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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第四章 勝利への覚悟

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68. 波の行先

 ヴォルフガング翁が「それにしても、魔獣とは斯様にクサイものじゃったのか……」と唸った。


 全身呪符に包まれ、特級呪物のような風体になっているにも関わらず、匂いは届くらしい。魔獣は臭い。肉が腐ったような、汗臭さを煮詰めたような、強烈な獣臭さだ。今回はそれに加えて、煤の匂いも加わっている。


 ワイバーンは革が非常に厚く、耐火性が高い。一頭を素材として売ればひと財産、という高級魔獣だが「ゴーンおじ様が火をボールにして急所に当てて気絶させたんですよう!」とタイヨウは誇らしげだった。


 狩りを楽しむようなその様子を(こういうところを見ると男の子ですね、タイヨウ様。まあソーレお嬢様も女子だからといって優しさなどありませんでしたが……)とハンナが半目で見ていた。


 次の刹那、魔力を察知する感覚を母との連携で最大限に引き上げられていた彼女は、ぞわりと二の腕に鳥肌を立てた。


 青年にしては小さめな蓼丸の肉体の内部で、はっきりと巨大な4つの魔力が動いていたのだ。得体の知れない怪物を内に宿す人間を見るような、純粋な恐ろしさが湧き上がるのを抑えられなかった。


 生ぬるい汗が、ツ、とこめかみを落ちる。母はと窺えば、口を半開きにし、涎を垂らさんばかりで呼吸も荒い。発情した犬よりだらしない風貌を見て冷静さを取り戻したハンナがタイヨウに頷いて合図する。タイヨウが口を開いた。


「ーーやろうか、リンゴ君」


 蓼丸は答えない。

 だが、ふわり、と紺髪が舞い上がった。


 左手をワイバーンに向けると、耐え難い悪臭がたちまち消え去った。荒野の乾いた空気が満ちると、右手の人差し指を観月宮無量庵と繋げたドアに向ける。


 さぁっ、と聴こえぬ音を感じるほどの明らかさで、クロモジの香りを孕んだ深い杜の風が吹き込んできた。


「……風、1万」ハンナが呟く。


 蓼丸がその手を合掌させてから、両の親指を絡めて開く。すると蒼火がワイバーンを包み込み、永遠にも思えた1分が過ぎて炭化して山を作った。


「火、カルマ相当、6万」メイは言いながら口の端に垂れていた涎の筋を拭った。


 蒼火はまだ消えない。

 だが蓼丸が上から下に右手を降りおろすと、巨大な水球が回転しながらゆっくり降りてきて火を消した。


 次にゴゴゴ、と地響きがし、赤土で出来た巨大な手が水球を包み込んで再び土に帰っていく。


 残ったのは10分前と変わらぬ、赤茶けた荒野と荒々しいゲヘナの風だけだった。


「……水、1万。次いで土、カルマ相当、3万」ハンナは言うと、母との連携を叩き切った。身体に負担がかかっていたこともあるが、頬を赤らめ声が漏れぬように口をおさえるメイが何より気持ち悪かったからだ。


