表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/24

第07話 帝国の人はまとも(かと思いきや)


「はいこれ、今日の魔導ランチ!エネルギー調整されてるから、味はちょっとヘンだけど、体にはすごく良いよ!」


 手渡された銀のランチトレイの上には、蒸気をあげる白いスープと淡い青のゼリー、見慣れない形のパン。

 色がファンタジーすぎて警戒するミリアに、陽キャ系研究員の青年・ラースが笑顔で言った。


「見た目アレだけど、意外といけるんだよ? ミリアさんって、ゼノ様に直々に拾われたんだって?すごいね〜! あの人、人間に興味ないと思ってたのに!」

「……やっぱり『拾われた』って言ってるんだ」


 ミリアはぼそっと呟いたが、ラースはまったく気にしていない様子で笑い続けていた。



   ▽


 

 研究機関での生活が始まって数日、ミリアは驚いていた。


(あれ……帝国って、思ったより人がちゃんとしてる……?)


 職員たちは礼儀正しく、食堂のおばちゃんもやさしくて、若手研究員は明るくて親切。

 案内係の女性魔導師・レイネは、知的で頼れるお姉さんタイプだった。


「ミリアさん、魔力の安定値、すごく良好ですね。生活環境、合ってるみたいで安心しました」

「え、ほんとですか? 神託、最近あんまりうるさくなくて」

「それはいい傾向です。ゼノ様が設定した結界フィルターのおかげかと。あの人、仕事だけは正確ですから」

「『仕事だけ』って……」


 ミリアは思わず笑ってしまった。

 レイネは少しだけ苦笑いを返しながら、肩をすくめる。


「……あの人、相変わらず『彼女は観察中』って言って、誰にも近づけさせないから。私、指導担当って名目なんだけど、会話も三回目だし」

「え、そうなんですか……?」

「ええ。ゼノ様の気になる対象って、基本的に他の人が触れた瞬間に排除されるのがパターンなんです」


 冗談めかして言われたその言葉に、ミリアは一瞬だけ、笑顔を凍らせた。


(……排除?)


   ▽


 その午後。


 実験ラボで、ラースがミリアに声をかけてきた。


「ミリアさんさ、神託って『聞き分け』できるんでしょ?方向とか、種類とか」

「まあ……はい。慣れてると、だいたいどこから来てるかは感覚でわかります」

「じゃあさ、ちょっとテスト協力お願いしてもいい? 個人的な研究で、神託と地脈の交差点を探っててさ。ゼノ様の許可も出すから、ね?」


 ラースは本気で研究に熱心な様子だった。

 その目はきらきらと輝き、まるで新しい発見にワクワクしている子どものようだ。


(……こんな人もいるんだ。帝国、優しい人もちゃんといる)


 ミリアは、思わずにこっと微笑んで頷いた。


「わかりました。力になれるかわかりませんけど……やってみますね」


 ――だがその翌日、ラースは研究所からいなくなっていた。


「えっ……え? ちょっと待って、ラースさん、どうしたの?」


 動揺するミリアに、レイネは少し困ったような顔で言った。


「『希望退所』だそうです。昨日の夕方、本人から辞表が出されたって」

「……そんな急に? あの人、神託の研究すごく楽しそうだったのに……」

「ええ、私も驚きました」


 そしてその後ろで――ゼノ・クローネが無言で書類を見ながら歩いてくるのを、ミリアは見逃さなかった。


(あれ……?)


 彼はラースの話題には一切触れなかった。

 ただ一度だけ、昨日のラボでミリアとラースが話していたのを『見た』後、何も言わず、何も壊さず、何も怒らず――その代わりに、全てを終わらせた。


 その日の夜。


「ゼノさん。……ラースさん、辞めたんですよね?」

「そうだ」

「理由は、知らないんですか?」

「彼の意思だと聞いている」

「…………本当に?」


 ゼノはしばらく無言だった。

 やがて顔を上げ、ミリアをじっと見つめた。


「彼は、君に触れようとしていた」

「研究のためです。そう言ってました」

「それでも、彼は『触れようとした』」


 冷静な声だった。静かで、整っていて、淡々としている。

 けれど、その瞳には、確かに“怒りに似たもの”があった。


「君は僕の観察対象だ。そして、優先権は――僕にある」

「…………」

「彼がそれを超えようとしたから、排除した。それだけだ」

「それだけって……そんな、さらっと……」


 ミリアは言葉を失った。

 何も壊していない。何も脅していない。

 けれど、ゼノは確実に、誰かの未来を無言で終わらせたのだ。


(この人……笑ってない。目が……笑ってない)


