67.全属性
「そうと決まれば話しましょう! どこにしますか? 父様、リンゴ君をウチに呼んでもいいですか?」
「あ〜……常時ならそれが一番だろうが、ウチは今タウンハウスだからダメじゃないか?」
フォルクスがチラリとハンナに目をやる。
「はい。タウンハウスは斯様に膨大な魔力をお持ちで、尚且つアボットに知られていない方を隠せる環境ではございません」
ハンナが頷くと、ヴォルフガング翁が鷹揚と名乗りをあげた。
「ならば我が家に……」
「ノン! ヴォルフガング領施設は干渉に対して屈強ですが、内からの魔力に対しての防衛が脆弱です。タデマル様の多少の感情の揺れで危険が生じるでしょう」
メイが平坦な声でそれを制する。仕草までよく似た母娘だ。
「そしたらよぉ、騎士団の訓練室がいいんじゃねえか? 暴発に備えてあそこは頑丈だし、隠蔽もかけられてる」ゴーンが言えば「さすがゴーン先輩っす! それいいっすね!」とルイが瞳を輝かせた。
「正気か? 秘密裏に来ている俺が国家防衛の中心に行くわけにはいかない」
「グヌヌ」
他ならぬ蓼丸の否定にゴーンとルイが肩を落とす。段々捨てられた犬の引取り先の話し合いのようになってきた場に、一石を投じたのはカグヤ妃だった。
パチンと扇子を閉じると、嫁(仮)を指す。
「タイヨウ、無量庵への入り口を作りゃ。わかるか? 鰻を食うた飯所じゃ」
「りょ! です〜」
頷いたタイヨウが立ち上がって両手を広げ大きく丸を描くと、そのまま開口部となり、深い森のような涼やかな空気がエリア3に流れ込む。
「この岩屋は結界で外からは見えん。好きに使え」
顎で開口部を示したカグヤが紅眼を愉快そうに輝かせる。祖国では許されなければ直言もできぬ相手の蓼丸家の子息に“施してやる”のが存外に小気味よいらしかった。
その言い様を止めるでもなく、セミマルはどことなく嬉しそうに見守っていた。観月宮の面々は花街の出身であり、人付き合いはお手のもの。身分にとらわれず嘘や虚飾の上に咲く徒花を楽しむ者たちだ。ゲラン領からの苛烈な横槍さえなければ、自邸に23年も引きこもることなく、社交に興じていただろう女主人の瞳は輝いていた。
「我がアボット家当主により、観月宮全体には侵入防止策がかけられ、許可なき者の立ち入りはできないとお伺いしております。その最重要ポイントが無量庵なのですね?」
蓼丸に聞かせるように、メイがカグヤ妃に問う。
それを見て「お前は誰の諜報官だ……」とカザンが苦々しく呟いた。
「無量庵はウチの避難所だから、風呂や便所も寝床もあるぞぅ」
セミマルの言葉に、カグヤが頷く。
「闇系能力を避ける策は幾重にも張られておる。侵入、傍受、思念操作……外に出なければ、主の膨大な魔力量も隠せよう。まぁ、そんなJの対策も、あいにくコレには無駄だったでありんすが」
カグヤが楽しそうにタイヨウを見る。王家の盾アボット家当主のかけた無数の策を打ち破り、今もなんなく開口部を開けてみせたタイヨウだが、本人の自覚は「頼まれたからドアを開けた」という程度なのでポカンとしている。
「嫁が旦那の実家に入れん道理はないからな」
「そういうことえ」
「坊、たまにはいいこと言うなぁ」
カザンの言葉で観月宮の機嫌が一層昂まり、蓼丸の24時間の逗留先が決定した。無量庵は開け放たれ自由に行き来できるものの、寝食以外は基本エリア3に残るという。
「リンゴ君! お願いがあるんですけどいいでしょうか!!」
話がまとまるやいなや、ルイが直立不動で大きな声を出した。
蓼丸が凛と整った片眉をあげる。
人類最強の漢、というより、正直アイドル感のある風貌だなとタイヨウはその横顔を盗み見て思っていた。
「ご挨拶が遅れました! ルイ・アーネスト・ヴォルフガングっす! 自分も土系能力なんす!稽古をつけてもらえないでしょうか!」
ヴォルフガング系名家では諱として隠されることの多いミドルネームまで名乗り、つま先まで緊張しているルイに、ヒューが怪訝な声をあげる。
「待ちなよ、ルイ。彼はさっき風系だったと思うけど?」
「いや、絶対土系だと思うっす!! 自分はリンゴ君が来たとき、足場を崩してやろうと地面狙ってたんですが、ぶわって止められたんす! その後も何回か試したけど、リンゴ君1人になってもドゥワッって感じで弾かれるんで間違い無いっす!」
基本的に先輩の言葉を否定しないルイが興奮しながら拙い口調で断言した。
先代の騎士団長は土系だが、ルイが入団したタイミングで退団。周囲が直感型天才肌の他系統ばかりの彼は、初めて間近にした自系統の有能な能力者に興奮していた。
