69.未知の道
団長カザンと元団長フォルクスの職権濫用によりタイヨウが私物化しつつある騎士団の転移布で鉱山最寄の街まで近づき、そこからヴォルフガング領の職人を伴い転移しながら馬でタイヨウは移動をした。父フォルクスが帯同していたが、この朝は保護者というより指導者としての意味合いが強かった。
「まだ少しズレるな」
父を見上げるとちょうど逆光で、肩幅の大きな長身は頼り甲斐のあるボスそのものだった。今日はカーキ色の防衛局将官服を見に纏っているから尚更だ。
父が目をすがめて早朝の強い光に照らされた見通しの良い道の奥を見つめる。そこには切り出した大量の石資材を運ぶために太い道路が切り拓かれていた。通路、ではない。タイヨウには馴染みがあるが、バベル王都でも見かけないアスファルト塗りの黒い道路だった。尚、道路の下には地下道があり工場直通のベルトコンベアが走っている。ヴォルフガング領では魔石を使用した重機や自動車の実用化が進められているのである。
「誤差1ラッドくらいでしょうか」
身体操作に長けたフォルクスは1キロほど先の標識を見て、頭を軽く振る。
「そこまでないな。900リンドってとこだ。だが戦場では致命的だ」
タイヨウはガックリと肩を落とす。
ソーレの翻訳呪文によって言語は全て翻訳されていたが、長さの単位だけはそうは行かなかった。
一方、重さの単位は25年前のカグヤ妃の輿入れをもってグラム表記に統一されていた。物資の輸出入が盛んになることを踏まえ、精巧なミカド皇国の測量器も合わせて輸入したヴォルフガング翁が国際基準化を進めて一財を築いたというサイドストーリーつきだ。
バベルの地図と向き合ったタイヨウは深刻に頭を抱えた。当然、物差しもメジャーも見慣れないサイズ。地図を見ても書かれた距離が体感として飲み込めないのだ。
転機になったのはソーレが残したバベル情報をまとめたノートだった。使われていたのは日本で1番学生に使用されている汎用ノート。つまりA4、縦は297mm。涙ぐましい努力で30cm物差しを作り、タイヨウは単位を測定した。
1リンクは約1.6cm。
1リンクスは約27cm、10リンク。
1リンドは約1.6m、100リンク、6リンクス。
1ラッドは約1.6km、1000リンド。
ラッドがキロよりマイルにほど近いということは理解したが、人生15年生きてきて馴染んできたのはメートル法のタイヨウは苦戦が続いていた。ただひたすらにリンクスが憎い。ついでにマイルも憎い。
「うう〜!! もう一度、お願いします!」
眉をへの字にしながら地図を凝視するタイヨウを励ますように、そして背に跨るフォルクスをなじるように騎士団屈指の駿馬である白馬が軽く嘶く。
その首を優しく撫でてやりながら「なあ、タイヨウちゃん。地図だけ見て転移ぶってのはやっぱり無理なんじゃないか?」とフォルクスは父の甘さを覗かせた。
「できます! そろそろ掴んできました! 次は5ラッド丁度にとんでみせます! 頂上までにとべるようになります!」
ふんす!と奮起した娘にフォルクスは複雑な思いで目を細める。
娘を迎え入れると妻と決めた日から思い描いていた数々の父娘シーンの中に『娘のルートファインディング技術を指導する』はなかった。いや、正確に言えば指導ではない。闇系新技術開発の同伴である。数千の父娘夢シーンの中にあるはずもない。
転移とは転移ポイントが闇系呪術によって確定されている呪布や扉間での移動が通例だ。それを『明日採掘場に行く時は地図だけを見て転移する練習がしたい』と娘が言い出したときは冗談だと思ったが、その目が真剣そのものだったので心底驚いた。
そもそも魔力量が少ないことが多い闇系統。魔力量が多い闇系名家のアボット家はこぞって転移が苦手、否、他の能力に振り切っている。前例のない娘の発言は常識を打ち壊す衝撃だった。