 ルイは瞬きも忘れて、一連の景色を見ていた。


 ゾクゾクと背中に震えが走る。2mの巨躯を言葉にできない感情が暴れ回り、どうしようもなく涙が溢れた。


 憧れ、感嘆、羨望、賛美、崇拝。

 様々な感情が圧縮されたそれは、不思議と恋着と似ていた。


「おいおい、使いやがったぞ全属性」ゴーンがフォルクスを肘でこづく。


「ああ、やりやがったな」

 朋友と瞳を見合わせたフォルクスは、友の目にも自分と同じ感情が渦巻いているのを見てとった。


 現役で国防を担う責任者であるカザンとヒューは厳粛な顔をしていたが、やはり前々2トップと同じことを考えていた。


 それぞれの責任、矜持、面子が口を重くしていたところに、騎士団関係者の中では最年少のルイが恥も臆面もなく蓼丸の足に縋りついて、男たちの本音を口にした。


「それは、俺もできますか……っ?」


 片眉を上げて見下ろした蓼丸の顔を見て、神に触れる所業であったとでも思ったのか、弾かれたように離れて土下座する。


「リンゴ君! お願いします! 俺にも教えてください!!」

「タイヨウの父……フォルクスと言ったか? そいつに聞けばいいじゃないか。使い手としては相当だろう」


 その言葉にフォルクスは魔法少女に抜擢されたかのような驚きで飛び上がった。


「俺!? バベル人だけど!?」


 父様、とタイヨウがその袖をちんまりと引っ張った。


「僕もバベル人ですが、最近()()が出来ることがわかったんです。水属性の方しか使えない楽器が使えたんですよ〜」

「そんなこと、ママが言ってたなあ。だがそれはタイヨウちゃんが天才なビューティフル天使だからだろう?」

「いいえ、違います〜」

「なっ!?」


 愛娘の否定に仰け反った父を指差して、タイヨウが蓼丸に尋ねた。


「リンゴ君……父様の身体強化は水。魔力を瞬時に沸騰させるように引き上げるのは火の力なんじゃない? つまり……ここにいるバベル特級メンバーは()()()()()()使()()()()()。ーーそうだね?」


 蓼丸はしっかりと頷いた。

 二本足で立てている人間から、どうやったら貴方のように立てるのか?と聞かれるような薄気味の悪さがようやく断ち切れられたことを悟り、その顔には微かな安堵すら漂っていた。


 メイが拍手をしながら頷く。


「エクセレント!!! タイヨウお嬢様、鑑定眼なく、よくぞそこまで!」

「えへへ、大筋合ってますかね?」

「ええ、おそらくは。検証が必要ですわね。ということで、ボス。今年度聖誕祭が終わったら私騎士団やめます」


 突然の退職願に「はぁっ!?」とカザンが驚き、「本気!?」とヒューが叫んだ。


「本気に決まってるでしょう。こんな面白……重要な発見。闇属性で鑑定スキルの高い人間による検証が必要ですもの。シュリ姫が即位されるまで5年、大学で研究したいのです」


「はぁ!? 大学!? 今更!? あんたいくつよ!?」

 メイの発言に娘のハンナが珍しく取り乱した。


 お家芸を鉄仮面フェイスの打ち捨てた娘の顔に驚愕とともに焦燥と嫉妬があるのを見たメイは、ふっと優しく笑った。


「45歳よ。だから何?」


 メイはスッと背筋を伸ばした。


「母よ、軍の諜報部トップよ、アボット家よ。だから何? この国において、私が最も研究を進められるということに、何の影響があるの?」


 そしてバベル人たちを見回して、強く穏やかな声で言った。


「何歳だろうと、どんな立場だろうと、やれるならやるのよ。やりたいならやるの。それが未開の地を切り拓いてきたバベル人でしょう」


 その言葉に、フォルクスとゴーン、そしてカザンとヒューが打たれたように身を正した。


「常に考えなさい、ハンナ。自分をどうしたら幸福にできるのかを。家とか、領とか、女とか、母だとか。そんな言葉で止めてくる人間は、誰も私の幸福に責任を持ってくれないのよ。あなたも自分の幸福は自分で掴みたいから家を出たのでしょう?」


 タイヨウはその言葉に祖母の姿を思い出し、胸が熱くなった。


 腰は曲がり、白髪は縮れ、指はしわしわに節だっていたが、アッシュグレーの瞳は最後まで若々しく、メイと同じ母親の眼をしていたように思う。人の役に立て、と言い続けた祖母と言葉は異なるが、幸せになってほしいという想いは変わらない。


