第01話 婚約破棄と追放命令!役立たず扱いの聖女
厳かな鐘の音が、大理石造りの大神殿に響いていた。
天井には天使のステンドグラス。神託の光を司る聖なる意匠が、ゆっくりと朝日を受けて輝いている。
その光の下に、ただ一人、ひざまずかされた少女がいた。
ミリア・フェルディナンド。王国が認めた『聖女』であり、王太子の婚約者でもある少女。
しかし今、その身に纏う純白の祭服は、まるで罪人に着せられた絹のようだった。
「――聖女ミリア・フェルディナンドよ」
声を発したのは、壇上に立つ一人の青年。整った金髪に、鋭い碧眼。誇り高い王子の顔に、いまは冷笑が浮かんでいる。
「お前を聖女の座から罷免する。そして、王太子アルベルト・イグナスとの婚約も、ここに正式に破棄する」
その宣告に、殿内がざわめいた。集まった神官たち、貴族たち、騎士団長たち――すべての者が、好奇と嘲笑の入り混じった視線でミリアを見下ろしていた。
「その理由は明白だ」
アルベルトは、ひとつため息を吐き、わざとらしく手を広げる。
「お前の【神託】は、何一つ当たらなかった。『魔族が目覚める兆しがある』などと不吉な言葉ばかりを呟き、肝心な時には黙り込む……聖女としての資質を、完全に欠いている」
(――ああ、始まったなぁ……)
ミリアはうつむいたまま、心の中で静かに呟いた。
(魔族の兆し、あるんですけどね……)
けれど、口には出さない。
出しても、どうせ誰も聞かない。王太子がそう断言した瞬間から、もう『真実』など無意味なのだ。
「黙っていれば神の声が聞こえるとでも? 滑稽なことだ」
アルベルトは見下すような笑みを浮かべた。
「民は希望を求めている。だが、お前は沈黙し、未来を語らず、神託を閉ざした。これでは聖女ではなく、ただの人形だ」
「……私の神託は」
ぽつりとミリアが口を開いた。
「語るには……内容が多すぎて。混乱を避けるために、慎重に選別を――」
「言い訳は無用だ」
アルベルトが声を張り上げ、ミリアの言葉を遮った。
「神の声が聞こえすぎて困っていた?そんな馬鹿げた話があるか!」
(本当に困ってたんですけどね。四六時中、夢の中でも話しかけてきて、わたし……三日寝てませんよ?)
とは、もちろん言わなかった。
王太子の後ろで、白髪の大司教が顔をしかめたまま沈黙している。神官長も、見て見ぬふりを決め込んでいるようだった。
嘗て、彼らはミリアの神託にひれ伏し、その言葉ひとつで税制や軍の動きが決まったこともあった。それが今では、どうだ。
掌返しとは、まさにこのことだ。
「お前のような偽物の聖女には、もはや魔力も資格も必要ない」
アルベルトが取り出したのは、銀製の魔法具――封印の腕輪だった。
「これは、お前の魔力を完全に封じる。明日の朝には王都を出て、二度と戻るな」
空気が凍りついた。
――もはや、これは追放というより、粛清。
ミリアの手首に冷たい銀の輪が装着される。
チリ、と音がして、身体の奥にある魔力の流れがぴたりと止まった。
しかし、それでもミリアは叫ばない。泣かない。ただ、静かに目を伏せ、唇を引き結んだ。
(ああ、また聞こえてきた)
ふと、頭の奥に響く神の声――否、『声の奔流』が流れ込んでくる。
――東の海が騒ぎ始めた
――大地が七度揺れる兆し
――夜明けに空が裂ける
――魔族、目覚める
(……うん、うるさい。ちょっと黙って)
思考の中でそう返すと、声はますます大きくなる。
そのため、ミリアは頭を押さえながら、そっと目を開けた。
誰一人、彼女の苦悩に気づいてはいなかった。
「では、新たな聖女候補を正式に迎えよう」
アルベルトの言葉とともに、会場の奥から一人の少女が現れた。
柔らかい金髪に、媚びるような微笑。
かつてミリアの侍女であり、現在は貴族家に養子入りした『レイナ・リヒト』。
「本日をもって、レイナ・リヒトを次期聖女候補として任命する」
拍手が起こる。歓声が上がる。
王子と新たな聖女。美しい並び。賢王と清らかな巫女。絵に描いたような『理想』の姿。
その場にいる全員が、それを信じて疑わなかった。
(ふーん)
ミリアは静かに目を細めた。
(神様、言ってたよね……『レイナには力がない』って)
そう、神託は教えてくれている。
あの少女は、聖女の器ではない。
人を騙す笑顔と、計算だけの言葉。神の声は、彼女を拒んでいる。
けれど、それを言ったところで、誰も信じはしない。
だから、ミリアは何も言わない。ただ、少しだけ、微笑んだ。
まるで、何もかもお見通しとでも言うように。
その瞬間、天井のステンドグラスから差し込む光が、まるで彼女の頭上を祝福するかのようにきらめいた。
一筋の光が、静かにミリアの肩を照らす。
それは、誰にも見えない神の祝福。
王国が見捨てた『本物の聖女』に、唯一、神だけが手を差し伸べていた。
読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!