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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
最終章 天使の覚醒

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79.魔法大学狂想曲 AM11:00 X-DAY マイナス6

 今朝の朝食の席で『プランGの立案の大詰めのためにアカデミアに向かいたい』と弟から頼まれたタイヨウは快く頷いた。プロジェクトがスタートした時点で、既に魔法大学(アカデミア)のレイ王子記念公演聴講は各保護者から大学に申し入れられていた。「現場を見ることは大事だ」と機嫌よくフォルクスも頷く。


 テーブルに並ぶのは新鮮な卵を使ったオムレツ、オランデーズソースとエビとアボカドのモレヴェルデの添えられたエッグベネディクト、スモークサーモンとじゃがいものガレット。甘味を上品に引き出された蒸し野菜に、丹念につくられた金色のコンソメスープ、香り高く焼き上げられたベーカリー。


 観月宮のシェフが織りなす、長年ノーマン料理をプロデュースし続けたキッチンで出来たとは到底思えない朝食に保護者たちの気が緩んでいたこともあるだろう。了承は素早くおりた。


 ニコニコとやりとりを見守っていたマーレ夫人が「タイヨウちゃんも一緒にアカデミアでご飯食べなさいな。レオン、お昼代はお姉様に預けておくわね」と庶民の平均月収を遥かに上回る50万ゴールドをチャージしたギルドカードを持ってくるよう執事に命じる。


 改めてとんでもない家の養女になったものだとタイヨウは怯んだが、何ということもない顔で黙っている3人の少年たちの顔を見て少しだけ引け目を感じていた。


 3日前のことだ。

 『そんなことは忘れるほど愛してはいるがレオンとは同母の姉弟ではないため、父もしくは婚約者(仮)の同席のない状況で夜に男子ばかりの部屋に入ることは控えるように』と苦々しい顔のフォルクスから指示があり、タイヨウは3人の鍛錬に立ち会うことができなくなった。


 大人しく従ったものの、内心では修学旅行や合宿のような共同生活を楽しんでいる彼らに混じりたくて仕方がなく、弟達からの申し入れはとてもうれしかったのだ。


 兎にも角にも意気揚々と少年たちを連れて転移をしたタイヨウだったのだが……。


「お邪魔しまーす!……あれ? どなたもいらっしゃらないみたいですけど、場所ここで合ってますか?」


 アカデミアの教授フロア、レイ王子の執務室内に転移をしたタイヨウが水系少年たちを怪訝な顔で振り返った。風船のように膨らんでいたはしゃいだ気持ちが無人の教授室の沈黙に萎んでいく。


「ああ、誰もいないんじゃない?」


 あっけらかんと返したリリガルドが黒いボストンバッグからゴソゴソと衣装を取り出した。学生用ローブ、ウィッグ、そして認識阻害眼鏡のセットをぽんぽんとレオンとナリヒラに手渡していく。


「えっ! これセバスさんとかの許可取ってないんですか!? 無断でこの部屋入っちゃったんです? 嘘ついたの?」


 大きな瞳で見つめられたレオンは少し気まずそうに肩をすくめた。


「……プラン立案という目的は嘘じゃないです、姉上」

「ごめんなぁ、姫様。俺はともかく、レオンとリリガルドは顔知られてるだろ。この着替えを目につかないところでやりたかったんだよ」


 これであってる?と赤茶色のウィッグをつけた頭を差し出したナリヒラの髪の毛を調整しながらリリガルドがウィンクした。


 仮にも第一王子の執務室を都合の良いレンタルスペースに貶める行為だったが、特に気にした様子はない。聖誕祭のモラトリアム大作戦の一環と言えばなんとかなるとリリガルドが言い切ったためだ。


「今日はねぇ、ゲオルグの婚約者、ジゼル・アデライン・エバーグリーン侯爵令嬢と接触したいのよ。内緒でね。アンタがアタシ達の部屋に入れなかったみたいに、年頃の男女って会うの大変なのよね〜」


 自身はそのルールを逸脱し、タイヨウと2人きりで時を過ごすことの多いリリガルドが面倒くさそうに言った。レオンも彼に身なりを整えてもらいながらタイヨウを振り返る。


「彼女は3級だと言われてますけど、ゲオルグ王子が本当に5級だったら子供もできないし、そもそも詐欺じゃないですか。人生めちゃくちゃになっちゃいますよ。それ知らせたら仲間に取り込めないかなーって」

