第13話 学級課題_01
入学式を終えた翌日。学院では早速新一年生の授業が開始する。
とはいえ、大抵どこのクラスも最初は生徒の自己紹介や交流を目的とした内容で、いきなり本格的な座学や実技が始まるわけではない。
今後の学び舎生活を円滑にするための繋ぎのような期間だ。
しかしながらこのFクラスは少々困った状況にある。
なにせ生徒数はシア含めてたったの3人。加えてシア以外の二人はまともにコミュニケーションを取る気もないらしく、相変わらず教室の空気はとても気まずい。
他のクラスみたく和気あいあいと交流会……とはいかないだろう。
そもそも担任のクライブからは今日なにをするかもまだ聞いていない。
沈黙が続く重たい教室の中央で、縮こまるように座るシアは不安と期待が入り混じった微妙な心境であった。
その沈黙がどれほど続いた頃か。
授業時間が始まるのとほぼ同じタイミングで、見覚えある担任教師が姿を現した。
「おはよう、諸君。全員揃っているようだな」
名簿を脇に挟んだクライブは3人の顔を順に眺めながら満足気に頷く。
が、流石の彼も昨日と変わらないどころかより酷くなっている重たい空気を感じて、含みのある視線を流した。
「ふむ。クラスのチームワークに関しては芳しくないようだ」
「……必要ないでしょう。そんなもの」
淡々と漏らすクライブの言葉に、エリアナがそっぽを向きながら即座に呟く。その台詞からも分かるように、3人の中で最も刺々しいのはやはり彼女だった。
昨日もらったお菓子の感想でも伝えたいところだったが正直そんな雰囲気でもなく、今日はまだ一言も言葉を交わしていない。
「そうでもない。成績に直接的な影響がなくとも、生徒同士の親密性の高さは学院生活において様々なメリットがある。強制はしないがね」
クライブはそう言葉を綴りながら教壇に上がる。
教卓に手をつき、先日と同じようにシアたちを見渡した。
「さて。早速記念すべき最初の授業といきたいところだが、その前に君たちには今後について説明しなければならないことが山ほどある。学院の校則や、校則には記載されていないルール、季節ごとの行事と学期末テストの時期。特に君らは少々特殊な立場にある故、例外的な点が多々ある。しっかり記憶に留めるように」
他のクラスだったら「はーい」の一言でもまばらに返って来そうな前振りだが、当然教室は静かである。
クライブはそれに対して特に反応する訳でもなく粛々と続けた。
「まずは君たちに直近で関係ある内容からいこう。即ち、今月の『学級課題』についてだ」
早速聞き覚えのない言葉が出てきてシアは眉をひそめる。
「当学院ではクラス学年問わず、月に一度『学級課題』というクラス毎の課題を与える決まりとなっている。通常科目の成績とは別に、『学級課題』の出来栄えによって単位が付与される大事な定期課題だ」
聞く限りFクラスに限った話ではないらしい。であれば特に警戒することもなさそうだが、それを今説明するということは、入学した今月から早速その『学級課題』とやらが課せられるということだろう。
シアは思わず質問を投げ掛けた。
「どんな内容なんですか?」
「課題内容は主に担任が考案する決まりとなっている。王都内での慈善活動から近隣地域の魔獣討伐まで様々だ。上級生にもなれば、冒険者ギルドから依頼を委託され賊の征伐に向かうなんてこともある」
「……それって危ないんじゃないですか?」
「当然、怪我人がでることもある。しかし繰り返すようだが、その内容を決めるのは担任だ。魔獣や賊を相手にする高度な課題は優秀なAクラスやBクラスにしか与えられない」
説明を受けてなんとなく全貌が見えてくる。ようは担任教師がクラスにあった適正課題を作成し、月一で課してくるという話だろう。
例に出された魔獣退治、賊退治といってもそれを達成できると担任が判断しない限りは危険な課題が出されることはない。ましてやシアたちはたったの3人、うち2人は魔法すら使えない。そういった課題が組まれることはなさそうだ。
……なんていうシアの考えをまるで読んでいたかのように、クライブは言った。
「──ただし、それは通常クラスでの話だ」
Fクラスという特殊な学級における例外があると、詳細を語る前から彼のきっぱりとした言葉が物語っていた。
「先日説明したように、君たちFクラスの生徒は通常通りのカリキュラムをこなすだけでは進学できるだけの十分な単位を取得できない。故にこそ、貴重な単位取得の機会である『学級課題』ではより高度で過重的な課題を執り行ってもらう必要がある」
