後見人でなくなり、明日から私たちを守る大人がいなくなります。
両方ほしいというのは、欲張りでしょうか。
「今は菓子の話ではないよ、エルシア」
グレゴールおじさまは、壁際の使用人を指しました。
「この者は薪を運ぶ日を間違え、朝まで報告しなかった。会議に出る資格はない」
「奥方さまのお部屋で水漏れがありまして、人手をそちらへ……」
「理由を並べれば、約束がなくなるのかね」
使用人は唇を結びました。
おじさまが私へ向き直ります。
「約束を破った人の言うことは、聞かなくていい」
「理由があっても、ですか」
「そうだ。領主たる者は、規則を都合よく曲げてはいけない」
「覚えました」
私は指を一本立てました。覚えることが一つなら、指も一本でよいと、マルタ先生から教わっています。
使用人が退室すると、おじさまは満足そうにカップを持ち上げました。
「本題は午後にしよう。後見人の更新など、君は名前を書くだけで終わる」
「書かなかったら、どうなりますか」
「考えなくていい」
「考えるための家族会議ではないのですか」
親族代表のおじさまが、空の菓子皿を少し回しました。初めから空なので、どちらを正面にしても同じです。
「難しいことは、大人に任せるのがお嬢様のためです」
「私のためなのに、私は知らなくてよいのですね」
「いずれ分かります」
いずれ、は便利な言葉です。今日教えたくないことを、ずっと先の棚へ置けます。
「分かりました。午後は最初に書類を読みます。その次に、お茶菓子について尋ねます」
マルタ先生が一度だけ咳をしました。
「菓子は私がご用意します」
「約束ですか」
「はい」
私は二本目の指を立てました。
◇
部屋へ戻る途中、窓の外に長い縄が見えました。
測量の人たちが、門から花壇、厩舎、厨房の裏へ縄を伸ばしています。その先には、父と母と私で植えた木がありました。
植えたころは私の肩ほどだったのに、今は二階の窓をくすぐりそうです。
「マルタ先生。お引っ越しの箱は、どれから作ればよいでしょうか」
先生の足が止まりました。
「誰に聞いたのですか」
「財務担当が、家を売ったあとも役目は残るか、おじさまに尋ねていました」
廊下での小声は聞いてはいけない、と私はまだ教わっていません。
先生は私の手を引いて部屋へ入り、机から書類を取り出しました。
「今日の更新書類には、グレゴールさまがエルシアさまの同意なく領地を売れる、という一文が加えられています」
「領地には、この館も入りますか」
「はい」
「木も?」
「土地に植わっておりますから」
窓の向こうで、縄が木のそばを通りました。
「私が売らないでくださいと言えば、止まりますか」
「署名しなければ止まります。ただし、グレゴールさまは後見人でなくなります」
「夕食もなくなりますか」
「今夜の食事が消えるわけではありません。しばらくは家令と私で館を動かせます。ただ、大きな契約や領外への正式な手紙は難しくなります」
「次の後見人を探す手紙も?」
「私個人の手紙なら出せます」
私は復習帳へ、家、食事、手紙、と書きました。
更新には私と、共同署名者であるノアさま、二人の同意が必要です。ノアさまは隣国の少年王で、私より二つ年上です。
亡くなった父と母は、私がよく分からないまま決められそうになったとき、もう一人の子どもの目も通るようにしてくれました。
「ほかに、後見人になってくださる方はいないのですか」
「お母さまのお姉さま、アデライドさまがいらっしゃいます」
「遠い国にいるのでは?」
「三年前に帰国なさいました。何度も手紙を送っておられます」
「私は一通も読んでいません」
「グレゴールさまが、心を乱すからと止めていました」
先生は机の奥から、青いリボンの束を出しました。宛名はすべて私です。
一番上には、会いに行きたい、とありました。
「お返事をしてもよいですか」
「私の名前で、今朝お知らせしました。間に合うかは分かりません」
私は三本目の指を立てようとして、やめました。
これは覚えることではなく、来てほしいことです。指では数えられません。
「今日、来てくださらなかったら?」
「それでも、嫌なものへ名前を書く必要はありません」
「先生は、この家に残りますか」
「追い出されても、門の外に立ちます」
「雨が降ったら困ります」
「傘を持ちます」
マルタ先生は笑いませんでした。
私は青いリボンの手紙を胸に抱きました。紙の角が服越しに当たっています。
窓の外では、縄が門の木を囲もうとしていました。
◇
ノアさまは到着すると、挨拶より先に会議室をのぞきました。
「椅子が離れている」
