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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第四章 勝利への覚悟

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74.オープンキャンパス X-DAY マイナス2

「きゃぁ〜! 遅刻遅刻!」


 光のように広がる柔らかな金髪に、鏡のように表情をよく映す青い瞳。抜けるような白い肌は桃色に輝いている。王立魔法大学、通称アカデミアの大講堂に向かってアンジュ・エバーグリーンは黒いマントを靡かせて廊下を走っていた。


 ドア前で待機していた若い男性講師が唇に指を当て「()()()()()、廊下は走らない!」と愛称で軽く咎める。


 ちろりと舌先を出してから、我慢できないとばかりにアンジュは講師の胸元を掴んだ。


「ごめんなさい! もう始まってしまいました?」

「いや、まだ……」


 講師の言葉は勢いよく開けられたマホガニーの扉によって止められた。中から出てきたのは貧相な黒髪の少年で、長い前髪のかかった分厚い眼鏡を押し上げながら「あ、ごめんなさい!」と小声で謝ると走り抜けた。


「君、もう記念公演は始まるよ!」


 ぶつけられた露骨に苛立った声にペコペコと頭を下げながら少年は角を曲がって消えていく。講師は「まったく……!」と不届きな生徒にため息をついてから扉に手をかけ、アンジュの顔を覗き込んだ。


「アンジュ、もう始まるから入りなさい。だが中は混んでるから今からエバーグリーンの席には……」


 少女の少し尖った耳の先が、さっと刷毛で塗られたように桃色に染まる。


「いいんです! 遅れた私が悪いんですもの。邪魔にならないよう端で立ち見させていただきますわ」


 長い金色の睫毛をふせてから微笑んだ少女に、講師はぐらりと心臓が動くのを感じた。近頃話題の“黒天使”に準えて、“光天使”と生徒たちに持て囃され、名前をもじって“エンジェル”と呼ばれる彼女のチャーミングな笑みに講師の口角はたまらず上がる。どうやらこの美しい少女は、壁に立っていることで逆に注目を集めてしまうことなど思いもよらないようだ。


 王女を誘うような丁寧な動きで開かれた扉に滑り込んだアンジュは講堂の中を素早く見回す。聖誕祭初日の今日はアカデミアのオープンキャンパスデーとなっており、通常の授業はないが、教授達による記念公演が予定されていた。


 一番手は第一王子でありながら客員教授でもあるレイ王子ということで、講堂内は溢れるほどの人が集まっていた。


 舞台前にはゲオルグ王子の席が置かれているはずだが、巨木のようなアンシェント兵が並んで警備しているため見ることはできない。


 警備の前にはアンジュの姉であり、ゲオルグ王子の婚約者であるジゼル・アデライン・エバーグリーン侯爵令嬢が赤毛に近いピンクブロンドの髪を背に流し、凛とした背中で座っていた。


 王位継承を放棄したレイ王子は王族でありながら聖誕祭で重要視される存在ではない。さらに記念公演は聖誕祭催事ではないため、観覧に第二王子も御臨席となるという報にアカデミアは騒然となった。


 ゲオルグ王子の後援であるゲラン領の催事は聖誕祭前から今年も万全だった。歴代最高の呼び声高い演者達が揃うゲラン座はチケット販売開始後5分で全席ソールドアウト。1週間前から販売された食の賢人“神の味蕾”エルーブジの新作は『妖精姫のフライデーナイト』という領章の百合を模ったホワイトチョコレートだ。ギフトとして贈られたものを一口食べれば贈り主に対して淡い好意を持ってしまうという夢のような商品で、街では争奪戦が続いていた。


 だが盤石かと思われたゲラン領も、例年にない他領の追い上げで聖誕祭総選挙予想は混戦を極めている。


 聖誕祭総選挙とは対象期間中に各領のイベントに参加、もしくは関連商品を購入した者が投票券が得られ、最終日までの投票で最優秀催事となれば代表者に王への謁見権が与えられるというものだ。形式的なもので名誉以外得るものがないと知れている謁見権だが、ゲラン領は常勝の地位から降りたことはない。その歴史を打ち破るように、常勝ゲラン領に他領が手をかけんと挑む異例の事態に民は盛り上がっているが、当事者はそうもいかないはずだ。


 そんな苛烈な聖誕祭総選挙戦の中で後援のゲラン領の催事を支援するのではなくアカデミアを訪れることを選んだゲオルグ王子は、兄への思いやりやアカデミアの学生である婚約者への愛情を優先したとされ、好感を持って受け入れられた。


