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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第四章 勝利への覚悟

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58.バベルの車窓から

 本人としては全く働いた気がしないが慌ただしい1日が終わり、ノーマン邸タウンハウスで夕食を終えたタイヨウは自室のテーブルに置かれた手紙を取り上げて飛び上がった。


「はわわわわっ!! ハンナさんっ! これ!」


 差出人はレヨン・ドゥフトとあり、消印はドゥフト領のものであった。名はソーレの父のものであったが、中を確認しなくても偽名であると容易にわかる。A4サイズの和紙の封筒などバベル王国にはない。


「ソーレお嬢様ですね」


 タイヨウから封筒を受け取ると、ハンナはペーパーナイフを手の中に転移させ、素早く開封した。逆さまにしたが、分厚い和紙に引っ掛かるのか中々出てこない。怪訝な顔をしたハンナが横も切り裂くと、中から3つの封筒が出てきた。


 一つは東京港区の住所と“アガトスホテル東京 エグゼクティブフロア 鈴木太陽宛”と書かれ、切手の貼られた空の封筒。


 一つは“なる早で”と書かれ、空の闇Suicaが10枚入った封筒。


 一つには小粒のダイヤが散りばめられた銀色のネックレスが入っており「タイヨウ様にでしょうか? 随分地味ですし、サイズが合っていないようですね」とハンナはタイヨウに放り投げた。


 全て同じデザインのホテルの封筒で、手紙は入っていなかった。「これだけ!?」と苛立った声でハンナは闇Suicaの容量を鑑定し始める。


「一枚あたり10万ってところですか。相変わらず規格外が過ぎる。やはりタイヨウ様の予想通り、相当枯渇しているようですね。……どうなさいました?」


ネックレスの裏の刻印を見つめて青褪めているタイヨウにハンナが片眉を上げた。


「ぼ、僕の記憶が確かなら……アガトスホテルのエグゼクティブフロアは一泊15万円くらいで、連泊してるってことは、この半年で3000万円くらい使ってるってわけで……」


「お伝えしましたでしょう? あの方は浪費家なんですよ」

 

 身の回りのことなど何も出来ませんしホテル住まいなさるとは思ってました、とハンナが事もなげに言う。


「あと、ついでのように突っ込まれていたこのネックレスは、ええとこっちの金額で言うとたぶん400万ゴールドくらいです……」

「……これが?」

「……はい」

「クズ魔石もついていないのに?」

「あちらには魔石がないので、ダイヤモンドは価値が高いんですぅ……」


 顔を見合わせた主従は溜息をつく。


「「早く連れ戻さないと」」


 さすがにやりすぎだとハンナも眉を顰めたところで、タイヨウは少しはにかんだ顔をしながらネックレスを手渡す。魂の双子の不器用なメッセージを口にするのは気恥ずかしい。


「……これは僕じゃなくてハンナさん宛だと思いますよ。四葉のクローバーを模っていますが、このネックレスは有名なジュエラーのタイトルがあるシリーズで……」


 その名を耳打ちされたハンナは絶句した。


 小ゲヘナに咲く、魔亜麻の花。亜麻色の瞳を持つハンナが、いつかなりたいと願っていた小さな花。そのエピソードは、ソーレの残したノートにも書かれていた。


 大ぶりなペンダントトップも、女性にしては長身のハンナにはよく似合う。


「……せめて駄石を魔石に変えていただかないことには人に見せられないですね」


 早くお戻りいただかないと、と眼を伏せながら、ハンナはネックレスを身につけて洋服の中に深く隠した。



◆◆◆



「今日はママとお出かけね! 2人きりなんて初めてだもの、嬉しくて楽しみで昨夜は眠れなかったわ!」


 踊り出さんばかりのマーレは興奮で昂る魔力を無駄にしないよう、手に魔石を握りしめている。特級認定は受けてはいるものの取り立ててカルマなどは持たず、ある意味ではルイ型の婦人は魔石による魔力奉納で国に貢献していた。


 飾り気は少ないが品の良い淡いパープルのドレスは、この日のために仕立てたまさかのペアルック。裏地にはマダムバタフライの蝶の刺繍がしっかりと入っていた。


 母の重い想いに戸惑いつつも、胸が温かいものでいっぱいになったタイヨウが微笑みつつも、隣に座る母に軽く頭を下げる。


「今日は時間がかかっちゃって、ごめんなさい。僕、知っている場所じゃないと転移できなくて……」

「まあ! あなたと一緒にいられて、ママは嬉しいだけだわ。3日がかりの移動が5時間になっただけでもすごいことなのよ」


 今日の目的地は遠方フィガロ領の主宮アルハンブラだ。 


 ノーマン家で最も豪奢な仕立ての馬車に乗り、まず王都内のフィガロ領タウンハウスに5時間かけて移動。タウンハウス内にある転移陣をタイヨウの魔力を使って移動し、お茶会をしながらシュリ姫と打ち合わせをすることになっている。


