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第17話 見定める者達_03

 午後の授業が終わってしばらく。

 終業を告げる鐘の音が敷地全体に響き渡る中、学院教師のクライブ・ノアは何やら思案しながら新校舎の廊下を歩いていた。


「あ、クライブ先生だ。お疲れ様です」


「ああ、お疲れ」


「クライブ先生! 今日の夕食一緒に食べません?」


「ありがとう。だが今日は忙しくてね。またの機会で頼むよ」


 すれ違う生徒──主に女子生徒から度々声を掛けられ、彼は都度、にこやかに返答する。


 クライブは学院の教師の中ではかなり生徒から慕われている方だった。

 Fクラスの担任、といっても昨年までは全学級の授業を満遍なく受け持っていたため、主に二年生と三年生からしたら馴染み深い教師の一人。その上若くて顔が良いため、その人気はある意味当然の産物と言える。


 女性生徒からの黄色い声は彼にとって日常だった。

 さらりと受け流すのも最早慣れたやり取り。何なら生徒側もクライブと喋る口実がほしいだけであり、本気で食事に誘おうとは思っていない節がある。


「おや? おやおやおや? これはこれはクライブ先生!」


 廊下の角を曲がった時、聞きなれた同僚の声が聞こえてクライブは足を止める。

 幼児かと見紛うほどの小さな背丈に、特徴的な栗色のショートボブを揺らす女性教師。セリーナ・メイフィールドだ。


 彼女は少し離れた位置からてくてくと歩み寄ってきた。

 いつ見ても彼女の外見は子供のそれだがすでに三十路近いという。人体の神秘を目の当たりにしているようで、クライブはいつも感心してしまう。


「ミス・セリーナ。今日も相変わらずお小さい」


「むっ!! なんでいつも出会い頭に子供扱いするんですか! 怒りますよ!」


「それは失敬。癖なもので」


「言いながら頭撫でないでください! こらっ!」


 セリーナはぶんぶんと腕を振り回しクライブの手を払い退ける。そんな姿もまた完全に駄々っ子の子供であるため、ついついからかいたくなってしまう。

 彼女とは教員室で机が隣なこともあり、教職に就いた当時から何かと話す機会も多かった。今ではこうしたやり取りは日常風景の一部になりつつある。


 頬を膨らませながら不満げに唸るセリーナは、ふと思い出した様子で顔を上げる。


「そういえばFクラスの子たちはどうですか? 癖のある生徒さんみたいですけど」


 尋ねられたのは今年からクライブが担任する生徒たちについてだ。

 学院ではFクラスの存在自体が稀だ。教師たちの間でもこれからの動向が気になっている者は多かったりする。


「良くも悪くも『らしい』生徒ですよ。一部例外もいますが」


「例外?」


「ええ。ティフィラム家のご息女に関してはFクラスが故に浮いている。無論、平等に扱いますがね」


 言いながらエリアナの顔を思い出す。──結局午後の実習授業で彼女が勝つことは一度もなかった。

 一戦目に関してはいい動きが出来ていたと思うが、『平民に負けた』という事実がよほど効いてしまったのだろう。レンカ・シンゲツとの二戦目は明らかにメンタルがついて行っておらず、散々であった。

 彼女の立場を思えば同情するが、かといって特別扱いはできない。これからの励みに期待したいところである。


「ティフィラム家といえば王国西部のティフィラム領を収める貴族ですよね」


「魔法の血統だけで貴族の位を得られる昨今、正しく領地を所有している古くさい貴族は珍しい。彼女も、本来は次期当主として親の元で学ぶ手筈だったそうですが、本人が無理を言って学院に通っているようです」


「えっ。じゃあFクラスに入れられたのって……」


「バスク・ティフィラム現当主の嘆願だとか。領主としては学院なぞさっさとやめてほしいのでしょう」


「はぇ~なんか大変そう……ってあれ? 確かティフィラム家の娘さんって何年か前に病気で亡くなったみたいな話ありませんでしたっけ?」


 釈然としない様子で首を傾げるセリーナ。

 その話はクライブも知るところだったが、彼は興味なさげに首を振った。


「後継ぎ候補の姉妹がいたか、二人目を生んでいたか。どちらにせよ領地を治めるほどの貴族には混み入った事情もあるのでしょう。我々としては教育の場を提示するだけです」


「お家事情も大変なのに担任がクライブ先生だなんて……私だったらゲボ吐きそうです」


「おや。これでも私は生徒に人気なのだがね」


「どうせみんな顔しか見てないんですよ。顔しか! 私の方が絶対いい先生してるのにっ! なんで生徒のみんなまで私を見守るような視線で見てくるんですかね!?」


 それはそれで生徒に慕われているのだとは思うが、その辺に関しては何を言っても文句が返ってきそうなので余計なことは言わないでおく。

 代わりに質問を返しておくことにした。


「ところで、そちらもそちらで大変なのでは? 今年はFクラスの影に隠れがちですが、Eクラスも毎年曲者が多いでしょう」


 目の前のちびっこ教師は新入生のEクラス担任であった。成績でいえば一番下位の学級だが、それゆえ性格に難があったり良くも悪くも個性が強かったりと、手間のかかる生徒が毎年多い印象がある。

