第21話 それでも一緒に、生きていく
星見の塔は、静かだった。
帝都の夜景が、遥か下で瞬いている。
風は冷たいはずなのに、ミリアの足取りは迷いがなかった。
この場所には、ひとりの男が――ずっと待っていると、分かっていたから。
「……ゼノさん」
呼びかけに、塔の縁に佇んでいた青年が振り返る。
月光に照らされたその表情は、いつになく静かで、どこか――脆い。
「来てくれたんだな」
「うん。……ちゃんと話したくて」
二人の間に沈黙が流れたあと、ゼノがぽつりと口を開く。
「――君に、謝りたい」
その一言に、ミリアは驚いたように目を見開いた。
「ゼノさんが、謝るなんて……」
「僕はずっと、『管理』していたつもりだった。けれど違った。……それは『恐れ』だったんだ」
ゼノは目を伏せる。
かすかに握られた拳が、震えていた。
「君が遠くへ行ってしまう可能性。誰かに触れられ、誰かに奪われる未来。そのすべてが――耐えられなかった」
「だから、閉じ込めた?」
「神託も、生活も、すべて把握して。周囲も、感情も、不要な接触と見做して」
「……ああ。そうだ」
その声は、ひどく静かだった。
冷徹でも、理知的でもない。
ただひとりの男の、むき出しの――執着。
「僕は、君が笑っているのを見るたびに怖かった。その笑顔が、いつか僕以外に向く気がして――他の誰かに与えられるのが、怖くて、苦しくて」
「……ゼノさん」
ミリアは一歩、近づいた。
「あなたのそういうところ、最初は『怖い』って思ってた。『異常だ』って、思ってたよ。ほんとに」
けれど――そこで笑う。
「でも、それでも。そんなあなたが、誰より私を“見ていてくれた”ことも、ちゃんと分かってる」
ゼノが、はじめて顔を上げる。
「……君は、離れたほうがいいと思っただろう。僕のような人間からは、逃げるべきだ」
「ううん。私は、選ぶよ」
ミリアの声は強く、そして優しかった。
「怖くても、迷っても。私は選ばされる側じゃなくて、自分で選ぶ側でいたいの……だから私は、ゼノさんと並んで――これからを、一緒に生きていくって、決めたの」
ゼノの目が大きく見開かれる。
あの冷静な瞳が、ほんの少し、潤んだようにさえ見えた。
「……僕は、壊してしまうかもしれない」
「壊れたら、一緒に直せばいいよ。今までだって、あなたが『守る』ことばかり頑張ってくれたから。これからは、一緒に築くってことで、どう?」
ゼノの足元が、わずかに揺らぐ。
恐怖にも似た顔で、彼は問いかける。
「……僕を、『選ぶ』ことが、君の幸せになると思えるのか?」
ミリアは、笑った。
あの日、王都を出た朝と同じように、けれどそれよりずっと――強くて、あたたかい笑顔で。
「『選ぶ事』が、私の幸せなんだよ。そしてその選択肢の中に、あなたがいる……それが、今の私にとっての、誇りなんだから」
ゼノは、何も言えなかった。
けれど、次の瞬間――ミリアがその胸に、そっと額を預けた。
「だから、もうちょっと安心してよ。……ちゃんと、傍にいるから」
「……っ……」
小さく、震える呼吸が聞こえた。
その夜、星見の塔で抱き合う二人を、月が静かに照らしていた。
そして、風が神託ノートをめくる。
――……急接近、完了
――次の進展は、本人たち次第。見守る体勢に入ります。
――あと、ノエルくんはそろそろやめ時を探してるかも。胃薬切れ
ミリアはそれを見て、くすっと笑った。
「ねえゼノさん……この先の未来、神様も『予測不能』なんだって」
「それは――楽しみだ」
ゼノは、はじめて微笑んだ。
それは、支配でも監視でもなく、
対等な絆の始まりを意味する、最初の本物の笑顔だった。




