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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
最終章 天使の覚醒

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89. 競ナレース 〈表〉

 バベル王国王都ノーマン街中央広場。


 城下町のその広場は、時代を遡ったかのようそこかしこに古き良き街並みが広がり、歴史の香りが漂っていた。石畳の道が四方に伸び、それを挟む様々な様式の木造の建物は長い歴史の中で生まれては消えた流行の数々が見える。


 他領民からは「田舎くさい」「センスがない」と馬鹿にされるこの混沌の街並みをノーマン領民は心から愛していた。


 プロジェクターのすぐ近くで焼き鳥の露店を開くカーン・ビートニクもその1人だ。


 カーンは元騎士団副長“炎猿のゴーン”の兄だ。平民に生まれながら卓越した能力に恵まれ一代伯爵まで成り上がった弟とは異なり、彼は魔力には恵まれなかった。


 だが、弟との関係は悪くはない。

 ゲラン領とは異なり、実力主義の気風が強いノーマン領では血縁だからと言って力のない者を重用するということはない。


 弟が騎士団の時に俺をコネで入隊させていたら?想像しただけでゾッとする。ゲヘナに連れて行かれても数秒で死ぬだけだし、稽古で能力者とぶつかっても死ぬ。置かれた場所で咲けなどというのは強者と狂者の戯言だ。咲きたければ咲ける場所に行け。それがノーマン流だ。


 実家の小さな肉屋を継いだカーンは幸い商才には恵まれており、居酒屋の運営など手を広げ、身代を築いた。あの“炎猿のゴーン”の生家というのは全く悪くない称号だ。それを掲げる事に照れこそすれ止めることもなく、こうして今日この場でも一等の場所を空けてくれる。


 不器用で実直な、最高にノーマンの男である弟が活躍しているであろう魔の森ゲヘナを思い、兄は口に笑みを浮かべた。


 その日、広場の中央には大きなプロジェクターが設置されていた。


 弟ゴーンとその盟友ノーマン公フォルクスが警備するゲヘナツアーへの入り口はその横に設置されており、次回のツアーに並んでいる者も映像を見られるようになっていた。


 競ナ鑑賞用のプロジェクターは鮮やかな光を放ち、スクリーンに映し出された会場の様子は広場全体を興奮の渦に巻き込んでいた。観客たちは足を止め、歓声を上げ、まるでその場が会場であるかのような熱気に包まれている。


 その広場を取り囲むようにして、色とりどりの屋台が並んでいる。焼き鳥屋の横にアイスクリーム屋があり、酒屋の横にブロマイド屋と“ノーマン風”にごた混ぜだったが、家族連れや友人同士が笑顔を交わしながら食べ物や商品を手にしていた。


 例年になく自領が聖誕祭に懸命に催し物を(休憩所ではなく!)行っているという誇らしさもあり、しかもそれがバベル王国初の試みであるというプレミアも乗せられ評判も上場。最終日の午前に集まっているノーマン民達の顔はどれも有頂天だった。


 その最高峰が、プロジェクターの前に陣取ったノーマン公爵夫人であった。


「タイヨウちゃんが出てきたわー!! 黒天使ーー! あっ! 今レオンも映ったわ! レオーン! ママ見てるわよー!!」


 親しい貴婦人達と歓声を上げながら応援うちわを振り回す領主の姿も、ノーマン領ならではだ。


 その席の末席には特大の双眼鏡を瞼に食い込ませた執事服の女性がいる。ノーマン領の担当アボットのメイであるが、本日も絶好調に仕事をしていない。


 大歓声の中で、客足が止まったことでカーンはプロジェクターに目を上げた。


「2分だって……?」


 そんなざわめきの中、アナウンサーの美声が広間に響き渡る。


「さあ、ついにスタートの時が来ました! 10頭の競走馬がゲートに並び、スタートの合図を待ちます。そして……今、スタートが切られました! 各馬が一斉に飛び出し、激しい先行争いが始まりました」


