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第05話 帝国の魔導研究都市、初上陸!


 馬車の車窓から見える風景が、徐々に変わっていく。

 広大な森を抜け、舗装された街道へと入った瞬間、ミリアは思わず目を見開いた。


「……え、なにこの石畳、めっちゃ整ってる。馬車の揺れが全然ちがう……!」


 王国では、首都ですら一部の通りしか石畳は敷かれていなかった。

 それも年季が入っており、よく雑草が割れ目から生えていた。


 だがこの街――帝国の魔導都市『レオメル』は、まるで別世界だった。


 整然とした石畳の道、規則的に並んだ魔導街灯、建物の壁には魔力伝導管が埋め込まれ、光を帯びて脈打っている。しかも道端には自動清掃魔具まで設置されていた。


「なにこの、ほこりゼロ空間……え、あたし本当に追放されたの?」


 ボソッと呟いたミリアに、隣で書類を読んでいたゼノが顔を上げる。


「不満か?」

「出たな即答。いや、不満じゃないです。むしろ最高です」


 ミリアはあっさり掌を返した。快適さは正義である。

 馬車はゆるやかに市街地を抜け、やがて城壁に囲まれた研究都市の中枢区画へと入っていった。

 そこは魔導技術に特化した国家直属の研究所が集まる特別区域であり、ゼノが所属する『帝国中央魔導研究機関』もその一角にあった。


    ▽


「ようこそ。ここが君の今後の居住区だ」


 案内された建物は、三階建ての洋館だった。外観からして高級感が漂っており、庭には手入れの行き届いた魔植物が風に揺れている。


 ドアが開けられると、香りつきの空気清浄魔具の匂いがふわりと漂った。


「え……ここって、誰かのお屋敷だったり……?」

「違う……魔導研究機関の『特別居住区』だ。君のために用意した」

「『特別』って、どのくらい特別なの?」

「帝国皇女でも文句を言わない程度の特別だ」

「え、それ、もはや住んじゃダメなやつなのでは?ってか、こわ!なんか怖い!」


 ゼノはあくまで無表情で、「問題ない」と言い切った。

 室内には最新型の魔導式台所、ふかふかのベッド、水晶調整による浴室温度管理機能、さらに書斎スペースと読書魔具まで完備されていた。

 そして、壁際の棚には並べられている神託ノートーーいや、神託ノート?


「……あれ? これ、私の神託ノート……!?」


 追放される直前まで持っていた、分厚い神託記録ノート数冊。

 王国から出るときに捨ててきたはずのそれが、なぜか完璧な状態で並んでいる。


「どこから……?」

「拾った」

「どこで!?」

「城門外。埋まっていた」

「ちょ、ちょっと待って!? もしかして掘ったの!? なんで!?」

「君が書いたものだ。分析に必要だと判断した」


 それで掘るのか。冷静に。


「……うん、まあ。ゼノさんなら、そういうことするよね」


 ミリアはじと目でゼノを見つつ、諦めのようなため息を吐いた。

 なんというか、あまりにも自然に『狂気』をやってのけるのが、この人の通常運転なのだ。


「普通の人なら『捨てたんだから仕方ないね』って言うところだけど、ゼノさんは、『じゃあ掘るか』ってなるんだもんね……。うん、ゼノさんなら……あたりまえか……」


 そう呟きながら、ミリアはもはやツッコむ気力も失い、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。


   ▽


 その夜、ミリアは久しぶりにぐっすりと眠った。


 誰にも責められず、神託を強制されることもない。

 追放のショックも、王子の顔も、今はもう思い出さなかった。


 ただ静かに、風の音と、ベッドのやさしさに包まれて――翌朝、目を覚ましたミリアは、ゆっくりとまばたきをして、天井を見つめた。

 しばらく、そのまま。


「……あれ? なんか……静か?」


 耳を澄ませても、『神の声』が聞こえない。

 風のざわめきも、大地の唸りも、空気の色の言葉も――どこか遠い。


(……そういえば、王都を出たときも、一瞬だけ静かになったんだっけ)


 ミリアは起き上がり、ベランダの扉を開けた。

 朝の風が吹き込み、空は帝国らしい澄んだ青。

 その中で、遠く街を見下ろしながら、ミリアはぼんやりと考える。


(王国の神託が、あんなにうるさかったのって……『場所』が関係してたのかな)


 王都は、古来から神託の根源とされる『聖泉が存在している。

 その真上に大神殿が建ち、ミリアもそこに仕えていた。

 だが帝国には、その『聖泉』にあたるものがない。

 むしろ、神託という概念そのものが希薄で、『魔導技術による未来予測』が主流らしい。


(……つまり、神様がしゃべってくるのは“場所”に左右されてた……?)