「席順はグレゴールおじさまが決めました。ノアさまは向こうです」
「共同署名者は、同じ書類を見る」
ノアさまは長机の端から椅子を引き、私の隣へ運びました。
私の椅子は領主用なので、座面の下に厚い板が足されています。ノアさまは自分の椅子の脚へ薄い木片を二枚差し込みました。
「これで同じだ」
「少し揺れています」
「もう一枚いるか」
「床を傷つけると叱られます」
「では二枚で我慢する」
背もたれの高さは、ぴたりとそろいました。
ノアさまは卓を見回します。
「菓子がない」
「午後には出る約束です」
「家を売る会議なのに?」
「知っていたのですか」
「門に測量の人間がいた」
「私の木まで測っています」
「追い出すか」
「まだ追い出せるか分かりません」
「なら、先に書類を見る」
ノアさまは、私が抱えた手紙へ目を落としました。
「誰からだ」
「アデライド伯母さまです。三年分あります」
「返事は?」
「今日、出しました」
「遅い」
「私もそう思います」
「おまえが遅いのではない」
ノアさまは一番上の封筒を、指でそっと押しました。
「来なくてもできることをするぞ」
やがてマルタ先生が焼き菓子を運んできました。
ちゃんと丸いものが六枚あります。
「約束が守られました」
「そこから確認するのか」
「大事です」
ノアさまは自分の分を取らず、皿を私の肘の近くへ寄せました。
◇
会議が始まると、グレゴールおじさまは金縁のカップを前に置きました。
右に家令、左に財務担当、その隣に親族代表。マルタ先生は私たちの後ろに立っています。
「それでは、今年の後見契約を更新しよう」
おじさまは書類の最後を開き、署名欄へペンを置きました。
「エルシアはここへ。ノア陛下は、その下へ」
「読む前に書くのですか」
「昨年とほとんど同じだよ」
「ほとんど、は、同じではありません」
「君には難しい文だ。私を信じなさい」
信じると、読まなくてよいのでしょうか。
父は種の袋を受け取るときも数を確かめ、母は私への絵本でも最後まで読んでから買いました。
「昨年と違うところを読んでください」
「細かな調整だけだ」
ノアさまが書類を自分の前へ引きました。
「違う一文はどれだ」
おじさまは立ち上がり、ノアさまへ一礼しました。私に話すときより、声が半分ほど小さくなります。
「領民の暮らしを守るため、状況に合わせた裁量が必要となりまして」
「家を売れますか」
私が尋ねると、おじさまは眉を寄せました。
「今は陛下へ説明している。君は名前を書いていなさい」
「私の家です」
「だからこそ、私が守るのだよ」
「売ることは、守ることに入りますか」
「場合による」
「門の木も売りますか」
「買い手のものになる」
焼き菓子を持つ指に、細かな粉がつきました。
「あれは、お父さまとお母さまと私で植えました」
「場所が変わっても、思い出は残る」
「私はどこへ変わりますか」
「それは買い手と相談する」
「買い手は、もういるのですね」
財務担当のあごが動き、止まりました。
家令が机の下から封筒を出します。封蝋には知らない紋章があり、日付は十二日前でした。
「買い手候補から届いた書簡です」
「家令!」
家令は封筒を裏返しました。
表には、売却成立後の謝礼について、と書かれています。
「謝礼とは何ですか」
誰もすぐには答えませんでした。
ノアさまが財務担当を見ます。
「誰が受け取る」
「グレゴールさまへ、現在の年俸一年分を。私どもの役職と報酬も残す方向でございます」
「私の行く場所は決まっていないのに、おじさまのお給金は決まっているのですね」
「物事には順番がある」
おじさまは封筒を取り上げようとしました。家令が手を置いたまま動かしません。
「これは君の将来のために、私が働いた報酬だ」
「私に聞く前に?」
「子どもへ一つ一つ知らせていては、話が進まない」
「更新しないかもしれないのに、十二日前から進めたのですか」
「君は更新する。そうしなければ困るのは君だからだ」
おじさまは笑っていました。
まだ書いていない私の名前を、もう書いてあるものとして見ている笑顔でした。
「追加した一文を、そのまま読んでください」
「もう説明しただろう」
「同じなら、読んでも変わりません」
ノアさまが三枚目を開きました。
「ここだ。読め」
金縁のカップから、湯気が見えなくなっていました。
「後見人は、本人の同意なく領地を処分できる」
窓の向こうで、風が門の木を揺らしました。
「おじさまは、お父さまとお母さまに何を約束しましたか」
「君の居場所を守ることだ」
「私の同意なく、その居場所を売れるのですね」
