第11話 神託の声が消えた日
――空が赤い。
正確には、西の空が、妙に濁った赤黒い雲に覆われている。
季節外れの気温上昇。突然の雹。農地の壊滅報告。
それらが立て続けに起きるようになったのは――ほんの数週間前からだった。
第一王子・アルベルト・ディ・リュクレールは、玉座の間の窓辺に立ちながら、重々しく眉をひそめた。
「……神託の報告は、まだか?」
「は……聖女殿は、ただいま体調不良で……儀式中に倒れられました」
「またか」
苛立ちが声ににじむ。
だがそれをぶつける相手は、もうこの王宮にはいない。
『前任の聖女』――ミリア・フェルディナンド。
彼女が『神託を語らなくなった』として『魔力封印』・『追放』されたのは、ひと月前のことだ。
「神託が聞こえすぎて疲れてるなどと、詭弁を並べていたが……」
そのときはそう判断した。
神託を語らぬ聖女など役立たず。そう断じたのは、自分だ。
しかし。
「殿下……各地の報告をまとめたものです」
側近が差し出した報告書の束には、信じがたい言葉が並んでいた。
――魔族出現の兆候あり
――南方の疫病流行、通常薬効かず
――北の火山帯に地震活動活発化
――水の精霊の沈黙、祭壇の拒絶
「……どういうことだ。精霊祭壇が『拒絶』?」
「は……精霊魔術師たちによると、『神託の器が欠けた』状態とのことです。どうやら、王国の神託系統が完全に沈黙状態にあるようで……」
「馬鹿な……代替の聖女がいるはずだ」
「……その件ですが……代替の聖女候補――レイナ・リヒト嬢は、昨夜の神託儀式で気絶。以降、魔力回路が混線状態で、呂律も回らないとの報告が」
「…………」
アルベルトのこめかみがぴくりと動いた。
「要するに――今、王国には神託を担える者が『いない』と?」
「……はい」
部屋に重い沈黙が落ちる。
それは、王国という存在そのものに伸びる、崩壊の影だった。
「殿下……」
ひとりの老臣が、恐る恐る口を開く。
「なんだ」
「……前任の聖女を、あのような形で追放なさったのは……少々、拙かったのではないかと……」
その言葉に、アルベルトの目が細くなる。
「彼女は神託を語らなかった。王国の公務に背いた。だから処分した。それだけだ」
「ですが……実際には、魔族の兆候も、地震の発生も、彼女が記した神託ノートに記されていたと……」
「……誰が、それを言っている」
「聖堂に残された記録を一部回収した神官たちが……」
「記録だと?神託ノートの一部を『勝手に』回収したというのか?」
声のトーンが落ちた。
「……っ、いえ、その、非公式なもので……」
「全て破棄しろ。ミリア・フェルディナンドは『偽りの聖女』として追放された。今さら記録の真偽を問うことに、何の意味がある」
側近たちが一斉に押し黙る。
だが、その沈黙がすでに――王子の判断ミスだったのでは?という疑念そのものを肯定していた。
(神託の精度……100%……)
ふと、記憶の片隅に、ミリアの書き記していた“無数の神託”がよぎった。
(……馬鹿げている。あれは妄言の連なりだ)
そう言い聞かせる。
だが、もし――あの神託が、全て『真実』だったのだとしたら?
(……いや)
彼は、そこで考えるのをやめた。
今さら何を悔いても、彼女はもうこの王国にはいない。
追放したのだ。
王子であるこの自分の命令で。
(……あれは、正しかった。間違ってなどいない)
けれど、その思考に、確信はなかった。
なぜなら、――王都の空は今日も赤く濁っていた。
(……ミリア。お前は、どこにいる)
▽
一方その頃、帝国・レオメル魔導都市――ミリアは、ふかふかのベッドで朝寝坊していた。
「んー……お風呂あとにしよ……」
神託の声?今日はお休みです。
神様のほうも気を遣ってくれたのか、最近は起きてすぐ神託ドーン!みたいな無茶はなくなっていた。
帝国の生活、やっぱ最高。
あんな国、出て正解だった――なんて、本人は心底から思っている。
そんなことをつゆ知らず、王国の第一王子は、今ごろ重たい決断を迫られ始めていた。
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