第12話 神託は静かに、しかし確かに
その朝、ミリアは目を覚ますと同時に、何かが脳裏をかすめた。
(……ん?)
枕元に置いた神託ノートを手に取ると、目を閉じて呼吸を整える。
長く息を吸い、吐いた瞬間、『神託』が頭の中に響く。
――地鳴り、北より。地底の龍が身を捩る
――振動は三つ、衝撃は九つ。大地に走るは裂け目
――『聖地バラディオ』は、祭壇を沈める恐れあり
――……あと、山の小動物は逃げ出すので注意
――それとゼノ氏との関係、近日中に距離が急接近します。お楽しみに☆
「……えっ? 今、なんて言った?」
耳を疑ってもう一度耳を澄ますが、もう神様の声は消えていた。
「『距離が急接近』って、どの意味で!?どういう意図!?予言なの!?フラグなの!?」
ミリアはベッドの上で軽くパニックになりながらノートを殴り書きする。
(これ……報告するべき?しないほうがいい?いや、でも仕事だし……)
混乱しつつも、真面目さが勝って報告することを決意するミリア。
(ゼノさんに言ったら、どういう反応するんだろう……)
「『神託に私たちの距離が急接近って出たんですけど』なんて言ったら……絶対怖い笑顔で『興味深い』とか言われるやつじゃん……!」
予言された『急接近』が精神的な意味なのか物理的な意味なのか、それとも両方なのか――ミリアにとっては、すでに一大事である。
▽
「北部域、地震の可能性あり。振動は三段階。バラディオ周辺の地盤注意」
報告を受けたゼノは、即座に動いた。
「予知ではない。『神託』だ。精度100%。直ちに防災体制を」
「わ、分かりました!」
魔導研究都市レオメルの災害対策部門、魔力制御班、地脈解析班が即時招集された。
「神託、って……あの聖女様の?」
「聞いたことある。『うるさすぎて黙ってた』とかいう伝説の」
「本当に発動したのかよ……!」
だが、その信頼性は――数時間後に証明される。
▽
その日の昼過ぎ、帝国北部の『バラディオ聖地』で、確かに地鳴りが発生。
が、事前の避難と結界配置により――人的被害ゼロ。
「……本当に来た。しかも、予告された通り“三段階”で」
「揺れの規模も一致。祭壇周辺の崩落も予測線通り……」
「……あれが、神託の力か……!」
帝国の防災本部は一時騒然となった。だがその混乱の裏側で、ある者たちの『評価』が変わり始めていた。
▽
翌日。帝都中枢、防衛会議室。
「――『聖女ミリア・フェルディナンド』は、今回の地震予知において重大な貢献を果たした」
軍務長官がそう言い切ると、周囲の貴族・軍人・魔導官たちが一斉に頷いた。
「国家戦略資源……まさしくそれに相応しい存在ですな」
「いかなる環境下であっても、神託を当てるとは……」
「帝国が得た最上級の『外交カード』では?」
「いや、『戦略抑止力』だ。聖女を手放すなど、もはや選択肢にない」
ざわつく声に、ミリアは肩をすくめて小さく呟いた。
「……これ、褒められてるんだよね……?」
そのとき、静かに一人の男が口を開いた。
「――必要以上の期待や詮索は控えていただこう」
ゼノ・クローネ。帝国魔導管理局の筆頭。
冷徹な分析官であり、ミリアの“スカウト主”。
「彼女は、帝国に属する存在だ。これ以上の『取引材料』でも、『手柄の対象』でもない」
その声は冷静で静かなのに、空気の温度が一気に変わる。
(うわ……また言い切ったよこの人)
ミリアがそっと目を伏せたとき、誰かが小さく言った。
「……つまり、『聖女様には指一本触れるな』ということか……」
「これが帝国式の『囲い込み』ってやつか……」
「いや、たぶんこれは『個人の執着』だろう……」
「だから! そういう言い方が怖いってばああああ!!」
ミリアのツッコミが、帝国会議室に響き渡った。
▽
会議後、ミリアはゼノとふたりきりの廊下を歩いていた。
「……あの、帝国に属する存在って表現、ちょっと物騒じゃない?」
「法的保護下にあるという意味だ」
「うん。言い方だけ柔らかくしてくれると嬉しい」
「検討する」
また『検討』止まりだ。実行はされないと知っている。
「でも、神託が評価されたのは……ちょっと、嬉しいかも」
ぽつりと言うと、ゼノは一瞬だけ足を止めて彼女を見る。
「君の力は、帝国を守るものだ。誰にも否定させない」
「うわー、それも言い方が物騒ー」
けれど、声は少し、嬉しそうだった。
(……これからは、ちゃんと『価値がある』って思ってもらえるのかな……いや、ゼノさんには最初から『異常』なほど思われてたけど……)
ミリアは、帝国の空を見上げる。
あの空は、もう濁っていない。
神託の声も、今日は澄んでいる。
――それだけで、少しだけ、生きるのが楽になる気がした。
その瞬間――ふいに、耳元で神様の声が囁いた。
――あ、そうそう。今日あたり“距離”縮まるから気をつけてね?
――物理的にも精神的にも、急☆接☆近!フラグ回収です!ファイト!
「……出た……!?今来る!?こんな場面で!?」
思わず小声で呟いたが、当然ゼノには聞こえていた。
「神託か?」
「やっ、や、なんでもないです! 今のはその、ちょっとしたノイズっていうか!」
――と、その時だった。
ミリアが足元の段差に軽くつまずいた瞬間。
「わっ」
体が前のめりになったのを、ゼノが即座に抱き止めた。
「っ……!」
ぐっと、彼の腕が腰に回る。思ったより近い。近すぎる。
「……大丈夫か」
「だい、じょ、ぶ……ですけど……!!」
心臓が煩い。
目の前にはゼノの顔。表情は冷静だけれど、瞳が――やたらと真剣だった。
「不意に距離を詰めるのは危険だ。君の体重配分を考慮した防護姿勢を設計しておく必要が――」
「え、ちょ、待って! 分析始めないで!? 今はそういう場面じゃない!!」
(ああもう……! 神様……やっぱりあなた、わざとでしょ……!?)
腕の中でミリアはじたばたと抵抗するが、ゼノは動じない。
むしろ、そっと耳元で一言――
「……次にバランスを崩す時は、もう少し前もって教えてくれ」
「言うかあああああ!!」
▽
その夜、神託ノートの片隅には、こう記される。
――2025年6月×日:神託的中。ゼノ氏と物理的急接近。神託精度:100%。ただし心理的ダメージも100%。神様ほんと勘弁して
読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