 車窓から見える街並みは、所々に紫色が取り入れられてはいるが雑多なノーマン街、白で埋め尽くされた高級なブティックが並ぶゲラン街へと変化していた。


 タイヨウが将来バベルに交通システムを、という夢を抱いたのは、実はこの馬車移動が原因だった。


 馬は乗り手の手腕次第では時速60〜70㎞と車と同じレベルの速さが出る。1日に駆けられる距離に制限はあれど、馬はいい。匂いや熱が溶け合い、人馬一体となって駆ける瞬間は、転移では得られない快感がある。タイヨウは自分の馬を持たないが、馬は好きだった。フォルクスの愛馬ホープ号にこっそりと『のぞみ号』と名付ける程には。


 だが、馬車はダメだ。

 タイヨウは外を眺めながら小さくため息をつく。


 往々にして否定的な見方をしないタイヨウも、馬車に関しては別だった。公爵家の豪奢な馬車は時速5㎞ほどしか出せず、更には30㎞程で馬の交換。早歩き程度の速度であるのに揺れは激しく、劣悪なスプリングは衝撃を吸収せずに翌日には尻が筋肉痛になる。しかもこの馬車は荷すら乗せられない。背後には荷や従者のための馬車が複数台連なっていた。


 その昔「もっと速い馬車を」という顧客に対して、自動車を発明したという男の逸話を思い出す。


 改善しても、馬車は馬車。

 諦めとともに革新的な発明を強いる、そんな乗り物が馬車なのだとこの世界に来てタイヨウは痛感していた。


「……わたくしとでは、やはりつまらないかしら?」

「そんなことな……っ」


 ハッと振り返ったタイヨウの頬に、マーレはぷすっと人差し指をさした。


「ひっかかった!……これねぇ、あなたのお母様がよくわたくしにした悪戯なのよ」


 ソーレの母、そしてマーレの姉ソレイユ。

 1ヶ月ほど滞在したソーレの生家に飾られていた夫妻の写真で見たその女性の姿は、目の前の養母の顔とよく似ていた。


 18歳で魔力専門医であったドゥフト氏と出会い、19歳で家出同然で押しかけ女房となり、20歳で結婚。21歳で妊娠。魔属大継承により、24歳でソーレと引き換えにこの世を去った。


 鏡に映る“ソーレの顔”を見ても、正直亡くなった女性と似ているとはあまり思わない。だがエピソードを聞くほどに、気質は確かに受け継がれていると感じた。ここぞというときの思い切りの良さ、のようなものが特に。


 周りは戸惑うことが多かっただろう。

 タイヨウが日本からバベルに連れてこられたときのように。それでも周囲が飲み込んでしまうのは、きっとタイヨウがソーレを許すのと同じ理由に違いない。


「お姉様は3歳年上だったのだけれど、身体が弱かったから外で一緒に遊んだ記憶はないの。でも、よくサロンで本を読んでくれたわ……その時によく話をしたの」


 一年の大半を面会謝絶の自室で過ごす姉とたまに会うことのできるのは風も強くない、あたたかい日の昼下がり。


 陽の当たるサロンで、お日様の匂いに包まれた幼い姉妹が長椅子の上で話したこと。


 その多くは、ソレイユの夢見の話だった。


“マーレ、お父様とお母様もそんなに長く生きられないわ。家を継ぐあなたも身を入れてお勉強をしなくてはだめよ”

“マーレ、あなたはこの国で一番強い男の人と結婚するわよ”

“マーレ、あなたはうんと長生きするわ”


 ソレイユは家族のこと、そして身近な者の未来を観ることができたという。事故など深刻だと判断したものは親に報告されて未然に防がれた。だが人の感情に関することは、姉妹だけの秘密だった。


「――お姉様がメイド長と執事のロマンスを“見た”ときは黙っているのが大変だったわ。夢見通りに、ささやかな結婚式をお庭で行った時はお姉様とずっと隣で手を繋いでいたの」


 仕事は優秀だが、恋愛は正反対。予知を伝えれば意識してしまい、きっと未来は壊れてしまうだろう。40歳を過ぎて未婚の2人の焦ったい恋の進捗は、夢見から一年間、姉妹の密やかなホットトピックスになった。


「聞いていると思うけれど、お姉様は心臓が弱かったの。悲しいけれど、珍しいことではなかった。高い魔力に、身体が耐えられないのよね。ノーマンの人間は昔から“ノーマン人生五十年”といわれるほど、平均寿命が短いのよ。だからあなたには、おじいさまもおばあさまもいないでしょう?」

「そうなんですか!?」


 フォルクスは40を過ぎている。あの父が余命10年など、微塵も考えられない。プールで贅肉のついていない筋骨隆々の裸の胸をさらし、ワインをラッパ飲みしていたフォルクス。青褪めたタイヨウが母に尋ねる。


「父様、お酒をお控えになったほうがいいのでは……?」


 吹き出したマーレが、優しい娘の頬をそっと撫でる。


「それがねえ、ママもパパも、なんだか全然大丈夫なのよ! ノーマン系の高能力者は30歳を過ぎると心臓に負担が出てくるものなのだけれど、その気配もないの。まあ、お酒は少し控えてもいいと思うけれど」


