63.人類最強の男
門を開けよ、と言われたタイヨウは、ゴクリと生唾を飲み込んでカグヤ妃を見上げた。
今日はミカド皇国との第一回折衝を行う、ということは聞いていた。観月宮の“門”を使うと公式記録が残るため、非公式の会談とすることも。その場所として特級能力者のいないゲラン領の監視の届かぬエリア3は最適だということも。
(でも“ミカド皇国”は……)
タイヨウは内心震える。
ミカド皇国には日本人が渡来しているという。そして自分は日本人だ。ソーレとの入れ替わりのことを知らぬ家族の前で、そしてバベル人達の前で自分が日本人であるということは知られるわけにいかない。そもそも日本人の存在を20年余り隠してきた観月宮の意向もある。
(とにかくバレないようにしないと……!)
およそ人外めいた美しい顔に並々ならぬ緊張を激らせたタイヨウがカグヤ妃に問う。
「……ど、どのくらいの大きさにします?」
仮に何かがバレたとしても、どうにかしてやるつもりも自信もあるカグヤだったが、その様子に片眉を上げる。
長いまつ毛の先まで緊張がみてとれる息子の恋人の様子にクッと口の端で笑うと、カグヤ妃は「雷門ぐらいかの」と小声で耳打ちする。
「なるほど! かみな……」
「主、そういうところじゃぞ」
右拳を左手にポンと打ちつけたタイヨウの頭をパシンと小気味よく叩く母親に「おい!」とカザンが肩を怒らせて割り込んできた。
チィッ!と額に青筋を立てたカグヤ妃は息子の手を苛立たしげに払う。
「案ずるな、タイヨウ。何があろうと主はわっちらが守るわいな」
そして良く通る美声を張り上げ、鬨の声を上げた。
「開門じゃ!」
カグヤ妃からセミマルへ渡され、そしてセミマルの手によって放り投げられた“神門”と朱書きされた木札を目掛けて、タイヨウが両手を開いて転移陣を起動させる要領で魔力を叩き込む。
木札からズルズルと魔力が引き出されていくのを感じる。雷門ぐらい、と聞いていたが、想定していた量を遥かに超えていた。
ミカド皇国との距離のせいか、それとも禁術に相当するからか。あまりのエネルギー量に、タイヨウの小さな両手からは紫色の滝が生まれているように見えた。横目に入るハンナの顔に焦りが見える。それほどに膨大な魔力が引き出されているのだろう。
(そう、あげる。僕の力をあげる。そして……)
昔、日本で読んだ漫画のイメージだ。エネルギー弾のように。力は切り離せる。やがて流し込む力の流れに抵抗を感じるようになってきた。
(満ちた! ここで、切る!)
「ひらけ、ごまっ!!」
両手をパン!と合わせると、木札の上に巨大な紫色の光の扉が現れた。
この門、ちょうど学校のプールを縦にしたくらいあるな……と固唾を飲んで見守っていたタイヨウの目に飛び込んできたのは、想像もしなかった光景だった。
重々しく開かれた扉の奥は暗闇。
しかし瞬く間に白いスモークが溢れ出し、赤や青、黄色といった極彩色の照明が暴れるように光りだした。そして、ドゥン!ドゥン!という重低音にシンセサイザーなどの楽器を使ったバベルでは聴き慣れないEDMが爆音で流れてくる。
「なん……だぁ?」
一同を背後に守るようにフォルクスと肩を並べて立ったゴーンが眉を顰める。声にはしないものの、それがそこにいる者全ての心の声であった。
カザンは当然のように黒天使を抱き上げ、それに身を任せたタイヨウはいつでも門を閉じられるように気を張り詰めた。
するとそこに、ミカド皇国語、タイヨウにとっては日本語でのマイクパフォーマンスが煙の奥から鳴り響いた。癖のある巻き舌まで日本で聞いていたそれを思わせる。
『いやいや、バベルの皆様お立ち合い! 火事と喧嘩は江戸の華 いずれの華もこの男にかかっては水の泡! 本日ご挨拶に参りますのは人類最強の男 特別消禍隊“華の第七”隊長 蓼丸ゥゥゥ麟五ォォォォ!!!』
どおっ!っと煙の向こうで多くの人間が盛り上がる気配があり、騎士団のメンバーは素早く臨戦体制を整えた。
唖然とした顔で「地下格闘技場かな……?」と小さく呟く娘の顔を見てから「なんだ? 奴らはなんと言ってる?」現場感を漲らせたフォルクスがカグヤ妃に問う。
何しろ門から爆音でクラブミュージックが流れ続けているため、それなりに大声だ。
「……今日来る者の紹介じゃ!」
「人類最強の男、って言ってました! あ、僕はその翻訳呪文が広範囲なので! それでわかるだけですが!」
聞かれてもいない言い訳を繰り出した愛娘の言葉に引っかかったフォルクスが瞳の色を変えた。
「人類最強の男だぁ……?」
ミカド皇国語は問題なく理解できるカザンがカグヤ妃に尋ねる。
「誰だ? タデマルリンゴとは」
「蓼丸の次男坊か……彼奴を出してくるとはな」