 帝国の人は、優しい。

 でも――その中でただ一人。

 彼だけは、何も変わらず、ただ冷静に自分のものを守ろうとする。


 その夜。ミリアは窓辺で、夜風を受けながら思った。


(安心って、どこまでが“優しさ”なんだろう……)


 ゼノの行動は、たしかに自分のためかもしれない。

 でも、もし誰かと仲良くすることすら許さないのだとしたら――そのように考えてしまう。


(これって、もしかして……怖い感情なのかも)


 窓の外では、星が瞬いている。

 帝国の夜空は、王国よりずっと澄んでいて綺麗だった。

 けれど、胸の中に残っていたのは、

 その星空よりも、ゼノの目が笑っていなかった事だった。


 ──数分後。

 彼女は、意を決して居住棟を出た。

 遅い時間だったが、ゼノはまだ研究棟に残っていた。

 案の定、あのふわふわ魔導機がミリアの来訪を察知していたらしく、

 すぐに彼の執務室に通された。


「……ミリアか。何か用か?」


 彼は、いつも通りだった。

 書類を捌きながら、淡々とした声。穏やかで、整った顔。

 でも、それが逆に、耐えられない。


「……ラースさんのこと、やっぱりゼノさんが原因ですよね」


 ゼノの手が止まった。

 視線がゆっくりと上がる。だが、表情は変わらない。


「……そうだ。僕が原因だ」


 ミリアは、ぐっと唇を噛んだ。


「……やっぱり、そうやって、『邪魔な』は全部消すんですか?」

「君に触れようとした。それがすべてだ」


 ミリアの胸に、怒りとも悲しみともつかない感情がこみ上げてくる。


「……私、誰とも話しちゃいけないんですか?誰かと笑ったり、仲良くしたり、普通のことすらしちゃいけないんですか?」

「それを望むなら、管理体制を再調整する」

「違う! そうじゃない!」


 声が、震えた。自分でも驚くほどだった。


「ゼノさん、あなた……! そうやって、何でも『支配』すればいいって思ってる!私が何を考えてるかとか、何を望むかとか、聞こうともしないで……!ずっと勝手に決めつけて、囲って、閉じ込めて!」


 ゼノは何も言わなかった。

 ただ、ミリアを見ている。

 まっすぐに、まるで一音一句を記録するように。

 その視線すら、いまのミリアには、息苦しかった。


「……嫌いです。ゼノさんなんか、嫌いです!」


 その一言が、室内に落ちた瞬間――空気が、凍った。

 数秒の沈黙。時間が止まったようだった。


 ゼノの顔から、すうっと血の気が引いていくような錯覚。

 表情は変わらない。だけど、その眼差しの“熱”だけが、突然消えたように見えた。


「……そうか」


 かすれるような、静かな声。

 彼は立ち上がらない。怒りもしない。反論も、追いすがりもしない。

 ただ、机の上の魔導装置にそっと触れ、淡々と指示を出した。


「監視魔具、全台数を一時待機。居住区外周監視のみ残せ」


 それだけ言うと、再びミリアの方を見た。


「……君の希望を、尊重しよう」


 その目は、ただ冷たい。

 あまりにも静かで、あまりにも無表情で、逆に怖かった。


「……勝手に決めないでください。尊重って、そういうことじゃないです」


 ミリアは静かに言い返し、部屋を出た。

 廊下を歩きながら、足がわずかに震えていた。


(……言っちゃった)


 でも、後悔はしていなかった。

 誰かの顔色ばかり見て、黙っていた自分自身は、もうこの世界にはいないのだから。


 けれど。

 背後の扉の向こうで、ゼノが何を感じていたかは――誰も知らなかった。

 彼の右手が、机の縁を白くなるほど握りしめていたことも。

 その力加減で、固い魔導装置の端が、ひび割れていたことも。

 そして、彼が低く、けれど確かに、こう呟いた事も。


「……嫌い、と言われるのは……初めてだな」

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