65.ミカド皇国の要求
巨大ベースキャンプ型結界『玄武MarkII』に戻り、商談が始まった。
バベル側、ヴォルフガング領と観月宮の要求は『バベルジャンボ富籤』に掛かる一式。富籤1億枚、および鑑定機だ。
「――カグヤ様から伝えていただいていると思うが、我々の要求は以上じゃ。こちらはそれに対し5億ゴールド相当をお支払いする準備がある」
ヴォルフガング翁を中央に据え一列に並んだバベル陣営に対し、太々しい態度で足を組んで座る蓼丸の背後にはなぜかルイとメイが後ろ手を組んで立っていた。
「ルイ、メイ。何してるの、こっち来なさい」
末席に座ったヒューがどこぞの司令のように顔を覆いながら小声で言うが、それに対してルイは「いえ、自分はリンゴ君に迷惑かけたんで!」と背筋を伸ばし、メイは「まだ分析が終わってないんで」と瞳を光らせていた。
それを見て「はぁぁぁぁ」と野太いため息をついて頭を抱えたヒューを隣でそわそわタイヨウが見ていた。
(これがきっと“中間管理職”ってやつだ……大人の会議だな……!)
密かに興奮しているタイヨウを視界に入れつつ、蓼丸は切り出した。
「そちらのプランに我が国は概ね合意している。対価を提示する前に、まずサンプルをご覧いただきたい」
そう言った蓼丸に振り返られたルイは反射的に「はいっ!」と答えて服についているポケットを全てひっくり返した後、「すんません! 自分持ってないっす!」っと青褪めた。
気まずい沈黙が満ちた後、カザンを除くバベル一同は
(((あれ、天然さんかな……?)))
と、固唾を呑んで蓼丸を見守った。彼はその反応に気づく様子もなく、重々しく顎に手をあてる。
「そうだった。サンプルを持っている共の者は国へ吹き飛ばされていたな……」
「うわぁ〜! ごめんなさい! 僕がカッとなったばかりに……」
タイヨウが立ち上がってパタパタと腕を振る。その様子に蓼丸が優しく微笑んだ。
「とんでもございません。姫の前で配慮の足らぬ行いをした我々の落ち度。大変申し訳ございませんが、それでは再度開門して頂いて……」
「あ〜……それなんですが、今日はもうあの門は無理です」
小さくなって頭を下げるタイヨウの背後で、ハンナが大きく頷く。
「門は、無理」
ポカンと口を開いた蓼丸に、黒天使は慌てて説明する。
「あれ、思ったより魔力使うみたいで。僕が一旦ミカドにお邪魔できればポートをつくれたんですが、えーとえーと、とにかく明日にならないと……」
「明日……」
ミカド皇国との国交門は半年間現当主ジョルジュ・アボット含め一級以上のアボット家の人間が集まり半年間魔力を貯め続けて制作して開通したものだった。万が一にも他国から開門されないよう膨大な闇魔力を要する非効率な仕組みとなっている。
「門は無理ですけど、このくらい……腕が通るくらいのサイズだったらなんとかなる、と思います」
「タイヨウ様」
安請け合いする主人を止めるように肩に手を置いたハンナにメイが平坦な声で呼びかける。
「ハンナ、赤子のように守ることがアボットの役目ではありませんよ」
(うるっせぇんだよ、黙ってろクソババア)と眼で反応しながら鉄仮面の無言でハンナが下がる。
ハンナとメイを見比べて、蓼丸がメイの顔を見た。
「身内か?」
「お分かりになりますか?」
「一目でわかる。よく似た姉妹だ」
「よく言われます」
ヒューとハンナが口に出せぬツッコミを飲み込んで、ドロドロとため息を吐いた。
蓼丸は一つ頷くと、“電話木札”でまた誰かに連絡して手短に指示を出し、「姫、お手数ですが先ほどの場所に繋げていただけますか」とタイヨウに言った。
「……30cm大までですよ。15分までにしてください」
そう主人に耳打ちしたハンナに頷くと、タイヨウは「承知ですっ!」と立ち上がり、セミマルが差し出した木札を蓼丸の横に放ってミニマムな国交門を開いた。
ルイとメイからは見えないらしく、少し脇に逸れて穴を見てから驚いた顔になる。ゆっくりと蓼丸は立ち上がり、テント内に現れた小さな覗き窓を覗き込んだ。
『リンゴ君、大丈夫か!?』
門の向こう側からは先ほどの白い面布の人間達が顔を押しつけあうようにしてこちらを見ようとしていた。
『問題ない。ブツを出せ』
『でもよぉ……』
『騒ぐな。備悟兄とも話が出来ている。こちらには御老公もいらっしゃる。あと事情はまだ定かではないが……日本人の姫も御同席だ』
『日本人が!? 見たい!』
蜂の巣を突いたような狂乱となった穴の向こうに手から放水した蓼丸が黙らせた。
