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第14話 もう戻らない。だって、追い出したのは――あっちでしょ?


 帝都・中央官庁の迎賓室は、絹張りの壁と無音の空気に包まれていた。

 豪奢だが無駄のない空間。格式の中に、静かな緊張が漂っている。

 帝国側の高官たちが整然と並び、その中央には、ゼノ・クローネが立っていた。

 その横に並ぶのは、帝国正規登録された特別観測者――ミリア・フェルディナンド。


 向かいには、王国の公式使者。

 よく通る声で、儀礼的な微笑みを浮かべながら、一枚の巻紙を差し出した。


「――こちら、我が国第一王子アルベルト殿下より、『聖女殿』宛の召還状でございます」


 丁寧な言葉の裏に込められたのは、『命令』という事実。

 王国は、あくまで「当然の権利」として、それを突きつけてきた。


「……は?」


 ミリアは一瞬、耳を疑ったように呟いた。

 隣でゼノが目を細め、無言のまま書状を受け取ることなく、使者を見据える。


「――君を『返せ』と言っている」


「……はあああああああ!?」


 盛大に跳ね上がる語尾。

 ミリアは勢いよく一歩踏み出し、テーブル越しに身を乗り出した。


「追放したの、そっちじゃん!?『神託が外れた』って言って、聖女の称号も奪って、婚約も破棄して、神殿からも追い出して!『もう顔も見たくない』って言ったんだよ!?」


 使者がたじろぐ。

 彼女の怒気には、激情ではなく“正当な怒り”が宿っていた。


「そ、それは当時の政局と判断に基づいた――」

「黙れ」


 その一言で、空気が変わった。

 ゼノが、わずかに声を低くして言い放つ。


「帝国の研究機関所属者に対し、無断で帰還命令を出す行為は明確な『干渉』だ。よって今後、貴国の行為はすべて外交監視対象とする。次の無断接触があれば、『敵対行動』と見做す」


 静かな声だった。だが、空気を裂くような冷たさがあった。


「……本件は、追放された人物を、都合よく再利用しようとした――そう解釈してよろしいか?」


 ゼノの言葉に、帝国の官僚たちがうなずく。


「聖女ミリアは、帝国に帰属する重要魔力資源である」

「再び囲い込もうとするのなら、それ相応の『代償』が発生するだろう」

「……王国は、正気なのか?」


 次々に向けられる冷ややかな非難に、使者は冷や汗を浮かべる。

 ミリアは深く息を吸い、まっすぐに使者を見た。


「はぁ……私は、戻る気なんてないよ」


 その言葉は、冷静でありながらもはっきりとした拒絶だった。

 胸を張って告げるその様子に、もはや『聖女』というより意思を持つ『個人』の強さが滲む。


「だって、私は――追放されたんだから」

「……!」


 言い逃れも、言い訳も、もう通用しない。

 王国が見下した“役立たずの聖女”は、今や他国で“国を救う戦略資源”とされていた。

 そしてゼノが、静かに一歩前へ出る。


「……彼女は、もう君たちのものではない」


 銀色の瞳が、まるで氷の刃のように細くなる。


「だから――彼女に触れようとするなら、国家としての『責任』を取ってもらう」

 

 その日の午後、王国使者は何も得られぬまま送還された。

 帝国大使館を通じて送られた通告には、こう明記されていた。


『帝国聖女ミリア・フェルディナンドは、王国とは無関係の存在である。今後一切の干渉を禁ずる。違反があった場合は、敵国認定を視野に入れる』


   ▽



 王国の使者が退室したあとの迎賓室。

 贅沢な調度が並ぶ部屋の中に、静かな沈黙が残された。

 ミリアはどっと疲れが押し寄せたように、椅子に深くもたれた。


「……びっくりした。本当に来るとは思わなかったなあ……あいつら」


 手に汗を握っていた緊張が、ようやくほどけていく。

 だが、隣に立つゼノは、いつもの通り冷静そのものだった。


「想定通りだ。王子という男の判断は、過去の言動からして予測可能だった」

「『あれだけの仕打ちをしておいて、都合のいい時だけ戻ってこい』って……どの口で言うんだか」


 そう呟いたミリアの声には、怒りよりも呆れが混じっていた。

 するとゼノが、珍しくほんの僅かに口角を緩めた。


「……ならば、君の希望通り『ざまぁ』を実行する。外交的、軍事的、経済的に――順を追って」

「……お、おう……!?」


 思わぬ本気の返答に、ミリアは反射的に身を引いた。


「ちょっと待って、そんなに本格的にやるつもり!? なんか想像以上に重いよ!?私が行おうとしている『ざまぁ』は、もっとこう……カフェのスイーツくらいの軽い気持ちだったんだけど!?」

「必要な措置だ。彼らに“君を失った重さ”を理解させるには、それが最も合理的な方法だ」

「だから、その『合理性』を前提に語らないで!?ちょっとくらい、人道的な……迷いとか……配慮とか、あってもよくない!?」


 ゼノはすっと目を細め、静かに言い切った。


「――君に関する件において、迷いはない」

「うわあ、またすごい断言されたぁ!!」


 思わず両手で顔を覆うミリア。


(……ほんとにもう……この人、『感情の温度』が極端すぎるんだよ……)


 


 でも――なぜだろう。


 そんな“怖いほどの本気”に触れるたびに、心の奥底が、静かに温かくなる。

 恐怖とも違う、誇らしさと安堵がじんわりと湧き上がるのを、ミリア自身、否定できなかった。


(……私、今はちゃんと、必要とされてるんだ……ただの『聖女』としてじゃなく、『私』という人間ごと)


 ふと視界の端に映ったゼノの横顔が、思ったより近くて、ミリアは不意に視線を逸らした。

 距離感が近い。物理的にも、心の面でも。


「……やっぱ、『急接近します』って、あの神託……ちょっと当たってたのかも……」

「何か言ったか?」

「なんでもないです!はい!」


    ▽


 その日の夜。

 ミリアはベッドに腰を下ろし、いつものように神託ノートを開いた。

 ページをめくる指先が止まる。来た――神託の波が、はっきりと意識に降りてきた。

 神託が訪れる時の感覚は、今ではもう馴染み深いものだ。

 でも、今夜のそれは――やけに明瞭で、妙に軽い口調だった。


 ――東より風、南に揺れる。城壁に裂け目。西へ備えよ》

 ――そして、『ラブコメ的進展』は近日中に発生予定。心の準備を忘れずに》


「――……は???」


 思わず声が出た。

 前半はいい。重要な防衛神託。帝国の危機を知らせるやつ。

 問題は後半である。


「ちょっと待って!? ラブコメ進展って何!?え、神様!?あんた、絶対わざと混ぜたよね!? 仕事と遊びの境界、曖昧すぎない!?」


 しかし、神の声はその後ぴたりと止まった。

 まるで『後は自分で考えて☆』とでも言うように。

 ミリアはぷくっと頬を膨らませながら、枕に顔を埋めた。


「……これ、絶対『急接近』がまたあるやつだ……ほんと、お願いだから、『そういう方向』の接近は予告して……心臓がもたないから……!」


 けれど――心のどこかでは。

 ほんの少しだけ、『進展』という言葉に期待してしまう自分がいた。


「……期待してない、してないったらしてない。ゼロです、ゼロ期待です……」


 そう呟きながらも、神託ノートの余白には、ひとつだけ書き足されていた。


 ――進展フラグ:回避不可(がんばって☆)


「神様、悪ノリすぎ――!!」

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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