第01話 少女が奴隷に堕ちるまで_1
MH.2000。
ミッドガルランドを二分する大国の一つ、『ブレイザブリク王国』にて上級貴族としての爵位を持つヴァレンス家は何世代も前から魔法の名門貴族として名を馳せていた。
私──シア・ヴァレンスもまた、そんなヴァレンス家の一人娘として7年前に生を授かった一人である。
だがシアには、貴族として大きな欠点があった。
恵まれた魔法の才能を持つ血筋の子でありながら……シアは魔法が使えなかったのだ。
『不思議なこともあるのね。魔法の才は親から子へ遺伝するはずなのに……』
シアが6歳の頃、初めて魔法を教えてもらった際に母が首を傾げていたのを覚えている。
人体の魔力回路が活動を始めるのは5歳から6歳の幼少期というのが通説。以降、後天的に魔力が目覚めることは九割九部起こり得ない。それを証明するように、今に至るまで何度も両親と訓練を行ったが結局シアは未だに魔法が使えていない。
魔法の名門貴族の生まれでありながら魔法が使えない子供。
滅多にないケースではあるが、そういうものとしてシアの評価はすでに固まりつつあった。
けれど幸運だったのは、例えシアが魔法を使えずとも両親は愛情を持って接してくれたことだろう。
──魔法を使えることが貴族の証ではない。平民にだって魔法を使える者はいる。大事なのは、人の上に立つ貴族として端然とした振る舞いであること。
父からはそう教えられ、母からは曇りのない愛情を与えられてきた。
たまにシアの将来を心配されることはあったが、だからこそ立派な貴族となるよう育てられ、シアもそれに応えてきたつもりである。
幸せな日々だった。
少なくとも親に対する不満なんてものは一抹も抱えていなかった。
──しかし。
それがやってきたのは、シアが8歳になる誕生日の朝であった。
MH.2001。
屋敷の呼び鈴が鳴らされ、使用人のベールが表玄関へ向かってからしばらく。
大慌てで部屋に戻ってきた彼女は、なぜか顔面を蒼白させながら泳いだ目線でシア達ヴァレンス一家を一瞥した。
その視線がシアに向けられた途端、ピタリと止まる。動揺を隠せていない彼女の瞳は小刻みに震えていた。
「お、お嬢様……」
「どうしたのベール? そんなに慌てて」
母、ステファン・ヴァレンスが朝食を口にしながら優しく問い掛ける。
「客ではなかったのかね?」
長いテーブルの上座に腰を下ろすのは父、サーシェス・ヴァレンス。
ヴァレンス家では使用人に対する接し方が非常に気さくだった。主従関係を明確にするためにあえて厳しく接する貴族は少なくないが、温厚な母の性格につられて一家全体がそうなっている。
よって身分上は平民である使用人たちも、普段から肩の力を抜いてヴァレンス一家に仕えている。
だからこそその時のベールの態度は異様だった。
「お、お客様がいらしています。お二人に……」
「やはりそうではないか。誰かね? 怪しい宗教団体でも来たのか?」
明らかにおかしいベールの様子を気遣って、父はリラックスした調子のまま尋ねる。
だがベールは首を振る。
動揺だけではなく、何かに対する後ろめたさや、極度の緊張があることは僅か8歳のシアでも薄っすら察すことができた。
「それが……あ、あの……、」
「失礼いたします」
その時、言葉を濁すベールの後ろから幼い声が響いた。ビクリと、ベールの肩が震える。
扉の奥からひょっこりと姿を現したのは──シアと同い年ぐらいの、小さな子供だった。
奇しくもヴァレンス一家と同じ綺麗な黒髪の少女。質素な服を着ていることから平民であることは窺えるが、背筋をピンと伸ばし小さく会釈する姿からは最低限の作法が身についていることを示唆している。
その場にいる誰もが少女の顔に見覚えがなかった。
当然シアも──けれど、謎の少女の視線はなぜかシアの顔をじっと凝視しているような気がした。
「これは随分と小さなお客さんだ。我が家に何か御用かな?」
サーシェスは僅かに驚きつつも、相手が子供というのもあってその問いは優しい。