「将来にわたって守るため、必要な場合もある」
「私をどこへ住ませるか決めないまま?」
「統治には、子どもには分からない事情がある!」
金縁のカップが鳴りました。
ノアさまが顔を上げると、おじさまの声は小さくなります。
「陛下。領民のためにも迅速な判断が必要なのでございます」
「本人に言わずに家を売れと、亡き当主から頼まれたのか」
「統治の問題です」
「約束の問題ではないのですね」
私が尋ねると、おじさまは答えませんでした。
マルタ先生が私のカップへ、少しだけ新しいお茶を足しました。
◇
「更新しなければ、どうなりますか」
私は復習帳を開きました。
「仕入れも支払いも、領外との交渉も難しくなる。ここで働く者たちも困るのだよ」
「今夜の食事はありますか」
「あるだろう」
「次の後見人を探す手紙は?」
「正式なものは出せない」
「マルタ先生の手紙は出せます」
おじさまの目が、私の後ろへ動きました。
「誰へ送った」
「私の姉です」
会議室が、カップの中へ落ちたように静かになりました。
「アデライドは後見人にふさわしくない。国外にいた女だぞ」
「三年前に帰国なさっています」
「エルシアを惑わせるな、マルタ」
「届いた手紙を隠したのは、私ではありません」
私は青いリボンの束を卓へ置きました。
「伯母さまは、会いたいと何度も書いてくださいました」
「感傷で領地を動かせると思うのか」
「来てくださらなくても、私は決められます」
おじさまが署名欄をこちらへ向けました。
「名前を書けば、食事も手紙も今までどおりだ。使用人たちも路頭に迷わずに済む」
壁際の使用人たちが、息を詰めました。
私が書けば、家がなくなる。
書かなければ、みんなが困るかもしれない。
ペンの先には、黒い雫が丸くふくらんでいます。
「ノアさまも、困りますか」
「もちろんだ。共同署名者の責任を果たせなかったと見られる」
「俺の立場は、俺が決める」
ノアさまは両足を床につけました。
私の足は届かないので、椅子の下でつま先が少し揺れています。
「エルシア。おまえが拒否したら、俺も署名しない」
「食事が少なくなるかもしれません」
「少ない分を決めればいい」
「伯母さまが来ないかもしれません」
「そのときは、次の日も探す」
「陛下、これは遊びではございません!」
おじさまが卓をたたきました。
ノアさまは机ではなく、私を見ています。
「私は、拒否してよいでしょうか」
「俺に許可を取るな」
「あとで、私のせいだと言いませんか」
「言わない。俺も自分で選ぶ」
私はペンから手を離しました。
「エルシア。私は君のために何年も働いてきた。私に任せなさい」
「おじさまが教えてくださったことは、分かりました」
「何をだね」
「後見人を続けたいなら、お父さまとお母さまとの約束を守ってください。この家と、ここで暮らす私たちを守る約束です」
「だから私は守っている!」
「いいえ。私が署名する十二日前から売る話をして、おじさまのお給金を先に決めました。でも、私の行く場所は決めていません」
「必要な手順だ!」
私は、朝に教わったとおり、言葉を変えずに返しました。
「約束を破った人の言うことは、聞かなくていい」
グレゴールおじさまの口元から、笑顔がなくなりました。
「ですから、今年の更新を拒否します」
「君は自分が何をしているか分かっていない!」
「分からないことは確認しました。食事と手紙と、みんなのお給金です。ほかに失うものがあるなら、今教えてください」
おじさまの口が開きました。
言葉は出てきませんでした。
代わりにノアさまが、自分の署名欄へ一本の線を引きます。
「俺も更新を拒否する」
名前を書く場所が、名前を書けない場所になりました。
「毎年、二人の同意が必要だと説明したのは、あなたです」
マルタ先生は、私とノアさまのカップへ新しいお茶を注ぎました。金縁のカップには注ぎませんでした。
「会議はまだ終わっていない!」
「更新については終わりました」
先生は冷えた金縁のカップを盆へ載せました。
受け皿が小さく鳴ります。
「後見人でなくなる方が、鍵と印章を持ったままでよいのですか」
私が尋ねると、家令は背筋を伸ばしました。
「いいえ。買い手との書簡と帳簿も、調査が済むまで保管いたします」
「エルシア、私を盗人のように扱うつもりか!」
「まだ分からないので、調べます」
家令が手を差し出しました。
「調査が済むまで、動かすな」
ノアさまの声が短くなりました。
親族代表も立ち上がります。
「謝礼を伏せられていた以上、私も調査に賛成します」