 ーーだが、その注目も数日前に3人の令息達の参加申込が入るまでだった。


 アンジュは視界の左、講堂の1番後ろの扉がゆっくりと開け放たれ、そこにアカデミアの黒いマントを身につけた3人の少年が並んでいるのを目を大きくして見た。


 リリガルド、レオン、そしてナリヒラが講堂を歩く姿はまるで物語から抜け出したようだった。


 女生徒達の歓声がコンサート会場のように講堂内ではじけた。


 男装の麗人にしか見えないリリガルドは桃色の髪を風に揺らし、杏色の瞳で周囲を見つめながら、自信に満ちた歩みで進んでいく。


 今や国内商業ギルドを束ねる最大商会となったオータム商会の末息子、リリガルド・オータム。オータム家はカザン王子派とされているヴォルフガング系であり、これまで表立ってゲラン系王子が出席するイベントに参加したことはなかった。リリガルドの参加はヴォルフガングの鞍替えか?あるいは宣戦布告か?と騒然になったアカデミアは残り2名の参加申し込みで狂う勢いで沸騰した。


 レオン・ブルム・ノーマンは金髪が太陽の光を反射し、緑色の瞳が清らかな光を放っていた。伝説の騎士団長の姿を彷彿とさせる彼の凛とした姿勢は名家の貴族らしさを際立たせている。


 四貴家ノーマン公爵家はこれまで家庭内教育を主としてきたが、息子の見学申し込みと共に現公爵夫人が婚前にアカデミアに通っていたことを公表。数年の研鑽で特級まで駆け上がったことが知れ渡り、男子だけでなく高位貴族との婚姻を目指す女子生徒の入学申込みが過去に例を見ない勢いで殺到しているという。


 一方、ナリヒラ・ヨシワラは黒髪が風になびき、涼やかな風貌の中で赤い瞳が謎めいた輝きを放つ少年だ。此度の聖誕祭で解放されるまで王都最後の秘境と呼ばれていた観月宮高官の子息だという彼は、齢14にして一級水系能力者。その存在は周囲に神秘的な雰囲気を纏わせ、人々の興味を引きつけていた。


 ヴォルフガング領後援で観月宮が発売したシナンチャリティーバベルジャンボ富籤は狂ったような勢いで売れ続け、祭が始まる前に売り切れたという。


 第三王子派のはずのヴォルフガング領には“黒天使”タイヨウ嬢が付き、その第三王子の実家である観月宮はシナン支援を掲げて動き、タイヨウ嬢の実家である東の古豪ノーマン家は当主が主催するゲヘナツアーが連日盛況だ。真意が見えず、力ある者に靡きたい浮動層の貴族たちは状況に首を傾げていた。


 だが大人たちに各領の思惑が見えなくとも、生徒達には華やかな令息たちの魅力は焼き付けられる。三人の足取りは確固たるものであり、校内の注目と歓声を一身に集めながら来賓席に向かい、着席した。


「きゃぁ…っ!」


 背伸びして見ていたアンジュが足を捻って小さく漏らした悲鳴に、近くにいた男子生徒たちが慌てて手を差し伸べようとした瞬間、構内は水を打ったように静まり返った。


 驚いた男子生徒たちは講堂を振り返ると、そのまま動きを止めた。


 令息が出てきた扉には艶やかな黒髪を揺蕩わせた、“黒天使”ソーレ・タイヨウ・ノーマンが穏やかな微笑でそこに立っていた。


 彼女がその場に現れた瞬間、空気までもが一変した。講堂にはまるで()()()天使が降臨したかのような神聖な雰囲気が満ちる。その美しい姿はまばゆく、心を奪うような輝きを放ち、息を呑むほどの魅力に満ちていた。群衆はただただその奇蹟の存在に見とれ、言葉を失い、感嘆の声を上げることも忘れてしまった。


 彼女の登場は夢のような現実となり、その場にいる全ての人々を虜にした。


 そこで壇上の拡声器が入る音がして、3回見ても記憶に残らないと言われる地味な風貌のレイ王子が来賓席を手で指し、「ノーマン君、そろそろ始めるよ」と教師の顔で微笑んだ。


 人の背で空席が確認できなかったのだろう。黒天使は静寂の中で鈴を震わせるような可憐な声で手を振った。


「と、とんでもないです! 飛び入りなので、目立たない所で立ち見しますのでお気になさらず……! お席もないと思いますし!」


 着席していた者全員が腰を浮かせたところで、「タイヨウ! こっち!」というリリガルドの声が響き、ホッとした顔でタイヨウが転移して着席した。親しみの込もったやりとりを3人の令息とそっと小声で交わして、期待に満ちた目でタイヨウは舞台を仰ぎ見る。


 黒天使の鮮烈な御業を目の当たりにした者たちは、「……カルマが、なぜ“業”と呼ばれるのか?それは我が国の建国の歴史を紐解くことで明らかになりました」と始まったレイ王子の講演の内容も、ゲオルグ王子の存在も頭に残すことはなかった。



 

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