『ブ・ツ・を・出・せ』
次の瞬間、
「う……わぁ……っ!」
と、タイヨウが思わず歓声を上げた。
蓼丸がバベル一同を背に右手を挙げた。
たったそれだけの動作で、意志があるかのように無数の赤い紙、日本で見慣れた宝くじサイズのそれが見えない壁に貼られたようにピタリと整列していたのだ。それも、相当巨大な壁だ。ちょっとしたスクリーンくらいになっている。
「見てもいいですか!?」
「ワシにも見せてくれ!」
手を挙げてタイヨウが、蓑虫のようにモゾモゾと主張しながらヴォルフガング翁が頼むと「仰せのままに」とバベル一同のそれぞれの顔の前に一枚ずつ富籤が並んだ。
両手を動かせぬヴォルフガングの防御グラスの前でタイヨウがくるくると見せてやり、「か、輝いておる……」「あ、これ箔押しですね。すばらしいですね」「う、薄い……」「斤量が……薄いですね、これなら嵩張りませんね」と細部まで感嘆の声を漏らしながら確認した。
それぞれが手に取り、しばし後、セミマルが歯を食いしばって天を仰いだ。
“バベルジャンボ富籤”
番号と共にバベル語でそう記された富籤にはモノグラムとなって“狐 葛の葉”が赤く染め抜かれている。
ヴォルフガング領は蔦にアナグマ、色は黄。
ノーマン領は薔薇に鷹、紫。
フィガロ領はプルメリアに2匹の水蛇、水色。
ゲラン領は山百合に獅子、白。
他領と並ぶ領章、“狐に葛の葉、赤”だった。
「ゆくゆくは藩……こちらでは領というのであったか? それが立ち上がるのであれば、観月宮は我らの門となる。ならばこちらも相応の支援を致そう」
『アレも出せ』
穴に向かって蓼丸が言うと、筒状にまるめられた布がスルスルと差し入れられる。
薄い白布はスルスルと広がり、ピンと貼られる。四隅に紐がかけられるよう穴が開いているのを見ると、店頭幕のようだ。
その中央には大きく赤い狐と葛の葉のロゴが入っていた。そしてその下にはミカド皇国語で“天道”と墨書されていた。
「天、道……」
カグヤ妃が呆然と呟いた。
「なんじゃ? なんと書いてある」
「あれはミカドの言葉で“てんとう”と読みます。そのまま読めば“てんどう”です。古い言葉でお日様を意味します」
「ティン……」
「てん、どう、ですよ!」
「テンドゥー……」
甲斐甲斐しいヘルパーのようにタイヨウが呪符蓑虫のヴォルフガング翁に小声で解説をする。
蓼丸が為政者の眼でカグヤとカザンを見据えた。
「お上に代わり言い渡す。そなたらはもはや月ではない。太陽となれ、天道領よ」
セミマルは耐えきれず席を立ち、這いつくばって礼をしながら男泣きした。
「あり……ありがどうございばす……っ! あり……」
その姿は石を噛むような日々を耐え忍んできた歴史が伺え、何かに立ち向かってきた人間には胸に訴えるものがあった。特にゴーンは貰い泣きして大きい音を立てて鼻を噛んでいた。
生国から遠く離れた地で、母子を護ってきた恩ある近習の背を優しく撫でながら、カザンが母に声をかける。
「どうするんだ、初代」
「どうするもこうするも……天道か。意味は“太陽”ぞ」
「ぬ。領名は当主の姓となるのだろう? 嫁に来たらタイヨウ・タイヨウという意味になるのか?」
「嫌ならノーマンに婿入りしろ」
呵呵と白い喉をそらせて笑った後、不敵な笑みでカグヤ妃は蓼丸に言った。
「承った。良き名じゃ。礼を言う」
その声にヴォルフガング翁が興奮して声を上げる。
「ワシからも礼を言おう。素晴らしい出来だ」
「1〜100組、それぞれ10000〜19999番で一億枚。今日見せたのは“1組”全てだ」
蓼丸が言うと、背後に広がり壁になっていた富籤がストトトトッ!と小気味の良い音を立てて卓上に積み上げられ、5つの塔になった。
「商談が成立すれば残りを刷ろう。そして封筒、店頭幕、あと……めんどくせえ! とにかく富籤に要り用になりそうなもんは一式揃えるそうだ」
「ほう、剛気だな」
「ね、とっても親切ですねぇ!」
タイヨウとカザンの天然カップルが花を飛ばして微笑みあっている横で、ヴォルフガング翁を筆頭に大なり小なり世俗に慣れた他の者たちは身に緊張を走らせる。
時間のない中、過剰ともいえる準備を整えたミカド皇国側がただの好意で動くとは思えない。
「……して、ミカド皇国は対価として何をお望みなさる」
呪符に包まれたヴォルフガング翁の赤褐色の瞳が相手を見定めるように冷たく光る。
蓼丸はカラリとした調子でその問いに答えた。
「闇属性魔石を5億バベリウム分、もしくは闇系特級能力者の派遣50年、だ」