財務担当は青い顔で、鞄を卓へ置きました。
「買い手との控えは、すべてここにございます」
「君たちまで!」
「エルシアさまの家を売る前に、私どもの席を買っていただこうとした。その責任は調べられるべきです」
家令の手は下がりません。
おじさまは、ようやく鍵束を置きました。
最後に印章箱が卓へ下ろされます。金縁のカップより、ずっと重い音でした。
「私は亡き当主に選ばれた後見人だぞ」
「今年の更新は拒否されました」
マルタ先生がおじさまの椅子へ手をかけます。
「お立ちください。その席は、後見人の席です」
「私がいなければ、何もできないとすぐに分かる」
「今日できることから始めます」
おじさまが立つと、先生は椅子を卓から引き離しました。
椅子の脚が床をこすり、二脚分、遠ざかります。
私とノアさまの椅子は、隣り合ったままです。
◇
大きな扉が開いたのは、家令が明朝の小麦粉を買う相談を始めたときでした。
門番が息を切らしています。
「アデライド・ファルケン伯爵夫人がお越しです。王室の監察官もご同行されています」
胸の前で、青いリボンの手紙が動きました。
「間に合いましたか」
マルタ先生が、初めて椅子から手を離しました。
「はい」
廊下から靴音が近づきます。
現れた女性は、母と同じ灰色の目をしていました。旅装の裾には泥がつき、髪も少し乱れています。
私の前まで来ると、伯母さまは何かを言おうとして、言えませんでした。
代わりに片膝をつきます。
目の高さが同じになりました。
「エルシア」
「はい」
「遅くなって、ごめんなさい」
伯母さまは、私の許可を待つように両手を開きました。
私はその手へ、青いリボンの束を載せます。
「三年分です」
「ええ」
「一通も、お返事ができませんでした」
「あなたのせいではないわ」
「今日の分は、届きましたか」
「届いたわ。途中で馬を二度替えたの」
「馬は大丈夫でしょうか」
「私より元気よ」
伯母さまの手が、手紙ごと私の指を包みました。
母とは違う手です。
けれど、急いで来てくれた人の手でした。
王室の監察官が書類を開きます。
「故当主夫妻の遺言には、現後見人が任を解かれた場合、アデライド伯爵夫人を第一候補とする旨が記されています。ご本人の承諾と調査を経て、直ちに仮後見へ就任できます」
「承諾します」
伯母さまは私から目を離さずに答えました。
グレゴールおじさまが声を上げます。
「国外にいた者へ、この領地の何が分かる!」
「分からないことは、エルシアと、ここを守ってきた人たちに教わります」
「子どもの言葉で統治するつもりか」
「子どもの家を、その子に隠して売るよりはよいでしょう」
監察官がおじさまの前へ立ちました。
「未成年領主の財産を、自身への謝礼を条件に売却しようとした疑いがあります。調査終了まで、領内での職務と出入りを禁じます」
「私は何も売っていない!」
「署名を得る前に条件を詰めた書簡がございます。続きは別室で伺います」
おじさまは親族代表を見ました。財務担当を見ました。最後に私を見ました。
けれど、もう誰も署名欄を私へ向けませんでした。
扉が閉じるまで、伯母さまの手は私の指を包んでいました。
◇
「一つ、確認してもよいですか」
監察官たちが退出したあと、私は伯母さまへ尋ねました。
「いくつでも」
「この家を売りますか」
「売りません」
「門のそばの木も?」
「もちろん」
「ここで働く人たちは?」
「不正に関わった者は調べます。でも、厨房も庭も厩舎も、明日から急になくなったりしません」
「私の部屋は?」
「あなたの部屋よ」
「伯母さまが使いたいと言っても?」
「私は客間を借ります」
「遠いです」
「では、マルタの隣にしましょう」
「それなら近いです」
伯母さまは旅装のポケットから、小さな布包みを出しました。
「これは、あなたのお母さまから預かっていたもの」
布の中には、銀色の小さな鍵がありました。
「何の鍵ですか」
「門の木の根元に埋めた箱の鍵。あなたが十歳になったら、一緒に掘り出す約束だったの」
「私は、もう十歳です」
「知っているわ。三年分、遅れてしまったけれど、一緒に掘ってくれる?」
鍵を握ると、手のひらへ細い跡がつきました。
「箱は、まだありますか」
「木があるなら、きっと」
窓の外では、家令が測量の人々を門から帰していました。長い縄が巻き取られ、花壇から、厩舎から、厨房の裏から消えていきます。
最後の輪が、木の根元を離れました。
「明日、掘ります」
「ええ」
「今日は、みんなのお給金と小麦粉を先にします」
「立派な順番ね」
「伯母さまも、書類を読んでから名前を書いてください」