「……それは魔獣を相手にするよりもきついものなのか?」
昨日と同じく窓際の席でじっと話を聞いていたレンカが初めて口を開いた。クライブはちらりと目線を流しつつ、説明を続ける。
「時と場合による故、肯定も否定もできない。だが断言しよう。今月君たちに与える『学級課題』は、間違いなくどのクラスの課題よりも難しい内容になる」
言い切る言葉に、3人の表情に僅かな緊張が走る。
学年首席がいるAクラスよりも高度な課題───果たしてどんな内容が彼の口から飛び出してくるのか、シアにはいささか想像すら難しい。
「……課題の説明前に少し話は逸れるが、今日から三週間後の月末は学院設立記念日だ。学院自体は休日となるが、その日は君たち新一年生を主役としたある行事が催される」
急に始まった違う話に呆気に取られる。シアたちが口を挟むよりも前にクライブは続けた。
「──『新入生学級交流戦』。読んで字のごとく、学級同士の交流を目的とした模擬戦だ」
「……入学して3週間後にいきなりクラス対抗の模擬戦?」
エリアナが訝しむ様子で問い掛ける。
「随分急ですね。準備もなにもありませんけど」
「故に、『対抗戦』ではなく『交流戦』と銘打ってるのだよ。そもそも成績上位からクラス分けされている以上、勝つのは大抵の場合上位クラスの方だ。勝ち負けではなく、あくまで生徒同士の交流……こういっては何だが、お祭り感覚の行事だ」
クライブの言葉からして、個人単位ではなくクラス同士でぶつかる大規模な模擬戦ということなのだろう。
彼は説明を続ける。
「当日は上級生や教師陣が観戦する中、下位クラスから順に対戦が組まれ、試合を行う。EクラスはDクラスと、CクラスはBクラスと……そして余ったAクラスは、BとC、勝った方のクラスと。十数名が一挙に乱れる乱戦を行い、先に相手の生徒を全員戦闘不能にした学級の勝ち……というのが主な流れだ」
話を聞く限りなかなか楽しそうな行事ではあったが、確かにクライブの言う通り、やる前から勝ちが決まっているような試合の組まれ方だ。だからこそお祭り感覚なのだろう。
しかし今の話を聞いてシアは疑問があった。それをそのまま聞いてみる。
「あの……それってわたしたちは関係あるんですか?」
これである。
シアたちFクラスはこの場にある通りたった3人しかいない。対して他クラスは20人近い。言っては何だが、いくらお祭りといえど差がありすぎる。
そもそもFクラス自体イレギュラーな学級だ。参加資格自体ないのでは……なんて考えていると、クライブは僅かに口角を上げた。
「当然の疑問だ。しかし君たちも新一年生である以上、交流戦には参加してもらう。それが学院のルールだ」
「なら他のクラスに混じるとか?」
シアたちが平等な条件で参加するにはおそらくそれしかないだろう。
しかし尋ねられたクライブは首を横に振った。
「ここで話を戻そう。君たちに課す今月の学級課題について」
クライブの鋭い視線がシアたちを射抜く。
冗談でもなんでもない、大真面目な調子で彼は告げる。
──初の学級課題。あまりにも突き抜けたその内容を。
「君たちに課す最初の課題は……今から三週間後の学級交流戦にて、『Fクラスとして勝利する』ことだ」
当然のことのように提示される内容に、シアは唖然とし、レンカは眉をひそめ、エリアナは目を見開く。
言ってることは単純だ。だが単純ゆえに、それがいかにおかしな話か、これまでの説明を聞いていれば十分に理解することができる。
「ちょっと……待ってください」
動揺を隠せない様子で口を開いたのはエリアナだ。
「交流戦には参加する。でも他クラスに混じるわけではなく、Fクラスとして勝つって、それはつまり……たった3人で模擬戦に勝利しろってことですか?」
信じられないといった様子で確認する彼女の問い。シアも聞きたいことはほぼ同じだ。
それがいかに非現実的で無茶苦茶な課題内容なのか容易に理解できるからこそ、ちゃんと確認して、できることなら思い違いであってほしいという期待がある。
だがクライブは、否定するでも訂正するでもなく即座に肯定した。
「その通り。模擬戦の相手はEクラスの計15名。君たちはFクラスとして参加し、3人でその15名を破ってもらう。それが今回の課題内容だ」
「い、いやおかしいでしょ! なんですかそのバカみたいな内容は!」
看過できないとばかりにエリアナが叫ぶ。席から勢いよく立ち上がった彼女の剣幕は本気だ。
「いくら熟達のメイジでも膨大な戦力差には成す術がない! 現代兵法の基本です! 課題として破綻してます!」