 ──しかし以外にも、問われたセリーナは自信あり気にほくそ笑んだ。


「ふっふっふ……ところがどっこい。今年のEクラスは粒揃いですよ! なかなか面白い子が揃ってます」


「ほう?」


 セリーナの言葉に思わず興味を惹かれる。

 冗談っぽく言ってはいるが、同僚として、彼女の見る目は確かだとクライブは認識している。根拠のない自信だけで生徒を高く評価する教師ではない。


「確かに魔法の成績がいまいちな子は多いですが、みんな光るところがあります。少し気は早いですが、今年の『紅月祭』ではチームに選ばれる子もいるんじゃないでしょうか」


 腰に手を当てながら自慢でもするように語るセリーナ。

 彼女がいう『紅月祭』とは、半年ほど先に王都アティエル全体で催される大規模な祭典のことだ。そのイベントの一環として、学年問わず自由にチームを組んで参加できる魔道武芸大会がある。基本的に実力に自信のある生徒ばかりが参加するためEクラス生徒が名前を連ねることは滅多にないのだが……彼女がこれだけ自信を持っているならその通りなのだろう。


「ですから……ふふふ。聞いてますよ『交流戦』の対戦相手。悪いですがうちのEクラスが勝たせてもらっちゃいますから!」


 ビシィッ! とその小さな手でこちらを指差してくる。なぜ彼女がマウントを取ってくるのかは不明だが、たぶんそれぐらい自分の担任する生徒に愛着があるのだと思う。

 だがクライブが動揺することはなかった。

 あの三人を信頼している……というわけではないが、午後の授業であの子たちの実力を見させてもらった限り『学級課題』に関してはさほど心配いらないという結論をクライブは出している。

 少なくとも個の戦闘能力に関しては、三名とも事前の予想を遥かに凌いでいた。


「それは楽しみにしておきましょう。うちの生徒のいい刺激になってくれることを期待してますよ」


「むっ!! なんか引っかかる言い方ですね……そんな余裕でいいんですか? ただでさえ人数差があるっていうのに」


「彼らに余裕はないでしょうが、勝てる可能性自体ゼロではない。そちらの生徒にとってもよい経験になると思いますよ」


「ふぅ~ん?」


 訝しむセリーナ。いくらなんでも3人と15人では人数差が広すぎなので、こちらに勝機があると言われても納得は難しいだろう。


「あっ。そういえば昨日学院長の前で話してた……なんでしたっけ? 総合武芸が満点って話の生徒さん。歴代最高点なんて滅多にないですし、その子が実はすんごい強かったり?」


 昨日の一幕を思い出しながらセリーナは予想してくる。なかなか的を得た発言に関心させられてしまう。

 予想を超えていた、で言えばやはり彼女(シア)が最たる例であった。Fクラス入学である以上どこか突飛した部分を持つとは思っていたが、あそこまでとは予想できないだろう。彼女の剣の腕は本物だ。


 ──しかし、だからこそ。

 余計に釈然としない。貴族でもなければ家名すらなく、出自が完全に真っ暗な平民。一体どこであれほどの技量を身につけたのか。

 仮にだ。彼女に剣を教えた環境がどこかにあったとして、その環境を得るためには結局、相応の身分がなければ難しいのが現代の実情。なんの支えも、後ろ盾もない人間が学びを得られるほどこの王都は優しい社会ではない。