「ジゼル嬢が3級っていうのも怪しいけどな。17歳ならまだ確定診断を受けてないだろ。それなのに操獣系だって言われるほどのナニカができるんだ。ミカドでは操獣能力者は上級扱いなんだぜ」


 ナリヒラが言えば、操獣能力者であるリリガルドは誇らしげに胸を張る。


「アタシの操獣系3級ってのも、海鳥撃退君開発のときに水鳥を数千羽自在に操れたからなのよねぇ。でも呪符への入力はできなくて予想は3級止まり。逆にいうとね、洗礼式の暫定診断くらいじゃ、3級に見えるように()()()こともできると思うのよ」

「うんうん。ナリヒラのおかげで、僕とオータムも一級相当の魔力があることがわかったんですよ!姉上。わざとじゃなくても抑えてしまっていることもあるのかもしれないんです」


 レオンは長めの白金のウィッグだった。同じような色彩の髪となることでフォルクスの面差しが息づいているのがはっきりわかる。無能力者に多い焦茶色の髪を模したウィッグを身につけたリリガルドは手鏡を開いてちょいちょいと身だしなみを整えた。


「後妻と義妹に虐められてるテンプレ令嬢の魔力解放して、クソ外道王子から解放して、からの〜? 俺たちのプランに手伝ってもらう。八方よしのWin-Winじゃね?」


 調子に乗っている十代男子特有の甲高い笑い声を3人があげたとき、黙って聞いていたタイヨウの堪忍袋の緒がついに切れた。


「ずる〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!」


 幼児のように目を閉じ、両手を握りしめて叫んだ黒天使の顔を呆気に取られて少年たちは見つめた。


 さらに「ずるい! ずるい! ずるい!」とリズミカルに一人一人の顔を指差してから最後にキッとリリガルドを睨みつける。


「リリガルド君も知ってるくせに! 僕は朝から晩までおじさん達のお世話をしてるのにさ! みんなは楽しくスパイごっこ!? 変装なんかしちゃってさ、王子の部屋に侵入とかさ、秘密の訓練もそうだよ! ズルすぎるよっ!」

「おじさんて……いや確かにおじさんばっかりだけど、ほらキラン王子はおじさんじゃないでしょ」


 怯んだリリガルドに涙目でタイヨウが噛みついた。


「15歳からしたら24歳はおじさんだよ!! 9個も上なんだよ! 兄貴顔されても血縁でも親戚でもないもん、こっちからしたらおじさんだよ!」


 キランが聞けば侍従と共にベリーロールで卒倒しそうな叫びを上げながらタイヨウは目を閉じた。


 ハンナという精神的支柱を奪われ、睡眠時間が削られ、揺らぐほどに細くなってきた心の柱に無数にかけられたタスク。降りることは望んでいない。折れることもない。課せられたものの意義はわかっている。だが、弱音を吐くくらいは甘えさせてほしい。タイヨウの年齢不相応の忍耐力は、元同性の少年たちの前で決壊した。


「シュリちゃんのためにもがんばりたいけど、もうおじさんのお世話やだよーーーー!!」


 陽光差す教授室では、ホコリだけが揺らめいていた。呼吸音さえ息を潜めるような沈黙を打ち破ったのはナリヒラだった。


 パチ、パチ、と手を叩き、他の2人にも拍手を促す。目を瞬かせたタイヨウにナリヒラが微笑んで言う。


「いや、なんつーか、姫も人間なんだなと思ってさ」


 それを聞いたレオンも白い歯を見せて快笑した。浮世離れした美貌と能力を持つ姉をこれまでになく身近に感じて胸に温かいものが広がっていく。


「姉上も一緒に参りましょう! 祭りは準備しているときが1番楽しいと父上も仰っていたじゃないですか。明後日から聖誕祭も始まります! お辛い仕事はもうおじさんたちに任せて、楽しいこと一緒にしましょうよ」


 ナリヒラも照れくさそうに鼻を掻く。


「正直、雲の上の仙女みたいに思ってたから。言ってくれてうれしかったっつーか……」


 そして最新のミカド製録画玉『撮れるんです君』を出して悪戯っぽくニヤリと笑った。


「坊がめちゃくちゃ羨ましがるだろうから、写真撮りまくろうぜ。今から本番まで目標300枚!」


 一枚いくらで売るかな……と空き容量を確かめる現金なナリヒラに肩をすくめてから、リリガルドがボストンバックに手をズボッと入れた。そして変装セットを一式投げる。その中に長髪を纏めるウィッグネットがあるのを見て、タイヨウがたちまち唇をへの字にした。


