表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝辞のあとで、花嫁が公式記録を読み上げた ~「全て俺一人の実力だ」と豪語した政治家の7年分の作成履歴~  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第4話 7年分の整理

 金属の鍵が錠前の中で回る感触は、驚くほど軽かった。


だが凛の指先には、その軽さと裏腹に七年間の重みが伝わってくる。


 自室の床に資料箱を置き、蓋を静かに開ける。


びっしりと詰まったファイル束が、番号順に並んでいる。


 最初に取り出したのは「001-初当選直後ヒアリングメモ」。


地方の有権者から聞き取った要望を項目別に分類した手書きメモと、その後に打ち込んだテキストがクリップで留められている。


 凛は、その紙の端に残る自分の走り書きを見て、一瞬だけ当時の空気を思い出した。


あの頃は、彼ももっと人の話をよく聞いていた。


 だが、その感傷はすぐに脇に置く。今必要なのは、感情ではなく整理だ。


 ノートパソコンを開き、新しいフォルダを作成する。

名称は

「TKJ-7year_record」

中に

「Policy_Draft」

「Meeting_Memo」

「Speech_Draft」

「Mail_Log」

という四つのサブフォルダを作る。


 一つ一つの紙の資料をスキャナに通しながら、凛は対応するデジタルファイルを開いていく。


 党の共有サーバーには、彼女が関わった政策の原案ファイルがすべて残っている。


アクセス権はまだ現役のままだ。


 エクスプローラーの画面に「地方創生パッケージ_ver1.docx」というファイルが表示される。


右クリック→プロパティ→詳細。


「作成者:R.S

 前回保存者:K.T

 作成日時:20XX/05/12 23:41

 最終更新日時:20XX/06/03 02:13」


 R.S――白石凛。K.T――高城恒一。


 凛は画面のスクリーンショットを撮り、「Policy_Draft」フォルダに保存する。


同時に、ファイルのバージョン履歴も確認する。


「v1.0 R.S

 v1.1 R.S

 v1.2 K.T

 v1.3 R.S

 v1.4 K.T(最終版)」


 凛はその一覧をPDFで書き出す。解説やコメントを添える必要はない。事実だけで十分だ。


 会議メモも同様だ。定例の政策検討会議での議事メモは、すべてテキストファイルで残されている。


「K:地方の既存事業との重複懸念。

 R:重複分は統合案に組み込む形で、自治体への権限制限とセットにすべきでは。

 K:その方向で修正を」


 凛は、その一節を見て一瞬だけ口元を引き結ぶ。


「俺が一人で立案した」と言うには、ずいぶんと対話が多い。


 メールログには、「件名:子育て支援策の案ですが」という自分からのメールに、深夜二時台の返信が付いている。


「いいね。これをベースにして、もう少し『俺らしさ』を出した表現に変えておいて」


「俺らしさ」。凛は、その言葉に特別な感情を乗せない。


 作業は単調だが、凛にとっては落ち着く時間でもある。


紙とデジタルの両方に刻まれた「痕跡」を拾い上げる作業は、自分自身の存在を再確認するようでもあった。


 夕方、窓の外がオレンジ色に変わる頃、凛のノートパソコンの中には七年間の記録が整理されつつあった。


 凛は全体を一望できる一覧表を作成する。

Excelのシートに

「日付」

「案件名」

「ファイル種別」

「初稿作成者」

「最終決裁者」

「関連会議メモ有無」

「関連メール有無」

といった項目を設け、一つ一つ埋める。


 行が増えていく。

三十行、五十行、七十行。七年という時間が、視覚的なテーブルとして目の前に広がる。


 これは、私の「履歴書」だ。


 凛はそう認識する。


 誰かに提出したことのある履歴書には、「白石凛」という名前と学歴と職歴の行だけがあった。


だが、本当の意味での「履歴」は、こうしてファイル名とタイムスタンプの形で積み上がっている。


 スマートフォンが震えた。着信は、見知らぬ番号からだった。


「はい、白石です」


「三枝と申します。九条家婚礼の件で」


 落ち着いた女性の声。アナウンサー特有の、聞き取りやすい抑揚がある。


「九条麗華様から、白石様に関する『事実確認の資料』があると伺いました。

披露宴の進行台本を作成する上で、その扱いについて事前に共有させていただきたく」


「七年間分の履歴の整理は、ほぼ完了しています。


ただ、そのうちどこまでを、どの場面で、どのような形で出すかは、麗華さんの判断に委ねています」


「承知しました」


 三枝は少しも驚いた様子を見せない。


「一点だけ、私からお願いがございます」


「何でしょうか」


「もし、披露宴の場で白石様のお名前や履歴に触れることになった場合、私はそれを『正確に』読み上げます。

脚色や感情的な表現は一切加えません」


 その言葉には、妙な安心感があった。


「ありがとうございます」


「その代わり、事実でないことを求められた場合には、お断りすることになります。

九条家にも、その点は了承いただいております」


 事実を省略しない司会。凛は、その声を「記録の器」として認識した。


 凛は、暗号化したフォルダを作成し、共有リンクを生成した。


 通話を切り、凛は再びパソコンに向き直る。


 Excelの一覧表の最下行に、彼女は新しい行を追加した。


「備考欄」に「披露宴当日:三枝司会」とだけ打ち込む。


 履歴は、ただ積み上げるだけでは意味を持たない。


どこかのタイミングで「公」に接続されることで、初めて効力を持つ。


 その接続点が、九条家の披露宴である可能性が現実味を帯びてくる。


 夜が更ける。凛は一旦作業を区切り、バックアップを二重に取る。


外付けドライブと暗号化クラウドストレージ。どちらかが失われても、もう一方が残る。


 違法なし。改ざんなし。あるのは、見なかったことにされた履歴だけ。


 パソコンを閉じた後も、凛の頭の中にはテーブルの行が残っていた。


七年間の延長線の先に、披露宴の日付がある。


  披露宴当日の進行台本案がメールで届いた時、そこに「政策原案者クレジット読み上げ」という一行を見つけた凛は、静かに息を整えた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

面白いと感じていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