少女の、感情が見えないどこか無機質な視線が父へ移る。彼女は再び会釈しつつ、自らの名を口にした。
「お初にお目にかかります。わたくし、『ほほ咲』で育ったリムルと申します」
声質はまだまだ子供ながら、あらゆる所作からシアと同年代とは思えないほどの礼儀正しさを披露する。
彼女はリムルと──自身をそう名乗った。
「『ほほ咲』……というと、王都の養護施設ですね」
思い出すように視線を漂わせつつ、確認も兼ねて母ステファンは呟く。
養護施設育ち。即ち、何らかの事情で親がいない子供。
そんな子供がたった一人で屋敷を訪問した理由が見つからず、サーシェスは益々怪訝な表情を浮かべていた。
「ふむ……となると、何らかの援助に関する相談といったところかな?」
何とか絞り出した予想だが、それならそれで子供一人でやってくる意味はない。サーシェスもそれを自覚しているからこそ歯切れの悪い様子だ。
答え合わせをするようにリムルはゆっくりと首を横に振る。
やがて少女は、一歩前へと踏み出した。
「サーシェス・ヴァレンス様。それと、ステファン・ヴァレンス様。わたくしは……いえ、わたしはどうしても、お二人にお会いしたかったのです」
「私たちに?」
そこまで言われる覚えがない二人は不思議そうに顔を見合わせる。
だが──次にリムルが口にした言葉が、その場の空気を完全に一変させることとなった。
「ずっと……探していました。そして今日、ようやくお会いできました。お二人に……わたしの、父と母に」
少女の発言に誰もが言葉を失う。衝撃というよりも、それは困惑に近い。
「何だって……? 一体なにを言っている?」
最初に反応したのはサーシェスである。それは至極当然の疑問だった。
実の娘がその場にいる状況で、見知らぬ子供が娘を自称したら誰だってそうなるだろう。
「リムルちゃん、だっけ? 私たちはあなたのお父さんとお母さんではないのよ。施設育ちなら、親を求めることは決しておかしなことではないけど……」
諭すように、できるだけ優しい声でステファンは語り掛ける。
だが当のリムルは真っ直ぐな態度を崩さない。胸に手を当て、彼女は力強く主張する。
「嘘ではありません。わたしは、あなた達の血を確かに継いでいます。本当にこの顔に見覚えはありませんか?」
「そうは言っても……」
もしかすると家を持たない子供が同情を誘って貴族に取り入ろうとしている詐欺なのでは……そんな可能性まで脳裏をよぎり、困った様子でステファンは父の横顔を見る。
サーシェスもまた険しい表情でリムルを見る。貴族の現当主としてどう対応すべきか、彼はじっと沈黙しつつ頭の中で精査していた。
しかしそんな考えも振り出しに戻されることになる。
それまで黙っていた使用人のベールが──床に膝まづき、急に頭を深々と下げたからである。
「申し訳ございません!!」
「ベール?」
「急にどうしたのだ」
脈絡のない謝罪に父と母は困惑する。シアは変わらず、会話に参加することもできずに茫然と彼女の後頭部を見つめる。
唯一その真横に立つリムルだけが……どこか冷ややかな視線をベールに注いでいた。
「……彼女の仰ることは嘘ではございません」
ベールは頭を下げた体勢のままそう口にする。
声はやはり震えており、狼狽した様子を明らかにしている。
「信じられぬとは思いますが、こちらにいるリムル様は……確かに、お二人のご息女でございます。間違いありません」
「ちょっとベール、あなたまで一体なにを言っているの?」
膝まづくベールに歩み寄る母の言葉からは、困惑を通り越して心配するようなニュアンスさえあった。
「そもそも娘とは言うけど……10年以上仕えてきたあなたなら分かるでしょう? 私たちの娘はシア……あの子一人しかいないわ」
「……ベール?」
そこで初めてシアは口を開いた。いつまでも頭を下げ続けるベールを心配して小さな呟きが漏れる。