「あのねぇ、タイヨウ。アンタはもうちょっと自己主張しなきゃダメよ。もうメイド(ハンナ)はいないのよ? 誰かが気づいてくれるの待ってたら、あっという間におばあちゃんになって死んじゃうわよ」


 少し不貞腐れたように俯くタイヨウに素早くセットしながら、形の良い鼻をツンと突く。


「――いいこと? ハンナがいなくなってもね、アタシたちはいるわ。ずーっとずっと、アンタのそばにいる。いずれ特級になって、アンタがこの国から出られなくなっても、アタシたちはいる。それを忘れないでよね」


 あ、あと!と、人差し指を立てた。


「アタシたち、特級を目指さないことにしました〜」

 地味な装いをつけた少年たちは、肩を組んで笑う。


「高さじゃなくて幅を出していきたいんですよ。僕は水の他に、風の一級を目指します」

 やっぱり父上に憧れるので、と照れたように言うレオンにタイヨウが目を丸くする。


「えっ!? レオンさんも!? いいんですか? 一級ってわかったときあんなにお祭り騒ぎだったのに」


 レオンの劇的な成長を聞いたノーマン家の喜びようは凄まじかった。“茨のノーマン”と呼ばれた初代と同じ草系で、魔力が安定する成人となれば城の防御システムも改良できると聞けばなおさらだ。修復中の現在のシステムはあまりに効率が悪い。


 母マーレ夫人は感動のあまり“導きの賢者 ナリヒラ師”の銅像を王都に建てたいと言い出し、ナリヒラ本人から引き攣った笑いで固辞されていたほどだ。


「ああいうの見ちゃうと、ね。でも自分で言うのもアレなんですけど……僕別に()()()()()()ないんですよね」

「出来ないこと?」

「父上と姉上は歌、母上は料理。特級の家族は出来ないことが小さい頃からあったのでしょう? 僕、特にないんですよ」


 歌唱力に関しては並々ならぬコンプレックスを抱くタイヨウが不本意そうに頬を膨らませた。


「特級のそれ? デマだと思いますけどね! 僕も歌がいつかうまくなるかもしれませんし!」

「いや、なんねえだろ」

「なんっ!?」

 ナリヒラが半目で突っ込む。


「ミカドでも特級を超える奴には必ず弱点がある。観月宮の奴らは全員、ジョルジュの旦那にケーヤクされてるから言えねえけど、坊も親父もまあまあの弱点があるよ。ヒュー兄にもな」


 喉に刺さっていた骨を吐き出せたかのような顔でナリヒラは微笑んだ。


「ちなみに俺にもないよ、欠点。生まれたときからミスターパーフェクトだ」 


 暗に特級になる可能性を否定してみせた少年達を前に、見えない遠慮が質量を持ち始めたところでリリガルドが呆れたように天を見た。


「あのねぇ、特級の親がいると引け目みたいなの感じるのかもしれないけど、一級だってめっちゃすごいでしょー? それわかってる?」


 洗礼式を前に三級と見越されたことで平民から侯爵家に縁付くことになった彼は自身の能力を誇りこそすれ、引け目に思うつもりなどさらさらなかった。コンパクトに畳んだボストンバックを収納魔法のかかったポーチに放り込み、マントに器用に隠していく。  


 ボサボサの黒髪、分厚い認識阻害丸眼鏡を付けてオーラを完全に失ったタイヨウは(リリガルド君にも欠点、なさそうだなぁ)と親友の姿を見た。


 地味な装いを身につけても整っていることがわかる杏色の瞳を眼鏡の奥で輝かせてリリガルドは笑った。


「子供が皆、親を必ず越えるなんてことはないの。大抵、トントンか下よ。ちょっと考えればわかるでしょ! みんな親を越える世の中ならね、今頃男達の身長は雲越えてるわよ」


 大袈裟な身振りで天を示した親友に少年達は明るく笑った。心を温かい言葉が包み込む。互いの人生に希望をもたらし、前向きな未来を信じさせる。そんな出会いの影響力がタイヨウにも感じられた。場が明るくなったところでレオンがドアを差し示す。


「行こう! 僕たちのミッションを成功させるんだ」


 オーク材の重厚な扉を開いた廊下にはかなりの量の人、教授や生徒の行き来があった。最初は恐る恐る歩を進めたものの、変装グッズの効果は高く、身元がバレないことに安心した一行は散った。そして携帯木札で連絡を取り合いながら、広い魔法大学内でジゼルを探し始めた。