「必ず」
「分からない言葉があれば?」
「エルシアにも分かる言葉になるまで、説明してもらいます」
伯母さまの返事は、どこにも隠れる場所がありませんでした。
私は銀の鍵を、青いリボンへ結びました。
◇
「では、次の議題です」
私が言うと、大人たちが顔を上げました。
「まだ会議を続けるのか」
ノアさまが焼き菓子の皿を見ます。
「家族会議です。後見人の次は、お茶菓子について尋ねる順番でした」
焼き菓子は四枚残っています。
伯母さまは空いている椅子へ座ろうとして、壁際へ運ばれた大きな椅子を見ました。
「私はどこへ座ればいいかしら」
「あれは遠いです」
「では、ここでも?」
伯母さまが指したのは、私の反対隣でした。
「書類を一緒に見られます」
「ありがとう」
家令が椅子を運び、マルタ先生が新しいカップを置きました。
金縁ではない、私たちと同じ白いカップです。
「焼き菓子は、みんなに足りますか」
「半分にすれば足りるわ」
「伯母さまは半分でよいのですか」
「急いで来る途中、パンを二つ食べました」
「馬より元気そうです」
「でしょう?」
伯母さまが少し笑ったので、私も口の端だけ動かしました。
マルタ先生が焼き菓子を分けます。家令にも、使用人にも、門番にも届くよう、小さな皿が運ばれていきました。
「今日のお給金は払えます」
伯母さまが帳簿を確認しながら言いました。
「明日の小麦粉も買えます。領地の印章は調査が終わるまで使えないけれど、王室の仮承認があれば必要な仕入れは止まりません」
「ノアさまのお金を借りるのですか」
「借りない」
ノアさまがすぐに答えました。
伯母さまもうなずきます。
「この家のお金で払います。足りないときは、何をどうするか先にあなたへ話します」
「私が断っても?」
「困る理由を一緒に考えるわ。それでも嫌なら、別の方法を探します」
「次の日も?」
「その次の日も」
私は復習帳の、家、食事、手紙、の横へ印をつけました。
三つとも、今度はきれいな丸になりました。
「次の家族会議は、明日でしょうか」
「仕事の報告は明日できるわ」
「茶菓子も出ますか」
マルタ先生が茶葉の缶を持ち上げました。
「議題より先にお出しします」
「順番を変えてよいのですか」
「その約束は、私が責任をもって守ります」
私は指を一本立てました。
「覚えました」
大人たちが順番に席を立ちます。
家令は帳簿を抱え、使用人たちは空になった皿を運びました。伯母さまも、明日の仕事をマルタ先生と相談するため隣室へ向かいます。
扉の前で振り返りました。
「客間へ行く前に、戻ってきてもいい?」
「ここは伯母さまの家でもありますか」
「そうしてよいと、あなたが思える日が来たら」
「今日決めなくても?」
「もちろん」
「では、明日確認します」
「ええ。明日もいるわ」
扉が閉じても、その言葉は部屋に残りました。
卓には、私とノアさまが残ります。
ノアさまは椅子の脚へ入れた木片を、指で押し込みました。
「まだ揺れますか」
「揺れない」
「共同署名は、もう終わりました」
「ああ」
「王さまの席は、向こうにあります」
「あそこは遠い」
「ここなら書類を一緒に見られます」
「ああ」
「焼き菓子のお皿も一つで足ります」
「ああ」
「私の分を勝手に取らないと約束できますか」
「約束する」
二枚の木片がきちんと入り、ノアさまの椅子は私の椅子と同じ高さになっています。
「では、次の家族会議にも座ってよいです」
「署名がなくても?」
「伯母さまも、マルタ先生もいます。確認することは、きっと増えます」
「なら来る」
窓の向こうで、門の木が夕日を受けていました。
縄はもうありません。
明日になれば、根元の箱を伯母さまと掘ります。その前にお茶菓子が出て、小麦粉が届いて、みんなの朝食が作られます。
卓から離れた椅子は一つ。
私の右にはノアさま。左には、伯母さまが戻るための白いカップ。
そして私の手の中には、この家で明日を開ける、小さな銀の鍵がありました。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
「悪くなかったな」と思われたら、★や感想を残していってもらえると、とても励みになります。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。
【追記 2026/7/24】日間ランキングに入りました。異世界〔恋愛〕短編93位/総合短編136位/全作品総合259位。目に留めてくださった方、ありがとうございます。