 メイはハンナだけでなく、自分にもルイにも語りかけているとタイヨウは思った。


 ーーこれは、生き方を教える話だ。


「皆様も、文句があるなら私を倒してからお願いします。アボットは王の盾。殺傷能力こそ低いですが、殺すのはなかなか厄介だと思いますよ?」


 メイは両手に紫色に光る亀甲型の結界を繰り出した。キィンッ!と高音質の音が響く。反射的に魔力を高めた蓼丸に釣られて重くなった空気を打ち払ったのはゴーンだった。


「ーーなあ、タデマル。俺も、飛べるようになるか?」


「飛ぶ?」蓼丸が2メートル近い肉厚のゴリラのようなゴーンの紅瞳を見上げる。


 顔に複数残る古い傷跡をほんのり赤らめ、ゴーンは言った。 


「俺は火系だ。強えし気に入ってはいるが、飛べねぇ。だが、周りの強え奴らはみんな飛べた。それが……だから……」


 44歳、ゴーン・ビートニクは「俺は、空飛びてぇ!」そう言って胸を張った。


「わかるだろ?」と同じ火属性のカザンを見たが、彼は軽く肩をすくめた。


「他属性を使うということは、恐らくチカラを分散させるんだろう? それならば俺は興味がないな。飛ぶならヒューがいる」


 それに応えたのは、十指の爪に火を灯したカグヤ妃だった。


「火は、単体の能力だけでなく魔力を底上げすることに長けている。薪をくべるように……火は強い能力じゃ。だが分化は難しいと言われているな。わっちは飛べん」


「そうか……」ゴーンは項垂れた。


「安心しろ。この女狐は……」

「リンゴ君!!!」

 言いかけた蓼丸を口の前にバツを作ったタイヨウが咎める。ただ国で癖になっていただけのようで、潔く謝ってから蓼丸は続けた。


「ああ、すまねぇ。カグヤ、殿が飛べねぇのは若さの維持に振り切ってるからだろ」

「若さ……身体強化の一種なのか? つまり水?」機嫌がいいゴリラのような見た目とは裏腹に、研究肌な一面を持つゴーンが思案の海に潜っていく。


「そうだな。水は従属性を操る全ての基本になる。飛ぶということに焦点を当てるのであれば、其方の主属性が火ならば、ミカドではまず水を扱う感覚を身につける。その次に」

「風か!」


 感心したように頷くゴーンに「わっちの主属性は火じゃが、そもそも従属性は水までしか育ててないからの」と、カグヤ妃がきゃらきゃらと笑う。


「おそらく……仮に媒体という言い方をしますが、両国は他属性を操るための媒体が異なるかと思います」 

 ギラギラと眼鏡を光らせたメイが言うと、タイヨウも頷いた。


「たぶんですけど、ミカドは“水”の魔力が多い土地なんじゃないですか? バベルは“闇”の魔力が強い。ここでは闇を媒体にしていて……だから闇系の僕が……」


 できる、できる、と強く意識して、タイヨウは右手をひろげた。


「ーーこうして、他属性を使えるのだと思います」


 その美しい掌の上に小さな水球ができたのを見て、バベル一同が微かにどよめいた。


 イメージの力に左右される魔力操作は、“一属性しか使えない”という思い込みに弱く、バベル人はその後しばらく苦しめられることになる。


 一方、フォルクスとゴーンというコンビの強火担で、彼らのヤンキー漫画風血風譚により他属性の能力に馴染みのあったルイはこの後に飛躍的な成長を遂げることになった。この時点では主属性の扱いすらままならなかったにも関わらず、だ。


 後にハンナは、バベル陣営でタイヨウが他属性を誰よりも早く使いこなし、ルイが成長したのも“ミカド皇国”の漫画文化の影響によるものと分析した。特に少年漫画の影響が好ましい影響を与える、と自論を唱え、後年になって母の研究を引き継いだ彼女の理論はミカドの人気漫画誌“少年飛翔”になぞらえて『ジャンプエフェクト』と名付けられることになる。


 そんな未来は露知らず、ハンナは目を眇めた。


「タイヨウ様のおっしゃる通り、水系魔力の奥に、闇系がありますね」


 おお、と今度はバベル人だけでなく、ミカド人も驚きの声を上げた。そこへウォッホン!と芝居がかった咳で割り込んだのはヴォルフガング翁だ。


「盛り上がっているところすまんが、ワシはそろそろ帰らせて頂くぞ。この呪符が痒くて敵わんしな」


 そこで「タデマル殿」と、声音だけはやさしく話しかける。


「先ほどお伝えしたように、約定の5億バベリウムのうち1億は明日のお帰りの時刻までにお渡ししよう。残価に関しては明日までに考えさせてくだされ」

「承知しました」


 蓼丸は凛とした金色の瞳で静かに頷いた。


「この件に関しては儂からビンゴ・タデマル殿に交渉させていただいてよろしいか?」

「かたじけない。御老公にそうしてもらえると正直助かります。私も戻れば本業がありますので」


 ホッとしたという顔で蓼丸が態度を和らげると、ふわりと空気までそれに応じたようだった。


 出立まで稽古を組み込んだスケジューリングを調整しようと脳筋組のゴーンとルイが足を踏み出した瞬間、爆弾を投入したのは鉄仮面フェイスのハンナだった。


「ーーヴォルフガング様、担保として私を5年間ミカド皇国に()()させるのはいかがでございましょう」


冷たいアスファルトの上で転んだ時のような衝撃に襲われ、タイヨウが血の気の失った顔で目を見開く。


「私は半年後に特級の確定診断を受けるべく調整している身。すでに特級相当の能力は保持しております。そして現時点では未成年であり、ミカド皇国のご要望に粗方合っているかと思います」


