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第17話 ミリアの告白(未遂)


 帝都の夜は、静かで穏やかだった。

 けれど、ミリアの胸の中だけは、まるで真夏の嵐のようにざわついていた。


 場所は、星見塔――帝国中央機構の最上階に設けられた天文観測施設。

 この夜。


「神託の波動を観測するには夜間高所が適している」


 と、ゼノが言い出し、ふたりきりでここに来たのだ。


 視界を遮るものはなく、帝都の灯が地上に煌めいていた。

 空には星々。風は涼しく、静かで。


(……完璧な、ロマンチックシチュエーションなのに……!)


 ミリアは塔の縁に腰かけながら、自分の神託ノートをじっと見つめた。

 今朝、突如書き込まれた“お知らせ”がそこにある。


 ――本日、急接近します

 ――キスの可能性:高

 ――告白未遂の可能性も高

 ――ティーカップ、割ってないので未来は開いてます。頑張れ☆


(――最後の☆が一番腹立つ)


 神託が本当に『神』の言葉なのか、ただの悪ノリした超越存在なのか、最近ますます分からなくなっていた。


「……なにを見ている?」


 ゼノの声がすぐ横から聞こえた。

 彼は塔の縁に立ち、遠くの地平線を見つめていたが、ミリアの手元にも目をやっていたようだ。


「……べ、別に!ただのメモ!メモです!日記とかじゃないよ!?神託関係だよ!?」

「その緊張した態度が逆に怪しいな」

「怪しくないもん! っていうか! あのねゼノさん、ちょっと話したいことが――」


 そう言いかけた瞬間、ゼノの横顔がふとこちらに向いた。

 その瞳に――何か、迷いのような、けれど強い熱が宿っているのを感じた。


「ミリア……君に言わねばならないことがある」


 彼の声は低く、静かで、そして何より――決意に満ちていた。


「……君の力。神託。それは、この帝国にとって計り知れない価値を持つ。だからこそ、僕は最初、君を『観察対象』として扱った」

「……うん、知ってる」

「だが、今は違う……僕は、君を『縛りたい』と、思っている」

「………………」

「……君をどこにも行かせたくない。誰にも渡したくない。どんな情報も、どんな感情も、誰にも覗かせたくない。そのためなら、僕は――何だって、すると思う」


 ミリアは息をのんだ。

 それは、間違いなく『告白』だった。

 けれど同時に、それは――とても重たく、危うく、支配に似た“宣言”でもあった。


「……それ、好きってこと……なの?」

「……わからない。ただ、『離れてほしくない』という感情だけが、日々強まっている」

「そっか……」


 ミリアは、しばらく黙った。

 心の中で、神託ノートの予言を思い出す――急接近、キスの可能性、告白未遂。


 今まさに、そのどれもが現実になりそうで。


(怖い)

(でも、嬉しい)

(ゼノさんが、こんなにも私のことを考えてくれてる――それは、ちゃんと、届いてる)


 だが、今のままでは、その“気持ち”の上に立つにはまだ足りない。


「……ねえ、ゼノさん」

「なんだ」

「私ね、誰かに“縛られる”のは……本当は、ちょっと苦手なんだと思う」


 ゼノが少しだけ眉を動かした。


「でも。自分から“誰かのそばにいたい”って思うのは、すごく幸せなことだとも思うんだ」

「……ミリア」

「だから……もう少しだけ待ってて」


 ミリアは微笑んだ。


「わたしのほうからそばにいたいって、ちゃんと言えるまで……あなたが“縛りたい”って言わなくなるくらい、好きになるまで」


 ゼノはしばらく無言のまま、ただ彼女の顔を見つめた。

 その視線には、困惑と、葛藤と、けれど深い安心が混ざっていた。


「……了解した、それまで、君の意志を尊重しよう」

「うん……ありがとう」


 そして、ふたりの間を、夜風が静かに通り抜けた。

 手は、まだ繋がれていない。

 言葉も、すべては交わしきれていない。

 けれど、心は少しずつ、確かに――歩み寄っていた。


    ▽ 


 その夜、神託ノートの端っこにはこう書き加えられていた。


 ――未遂だけど進展。うむ、良きかな☆

 ――次回は、ついに『あれ』が発生します。運命のカウントダウン、開始☆


「『あれ』って何!?ぼかさないで!せめてヒントくらいちょうだい!!」


 星見塔に響くミリアの叫びに、神様からの返答は――なかった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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