 だいぶ秋めいてきたバベル王国とは異なり、映像の中のシナンの海は夏の日差しだ。美しい景色の中で、カラフルなゼッケンを胸元につけた水色のナーガが水飛沫を激しく上げながら水上を駆けていく。


 しかし、青い海に青い空、ナーガも水色。

 乗り物かのように足だか手だかのヒレに足を掛けて跨るシナン人の騎手は白い服を纏っており、これも青に溶け込んで見える。


 老眼が始まっている目を細めてカーンは腕を組んだ。


 (デカい船の周りを回らせるとは考えたな。後ろに茶色いデカい壁があるおかげで随分見やすくなってら)


 聞き取りやすい実況も心地よい。

 カーンはたちまち自分の心がプロジェクターに惹きつけられていくのを感じた。


「まず先頭に立ったのは7番の馬、続いて1番の馬がその後を追いかけます。2、3、5番の馬は中団の先頭。しかし、その走りには力強さが感じられます」


 ナーガのスピードは恐ろしく速い。


 しかしカメラは先頭を追う実況席カメラの他に、全体を捉える上空のカメラ、スタートラインとコーナーのカメラと複数あるようで、巧みに切り替わっていく。おかげで試合の進行は画面越しでもよく伝わって、広場は火がついたような大熱狂だ。賭けに興じている者もいるようで、自分が賭けた馬の名前を叫んでいる者もいた。


 アナウンサーも応えるように熱を込めて、声を張り上げていく。


「第1コーナーに差し掛かり、先頭は依然として7番の馬です。会場からは歓声が上がり、レースの緊張感が一層高まります。7番と1番の馬が並んでリードを取り、他の馬たちがその後を追います。ここからは逆風です。しかし各馬ものともしない! ものともしない! スピードは落ちず、人馬一体となって翔ぶように駆けていきます!」


 会場の熱気は怖いくらいだ。


 カーンは公爵夫人の横顔を窺った。笑みは湛えているが、どこか緊張しているような顔が引っかかったが、アナウンサーの悲鳴でカーンは顔を跳ね上げた。


「アアッ! しかし、第2コーナーを回るあたりで異変が起こります。急に荒波が……! なんということだ。波が崩れるように集団が散っていきます。シナンの海には魔物がいるのか。各馬が震えるその中で、2番の馬が徐々にスピードを上げ始めました! 2番強い、2番強い。高波に怯むことなく、勇者のように己の身体一つで斬り進んでいきます!」


 観客達からは「おおっ!」というどよめきが広がった。


 どの馬にも賭けてはいないが、カーンは思わず拳を握り締めた。


 2番はまるで天から愛された高能力者のようだ。相当優れた馬なのだろう。その走りは余裕が感じられ、一つの芸術品のように美しくさえあった。どんなに過酷な状況でも怯むことなく挑み、華麗に結果を残す。バベル王国が誇る、才能の煌めき達のように。


 だが、それでいいのか。


 カーンは歯を噛み締め、だらしなく離されていく後方集団に目をやった。いや、もはや睨み付けていた。


(負けるのか? 俺たちには2番みてぇな才能も力もない? だからどうした!)


 力がない平民達でこの国は回っているのだ。


 ゴーンは確かに優秀だ。

 だが、俺という肉屋が、その他、ここに群がった凡百の者達が日々その肉と血を作り、生かしているのだ。


 這い上がれ、這い上がってみせろ。凡馬達よ。


 凡馬に夢を見せてくれ。


「根性見せろォッ!!!」


 大音量の怒号を上げたカーンに応えるように、奇跡は起きた。


「そして第3コーナー、ここで3番だーッ!!! 突如3番の馬が、まるで風を切るように、引き離されていた中団から前方へと進んでいきます。3番の馬がさらに加速! まさに驚異的なスピードです! 」