 なら、今のこの静けさは――


「……あれ? めっちゃ、快適……」


 ミリアは軽く笑った。

 本来なら、王都を追放された事実に打ちひしがれているはずなのに。

 今、自分はこんなに静かな朝の空気を吸って、満足げに笑っている。


「これ、あたし……『勝ち』じゃない?」


 笑って、つぶやいて、ふわりと手を広げた。


「神様、ありがとうございます。多分これ、私にとっての“人生チート開始フラグ”です」


 その瞬間、風が軽く頬を撫でた。


 どこか、くすぐったくて、気持ちよかった。


   ▽


 午前中、簡単な健康診断や魔力の安定性検査を終えたミリアは、帝国魔導研究機関の館内を軽く案内されることになった。

 案内してくれたのは若い女性研究員。

 笑顔は柔らかいが、どこか緊張が滲んでいた。


「では、こちらが魔導書保管室、そしてこちらが食堂になります……」

「あ、はい……って、あれ?なんか……視線が……?」


 ミリアは館内の廊下を歩きながら、何とも言えない“熱”のようなものを背中に感じ取っていた。

 気のせいではない。すれ違う職員たちの目が、明らかにこちらに集中している。


(な、なにこれ……?顔にごはん粒でもついてる……?)


 訝しげに自分の頬を触るミリアの耳に、ひそひそとした囁きが飛び込んできた。


「……あの子が、ゼノ様が自ら拾ってきたっていう噂の……」

「え、ほんとに?外でスカウトとかじゃなくて、『拾った』んだよね?」

「見た目普通だけど、なんか……神聖圧が不思議なバランスで安定してるって、初期レポートに……」

「ていうか、拾ったってマジだったんだ……ゼノ様、マジで地面から掘り出したって話、ネタじゃないの……?」

(ネタじゃないの!? ネタにされてるの!?)


 ミリアは心の中で絶叫した。

 視線は逸らされていない――むしろ、完全に凝視されている。

 好奇心と、畏怖と、ちょっとした怖いもの見たさが混ざった視線だった。


(え、ちょっと待って……これ、もしかして私『元聖女』ってより『拾われた謎の物体』みたいな扱いじゃない!?)


 ひとまず深呼吸しようとしたが、動揺が勝ってうまく吸えない。

 ついに我慢できず、ミリアは案内してくれていた研究員に、勇気を振り絞って聞いた。


「あの……皆さん、その、私のこと、どんなふうに……?」

「え? あ……あぁ……その……あはは、えーと……」


 研究員は気まずそうに笑ってごまかすが、その時点でほぼ察しがついた。

 たぶん、『ゼノ様が自ら拾ってきた超特異体』くらいのニュアンスで広まっている。

 もしかしたら『魔導的奇跡生命体』とか『流れ着いた神の落とし物』とか、適当なあだ名もついているかもしれない。


(ちょ、ゼノさん!?なにその説明したの!?)


 ミリアはぷるぷる震えながら、心の中で怒りの矛先をゼノに向ける。


(いや、冷静に考えたら、たしかにゼノは『拾った』って言ってたよ!?自分で言ってたよ!?でもそれ、文字通りすぎるから!)


 今ならはっきり言える。

 魔導師ゼノ・クローネという男は、説明という概念に対して根本的に誤解している。


(もう……今度会ったら絶対聞く。ちゃんと『拾った』じゃなくて『発見した』とか『発掘した』とか、もうちょっとマシな言い方に訂正してもらう……!)


 ミリアは胸の中で固く誓った。


 ――だが、それはすぐに叶わない願いとなる。


 その日の午後、廊下で再会したゼノに思い切って言ってみたのだ。


「ね、ゼノさん。私のこと、『拾った』って説明してるって噂、聞いたんだけど……」


 するとゼノは、まったく悪びれる様子もなく即答した。


「間違っていない」

「まちがってないの!?今!?」

「『君を拾った』ことは事実だ。否定する必要があるのか?」

「あるよ!? あると思うよ!? なんでそんな清々しい顔してるの!?」

「他に適切な表現があるなら、提示してくれ」

「えーっと……『偶然出会った』とか……『スカウトした』とか……?」

「嘘になる」

「こわっ!!」


 ミリアは頭を抱えた。

 この男、悪気がないのが一番たちが悪い。


(もうだめだ……このままだと、帝国中に『私は道端に落ちてた謎の生物』って広まる……!)


 だがこの時の彼女は、まだ知らなかった。

 その表現が、後に帝国で『聖遺物級の奇跡的発見』として崇められることになるとは――。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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