どうなんだ、というようにメイを蓼丸が見る。メイは静かな声で「闇属性一万五千。当国規定では特級に値します。日に出力1万というご要望は難しいですが、成長過程であることを考えれば誤差の範囲かと。また娘は19歳であり、同じく当国規定では未成年です」


ふむ、と興味を惹かれたように蓼丸はハンナの前に音もなく移動し、自身より少しだけ背の高い亜麻色の瞳を捉える。


「5年、というのは?」


(そういえば、ミカド皇国の要求は“50年”だった!)


15歳のタイヨウにとって、5年という月日も果てしなく思えたのに、50年という日々にはもう声も出ない。喉に何か熱いものが詰められたような思いがして、一方顔色は氷につけられたように青褪めていた。


生涯脇役と骨の髄まで刻まれたハンナは、ここまで注目を集めたことがなく、かつてないほどに緊張していたが、脳内に浮かんでいた計略に確信を持って凛とした声を張った。


「近々、魔力値100万相当の闇属性未成年者をミカドにお連れします。私とその者の献身をもって時間の短縮を交渉させてくださいませ」


「100万って、貴方それ、絶好調のボスと同等よ? そんな魔力を見逃すわけ……」


 メイは嘲笑うように言いかけて、そこで口を閉ざした。青褪めて口を押さえたタイヨウと、自信に満ちた娘の顔を見て。


(ありえない。そんな大胆なことを……)


 娘の主、齢10にして特級の気配を漂わせていたソーレ・ドゥフト。自らの拙い手技で隠そうとはしていたが、その輝きは隠し切れてはいなかった。ハンナを侍従としてからは完全に身を潜めていたが、当主自らがノーマン家に養子縁組を薦めた程にアボット家中枢の記憶に残る少女。


 いま目の前で天使も恥じらう美貌を震わせる黒天使とはプロファイルが異なると思っていたが……。


(魂の双子……! この子達、まさか『黒門』で入れ替えを……!)


 突き抜けるような戦慄がメイを襲う。驚愕と嫉妬の嵐の後に残ったのは、娘とその主人に対する誇らしさだった。


「そう、本当に()()ってわけね。で、今、()()はどこにいるの?」


 メイがアボット家の鉄仮面を被ると、ハンナもぬけぬけと言ってのけた。


「ーーニッポン、という場所におりますよ」


 その言葉に打たれたように反応したのは蓼丸とカグヤ妃、そしてセミマルだった。


 3人は“日本人”であるタイヨウの顔を反射的に見たが、本人は(ハンナさん!? ハンナさんどうするんです!?)とパニックになりハンナを凝視したまま静止していたため、まず蓼丸がハンナに問うた。


「ーーそれが誠なら通らぬ訳などないが、証左はあるか?」


「そうですねぇ……」


 思案顔で左上の虚空を見てから、ハンナが流れるような仕草でポケットからやけに肌色とピンクが多用された表紙の単行本を取り出す。


「私、()を通じて、3年ほど前から()()()()()BL作家としてデビューしておりまして。こちら半年前に上梓した拙著『ばかになっちゃう!〜エルフ王子の秘蜜レッスン〜』でございますが……」


「「「なんて?」」」


顎が地に落ちる程の驚愕顔からいち早く立ち直ったのはセミマルだった。


「憚りながら失礼しますよ……」と白手袋をつけて書籍を受け取り、裏表紙と奥付を確認してからセミマルは大きく頷いた。興奮の面持ちで主人を振り返る。


「カグヤちゃん、これホンモノだ。『書籍JANコード』と『奥付』がガチだ!」


目利きの腹心の鑑定にニイッと紅唇で笑ってからカグヤ妃が宣言する。


「蓼丸の、そして猿。タイヨウが侍女、ハンナの口上はバベル王国第二妃カグヤの名において保証しよう。また提案した約定も釣りがくる価値あるものと請け負おう。そしてミカド皇国での扱いは吉原が全責任を負う。最賓客として5年間お迎えするから案ずるな」