 貧しい子爵家でありながら共に三級と高い能力を持っていたフォルクスの両親は共に三十代で亡くなっている。貴族相手の商売である魔力専門医の治療は非常に高額で、家計は常に火の車。まさに爪に火をともすような暮らしだったという。


 だからフォルクスも全盛期を自覚しながら28歳で引退した。そしてマーレと結婚し、30歳でレオンが産まれた。


 死ぬ気がしねえ、と産まれたばかりのレオンを抱き上げながらフォルクスは破顔したという。そのまま何ら健康に不安を覚えることなく、40歳過ぎて第二子を望み、クリスが産まれた。マーレは当時35歳。ノーマン系貴族では異例の高齢出産だった。


「あなたの存在も大きかったわ」

「僕ですか?」

「そうよぉ、タイヨウちゃん、風邪すらひかない子だったじゃない?」


 魔力専門医であり、寡黙なドゥフト氏から定期的に送られるソーレのカルテにノーマン家は大いに喜んだという。


 “特筆すべき事なし”


 自筆で記載されていたのは、たったその一文だけだったけれど。


 マーレの両親はレオンを見る事なく逝ったが、そのカルテのおかげでノーマン夫妻の元にいずれ産まれるであろう子供達の事を案ずることもなく、穏やかな死だったという。


「確かに……」


 ソーレと自分は双子のように似ているのだろう。タイヨウは男子にしては身体こそ小さかったものの、並外れて丈夫な子供だった。バベル王国に来てからはそれが特に顕著な気がする。


「最近、僕暑さ寒さも感じなくなっていて。いや、感じるんですよ?感じるんですけど、堪えないというか……」


 不思議そうなタイヨウに、マーレが微笑む。


「魔力が安定してきて、身体強化を常にかけているんじゃないかしら」


 薄く、ずっと。

 それは豊富な魔力をコントロール出来ている証左だ。


「私たちや、あなただけでなく、ノーマン人の寿命が延びているのは魔素の絨毯現象でバベルの魔力が高まっていることに人間側が対応している証明だと思うの」


 いい時代ね、そう微笑んだマーレの瞳の中に、つい影を探してしまう。

 タイヨウは今更の事実に気づいた。マーレには配偶者もいて、子もいるが、タイヨウと等しく孤児であった。タイヨウが祖母を見送ったように、はるかに多くの人を見送ってきた母の心中が穏やかなものばかりであるはずがない。


 だが、人間にできるのは彼らの記憶を持って、未来に歩いていくことだけだ。時折過去を振り返りながら、己が過去となるその日まで。


「僕たちもアーシリアの人たちのように、200年くらい生きちゃったりするんでしょうか?」

「あるかもしれないわねえ。あなた、そんなに長い間カザン殿下と一緒にいられて?」


 いきなり核心に斬り込まれたタイヨウは、ヒュッと息を飲み口をパクパクしていた。母はいたずら心あふれる目で、娘の宝石のような大きな瞳を覗き込んだ。


「ねぇ、タイヨウちゃん。わたくしはとても恵まれているでしょう?」

「え、あ、はい?もちろんです!」


 突然の話の転換についていけず、オロオロと視線を彷徨わせるタイヨウを横目に、芝居がかった仕草で指を折る。


「地位もあって、素敵な家族がいて、お金もあって、能力もあって、そして美しいでしょう?」


 内容は傲慢極まりないが、母の戯けた仕草にタイヨウも笑ってしまう。


「はい、その通りです。母様」

「だからね、わたくしはどこかで考えてきたの。夫になる人は、“何を与えてくれるか”じゃなくて、“その人といるとき自分がどういられるか”を大切にするべきなんじゃないかって」

「自分、が……?」

「パパと初めて顔合わせをしたとき、わたくしは17歳で彼は騎士団長になってしばらくの23歳。私は既に一級で、しかも姉と違って“頑丈”で評判だったのよ……」


 ノーマン邸は海風が強い。

 だが、その日は珍しく無風だった。フォルクスは顔合わせのティーパーティ中、マーレに風が当たらないようずっとコントロールしていたという。


「わたくしがあまりにも可憐で、風ですら傷ついてしまいそうに見えたから、って言うのよ!!」

「ひゃ〜ッ!!」


 養父母のロマンスに照れくさくなってしまったタイヨウが真っ赤な顔になる。


「……それでね、彼の隣にいるときの自分が、とても好きだということに気づいたの」


 幼い頃から弱さを見せることを控えていた自分が、こう在りたかったという自分になっていく。


 だからね、と母は娘にウインクした。


「カザン殿下と一緒にいるとき、できればあなたが一番好きな自分でいられるといいとママは思うわ」


 馬車の唯一の利点があるとしたら、この瞬間かもしれないなとタイヨウは微笑んだ。旅路は遠く長いが、心は近づくのだ。


「それは素敵ですね。そうしたら100年も200年も、あっという間ですね!」


 やがて馬車は水色が多く配された南国調の街並みにゆっくりと進んで行った。



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