第06話 ちょっと待って、これ監視されてません?
「……ねえ。これって『研究支援』って言ってたよね?」
ミリアは腕を組み、部屋の隅でふわふわと飛んでいる魔導機をじっと見つめていた。
丸い球体の本体に、透明な羽のようなパーツがついている。
見た目は一見マスコットっぽいが、目にあたる部分がレンズのように光っている時点でアウトだ。
その小型魔導機は、音も立てずに天井近くを旋回し、ミリアの動きに合わせてスーッと視線を向けてくる。
「うん、どう見ても、これ『監視型魔具』だよね?」
レンズみたいな目。反応速度の良さ。壁沿いのホバリング動作。
完全に不審者監視用の挙動である。
(『生活サポート型』って、ゼノは言ってたけど……いやいやいやいやいや)
ミリアは思わず頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。
「いやいやいや……生活が快適なのはありがたいけど、これはちょっと……快適の方向が斜め上すぎない!?」
ちなみに『生活サポート』と一緒に設置された設備は、空調の自動調整魔具、寝具の深度測定魔具、体温モニター魔具、さらに“就寝中の寝言分析器”まで。
(そんなの何に使うの!? 誰得!?)
案の定、部屋の外には『護衛』という名の監視役が常駐していた。
無表情に立つのは、護衛兵ノエル・ヴァイス。
帝国軍直轄部隊所属、階級は中尉。
だが、ミリアにとっては今や『唯一まともそうな人』だった。
「……ノエルさん。お願いだから、この部屋に入って、その『監視魔具』をぜんぶ回収してください。ついでに窓のやつも。あとカーテン越しの空気の流れが変なんです。見られてる気がします……!」
ミリアの訴えに、ノエルは重々しく首を横に振った。
「……ミリア嬢。それ、たぶん、回収しても無駄です」
「えっ、なんで!?」
ノエルは一歩前に出て、小声で囁くように言った。
「ゼノ様は……そういう方です。あの人、『個人のプライバシー』という概念が基本的に存在してません」
「もっと怖くなったわ!!」
ミリアは身をのけぞらせた。
「ていうかそれ、普通だったら怖すぎて通報案件なんだけど!? いいの!?帝国ってそれでOKなの!?」
「むしろ、あの方が人としての体裁を整えようと努力していること自体が、帝国的にはすごい進歩だと受け止められているんです」
「え、これで『進歩』なの!?」
「ええ。以前は、人付き合いすらほとんどしませんでした。人の顔も名前も興味がなかったはずなんです。それが今や、自分でスカウトして、自分で説明して、自分で監視してるんです」
「一人で完結してるぅぅぅ!?」
ミリアは頭を抱えながらベッドに突っ伏した。
「いや、ありがたいのはありがたいんだけど……なんか……扱いが『動く標本』みたいになってる気がしてきた……」
「……否定は、しません」
「して!? せめて建前だけでもして!?私の人権がしおれていくんだけど!!」
そのまま勢いよくふかふかの枕に顔を押しつけたまま、ミリアは内心でぐるぐる考え込んだ。
(この国……やっぱり、変人ほど出世する系の国なのかなぁ……うーん)
ゼノのような距離感バグ男が、国家直属の上級魔導師。
しかも皇帝からの信任も厚いとかなんとか。どんな判断基準なんだろう。
――でも。
(その『ヤバい人』が、初めて私を『理解しよう』としてくれてるんだよね)
神託が聞こえすぎて誰にも相談できず、ただ静かに黙っている聖女として誤解され、追放された日々。
それが今、初めて『分析対象』としてでも向き合ってくれる人がいる。
「……うう。ちょっと、悔しいけど、ありがたいんだよなぁ……」
モゴモゴと毛布にくるまりながら呟くミリアを、ノエルは一歩離れて見守っていた。
そして、そっと胸ポケットから小型メモを取り出し、さらさらとペンを走らせる。
『ミリア嬢、監視魔具3機目に気づく。順応速度良好。ゼノ様への不信感はあるが、感謝の気持ちも混在。心理的距離=縮まりつつある。観察続行』
帝国の護衛兵とは、かくも多忙なのである。
▽
その夜、ミリアはふかふかのベッドの上で、天井を見つめながら静かに息を吐いた。
身体は確かに疲れている。
新しい環境、慣れない検査、ゼノの『観察欲』と『距離感バグ』。
そして何より――
(……ゼノさんって、やっぱりちょっとヤバい)
いや、『ちょっと』じゃないかもしれない。
言動の一つ一つに、狂気と合理性と、わけのわからない執着が混ざっている。
「――君のすべては、僕が管理する」
その台詞、普通に言われたら全力で逃げ出すレベルだ。
しかし、ふと、考えてしまった。
(なんで……ちょっとだけ、うれしいって思っちゃったんだろう)
ミリアは枕に頬を埋めたまま、ぼそりと呟く。
「……やっぱり、ちょっと疲れてるのかな、私」
王国では、誰も彼女の言葉を信じてくれなかった。
神託がうるさすぎて眠れないなんて、誰にも言えなかった。
けれど、ゼノは最初からその『異常さ』を『面白い』『価値がある』と言ってくれた。
たとえそれが、研究対象としての好奇心であっても。
(……それでも、“無視される”より、ずっと、いい)
ミリアは自分の胸元に手を当てた。
この国で、自分は初めて『観察される側』になった。
そのことを、不快だと感じるはずなのに。
どこか、ほんのりとあたたかい気持ちになってしまう。
「もう……どうしてこっちの感情だけ、人間やってるのよ、ゼノさん」
そうぼやいたところで、ベッド脇のキャビネットにふわりと影がよぎった。
あの、小型のふわふわ魔導機だ。今日だけで既に何度も視線を感じている。
「……あんたさあ、どこまで見てるの?」
魔具はレンズをきゅいっと向けたまま、返事をしない。
「ねえ、まさか……トイレも……」
魔具が軽く、ひと回りした。
「やだやだやだやだ! ゼノさん!?ゼノ!やめてって言ったよね!?『生活の安全のため』って理由が通じる範囲、そろそろ考えて!!」
ミリアは枕を抱えてジタバタ転がった。
けれど――その声に応えるように、魔具のレンズがすうっと閉じられるように光を落とした。
しばしの後、窓辺へ移動し、静かに『監視モード』を解除したらしい。
「……え、今のって……気遣ってくれたの……?」
ミリアはぽかんとした顔で魔具を見つめた。
もしかすると、命令ではなく、ゼノ本人の判断かもしれない。
(いや、まさか……でも、ちょっとだけ……やさしさを感じた……?)
そう思ったら、なんだか少しだけ安心した。
帝国での生活は、まだ始まったばかり。
きっと、この先も面倒なことは山ほどある。
(私の力を、ちゃんと『見よう』としてくれる人がいる)
それだけで、胸が少しだけ軽くなる。
思わず、小さな声でつぶやいた。
「……うん。もうちょっとだけ、この国で頑張ってみようかな」
そう言ってミリアは、静かに目を閉じた。
魔具の小さな羽音が遠ざかり、部屋に静けさが戻る。
今日も、神の声は聞こえなかった。
ただ、ほんの少しだけ――風がやさしく、頬を撫でた。
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