「は? 勝手にそんな……」

チャキチャキと決めていくカグヤ妃を蓼丸が止めようとするが、吉原の人間の商売っ気が武人の停止程度で止まるものではなかった。


「ウチの里で出版社持っててさあ。この手のレーベルもあるってわけよ。吉原書房、薔薇文庫! 3年前に御降臨された神絵師もウチにいるんだよ。知ってるかい? 白濁⭐︎駅先生」

「え。『おげれつ⭐︎サークル〜新歓コンパは汁だくで〜』通称おげサーの?」

「おっ! 話が早いねえ、おげサー新刊ウチから出てるよぉ」


「ちょ、ハンナさん!? 勝手にそんな約束して!ソ……“あの人”に確認しないでいいんですか!?」


タイヨウがハンナの二の腕を掴んで揺らす。


瞑目し、すぅぅぅぅぅっと息を吸い込んだ後、ハンナは主人に対して聖女のように微笑んだ。


「タイヨウ様。勝手をお許しください」


タイヨウは、呆然と呟いた。


「ーーおげサーの新刊、読みたいんですね……」


 2人の間に荒野の風が吹いた。


 そんな空気を読まず「じいちゃん!! じいちゃんからも頼んでよ!! リンゴ君の特訓!」と駄々をこねる末孫ルイの熱望を受け、蓼丸の帰還を翌朝ではなく翌日の正午とし、さらに特訓の場をエリア3のドーム設立に必要な石灰石採掘と紐づけた手腕はさすがであった。


「簡単に言えば、でかくて硬い岩山を掘って運ぶんじゃが……ワシには能力のことはわからん。ルイの土系では穿孔・発破・積込・運搬のどこまで出来るんじゃ?」と誰にともなくヴォルフガング翁が尋ねると、蓼丸が腕を組んでルイを見上げる。


「全部できるだろ。土を動かしゃいいんだ」

「できないっす!」

「は? その魔力量で?」

「砂も動かないっす!」


 唖然とする蓼丸が答えを探すように周囲を見た。やれやれ、と紫煙を吐きながらカグヤ妃が辛辣に答える。


「そこな小童はカルマ……“鬼道”が使えぬ。山を崩すことはできても、狙いを定められん。操作できない巨大な力なぞ災害じゃ」


 聖誕祭に向けて一日がかりで教え込んでも何も進歩させられなかった男たちが気まずそうに視線を逸らした。


 ルイが唇をかみしめて顔を赤くして天を見る。目には涙が薄ら浮かんでいた。屈辱に耐えても成長したいと望むその姿が蓼丸の琴線に触れたらしく、やわらかな口調でルイに尋ねる。


「ルイ、てめぇ幾つだ」

「はい! 17っす!」

「ガキが出来ねぇのはあたりめぇだ。ガキ1人育てられねぇ周りが災害だろ。気にすんな」


 副将2人がカチンときた顔で睨みつけるが、カザンとフォルクスは苦々しい顔だ。


「御老公、穿孔と発破というのは、要するに岩を切り出して砕けば事足りますか」

「要するに、そういうことじゃな。5万トン分な」

「量はそちらで測っていただけますか?」

「もちろんじゃ。岩山に空いとる穴に落としてくれればベルトコンベアに乗って麓の工場まで降ろせるからの。当然カウントもできよう」


 ヴォルフガング翁が呪布の奥で微笑みながら返事をする。積込・運搬過程も組み込み、さらに必要量を大分上乗せするあたりは御愛嬌だ。


「承知しました。兄との商談はお任せします。待機しているかと思いますので」


 きっちり30度の礼をして、蓼丸がルイの肩を叩く。


「行くぞ、ルイ」

「へ? 行くってどこへ」


 顎で観月宮無量庵に開かれた扉を指し、「特訓だ」とニヤリと笑う。歩き出したその背を慌ててルイが追い、何やら楽しそうなカグヤ妃とセミマルもそれに続いた。


 荒野の風がしばしの沈黙を運び、ヴォルフガング翁が小さく呟いた。


「誰か、ワシの車椅子を押してくれんか……?」



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