シアは昔からずっと使用人たちに良くされていた。赤子の頃は母に代わって世話をさせていたこともあるらしい。その一人であるベールにも当然、シアは懐いている。
小さな一言に、ベールは僅かに顔を上げる。彼女と視線が噛み合い、何かを憐れむような視線がじっとシアを捉える。
すぐにベールは視線を逸らした。後ろめたさを滲ませながら、とても申し訳なさそうに。
「……私は知っているのです。全てを知っていながら、ずっと黙っておりました」
ベールの様子はさながら罪人の告白。
重々しく、彼女の口が開かれる。
「そこにいるシア様は……お二人の、本当の娘ではありません」
「……冗談では済まされない話だが、どういうことだ? 一体なにを根拠に言っている?」
父の声が響く。そこにはすでに厳格な声色が含まれている。
自身が話の内容に組み込まれたことでシア自身もまた眉をひそめた。荒唐無稽な話でありつつも、それを冗談と切り捨てられるような雰囲気ではなかった。
「こちらを見てください」
しばらく沈黙していたリムルが、肩かけ鞄から数枚の羊皮紙を取り出しテーブルの上に滑らせた。
そこには黒いインクの文字が一面に埋め尽くされている。
「それは数日前、施設の乳母に頼み王立病院で遺伝子検査を行った際の検査記録です。わたしのルーツがヴァレンス家のものと一致することがそこに記されています」
「なんだって……?」
サーシェスとステファンは半信半疑といった様子で羊皮紙を手に取り、じっくりを書面を見つめる。
「まさかそんな訳……いやだが、このサインは確かに王立施設の……、」
「そちらは差し上げます。嘘だと思うなら後程確認に行っていただいても構いません。わたしの乳母も、同様に証言してくれます」
「……、いやだが……これだけで君の言う事を信用するわけには……。そもそも私たちは、シアを生んだ時からずっと傍でこの子の成長を見守ってきたのだ。急にシアではなく君が本当の娘だと言われても……」
「ごもっともです。ですが……本当にずっと傍で見てきたのですが? ──ねぇそうでしょう? ベール・ロブコフ」
リムルの問いがベールに向けられる。その言葉からは、子供とは思えないほどの威圧感が感じられる。
見るからに怯えた様子で息を呑むベール。両親による疑惑の視線が彼女に突き刺さる。
「どういうことなの……? ベール、あなたはなにを知っているの?」
僅かな沈黙の後、ベールはおずおずとその唇を動かした。
「……8年前です。丁度シア様をご出産された数日後、このお屋敷に強盗があったのを覚えていらっしゃいますか?」
「ふむ……確か深夜にあったことだな。ステファンは別室で寝ており、私はその日、職務で屋敷に帰れなかった日だ。ベール、お前だけが強盗の際に起きていたのだったな?」
サーシェスは顎に手を添えながら、記憶を掘り起こしつつ淡々と語る。彼の問いにベールはゆっくりと頷く。
「はい。私はその日の当直でした。偶然にも現場と鉢合わせましたが、強盗犯はメイジ……『杖なし』の平民である私にはどうすることもできず、金品が盗られるのを黙って見ていることしかできなかった……と、当時はご報告したと思います」
「そうだな。しかしあれは仕方のないことだった。家を留守にしていた私にも責任はある……だが、そんな昔のことがどうしたというのだ?」
ベールの震えた呼吸が聞こえてくるようだった。より一層、深い緊張が走る。
一拍置いて──彼女は真実を語り始めた。
「私は故意に、ご報告しなかったことがあります。強盗犯に盗まれたのは屋敷にあった金品だけではありません。当時はまだ生後数日であった赤子のシア様を……誘拐、されておりました」
ベールは言う。動揺に揺れる視線を、シア……ではなく、リムルへ向けながら。
しかしサーシェスとステファンにとっては、急にそんなことを言われても眉唾物としか感じられない。
「誘拐? なにを言っているの? 確かに強盗はありましたが、翌日シアは揺り籠の上で変わらず寝ていたじゃない。ねぇ?」