 カーンは雄叫びのような歓声を上げた。ゴリラの化身のようなゴーンとよく似たこの兄の高揚は、会場にいた男達の魂に火をつけた。


 海を隔てるシナン諸島連邦に届くほどの大声援が会場で爆発した。


「3番!」「3番!」「行け、3番ーーーッ!!」


 もはや賭けのことなど誰の頭の中にもなかった。無情な荒波に沈みかけていた凡馬の下剋上に、皆が拳を振り上げた。


 まるでそんな広場の様子が見えているかのように、アナウンサーが負けじと声を張る。


「まさかの、まさかの展開! ここで2番が失速していく!! 第2コーナーの勇者が落ちる、落ちる、たちまち中団に飲み込まれていきます。勇者散る! なんというレースだ!」


 カーンは眼を見開いた。

 ここから先は瞬きをしてはいけない。

 そう全力で本能が叫んでいた。


「2番手に上がった3番の馬が先頭を走る7番の馬に迫ります。7番の馬も全力で逃げようとしますが、3番の馬の勢いはそれを上回ります!」


 広場はもはやうねりのような熱狂に包まれていた。


「3!」「3!」「3!」


 カーンも太い腕を振り上げ、男達と共にコールする。


 届け、届いてくれ。

 このコールよ、風に乗って、シナンの海を駆ける俺たちの夢に!


「最後の直線に入ります! 先程まで埋もれていた3番の馬が先頭の7番に並びかけ、ついに抜き去りました!  速い、速い、速い! まるで一陣の風のごとく駆け抜けています。1番の馬も懸命に食い下がりますが、3番の馬には追いつけないーーーーッ!!」


 カーンは思わず涙を浮かべた。


「ゴールまであとわずか! 3番の馬がさらに差を広げ、観客席からは大歓声が沸き起こります。フィニッシュラインを駆け抜けるその瞬間、3番の馬が見事に1着でゴールイン! 2分間の伝説が今ここに刻まれました!」


 カーンは周りの目を気にせず、万感の拍手を送りながら泣いた。


 力任せに叩き続ける掌はすぐに熱と痛みを感じ始めていた。だがなんだというのだ。明日フォークを握れなくなっても、今拍手を贈らないでどうする。


 俺たちの3番が走ったのだ。

 俺たちの夢が勝ったのだ。


 聖誕祭総選挙の投票用紙は何処にしまったか、とカーンは頭を巡らせた。


 今見た2分間を、俺は一生忘れないだろう。


 だが、また観たい。


 また俺たちの夢が駆ける瞬間を。


 カーンはすっかり競ナの虜になっていた。もう一度この興奮を味わうためならなんでもする。とりあえず家族や従業員の投票用紙には「競ナ」と書かせるのだ。


 そうすれば来年も、その次も、その次も!


(命ある限り、俺は何度でもこれが見たい!)


 カーンは弟とよく似た赤い瞳に決意の焔を激らせた。


「結果は3番、7番、1番の順です! 3番の馬の驚異的な追い上げとスピードに、会場全体が熱狂しています。なんというレースでしょうか! この劇的な展開に、心が鷲掴みにされました! いかがでしたか? タイヨウ様」


 鈴を振るような我が領主の娘の明るい声が響いた。


「本当に素晴らしいレースでした。今後もこの3番の馬がどんな走りを見せるのか、ますます目が離せませんね。いえ、もう名前で呼びましょう。ウィンドグローブ。初代優勝馬の名前は一生忘れられません」


 やはり、今後があるのか。

 そうカーンが頬を緩めた瞬間、不自然にカメラが揺らぎ、暗転した後でなぜか室内からの映像に切り替わった。


 物々しい警備に囲まれたアナウンサーが、1人笑顔でカメラに向かって頭を下げ、競ナは呆気なく幕を下ろした。


「皆さん、今日は本当に素晴らしいレースを見せていただきましたね。ありがとうございました! 只今のイベントは12時、15時に王都の四つの中央広場にて再放送されます。“競ナ”でございました。ご視聴ありがとうございました」




この回は書いていて本当に楽しかったです。次回は伝説の競ナレースの舞台裏です。


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