エリアナの意見を黙って聞いているシアだが、正直彼女の言葉には完全に同意である。
いくらなんでも数的不利がすぎる。15対3だなんて、真面なマッチメイクとは思えない。
「そうかな? 入学試験での君たちの成績とEクラスの平均を照らし合わせ、『丁度いい苦労』を味わえつつ僅差で勝利できると私は判断した。故にFクラスの学級課題としては実に適している内容だ」
シアたちを過大評価しているのかどうかは不明だが、少なくとも即答で否定してみせるクライブの物差しにはそう映っているらしい。
しかし今の説明ではエリアナは納得しない。尚も勢いよく喰い下がっていく。
「買いかぶりすぎです! 私のような生徒が3人揃っているならまだ分かりますが、そっちの二人は魔法すら使えないというのに……! 無謀ですよ!」
「ほう。君が三人いればEクラスの生徒を十分相手にできると?」
「ええそうです! ですがその二人は……!」
「十分達成可能な内容では、Fクラスの課題内容として不十分ということだ。通常以上に高難度でなければならないと、先ほど説明しただろう?」
「ですから高難度以前に不可能という話をしているんです!」
「そんなに心配なら、君が普段以上の力を発揮して勝利に導けばいい。それができなければ課題は不合格ということだ」
「そんな滅茶苦茶な……!」
実際クライブは滅茶苦茶なことを言っているとシアも思う。だが、それがまかり通ってしまうのが『管理指導クラス』なのかもしれない。
「繰り返すようだが、成績を照らし合わせた私は君たちなら勝てると確信した。無論、君たちが各々の能力を遺憾なく発揮し互いに十分な連携をした場合における話だがな。言っただろう? チームワークも大事だと」
一切悪びれる様子もない担任教師の姿に、エリアナは苦虫でも嚙み潰したような表情である。
「……仮に、課題を合格できなかったらどうなるんだ?」
黙って話を聞いていたレンカがおもむろに口を挟む。確かに学級課題における単位を落とした場合のリスクは気がかりだ。
クライブの視線がわずかに細くなる。一瞬の沈黙の後、彼から返ってきた返答は……案の定。予想の斜め上に飛びぬけていた。
「……今回の課題は君たちの『覚悟』を試す課題でもある。この課題を達成できなければ、どの道この先も学級課題の達成は難しい。それは即ち進学が遠のき、進学すら見込めない生徒に時間を割くほど我々学院は暇ではない。つまり……『退学』だ」
「はぁ!? た、退学……!?」
エリアナの動揺に震える声が響く。質問をしたレンカもまた、その希薄な表情にわずかな陰りが生まれる。
やんごとない話になってきた。
交流戦が少し楽しそうだなんて思った少し前の自分を戒める。入学早々、なかなか緊迫した状況になってきたかもしれない。
「じょ、冗談ですよね? たかが課題一つ失敗しただけで退学なんて……!」
「冗談ではない。それに、一切の気を抜かずに全力で取り組む理由にもなるだろう?」
「だからってこんな……っ!!」
「言ったはずだ。私の裁量一つで君たちを学び舎の外に追い出せるとね。そして私は、決して優しい先生ではない。覚えておくといい」
最早考え直す余地も感じられないクライブの様子を前に、エリアナは何も言えず再び腰を下ろす。それを横目にしつつ、さっそく立ち塞がってきた大きな壁を前にシアは手汗がにじむのを感じた。
心機一転、楽しい学院ライフ……なんて思っていたが、呑気なことは言っていられないらしい。『管理指導クラス』とは、シアが想像していた以上にシビアな教室だ。
リムルがどうとか。将来の夢がどうとか。それ以前に目の前の単位取得こそが今一番に考えるべきことのようだ。
(本気でやらないと……)
同世代の人間相手に力を振るった経験がないためどれほど通用するのか定かではないが、油断できないことは確かだった。
「しかし私とて、君たちを手放しで交流戦に参加させるわけではない」
今更安心させるためか分からないが、クライブが補足を付け加える。
「学級課題を達成できるよう、君たちを導くのも管理指導クラスの担任である私の職務。これから三週間の授業で私にできる限りのことを教えよう。そして、それを実践に生かせるかは自分次第だ。勉学と修練に励み、諸君がこの試練を超えられることを祈っている」
返事はない。
Fクラスの面々は、この先に待つ険しい道のりを前にただ沈黙する。
無意識に握り締めた拳に力が籠るのを、シアはじっと感じ取った。
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