「我が子が無事だったことに心から安堵した覚えがある。ベール、いかに自分が滅茶苦茶なことを言っているか分からないのか?」
「それは……っ、」
問い対して何かを躊躇するようにベールは言葉を濁す。
言い淀む彼女の前に、リムルは再び声を上げた。
「言い辛いならわたしから話してあげる」
彼女は再び自身の鞄を漁ると、先ほどとは別の羊皮紙を取り出す。それを全員に見えるようにテーブル上で広げた。
「当時、このお屋敷に強盗があったのは間違いありません。そしてわたしが誘拐されたのも……でもその後、この女は自身の失態を隠すために罪を犯した。そうよね?」
「……っ、はい」
「──赤子のすり替え。丁度同じ時期に生まれた別の赤ん坊を、誘拐されたわたしの代わりに見立てた。これは街の探偵に依頼した際の調査記録です」
父と母は羊皮紙に記された内容に目を通すが、その内容はなかなか彼らの頭に入ってこない。
目の前で語られる話があまりにも衝撃的で、それを受け止めるだけでも精一杯であったのだ。
「バカな……し、信じられん。まさかそんな訳……」
「そうよ! すり替えなんて……大体、私たちが気づかないほど似ている都合の良い赤子が一体どこにいるというの?」
至極真っ当な反論だが、リムルは態度を崩さない。彼女の視線が再びベールへ向けられる。
「生後数日……目も開けられなければ、顔立ちの特徴も出ていない。出産の疲労で寝たきりだった母と、多忙により出産直後しか赤ん坊の顔を見ていなかった父。髪色さえ同じなら誤魔化せると、あなたはそう踏んだんでしょう?」
「……」
「実際、それで気づかれることはなかった。お二人はもちろんのこと、あなたから子供を奪われた夫婦が本当に気の毒でならない」
リムルからベールへ向けられる冷たい視線。それが意味するところは、まさしく罪人を罰する処刑人のそれだった。
「……ステファン様が出産なされるよりおよそ1年前に、子を身籠ったことで使用人を辞めた『シルフィー』という娘を覚えていらっしゃいますでしょうか」
ベールからのおもむろな問いに母は小さく頷いた。
「え、ええ。覚えているわ。私と同時期に妊娠が発覚してお互いめでたいと、快く見送ったけれど………、あっ」
言葉を紡ぎながら、ステファンは何かに気づいたように口の動きを止めた。
ベールは恐る恐る頷き──やがてゆっくりと、己の罪を打ち合えた。
「彼女と……彼女の子も、黒髪でした。シア様のご出産とはたったの二日違い。ですから……ですから私は、一晩の間にシルフィーの家に盗みに入り、彼女の赤子を……」
ベールの視線が一瞬だけシアを見る。彼女が語る赤子が、ここにいる『シア』を指していることは最早言うまでもない。
──静寂が走り抜ける。
誰も、言葉を発することができなかった。衝撃に打ちひしがれ、語られた内容を頭で理解することさえひどく時間がかかった。
真っ先に口を開いたのは……話についていくことさえできていない、シアであった。
「……わたし、パパとママの子供じゃないの?」
その純粋な疑問に答える者は誰もない。
答えたくても、答えらない。
「……シルフィーは今、どうしているのだ?」
やっとこさ出てきたのはサーシェスの問いかけであった。
対してベールは、重々しく首を振る。
「知らぬ間に子を失ったことで錯乱し……数日後、自害しました」
「なっ……」
「彼女の旦那も、シルフィーが亡くなったことで日に日に衰弱していき……半年もしない内に病没したと、話には……」
父と母は両目を見開く。困惑と疑問が織り交ざった感情をどのようにして吐露すべきか、二人の思考は追い付いていない。
「いつかこんな日が来るとは、覚悟しておりました……」
誰よりもこうべを垂れ、ベールは呟く。
「ですが言い出せなかった……! ヴァレンス家の使用人が赤子を攫い罪なき平民を死に追いやったなどと、もし世間に知られたらお二人に多大なご迷惑をお掛けしてしまう! ですから、ですから私は……っ!」
