第6話 読み上げ
「高城恒一様は、初当選以来、様々な政策分野でご活躍されてきました」
三枝の声は、披露宴の場にふさわしい柔らかさを保ちながらも、 ニュース原稿を読む時のような正確さを帯びている。
「本日は、その中でも特に皆様にも馴染みの深い三つの政策について、
公式な原案ファイルおよび関連記録に基づき、その経緯を簡単にご紹介申し上げます」
スクリーンに、タイトルだけが表示される。
「地方創生総合パッケージ」
「子育て支援拡充プログラム」
「行政デジタル化ロードマップ」
会場のあちこちで、囁き声が上がる。これらは、ニュースで何度も取り上げられた政策だ。
「まず、『地方創生総合パッケージ』についてでございます」
三枝が手元の台本から目を上げ、会場を一望する。
「本政策の原案ファイルは、
20XX年5月12日 23時41分に作成されております。
作成者名は『R.S』。
その後、同年6月3日 2時13分に『K.T』によって最終保存が行われ、内閣に提出されました」
スクリーンに、メタデータのスクリーンショットが映し出される。
「作成者:R.S」
「前回保存者:K.T」
という文字が、誰にでも読める大きさで表示される。
会場が、ざわめいた。
「作成者『R.S』は、当時、高城事務所において政策ブレーンを務めておられました白石凛様でいらっしゃいます」
名前が、会場に響く。凛は、自分の心拍が少し早くなるのを感じたが、表情は変えない。
隣のテーブルで、誰かが小さく「白石?」と呟いた。記者らしき人物が、メモ帳をめくる。
「本政策に関する会議メモには、以下のような記述がございます」
スクリーンに、議事メモの一節が映る。イニシャルだけのやり取り。
「K:地方の既存事業との重複懸念。
R:重複分は統合案に組み込む形で、自治体への権限制限とセットにすべきでは。
K:その方向で修正を」
「発言者『K』は高城恒一様、『R』は白石凛様でございます」
淡々とした説明。会場の空気は、明らかに変わっていく。
「続いて、『子育て支援拡充プログラム』についてでございます」
同じように、作成日時と作成者名が読み上げられる。
「原案ファイルの作成日時は、20XX年9月7日 1時02分。
作成者:『R.S』。
その後、20XX年9月15日 23時47分、『K.T』によって最終保存が行われております」
スクリーンには、バージョン管理ログも表示される。
「v1.0 R.S
v1.1 R.S
v1.2 K.T(最終版)」
「本政策に関するメールのやり取りの一部を、ご紹介いたします」
メール画面のスクリーンショット。差出人「白石凛」、宛先「高城恒一」。
「件名:子育て支援策の案ですが
本文抜粋:
——現金給付だけでなく、保育の質の向上と、父親の育児参加を促す仕組みを組み合わせないと、
持続可能性が低いと考えます」
「差出人:高城恒一
本文抜粋:
いいね。これをベースにして、もう少し『俺らしさ』を出した表現に変えておいて」
会場のざわめきは、もはや隠しようがない。凛は、その波をまるで他人事のように観察していた。
誰も怒鳴っていない。誰も罵倒していない。ただ、事実が並べられているだけ。
「最後に、『行政デジタル化ロードマップ』でございます」
同様に、作成者名と更新履歴が読み上げられる。
「原案ファイル作成者:『R.S』。最終決裁:『K.T』」
スクリーンには、初稿と最終稿の差分も一部映し出される。
構造や論点はほぼそのままに、表現が変えられている様子が一目で分かる。
「以上の三政策をはじめ、多くの案件において、
白石凛様は原案作成者として、また議論のパートナーとして関与しておられました。
これらはすべて、党の公式サーバーおよび高城事務所の業務記録に基づく事実でございます」
三枝の声には、評価も批判もない。ただ、「事実」を「公式記録化」する機能だけがある。
「もちろん、最終的な責任と決裁は、高城恒一様にございます。
しかし、同時に『誰の助けも借りずに』という表現は、公式記録との間に齟齬がございます」
言い切らない。だが、「事実と異なる印象」という言葉で十分だ。
会場の視線が、一斉に恒一へと向かう。彼は、表情を保とうとしているように見えた。
凛は、その僅かな硬直を、席の遠さにもかかわらず捉える。
「本日の披露宴は、お二人の新たな門出を祝う場でございますと同時に、 これまでの歩みを『正確に』皆様と共有する場でもございます」
三枝は、一拍置いてから続けた。
「以上、政策原案者クレジットのご紹介を終えさせていただきます」
拍手は起きなかった。代わりに、ざわめきと小さなため息と、何かを悟ったような静寂が入り混じる。
凛は、自分が何もしていないことを再確認する。ただ、資料を提供し、台本を確認しただけだ。
凛は、何もしていない。
ただ、記録を渡しただけだ。
条件は、すべて満たされている。
三枝が、次の進行に移ろうとしたその時だった。
「失礼いたします」
マイクを通さない、しかしよく通る声が、高砂の方から響いた。
麗華が、静かに立ち上がっていた。純白のドレスが、照明を受けて淡く光る。
「少しだけ、お時間をいただけますか」
会場のざわつきが、ぴたりと止まる。誰も、軽口を挟もうとはしない。
三枝は、一瞬だけ台本に視線を落とし、それから顔を上げた。
「新婦・九条麗華様より、皆様にお話があるとのことです。どうぞ」
短い一言で、マイクが麗華に委ねられる。
凛は、その瞬間を頭の中で別の言葉に置き換える。
主導権の移動。恒一から、麗華へ。
マイクを受け取った麗華が、最初に口にしたのは「公平」という言葉だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
面白いと感じていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