ルイの頼み、そして年長者であるヒューの反応に首を傾げていた蓼丸が、苛立ったようにカグヤ妃を見る。
「吉原の。どういうことだ? こやつらは何の話をしている?」
バベル王国とミカド皇国、両国の能力者の間に横たわる溝を粗方理解しているカグヤ妃とセミマルが顔を見合わせて、困った顔でメイに尋ねた。
「主は騎士団の……なんじゃろ? Jに聞いてくりゃれ。伝えていいものかわっちでは判断ができぬ」
「国防がどうとか後から言われんのは嫌だぜぇ」
相手が知らないことをいいことに、隠すこともなく眼鏡の奥で鑑定眼を光らせていたメイが陶然と微笑んだ。
「許可します。私、王家御庭番アボット家次期当主ですから問題ないでしょう」
「は!? 聞いてないんですけど!?」
くわっと眼を見開いた娘をスルーして、メイが宣言した。
「次期王は女性のため、同性で最も能力の高いアボット家の者が王の護衛となり、当主となります。要するに、私です」
あんぐりと口を開いたバベル陣営に二の句を継がせぬよう、メイは畳み掛けた。
「我が国における能力について試験から級分け全てひっくるめて魔法局全権を任されているアボット家の、ほぼ当主が言うので問題ございません。さあさあ! ご開示なされませ」
鑑定欲をギラつかせ、ギン、と右眼に紫色の鑑定印を浮かべた母を見て、ハンナが諦めて自身の左眼に鑑定印を浮かべる。
「「『魔女たちの饗宴〈ワルプルギスエコー〉』」」
鑑定印が中空に浮かび、淡い光がヴェールのように優しく舞い降りる。光が届いた特級能力者たちは見えない波が頭上から押し寄せたような不思議な感覚を覚えた。
「言葉にできない、という場合もご安心くださいませ。視えておりますから」
にっこりとメイが言うと、蓼丸が頭をガリガリかいた。ミカド皇国の国防組織で重責を担う彼は生来根っからの武闘派である。面倒なことは兄に任せることにした末っ子は、白い歯を見せてニッと笑った。
そして立ち上がるなり、グッと魔圧を引き上げた。
「水、特級」メイが機械のように呟くと「魔力、30万」とハンナが続ける。
左の眼に浮かんだ紅い星を蓼丸は指差した。
「俺の目にあるこの護芒星印は火・風・水・土を操ることができる者にだけ与えられる」
「ん? 五角あるけど、闇系は?」
飛んでいって瞳の赤い印を覗き込んだタイヨウが尋ねると蓼丸は首を振った。
「闇はないな。頂点の角は“人”を表す。四つの属性を従える者という意味だ」
「ミカドに闇系はいないの?」
「いない。闇系はバベルにしかない、とされているが……どうだろうな。おそらく我らが分化できていないだけだろうと思う」
ふんふんと頷いていたタイヨウが、メイとハンナ母娘を振り向いた。
「あの〜……僕、なんとなくわかっちゃいました。つなぎが何か?みたいなことでは?」
その言葉に顔を見合わせた母娘が「「あ〜……」」と言い合って頷いた。
「あー、じゃないから! わかんないって!」
ヒューが噛み付くと、刹那思案したタイヨウが蓼丸の周りを浮いて一周した。
「リンゴ君、全属性見せてもらっていい? 僕が横で解説してみようと思う」
「それは構わないが……なんもないところで見せるの、難しくないか?」
「たしかに〜! 外国語喋れるって言ったら“喋ってみて”って言われるみたいな戸惑いあるかも……」
「そんなところだ。モノがあるといい。ここは魔界だろう? 一頭魔獣を呼べないか? ある程度強度があって殺してもいいやつ」
「いいね! それ」
天使そのもの風貌で悪魔のような会話を行ったタイヨウが、父とその朋友の目の前に転移してニコニコと見上げた。
「父様、ゴーンおじ様。ワイバーンって狩猟対象ですよね? ワイバーンの巣って遠いですか?」
「ああ、魔石や素材が獲れるからな。巣はすぐ近くだ」
「9時方向に3つある親子岩があるだろ。あの真ん中に立てば見える。お嬢ちゃんなら、2回ジャンプでいけるんじゃないか?」
「じゃあ、行きましょう! 一頭ゲット!」
2人の間に入り、腕をとったタイヨウが転移して消えた。
「え、待って待って! 1億払うから録画して……!」
2人の強火担であるルイが岩に向かって走り出して100mほどいったところで、気を失ったワイバーンを連れて3人が戻ってきた。
それを見たルイが涙を流しながら全力疾走する犬のように駆け戻ってくる。
「わー! 頼む、頼む! 撮らせてくれぇ!!」
「落ち着かんかルイ……」
ヴォルフガング翁はため息をついた。
☆ご覧いただきありがとうございます。少しでも「いいな」と感じていただけましたら、ブクマ・評価・リアクションをいただくと五体投地で泣いて喜びます。あなたの応援が大きな支えです☆