全ての真実を知りながら、彼女はこの8年間ずっと黙っていたのだ。保身はもちろんのこと、サーシェスとステファンへの負い目から目を背けるために。
「まさか……こんな事が……」
父サーシェスは突如として突き付けられた過去に首を振る。
信じられないといった様子だがそれは当然のことだ。いくら証拠を突き付けられても、8年という長い年月の間、娘だと思っていたシアが娘ではなく急に現れた少女が本当の血縁にあたると言われても誰だって素直に受け入れることはできない。
今までの生活は嘘だと、急に言われているようなものだ。
ステファンは額に手を当ててその場に崩れ落ちる。なにか喋ることさえできず、一人の母は項垂れる。
「……これを見てください」
その状況を作り出した少女リムルは端然とした態度で囁き、懐から一本の杖を取り出した。
木を削って加工された小さな魔法の杖。見習い向けの質素な作りで、まったく同じものをシアも持っている。
彼女はその杖を、おもむろに真横へ振り抜いた。
──直後。
杖の先端が辿った道をなぞる様に、虹色に瞬く閃光がキラキラと吹き荒れ室内を照らした。
まるで小さな花火。
だがそれには、燃焼力もなければ破壊力もない。
ただ美しい光を放つだけの、『魔法』。
リムル以外の誰もが息を呑む。
唐突に魔法を使ったこともそうだが、リムルのように幼い少女が息をするように魔法を唱えた事実。
それには、大きな意味が含まれる。
「わたしには魔法の才能があります。これは簡易的な見世物にすぎませんが、上級魔法であればすでに唱えることができます。それが意味することはお分かりですよね」
彼女の真っ直ぐな視線がサーシェスとステファンを順に射抜く。
「貴族の血がこの体には流れているんです。それもヴァレンス家のような、魔法に纏わる名門貴族の血が。ですがそこにいる『シア・ヴァレンス』はどうですか?」
杖の先端がシアの顔面へと突き付けられ、びくりと肩が震える。
リムルの言葉は徐々に語気が強くなり、熱が籠り始めていた。
「きっと魔法が使えないのではないですか? 当然です。その子は『杖なし』の子供なのだから、使えなくて当然なんです! 魔法の才は親から必ず遺伝する……例外はありえない!」
シアは、何も言い返せない。両親もまた口を挟むことができない。彼女が言うように、シアはかつて一度も魔法を使えたことがないのだから。
小さく息をつき、リムルは杖を下ろした。
「すぐに信用してほしいとは言いません。ですが……施設に保護され、物心ついた時から本当の両親に会いたくて、ずっと……ずっと二人を探していたんです。そのために乳母や周りの大人にも協力してもらって、独学で魔法を学び、少ない小遣いを必死に貯めて探偵にまで依頼を出した。それでようやくここに辿り着いたんです……!」
彼女の瞳に嘘はない。訴えかけるような熱い視線が、二人を射抜く。
「だから、少しでいいんです。二人に信用してもらうための時間をいただけませんか。もう一度……できる手を尽くして真実を確かめる。それだけでいいんです……!」
更に一歩、前に踏み出すリムル。
彼女はその小さな頭を深々と下げた。
「どうか、お願いします」
──その願いが、きっと最後の決定打だったのだろう。
決して嘘を言っているとは思えないベールの告白と、テーブルの上に並べられた書類上での証拠の数々。
そして……本当の親を求めて、懸命に頭を下げる小さな子供の姿に。
確かめるだけ、無駄ではない。
サーシェスは険しい顔を浮かべながらも、ゆっくりと頷いて見せた。
「……分かった。君たちの説明だけでは受け入れ切れないが、冗談にも聞こえん。調べるだけ調べてみよう……お前もそれでいいか?」
「……、ええ」
頷き合う両親の姿を、シアは隣でじっと見つめることしかできなかった。
それが自身にとって終わりの始まりだということを、この時のシアは危惧すらしていなかった。
できるわけが、なかった。
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