「知ってるのか? タデマルとはミカド側の重臣の名ではなかったか?」
「よく覚えてたなぁ坊……蓼丸家は江戸の武家のお偉いさんだよぉ。それに“第七”……なんなんだよぉ、たかが“祭の話し合い”に出てくる奴じゃねぇだろ……」
セミマルが引き攣った顔でカザンの影に隠れる。
「むっ! 人類最強の男はフォルクス先輩とゴーン先輩っすよ!」
聞き齧った言葉に噛み付くルイを、ヒューが「うんうん。今多分そういう話してないよ、ルイ」と宥めた。
困惑するバベル陣営の前に、赤い星の描かれた白い面布を下げた男達が音もなく独特の舞を舞いながら歩んできた。衣装は白地に銀糸。消防服と僧服が混ざったような独特な装いだった。10人の男達は2列に分かれ、花道のような空間を作ると膝をつく。
よく訓練されている動きに息を呑んでいると、その花道を1人の男が悠然と歩いてきた。
肩から腕にかけて白いラインの入った黒い作務衣のような服の腕を組み、足元は黒い足袋。長めの黒髪に金色の瞳。左眼には赤い星形が浮かんでいる。年齢はカザンやヒューと同じくらいか。目元は涼しげで、凛々しく顔貌は整っていた。
しかし……。
「ちっさ!」
ルイが思わず呟いた通り、身長はおそらく160cm前半だろう。2mのルイと比べるまでもなく、人類最強の男と聞かされた期待感をいささか裏切るサイズ感であった。
タイヨウが微かな風を認識する間もなく、次の刹那、祖父の台車を押して最後列にいたルイが蓼丸によって蹴り飛ばされていた。
フォルクス、ゴーン、カザン、そしてヒューが、即座に男の首を囲んで剣を構える。
『あな、あなた! いきなりなんなんですか! ルイさん、大丈夫ですか!?』
カザンに放り出されたタイヨウは蓼丸に噛み付くと、気絶したルイの元に転移しペチペチと頬を叩いた。桁外れの美貌を持つ異国の少女からミカド語が飛び出したことに一瞬気を取られたが、見下すように蓼丸は言った。
『――毛唐の言葉はわからんが、いま、そいつ俺のこと馬鹿にしただろう?』
剣を突きつけられているとは思えない態度に、カザンが低い声を出す。
『特使として来たなら、まず名を名乗れ。内容もわからぬ言葉を聞いて異国の民を蹴り飛ばすのがミカドの礼儀か?』
ガチャリと剣を鳴らしたカザンを嘲るように蓼丸が見上げる。
『てめぇこそ誰だ。口元見てると翻訳呪文じゃねえな? ああ……売女の息子か。学もないのは仕方ない。“蓼丸”には頭を下げろよ』
その言葉にセミマルが激昂し、瞬時に十指全てに暗器を握った。
『やめりゃ、蓼丸の! 主は戦争でもする気か! 主らもやめ!』
カグヤ妃が手を振って止めるが、男たちは引く様子を見せない。チィッ!と頭を掻きむしってからカグヤはガムを吐き捨てた。
元来この場にいる誰よりも短気な自分が何故このような役回りとなっているのか。その面倒の元凶を妖狐もかくやという圧で蓼丸を睨め付ける。
『蓼丸の、勘違いするなよ。わっちはここでは江戸の廓の女ではない。バベル王国第二妃、カグヤ・ミカド・バベルぞ。この地においては蓼丸といえど頭は下げぬ。わっちの息子もじゃ。その道理がわからぬなら話などできぬ。疾く去ね!』
『はっ! チンケな田舎大名に落籍されただけの女が随分デカい口……』
その先の言葉を大声で叫んでいるつもりだが、自身の声が消えていることに気づいた蓼丸がポカンと口を開いた。
『女性に向かって、なんてこというんですか! こんのバカちんが!!!!! 僕怒りましたよ!! いい子で喋れるまで声は返しません!』
黒天使は右手を掲げて握りつぶす仕草をする。怒りで急成長したタイヨウは発せられた“音声”だけを別空間に飛ばしていた。
魔力を暴発させた黒天使のアメジスト色の瞳は今や虹色に輝き、少女の周りには御光のように紫色の光がゆらめいている。
その変化には気付かぬ本人は、キッ!と自身が開いた国交門を睨むと、立ち上がっていた白装束の10人をまとめてスモークの奥に吹き飛ばし、勢いよく門を閉じた。そのまま門はさあっと消失する。
『反省するまで、お家にも帰しませんからね! 大体、なんなんですかあの“EDM”! うるさすぎるんですよ! ここは“六本木”の“クラブ”じゃな……』
『ばっ……!』
青褪めたカグヤ妃がタイヨウの口を覆ったが、時はすでに遅かった。
絶世の美少女が放った言葉に、信じられないという顔で蓼丸が呟いた。
『まさか……貴女は“日本人”なのか……?』
元々白い顔をさらに白くして血の気を失ったタイヨウが黙ると、辺りには風の音しかしなくなった。
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