第03話 追放されたら自由だった!開き直りからの大解放
城門を抜けてから数時間、ミリアは馬車から降ろされ、舗装された街道の脇に一人立っていた。
「……って、普通そこまでじゃない? せめて街の近くで降ろしてくれればいいのに……」
王都を出たら、あとは勝手にしろ――そんな無言の追放通告を思い出し、ミリアは肩をすくめた。
けれど、怒ってはいなかった。寧ろ――快適すぎた。
「いや、逆に助かるかも。なんか、静かで気持ちいいし!」
空は晴れ渡り、鳥が歌い、風が草原を撫でていく。
王都のざわめきも、権力争いも、裏切りも、侮辱も――すべてが遠い世界のことのように思えた。
そして、なにより。
(やばい……神託の声が……ほとんど、聞こえない)
それが、何よりの救いだった。
耳を澄ませば、まだかすかに『気配』のようなものは感じる。
でも、それは木々のざわめきと同じ程度の優しさで、決して脳に響いてこない。
頭の中が、こんなにも静かで、こんなにも自分だけのものだったなんて――何年ぶりだろう?
ミリアは、ゆっくりと深呼吸をした。
空気が、甘い。
陽光が、あたたかい。
それだけで、身体の奥がじんわりと解けていくようだった。
ふと、足元に転がっていた石を蹴ると、カラン、と音を立てて飛んでいく。
追いかけるように一歩踏み出し、見渡す限りの草原を見上げた。
「……旅、しよっかな。うん、なんか、そういう気分!」
計画なんてない。お金も装備もろくにない。
でも、なぜか足取りは軽かった。
「どうせなら、行き先も決めないで適当に行こ。ほら、よく言うじゃん? 運命の風に身を任せるってやつ!」
誰に言うでもなく独りごち、軽くスキップして草を踏む。
空を見上げれば、雲が流れ、風が吹き、まるでミリアの背中を押すようだった。
まるで『行っておいで』と、誰かが囁いてくれているみたいに。
▽
その夜。
王都から少し離れた森の外れで、ミリアは初めてのキャンプをしていた。
「薪ってどうやって割るの……あ、こう? え、飛んだ!? え、痛い!? ちょっ、待って……!」
焚き火の準備で苦戦しながらも、顔はずっと笑っていた。
火打石の使い方がわからず、石同士をぶつけては火花が出ず、最終的に石で指を打って「痛っ!」と涙目になる始末。
「……まあ、こんなもんでしょ。初キャンプにしては上出来!」
ようやく点いた焚き火の前に、干し肉とパンを置き、ありがたく手を合わせる。
「いただきます、っと」
パンは少し硬く、干し肉は塩辛い。
それでも、今まで食べてきた宮廷料理のどれよりも、美味しく感じた。
(あー……なんか、こういうの、いいな)
焚き火の火がぱちぱちと弾け、空には星が瞬いている。
風がそっと木々を揺らし、葉音が子守唄のように優しく響いていた。
(誰かに決められた未来じゃなくて、自分で選んだ今を生きてるって感じがする)
ミリアはそのままごろりと横になり、草の上に寝転がった。
封印された魔力のせいか、身体は少しだるい。けれど、それすらも今の彼女には『自然』だった。
神託も、使命も、肩書きもない。
ただの『ミリィ』として、今、ここにいる。
――それが、何より嬉しかった。
そんなふうに思っていた、まさにその時だった。
「……っ、なに?」
突如、木々の奥で、パキッと枝を踏む音がした。
ミリアが身を起こし、あたりを見渡す。
森の奥、薄暗い木陰の向こうから――複数の気配が、近づいてきている。
「もしかして……野生動物? え、魔物?いや、でも神託、今静かだったよ?」
慌てて杖、はもう持っていない――代わりに枝を手に取り、身構える。
と、その時だった。
「そこにいるのは誰だ」
低く、冷たい声が闇の中から届いた。
声の主は、黒いローブに身を包んだ男だった。
その背後には、甲冑を身につけた騎士たち。魔力を感じる装備と、整然とした動き。――明らかにただ者ではない。
「っ……何者? 盗賊じゃない、よね? 貴族の人?」
「名を名乗れ。帝国治安監察部隊である。身元の確認を行う」
「えっ……『帝国』……!?」
ミリアは、びっくりして目を見開いた。
あの『帝国』?
隣国で、王国とは異なる魔導技術と軍政で知られる、あの強大国家?
(……ヤバい? 怪しまれてる?)
「私は……ただの旅人ですっ! キャンプしてただけで!」
「魔力の波長が妙だ。腕輪をしているのに、内から溢れているように見える」
「え、それって褒めてるの……?」
ざわつく騎士たちを手で制した男が、ゆっくりと歩み寄る。
ローブの奥から現れた顔は、整った容貌と、冷静な瞳。そして、どこか理知的な雰囲気を纏っていた。
「……お前が、王国から追放された『聖女』か」
その一言に、ミリアは目を丸くした。
「なんで、知って――」
「予兆はあった。王国の神託機能が突如沈黙した。聖女の力が封じられたことは、魔力の流れで分かる」
「……うそ、そんなのまでバレてるの?」
「名は?」
「ミリア・フェルディナンド……です。一応、元・聖女でした」
男は頷くと、懐から小さな水晶球を取り出した。淡く光を放ち、彼女を照らす。
「封印された魔力とは思えぬ。……この精度、使える」
そう言った男の声は、淡々としていた。けれど、その目だけは、鋭くミリアの全身を見据えていた。
「……使えるってなに?人を道具みたいに言うの、その、やめてくれません?」
ミリアがジト目で睨むと、男はまったく悪びれもせずに答えた。
「帝国においては、『価値ある者』に正当な評価と対価を与える。それは礼儀だ」
それってつまり――
「……スカウト? 今この状況で?」
「そうだ。王国では不要とされたらしいが、我々はそうは見ない。むしろ……」
言葉を切った男の瞳が、わずかに細められる。
冷たいはずのその視線に、ミリアはなぜかぞくりとした。
「……手放した王国の方が、馬鹿だ」
「……へぇ」
自分の価値を真っ直ぐに認めるその言葉。
長く忘れていた『肯定』という温度に、ミリアの胸が少しだけ熱を帯びた。
「我が帝国に来る気はあるか?」
その問いは、命令でも誘導でもなく、ただ静かな問いかけだった。
けれど――なぜか、断ったら『次』がなさそうな、そんな気配を感じる。
妙に背筋がぞくっとするのは気のせいだろうか。
「えっと……まず聞いていい? 年俸は?」
「交渉次第。君が望むなら、いくらでも――いや、帝国予算の範囲内で」
途中で修正したのは一応理性的というべきか、それとも本気で言いそうだったからか。
「お風呂は?ちゃんと湯船ある?食事は?おかわり自由?」
「ある。望むなら、専属の料理人と湯使いを手配する」
「寝床は?ふかふかベッドじゃなきゃヤだ」
「……帝国宮廷用のものを用意する」
「うーん、じゃあ――」
ミリアが首を傾げかけたときだった。
「君のような精度の高い神託能力は、他に存在しない」
男が、ぽつりと告げた。
「だから、絶対に――誰にも渡さない」
その一言だけは、ひどく静かで、そして異様に重かった。
「……え?」
聞き返す前に、彼は表情を引き締め、手を差し伸べてきた。
「来るか?」
ミリアは、そのまま即答した。
「行きます!!」
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