 まずタイヨウは『昼まで子供達とアカデミアで一緒にいる』という連絡をキランに入れた。そのついでにエバーグリーン侯爵邸のスパイ、モナハ嬢に探りを入れてもらい、既にターゲットがアカデミアに登校していることを確認する。


 家に居場所がない彼女はほぼ一年中登校しているらしい。ゲオルグ王子と婚約している彼女は父の元で領地経営の補佐をする必要もなく、婚姻相手を求めて舞踏会に出ることもなく、さらには行事作法教育は10歳までに終えており、形式的に王室に挨拶に行く以外は誰からも面会を求められるわけではない。 


 婚約者のジゼルと会うという名目でゲオルグ王子がアカデミアをお忍びで訪れ、義妹アンジュとお淫ら三昧を楽しむ日はどこかへ身を隠しているらしい。それが大体毎月の行事だというからお盛んである。


 情報をまとめると、場所が自宅ではなく、アカデミアというだけでジゼルは実質的には引きこもりであるとのことであった。


 そんな社会的引きこもり令嬢ジゼルの午前中の授業は2コマ。


『水系魔法陣 中級』

『現代魔法生物』


 午後は『現代魔法生物の使役ゼミ』で北棟、通称ゼミ棟に下校時刻まで篭り切りになるというから、出来れば午前中に捕まえたい。


 確実にいる。

 それなのに、ピンクの縦ロールという特徴的なジゼルの頭部は一向に捉えられなかった。


「『水系魔法陣 中級』西棟0307教室で目標をロスト!」


 身体強化に長け、視力に自信があるナリヒラは1コマ目の監視を名乗り出た。しかし教室の1番後ろの席から焦った声でメンバーに連絡することになる。


 2列目の端に座っていたはずのジゼルが出席票を出すために前方の教壇に寄ったところまでは確認できたのだが、思いのほか生徒が多く、一瞬でジゼルの姿を見失ったのだ。アカデミアは学問の前に身分無しという方針で授業中は侍従を帯同することが許されていない。高貴な家の令嬢特有の取り巻きもなく、生徒には制服とマント着用が義務付けられているため衣装での判別も難しい。 


 ―――だがそれは凡庸な者であればこそだ。ナリヒラの技巧を知る少年達は動揺した。


 2コマ目は東棟0538教室。

 広い校内の移動を想定したコマ間の休憩時間は15分だ。


「渡り廊下に目標無し! このままチャイムまで見守る」


 人混みを監視していたレオンが連絡する。

その脇をナリヒラが目で合図しながら足早に通り過ぎる。彼は出し抜かれた怒りと焦燥を抱えながら2コマ目の教室に向かった。


「了解。西棟3階女子トイレ、待機」

「了解。東棟5階女子トイレ、待機」


 リリガルドとタイヨウから短く連絡が入る。


 万が一、認識阻害グッズが看破されても女子だと言い逃れられると言い張ったリリガルドと、生物学的には立派な女子であるタイヨウが女子トイレの前に待機していた。タイヨウが待機した東棟5階女子トイレ前からは東棟0538教室の大扉も確認できる。


 魔法大学は広い。


 タイヨウは行き交う人を見ながら、古い石畳の上で足元をそわそわと動かした。下半身から金色の感情の粒が無数に上がってくるのを感じる。今回はサポートという立場の気楽さから、オープンキャンパスのように場を楽しむ余裕が黒天使にはあった。


 校内を歩けば、歴史の重みを感じる石造りの建物の壮大な姿に圧倒された。教授たちが古い書物や道具を手にして歩き、生徒たちが古い木製の机に座って本を読む姿はまるで過去と現在が交差するようだった。


 キャンパス全体に知識と学びの空気で満ちており、まるで自分の未来がここにあるかのような感覚に包まれる。ここでなら何者かになれる、そんな可能性がそこかしこに溢れているのを感じる。タイヨウは思わず息を深く吸い込んだ。


 レイ王子が教授職を選んだ気持ちが今ならわかる気がした。歴史的な建造物や庭園は、時間を超えた美しい物語の一部であり、そこに誰しもが自分の物語を見出していくことができるのだ。


(僕も、やっぱりアカデミアに入りたいな! こんなに“通いたい”って思う学校、初めてだ)


 その思考を破るようにチャイムが無常に鳴り響く。震える携帯木札を耳に当てたタイヨウは驚きで目を見開いた。


「……東棟0538教室、目標現れた。俺は一旦出る。全員、0538大扉前に集合」


 ナリヒラから苦々しい報告が入り、一同はそれぞれの場所で立ち尽くした。





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