「距離感を掴んで転移ぶってことかよ。ボス、地図見て転移なんてことが、しかも複数人を連れてってなりゃ……ゲームが変わるどころじゃねえぞ」
腹心の部下であり、親友でもあるゴーンが唸るように言った言葉が腹の奥に沈んでいる。
当然のことながら転移陣は原則国外には置かれていない。終戦後、縁嫁のシステムを導入せねばならぬほどバベル王国の戦力は周辺国にとって脅威であったこと思えば当然のことだ。
タイヨウは気づいていない。
それが地図さえ手に入れれば、いかなる戦地でも、他国の王宮であっても即時に最大戦力を突きつけられる魔王の如き力だということを。
その可能性の片鱗を感じていたアボット家によって、海外にあるキランの私邸にタイヨウが自在に行き来できることはシナン諸島連邦との友好関係を持ってしても極秘事項となっている。
「さすがに無謀だろ、地図を見てなんて……」
思わず怯んだフォルクスに「できるだろう、タイヨウなら」とカザンが即断した。
「は?」
「やらせてやれ」
「はああ??」
やれるかやれないかであれば、やれるであろうことは言われなくても、父の贔屓目を抜いてもわかっていた。それだけ、タイヨウは期待させる子供であった。
だが、娘の為人を知らぬ者にとってはただの脅威でしかないという点も理解できる。
それを国外情勢を知らぬはずのない騎士団長、ましてや身をもって他国の脅威に晒されてきたはずの第3王子に言われては自身の怯懦を見抜かれたようで居心地が悪かった。
「タイヨウは出来ることしかやらない。それを、出来るかわからんことをやりたいと言ったんだ。懸念は理解している。だが、やらせてやれ」
カザンはフォルクスの懊悩を断ち切るようにさっぱりした顔で言い切った。
「え、お前何その彼氏面。『俺はわかってる』みたいなのやめてくれる? 俺、パパなんだけど? 娘の第一の理解者はパパなんですけど??」
それには答えず「明日俺が行ければいいんだが、終日業務だ。すまんな」タイヨウにとろりとした甘い微笑で声をかけてからカザンが帰り支度を始める。
ヒューが追いながら、フォルクスとゴーンを振り返った。
「ーータイヨウちゃん以外にできる技術なのかはわからないし、案外取り越し苦労かもしんねぇっすよ。当面はトップシークレットにしておいて、いざとなりゃ……カザンの嫁、王族の外交ってことで誤魔化せばいいんじゃないすかね」
メイが一つ頷くと、転移呪符を取り出し、瞬く間に3人は王都に帰還した。
「まだ結婚認めたわけじゃねえぞ!」という捨て台詞は届いたかどうか。
そんなやりとりを思い出して、娘の頭頂部をポンポンと叩く。
「あー、なんだその。ハンナの男?は、出来るって言ってたんだったな。百万の男」
ソーレの姿、と言っても、それは入れ替わった学生服姿の自分だったが、思い出しながらタイヨウは地図を握る手に力を込めて頷いた。
「ーーはい、出来ます」
「え、タイヨウちゃんも会ったことあるの? 知り合い? バベル人でもないんだろ?」
「知り合い、だったわけではないので、詳しくは知らないんですけど……会ったのもほんの少しですし……」
「えぇっ!? 大丈夫なのか? ハンナはタイヨウちゃんの大切なメイドだろう? 名捧げされてる訳だし。変な男に引っかかってたらパパが……」
「ーー大丈夫ですよっ!!」
頭に置かれた思わず父の手を払ってから、自分がしたことに気づいたようにタイヨウが大慌てで謝る。
「ごごご、ごめんなさい! でも、本当に大丈夫です! ーー大丈夫、なんです」
大丈夫じゃないのは僕の方なので、と小声で呟いた娘の姿に何かを思い出しそうになったフォルクスはその後は黙って娘の特訓に付き合った。
だが、タイヨウの懸命な努力は空回りし続け、転移時の1ラッド前後の誤差は到着まで修正されることはなかった。