「……」


「あれ? クライブ先生?」


 急に黙ったことで眼下のセリーナは首を捻る。


 何にせよ、シアという生徒の周りが不透明であることは担任としていささか気持ち悪いというのが本音であった。

 見るだけでは上っ面しか分からない。結局、こういうのは直接確かめてみるのが一番なのだろう。


「いや、失礼。彼女に関してはこれから確かめに行くところでしてね」


「確かめるってなにをです?」


「将来設計か。もしくは志望動機か。まずは個人面談をするつもりですよ」


 答えながら、茫然とするセリーナを他所にクライブは改めて歩き出す。

 なんにせよ早い方がいい。昨日、学院長からは得られなかった答えを得るためにクライブは再び歩みを進めた。


「……将来って。入学したばかりなのに? 早くない?」


 その背中を見つめるセリーナは訳も分からずぼやくのだった。



   ◇◇◇



 シアはFクラスの教室で一人、なにをするでもなく呆然と窓の外を眺めていた。

 角の席に座り、壁に体重を任せながらぼんやりと視線を彷徨わせる。その先には学院の中庭で談笑する複数人の生徒たちがいた。


 名前も顔も知らない。話している内容も当然分からない。

 けれど楽しそうだな、とどこか羨望する眼差しを向ける。

 普通に入学して普通の学級に入れていれば、きっとシアもあの中に混ざれていたのかもしれない。もっと普通の学院生活を送れていたのかもしれない。入学できているだけでも幸運なことなのだが、どうしても普通との乖離は意識してしまう。


 現実は無常。こうして独り、黄昏ているのが実情だ。

 レンカもエリアナも早々に教室から姿を消してしまった。談笑なんて夢のまた夢である。


(早く部屋に帰りたい……)


 心の中でしみじみと呟く。

 帰りたいなら帰ればいいという話だが、午後の授業を終えて教室に戻った直後、担任のクライブから『少し待っていてほしい』と仰せつかってしまったのだ。なんでも大事な話があるとかなんとか。

 急ぎの事務作業を終わらせたらすぐに戻ってくると言っていたが、おかげで暇を持て余しながら取り残されている。広々とした教室にたった一人、という現状が余計に孤独感を苛む原因となっていた。


 こんな時、付き合いのいい友人の一人でもいれば時間なんて気にしないで済むのかもしれない。

 あの二人にそれを期待するのは……まあ無理だろうけど。


(そういえばエリアナさん、大丈夫かな)


 赤毛の少女のことが不意に思い浮かぶ。

 結局あの後、レンカとエリアナの模擬戦はかなり一方的な試合でレンカの勝利に終わった。というのも、見るからにエリアナの集中力が欠けており互いに実力を出し切れないままさっくり終わってしまった印象がある。彼女の精神状態の原因は……間違いなくシアとの一戦にあると自覚していたので、こちらとしてはとても気まずい。


(立ち直ってくれればいいけど……)


 あの状態のエリアナにシアから声をかけるわけにもいかず、今は心の中で心配することしかできない。

 模擬戦に勝ちはしたが、エリアナの実力だって紛れもない本物だった。二人との試合を通して、確かにこの三人なら多少の人数差をひっくり返せるかもしれないと……学級課題の成功が現実味を帯びてきたと今は確かに実感している。

 だからこそ、シアに一度負けたぐらいでへこたれないでほしい。こちらから直接手を差し伸べたらまたややこしい事になってしまいかねないので、今はひっそりと願うばかりだ。


 ──それから数分後。

 用件を済ませてきたクライブが再び教室に顔を出した。


「待たせてすまない。これでも仕事が立て込んでいてね。後回しにしてもよかったんだが、男禁制の女子寮に君を呼びに行くわけにもいくまい」


「いえ、大丈夫です。お気になさらず」


 ようやく孤独感から解放されたシアは明るい表情を浮かべて席から立ち上がる。


「それで話というのは?」


 見下ろす形も失礼に思い、扉の前に立ちっぱのクライブへ歩み寄る。

 彼はどこか意味深な視線をシアへ向けた。僅かに沈黙した後、自身の記憶を探るように口を開いた。


「確か……君は入学の際、剣を一本持ち込み申請していたね。それは君が最も使い慣れた剣、ということで合っているか?」


 彼の言う通り、シアは私物である『鬼切一文字』を学院に持ち込んでもいいよう届け出を提出していた。武器の類に関しては一応危険物にあたるので、持ち込む場合は申請しなければならない決まりになっている。

 しかし意図が読み切れない不思議な質問だった。シアは思わず眉をひそめる。


「そうですけど……それがどうかしたんですか?」


「……では今からその剣を持ってきたまえ。私は寮前で待っていよう」


「はい?」


 意図の読めない言葉に益々混乱するシア。まさかと思い問いかける。


「もしかして何か問題ありました? 書類にミスがあったとか……」


「いや、そういう訳ではない。手慣れた獲物があるなら必要というだけだ。さあ、校舎の鍵が閉まるまで時間が限られている。急ぐとしよう」


 言うだけ言い捨てて、シアの返事も待たず彼はさっさと歩きだしてしまう。

 わざわざ実剣を必要とする大事な話とは一体なんなのだろうか。まったく予想ができないが、今は説明してくれる雰囲気でもない。

 シアは半ば急かされるようにしてクライブの後に続いた。




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