〈番外編〉晩秋のひと時
シロクマシロウ子様のリクエストにお応えして、ヒルダとオシアンの二人きりの様子を書いてみました。
「……ボンボンショコラ。そろそろ離してほしいんだが」
人間の男性の姿でソファに腰掛けたオシアンの膝の上に抱き上げられ、既に二時間。ヒルダは抗議をしたが、オシアンは首を縦には振らなかった。
「我が最愛の頼みでも、そればかりは聞けぬな。これまでは我がヒルダの膝に乗せられるばかりだったのだ。せめてあと一時間はこうしていたい」
そう言いながら、オシアンはヒルダをしっかりと抱きしめ、彼女の髪に顔を埋めた。
「……これじゃ、編み物が出来ないだろう」
照れくさいのを隠すように、わざとぶっきらぼうにヒルダがそう言うと、オシアンは心底切なそうな声を上げた。
「わかってはいるのだ、親しい人々のために編み物をするのが君の一番の楽しみだと。けれども今しばらくは、我のことだけを考えてほしいと思ってしまうのだよ。自分でも欲深いと分かっているのだが」
頬に頬を擦り寄せられて、ヒルダは少し溜め息をつくと、オシアンをなだめるべく、手を後ろに回して、頭一つ分は高い所にある彼の頭を撫でた。
「最近、その姿でいることが増えたし、せっかくだから、ボンボンショコラにもセーターを編んでやろうと思ったんだけどな」
猫の姿の時には、ふわふわとした見事な長毛に覆われているからセーターなど必要ないだろうが、人間の姿の時はさすがに寒いはずだから、と言うと、オシアンがヒルダの顔がよく見えるように、ヒルダを抱き直した。
「本当に、我の為に?」
嬉しいというよりも驚きの方が勝った顔でそう尋ねるオシアンに、ヒルダはにやりと笑うと、テーブルの上に置いた紙袋を示した。
「疑うなら、そこのテーブルの上の紙袋を開けてみるといい。チャコールグレーがよく似合うのは、私の周りにはオシアンしかいないんだから」
オシアンは程よく筋肉のついた長い腕を伸ばしてテーブルの上の紙袋を手に取り、その中を覗き込んだ。
「チャコールグレーの毛糸が多いようだが、白の毛糸も入っているのだね」
「メインはチャコールグレーで、胸の辺りに白い針葉樹林の模様をいれようかと思っているんだ。オシアンは何となく、北の果ての極夜の森林が似合いそうだと思ったから」
ヒルダの説明に、オシアンは今度こそ嬉しそうにくくっと笑った。
「ヒルダ。ずっと黙っていたが、君にセーターを編んでもらえるモリー嬢とエズメ嬢が心底羨ましくてならなかったのだよ。だから、今、どれほど嬉しいか。この思いを君に伝えられないのがもどかしい」
彼はその形の良い額をヒルダの額に押し当てた。
(……このまま唇に口づけされたら、うっかり流されてしまいかねないな)
ヒルダはオシアンの唇に人差し指を押し当てた。
「それで、せっかくなら今度の冬至祭りまでには完成させたいんだがね、ボンボンショコラ。君は背が高いだろう。編む時間がたっぷり必要なんだ」
こう言えば、さすがに解放してくれるだろうと思っていたヒルダは甘かった。
「承知した。ならばヒルダは我が膝の上でセーターを編むといい。……これほど愛しい君を、もう片時も離すことなど、出来るものか」
すぐ耳元に口を寄せられ、甘い美声でそう囁かれては、さすがのヒルダも当分の間は立ち上がることが出来なかった。
ヒルダの特技は編み物なのです。モリーとエズメは毎年ヒルダにセーターを編んでもらっていました。ダイアナは暑がりなのでサマーニット、アンは猫耳帽子、アーセンもマフラーを贈られたことがあります。
オシアンは心底羨ましく思っていたのですが、モフモフの毛皮がありますものね……。




